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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
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120話「戦禍を疎んで」

あの後、ユーグは俺の正体を母親に伝えていなかった。

鹿肉のスープは、罪悪感で味がしなかった。

だが、よく眠れた。


「……おはよう、英雄」


早朝、村の外れにあった池で顔を洗っていた。

水面に映る自分の顔を見て、嘲った。


顔の水を払い、残った水気は電撃で蒸発させた。明瞭(めいりょう)とした意識の中、次の旅程を考えていた。


その時、村の方から怒声にも似た騒ぎ声が聞こえた。

ニールは、長年の経験から察知した。

争いだ__そう、すぐに分かった。



早朝、ベルナールは主に祈りを捧げていたその時に、悲鳴を耳にした。


「どうされましたか!?」


彼は声を張り上げながら家屋を飛び出すと、騎士型のネクロドールが村中を走り回っているのを目にした。


既に村人達は、何人か犠牲になっているようだった。

彼が凶行を止める為に走り出そうとしたその時、腰に重い何かを引っ掛けられた。


「……これは」


咄嗟に腰を見やると、いつの間にか黒色の剣が彼の元に戻って来ていた。

それは彼女(ルナブラム)が、罪を認め、罰を赦したことを告げるようだった。


彼は確信する。これは赦しと戒めの印だと。彼女(ルナブラム)は今、戦えと言っている。


「拝命しました」


彼は素早く剣を引き抜くと、その場から勢い良く走り出した。


村の中心に到達したと同時に、剣に込められた魔法を解き放った。


〈__黒減(ニグリ)


