123話「消えた火」
カウムディーの地下都市。
魔法で造られた太陽が浮かぶ広大な地下空間では、砂岩で作られた壮麗な大都市が建造されていた。
大都市の最奥には、球状の屋根と純白のレンガで形作られた城が建っていた。
そんな居城の宝物庫に、全員で訪れていた。
「……凄いな」
宝物庫内には、無数の金塊が並んでいた。
その規模は膨大で、整然と並べられ、山のように積まれたそれが、広大な宝物庫を埋め尽くしていた。
「この国の総資産か?」
と、アドリに尋ねた。
「ただの備蓄さ。中層の蟲達がよく金を掘っているんだ」
アドリは変わらず硬い口調で、にこやかに答えた。
「そう言えば金貨見なかったね」
と、シルヴィアが呟いた。
「飽和してるんですよ。それもかなり」
メイシュガルが短く答えた。
かつてジレーザでバベルの側近をしていた、彼ならではの意見だった。
「それだけじゃないさ」
先頭を歩くニベルコルが指を弾いた。
「俺たち蟲は色に疎くてな。金貨よりは色が豊富な方が好きなんだ」
俺は懐からマーブル模様に光る硬貨を取り出した。チタン硬貨。これが、カウムディーで金貨に相当するもののようだった。
「それでチタンを焼いてる訳か。いつか来る交易のために金を備蓄してるのか?」
「ああ。いつか神になったその日には、金を乱造しないでくれると助かる」
ニベルコルは冗談めかして答えると、宝物庫の突き当たり、更に続く大扉の前に立った。
「俺がケテウスに勝ったらな」
「勝つさ」
ニベルコルはすぐさに言葉を返すと、大扉に魔力を流し込み、総鉄製のそれを押して開いた。
「……ああ」
短く相槌を打った。
最奥の宝物庫が露わになる。
そこには、多種多様な武器や道具が、ショーケースのように展示されていた。
「二つの世界が衝突した時、魔物とは別に、多くの名品や神器がこの世界に流れ着いた。この星は勿論、宇宙空間や、別の星にすら点在していたそれらを、暇つぶしに集めていた時期があってな」
ニベルコルは得意げに話した。
「二つとない品だ。一人ずつ、好きなものを持っていくと良い」
「本当!??」
シルヴィアは目を輝かせて尋ね、その場から駆け出した。
彼女がミラナから貰った弓剣は、アルテスと斬り合った時に、致命的なレベルで刃こぼれをしていた。
修理に困っていた矢先のことだった。
「……いいのか?」
俺の問いをニベルは鼻で笑った。
「俺がどれだけアドリを大切にしていたか、もう一度話した方が良いか?」
「いや、結構だ。有難く頂いて行くよ」
そう答えると、ヴィオラとメイシュガルの背中を押した。
「ありがとうございます」
メイシュガルが丁寧に礼を伝えると、ヴィオラがそれを不思議そうに見ていた。
「ありがとです」
それを倣った彼女も礼を言っていた。
一方、シルヴィアは目を輝かせながら遠くで武具を眺めていた。
単純に、親としての教育の差を見せつけられた気持ちになった。
「そういえば、ケルスは元気にしているか?」
先行する子供達を追う形で、宝物庫を歩く。
「……知り合いだったのか?」
眉を顰めそうになる。ここ最近、彼への印象は良くなかった。
「その様子だと仲が良くないようだな」
ニベルコルは少し困った様子で、肩をすくめた。
「四六時中生活を覗かれて、脅威や試練を俺に斡旋して来る、政治慣れした……クソ爺ってとこだな」
そう答えた瞬間、ニベルコルは咳き込んだ。
「あいつが政治慣れしている……か?なら俺の指導は成功していたようだな」
彼は笑いを堪えているようだった。
彼の言葉の意味が分からなかった。
どこか不敵な態度で、様々な国の首脳と渡り歩いている彼のどこに笑う要素があったのだろうか?
