121話「何を目指す?」
俺達は、セジェスの東端に辿り着いていた。
オーディアル大砂漠と呼ばれるその地は、セジェスとハースを隔てる、世界最大の砂漠とされている。
その手前にある都市で買い出しを済ませ、全員で街を出ようとしていた。
人でごった返した通りは、露天の客引きの声と通行人達の声や歩く音によって、非常に騒がしかった。
「なんとかスられずに済んだ……」
メイシュガルが人混みを避けながら呟く。
「シルヴィア以外からスれたら大したもんだよ。なぁ?」
俺はそう言って彼女に話を振ると、シルヴィアは項垂れていた。
「あっっつい……」
シルヴィアが愚痴をこぼす。
普段のドレープを脱ぎ、今は砂を防ぐ為、薄手のケープを組み合わせた巻き衣装で全身を固めていた。
「似合ってるぞ」
彼女は不満がっていたが、女神らしいあの衣装は、そこそこの露出に、体のラインがハッキリと出る事もあって、保護者としては不安で堪らなかった。
「……可愛くないよ。折角せくしーな身体になったのに……」
彼女は不満げに呟き、成長して大きくなった胸を触っていた。
そんな彼女を見て、メイシュガルは気まずそうに目を逸らした。
「やめろ、みっともない」
彼女を諌めていると、ヴィオラが一歩前に出た。
「どうやって移動するです?」
彼女は、怪しい露店で購入したスラカベの揚げ物を手にしていた。
ボウルいっぱいに詰められたそれを、彼女はポップコーンのように掴み取り、口の中に放り込んでいた。
「結構デカい行商隊があるんだ……そう、ここを曲がった先に」
そう言って東を指差しながら、通りを曲がる。
街の外の駐留場に、ラクダを引き連れた大商隊が滞在している筈だった。
しかし、そんな人々は何処にも居らず、だだっ広い空き地に、杖を持った男が眠たげに立っているだけだった。
「商隊は何処に行った?」
男に尋ねると、気怠げに答えた。
「早朝に出て行ったよ。どうして昼間っから出れると思ったんだい」
男は不思議そうに呟いた。
「クソ……やられた」
移動賃だけ取られて逃げられていた。
「ははっ!おまえさん先払いしたのか!!こいつは傑作だ!」
男は目を覚ました様子で、笑い転げていた。
だが、対する俺の心境は最悪だった。
懐から飴を取り出し、勢い良く噛み砕いた。
「ねぇクリフ。追いかける?」
シルヴィアは笑顔を浮かべ、額に青筋を浮かべていた。
「ああ。メイシュガル、転移門を……」
そう言いながら振り向いた時、白髪の青年が曲がり角から飛び出して来た。
「あっ、クリフさん!!見つけたッスよ!!」
アドリシュタが、人当たりの良い笑みを浮かべ、手を振ってこちらに走って来ていた。
渡りに船という言葉が、これ程似合う状況は無かった。
「ああ、アドリ。ちょっと手伝って欲しい事があるんだ」
俺は、満面の笑みを浮かべて彼を呼んだ。
◆
クリフから金を騙し取った行商隊は、日照りの止んだ夕方の砂漠を、ラクダを引き連れながら横断していた。
「しかし、儲けましたね」
先頭を走る若い男が、後方に続く隊長に声を掛けた。
「ああ、全くだ。先払いだとゴネてやったら、あっさり譲歩しやがった」
隊長は、懐から金貨の入った袋を取り出した。
「ハースに着いたら一杯やろう、俺の奢りだ!」
商隊は湧き上がり、体調への歓声が響いた。
「よっ、男前!」
「あんたに着いて来て良かったぜ!!」
「愛してるぜボス!!」
隊長は照れた様子で鼻を擦った。
「へへ、よせやい」
彼がそう呟いた時、遠方から異音が鳴り始めた。
隊の人間もそれに気が付き、口を噤んだ。
「魔物か……!?」
先頭を走る若い男が振り向くと、二匹のトカゲが高速回転していた。
大型のトカゲが自身の尻尾を咥え、そのまま車輪のように転がっていたのだ。
その速度は圧倒的で、豆粒のように小さく、遠かったそれが、明確なシルエットが分かるほどまで近付いていた。