黒色の波動が村全体を突き抜け、ネクロドールが次々と機能を停止した。

ベルナールは、続けざまに走り出し、中心部でネクロドールを操っていた術者、その先頭の一人に肉薄した。


「貴様、一体っ……!」


色鮮やかで軽量なコートを着込んだ彼らは、間違いなく正規軍だった。

防御行動すらも許さず、先頭の男の喉元に刃を突きつけた。


「我が名はベルナール!この村の人々は生きていた!!善良に、日々を必死に!!何故だ!!」


奥底で沸き立つ怒りを喉奥から吐き出し、男を問い正す。


「ベルナール様……剣を、手にされたのですか」


先頭に立っていた男は、怯えながら答える。

ベルナールもまた、彼が知り合いだったと気付いた。

滴った冷や汗が喉元の刃を流れる。

彼の後ろに立っていた兵士達がベルナールにボルトガンを構えるも、上官を盾にされる形となっており、撃てなかった。


「ジャン……なら何故こんな真似をした!!」


男は震えながら目を瞑り、両手を上げた。


「国は恐れていたのです。バロンの壁が崩れ、民衆が流れ込んで来る事を……」


ベルナールは思わず手に力が入る。

それは、あまりにも愚かなことだった。

毒虫を探す為に、畑全てを燃やすかのようなそれは、いたずらに脅威を増やし、ひいては自分の首を絞めるだけの結果になってしまうのだから。


「何故……っ」


怒りの言葉を吐き出そうとしたその時、風切り音が響き、ジャンの側頭部に矢が突き刺さった。

僅かな静寂の後、彼は力なく倒れた。


「困るよ、ジャン曹長……作戦内容をペラペラ話されるとさ」


ベルナールは咄嗟(とっさ)に飛び退くと、兵卒達の後ろから若いエルフの男が立っていた。

彼は持っていたボルトガンを兵卒に投げ返すと、倒れたジャンの死体を踏みつけた。


「デュラン将軍……」


ベルナールは短く呟く。

オーギュスト=デュラン。セジェス軍の大将に位置する彼は、この国で最も強いとされる個人であり、かつてレッドライン要塞で勇者ニールと刃を交えて生き残った存在だった。


「剣を取り戻したようだね、敬服(けいふく)に値するよ大司祭殿」


彼は揶揄(からか)うように手を叩く。


「……それで、我々の任務を続けさせて貰えるかな?」


デュランは冷え切った眼差しでベルナールを見つめた。

対する彼は、曇りなき眼差しですぐさに答えた。


「お断りします。二度と、主の意向に逆らえませんから」


その回答に、デュランは微笑んだ。

ベルナールはその笑みが上部だけの、中身が無いものだと知っていた。

爆発的な殺気を感じ取った彼は、咄嗟に剣を構えた。


間髪入れずにデュランは剣を抜き、乾いた金属音が響いた。

剣を打ち合った二人は互いに飛び退き、デュランは人差し指を奥歯で噛んだ。


ベルナールはその不可解な行動に戸惑った瞬間、デュランは指を噛みちぎった。


しかし血が溢れることはなく、その断面からは光が溢れ出していた。


「超域魔法解放」


彼は短く呟くと、指を天に掲げた。



空は曇り、雨が降り注ぐ。

ニールは戦いの起きた広場を避け、ベレニスの家に駆け込んでいた。


「大丈夫か!?」


そう言って家に駆け込むと、狭い家屋に村人達が肩を寄せ合って震えていた。


「おじさん!無事だったんだ!!」


ユーグが慌てた様子で駆け寄って来た。

彼の無事に笑みが溢れるも、家屋の空気は最悪だった。

泣き声が絶えず聞こえ、怪我をした村人達を、老人や子供が医療器具のないまま必死に介抱していた。


怪我人の中には、ベレニスも混じっていた。

彼女の脇腹には、ボルトガンの矢が深々と突き刺さっており、村の男達が今まさに引き抜こうとしていた。


「よせ!!抜くんじゃない!!」


咄嗟に声を張り上げながら、ベレニスの元に駆け寄り、矢に手を掛けた男の手を掴んだ。


「何を……!!」


男が不満げに答えると、俺は睨んだ。


「血が無くなるぞ!!矢の両端を切り落として適当な布を巻け!殺したいのか!!」


「わ、分かった!布を取って来る!!」


鬼気迫る勢いで怒鳴ると男は萎縮し、慌てて布を取りに走った。


「ベルナール様を、助けて下さい……」


ベレニスは、苦しげに喘ぎながら答えた。

突風が家屋を叩き、雨戸を震わせた。


「それは……」


言葉に詰まる。この空模様は、超域魔法のものだ。

もし、俺がここに居る人々を助ける為に戦えば、英雄ニールの生存はバレてしまう。

あの混沌としていたバロンとは訳が違う。確実に、上へと伝わってしまうだろう。


相手は正規軍で、この国の中心とも言える存在だった。


「……おじさん」


ユーグが、俺の袖を引っ張っていた。

雷の音が響き、雨足が強まる。


「勇者なんだよね……?」


彼は、俺とベレニスにしか聞こえない声で呟いた。


「何言ってるの……ユーグ……この人は……」


ベレニスは苦しげに答えた。

俺の心情が激しく掻き乱された。

嘘はつける。だが、このままシラを切れば、一生後悔するように思えた。


「ああ……俺がニールだ」


だから、心に任せた。

ベレニスの表情は険しさを増し、目を見開いていた。


「……どうして」