「あいつはな、頑張って″ふり″をしているだけだ。威厳はあるが、政治的駆け引きや統治はからっきしでな」
ニベルコルは宝物庫に展示された武具の中、銀色に輝く鎖に目を向けた。
「どの代表と会っても失言ばかりするものだから、落ち込んだあいつを酒で慰めたものだ」
「……そうか」
「あいつは、能力もないのにずっと無理をしている。己の家族の為にな……」
俺の中で、ケルスの印象が変わりつつあった。
「そういえば、一度だけアルバ殿の元を訪れた事があった。我々を制した後で彼を引き止めようと、凄まじい剣幕で話していたよ」
アドリが後押しするように話した。
しかし、普段との口調の温度差で、聞くたびにむず痒かった。
「丁度一年前、あいつは叔父が出来たと喜んでいたよ」
ニベルコルがわざとらしく呟き、続けてこう言った。
「どうか……彼を責めないでやってくれ」
「……善処するよ」
煮え切らない気持ちの中、歯切れの悪い言葉を返した。
◆
セジェス本国の共同墓地で、セザールはひとり彷徨っていた。
穏健派トップのアンセルムが死んだ今、彼はこの国の最高指導者に等しい存在だったにも関わらず、誰の警護もなく、まるで死人のように歩き、目を皿にして何かを探していた。
「ああっ……」
彼は墓石の一つを見つけ、喘ぐ。
憔悴しきった様子でそこに駆け寄ると、膝から崩れ落ち、項垂れた。
多くの犠牲者が記されたその中に、アンセルムの名が連なっていた。
「師よ……我が師よ……私は、貴方に報われて欲しかった」
彼は、ひどく沈んだ声で呟いた。
「家族を愛し、幸せな余生を過ごして欲しかった。平穏になったセジェスを……世界を目にして、世を憂う事なく、友人達と茶を過ごして欲しかった」
セザールは、乾いた笑いをこぼした。
「居なくなってから気付くなど……私は、なんて……」
「確かに、愚かなのかもしれませんね」
彼が咄嗟に振り向くと、エレネアが背後に立っていた。
「そうとも……私は、愚か者だ。自分の家族や恩人を、処刑台にしか送れない」
彼は自嘲した。
「では私は……そんな愚かな人の手を借りたいのです」
エレネアは励ます訳でもなく、冷淡に言葉を返した。
「……私に?」
彼女は丸められた紙を彼に手渡した。
「祖父が記した遺書です。これから私の起こす事から逃げるよう、生きて幸せに暮らすように記されています」
アンセルムからの慈悲を伝えられたにも関わらず、セザールの面持ちは暗かった。
「あの人が望んだ優しい結末を、貴方はもう選べない。分かっているでしょう?」
彼は顔を上げた。ひきつった笑みを浮かべ、諦めたようにため息を吐いた。
「……君は恐ろしいな」
エレネアは答えなかった。
観客のように黙って彼を見つめていた。
だが眼差しに熱意はなく、役者となってしまった彼の決断を、観客席から見守っているかのようだった。
「そうとも、私は多くの人を救う権利を持ちながら、数多の人を死に追いやった。自身の安寧のためにね」
エレネアは彼の懺悔に関心はなく、平坦な面持ちで見つめていた。
「……貴方の望む人は保護します。その代わり、何をすべきか分かっていますよね?」
「ああ、請け負ったよ」
彼の面持ちは、僅かに明るくなっていた。
それは、目的を失った男に与えられた、最期の役割だった。
今の彼には、死した師の背中を追うことしか頭になかった。
「邪魔をしたよ。フランシスについては、私から手を打とう。君がナパルクの主人となれるようにね」
彼は襟を正すと、その場から背を向けた。
「ええ、感謝します」
エレネアは、ドレスの端を摘んで謝意をしめした。
セザールがその場から離れ、墓地から彼の姿が消えると、エレネアの隣で黒い霧が立ち込めた。
「洗脳しなくて良かったのかしら?」
黒い霧は透き通る声で尋ねると、人型の形を取り、メアリーが姿を現した。
「ええ」
「人の心は移ろうものよ?そんなものに貴方の人生を懸けるのかしら?」
彼女は、不安げにエレネアを見つめた。それは、母の眼差しだった。
「魔法にも欠点はあるのよ、お母様」
エレネアはメアリーに振り返った。
「もし、何かの間違いで解けてしまったら。お母様が死んでしまったら……代替不可能な個人がひとたび綻んだ瞬間に、全てが崩れ去ってしまう」
彼女は舌を出した。
「人類が用意できる中で最も強力な凶器は、言葉ではありませんか?」
続けて右手から桃色の魔力を放ち、弾けさせると、得意げに微笑んだ。
「あなた……魔法を使えたのね」
メアリーは関心した様子で彼女を見ていた。
「魔法は、確定した結果をより良いものとし、最上の結果を求める為の道具。それが私の美学ですから」
エレネアは得意げに微笑む。
「簡単に取れたトロフィーに価値なんて無いわ。より困難で、より奥深い手立てを以て……私は夢を叶えるの」
メアリーは突然彼女を子供のように抱き上げて、満面の笑みを浮かべていた。
「流石私の娘ね……!」
感慨深く呟く彼女に対し、エレネアの表情は暗かった。
彼女は、まだ愛を理解できなかった。