「何だありゃ!!?」
「アンフィスバエナだ!!散れ!轢き潰されるぞ!!」
困惑する隊員達を、隊長が声を張って指示を飛ばした。
しかし、整然と並んで走行する二匹のトカゲを凝視した隊長は、信じれられないものを見た。
「冗談だろ」
アンフィスバエナが、巨大なそりを引いていたのだ。
そしてそりの上には、見知った男が腕を組んで立っていた。
彼は、鬼の形相でこちらを睨んでいた。
「見つけたぞxxカス野郎!!俺の銭金を返しやがれ!!!」
クリフは下劣な言葉で罵倒すると、そりの上で巨大な木樽を持ち上げた。
「天罰を……受けやがれ!!」
クリフは怪力に任せて樽を投擲すると、続けてオムニアントを銃に変形させ、銃口を弾いた。
商隊の頭上に樽が通過したその瞬間遅れてやって来た弾丸が、樽の天板を打ち砕いた。
次の瞬間、樽の中から黒い粉末が飛び出した。
火薬。その考えがよぎった隊長だったが、実際は遥かにタチが悪いものだった。
耳に残る振動音と共に降り注いできたそれは、大きな鋏を持った羽虫の群れだった。
「うおおおおぉっっ!!??」
隊商は、大混乱に陥った。
羽虫の群れが、彼らに纏わり付き、ラクダに積載していた食料や商品、果てには彼らの衣服を食い荒らし始めたからだ。
「荷物をっ!荷物を守れっ!!」
護衛や隊長が携帯していた曲刀を必死に振り回すも、圧倒的な物量の前には無意味だった。
「俺の金が……」
仕事そのものが無くなっていくさまを目にした隊長は、顔を青くしていた。
しかし懐に残った金貨を思い出し、それを手に取って頬を緩ませた。
「この金があれば……」
彼がそう呟いた瞬間、眼前に白い光が通過し、手に持っていた金貨袋を奪い取られた。
「えっ」
男は間の抜けた声を上げ、白い光の軌跡を目で追うと、少し離れた位置で竜人の女性が舌を出していた。
「やーい、馬鹿!アホ!!えっと……間抜け!!!」
シルヴィアは、貧相な語彙を絞り出して罵倒すると、再び光のような速度で移動し、アンフィスバエナのそりの上へと戻った。
「……」
そりの上で、クリフは無言で彼女を見ていた。
彼女は金貨袋をクリフに投げ渡すと、彼は無言で受け取り、彼女に拳を突き出した。
シルヴィアもまた、拳を彼に突き合わせると、何度かリズムよく拳をぶつけ合い、フィストバンプをした。
「よくやった!!」
二人は上機嫌な様子で、熱い抱擁を交わした。
そんな光景を前に、アドリシュタ、ヴィオラ、メイシュガルの三人は少し距離を置いて眺めていた。
「仲良しッスね……」
アドリは苦笑していた。
「親子……だからかな」
メイシュガルが寂しそうに呟くと、ヴィオラの肩に乗っていたトカゲが彼女の頭に登った。
「お前もそうだろうに」
彼は威厳のある声で答えると、アドリは目を見開いた。
「あれ、ウシュムガルさんッスか?てっきり死んだのかと」
その言葉にメイシュガルは驚き、身じろぎした。
「誰のせいだと思っている」
ウシュムガルは低く唸った。
「はは、それは恨みっこなしって事で」
「……実際、良縁ではあったがな。アルバに使い潰されるよりは、この小娘と共に旅を続ける方が遥かに良いことだ」
彼は感慨深く呟いていると、抱擁を終えた二人がアドリの側まで来ていた。
「そろそろ虫を帰してやってくれないか?」
クリフが隊商の方向を親指で指すと、彼らは飛び回りながら必死に羽虫と戦っていた。
一部の者は衣服を全て剥ぎ取られている始末であり、あまりに可哀想な光景となっていた。
「あー……そうッスね。今戻すッス」
アドリは笑みを引き攣らせ、指を弾いた。
すると、羽虫達は方向を変え、ひとつの塊となってこちらに戻って来た。
「タオルくらいは投げ入れてやるか……」
クリフは少し冷静になって呟いた。