彼女の第一声は、非難では無かった。


「俺は、手を取り合えなかった」


そう答えてその場から立ち上がる。


「おじさん……」


ユーグは、少し怯えた様子で俺を見上げた。

そんな彼の頭を撫でるように手を乗せた。


「何処へ行くのですか」


年老いた村長が俺を呼び止める。


「一宿一飯の恩を返そうと思ったのです。過去と折り合いを付ける為にも」


そう言って扉を開く。

おびただしい程の雨水を浴びながら扉を閉めると、目の前にベルナールが吹き飛んで来た。


彼は受け身を取り家の前の小樽に激突する。

そしてすぐに立ち上がると、俺の存在に気付いた。


「皆の避難を!!」


必死に叫ぶ彼に対し、俺はフェルストスを起動し、両手を硬質化させた。


「それはあんたの役目だろう?」


そう言って前に踏み出すと、俺とベルナールに向かって突風が吹き荒んだ。

鋭い風切り音を立てるそれは、人に害するものだと瞬時に気付いた。


「クイドテーレ」


ペンダントが発光し、そこから眩く光る金槌が飛び出した。

それを握り締め、風に向かって素早く振り抜いた。ガラスの割れる音と共に風が砕け散り、勢いを失って消滅した。


「超域魔法を手にしてご満悦のようだな、オーギュスト」


俺はこの魔法の持ち主を知っていた。

尤も、超域魔法に達したとは思えなかったが。


「何者かな?少なくとも初対面に思えるけど」


上空で、嵐を周囲に纏ったデュランがこちらを見下ろしていた。


「レッドラインでボコボコにしてやったじゃないか?今回はマレーナが居ないようだが、また逃げなくて良いのか?」


満面の笑みで言葉を返し、擬態した耳を本来の形に戻した。


次の瞬間、デュランの顔から余裕が消え去り、一転して怒りの形相を浮かべていた。


「貴様っ……!!死んだ筈じゃなかったのか!!!」


平静を崩した彼を鼻で笑った。


「見れば分かるだろう。ほら、また無様に命乞いをしたらどうだ?マレーナに助けを求めると良い」


そう言って指を弾くと指先から紫電の光が飛び出し、回避すら許さずデュランに直撃した。


彼を覆う風の障壁が、それを防ぎ切ってみせた。


「こんなものか、俺は超域__」


余裕の表情を見せようとしたデュランの眼前には、クイドテーレが飛来していた。


「触れれば死ぬぞ」


短く呟くと、風の防壁が容易く打ち砕かれ、彼の元に迫った。

彼は咄嗟に身を捻り、それを躱してみせた。


「舞踏は得意か?」


クイドテーレを指差し、魔法を起こした。


〈__磁雷鉄陣(プラエセプタ)


空振ったクイドテーレは進路を変え、デュランに向かって直進した。


「馬鹿にする!!」


彼は周囲の大気を集め、風を操ってクイドテーレを球状に押し込めた。


風と魔法が砕ける音が絶え間なく響き渡り、デュランは雄叫びを上げていた。

俺はただ、彼が必死に抵抗するさまを眺めていた。

絶え間ない嵐の刃がクイドテーレに激突するも、それら全てを易々と打ち砕き続けていた。

あの程度で、クイドテーレは壊せない。


「威力を練らないと死ぬぞ」


あの男は、そのうちクイドテーレ一本だけで死んでしまうだろう。

障壁を打ち砕き、クイドテーレが彼に迫る。

彼はまたも体を捩ってそれを避け、旋回して来たクイドテーレをまたも風で押し込めていた。


「……飽きたな」


淡白に呟き、近くに転がるネクロドールの外殻を拾った。

金属製のそれは、電流を帯びると震え始めた。


「ダンスは下手だったようだ」


掴んでいた外殻を手放すと、一瞬のうちに加速し、空を舞うデュランに向かって打ち上げられた。


クイドテーレの回避に意識を割かれていた彼は、音速を超えるそれを肩で受け止めてしまった。


風の防壁を容易く貫き、彼の右肩を貫き破砕した。

空を飛んでいた彼は墜落し、地面に勢い良く激突した。


呼び戻したクイドテーレを掴み、ゆっくりとデュランの元に歩いた。

深々と出来たクレーターの中心部で、彼は千切れた右肩を押さえながらのたうち回っていた。


「似合ってるなオーギュスト」


彼は怯えた眼差しで俺を見つめると、左手で魔法を操り、血肉を断つ風を放った。

俺は硬質化した腕でそれを弾き、彼の頬を思い切り殴った。


錐揉み状に吹き飛んだ彼を見ても、何も思わなかった。

口では嘲笑しても、多分俺は笑っていない。

きっとそれが、彼にとって尚のこと恐ろしかったのだろう。

地面に転がると、彼は悲鳴を上げながら空を再び飛んだ。


おそらく、逃げる腹積りだろう。


「クリフには通用しなかったが、お前はどうかな」


胸のペンダントが太陽のように瞬くと、そこから一斉にクイドテーレが飛び出した。

蝗害を思わせる規模で弾き出されたそれらは、空を舞台に整然と並び、全ての切先を逃げるデュランに向けた。


「……ひっ」


彼もまた、逃げる最中にその光景を目にしてしまった。


「失せろ、三下」


空を覆い尽くす程の光の粒が、一斉に解き放たれる。

数万を超える剣が、自我を持って追従し、空を飛ぶデュランに向かって降り注いだ。


その様は、一匹の蝿が雀蜂の群れに追われる光景に似ていた。

彼に纏わり付くように迫るそれは、彼の障壁を次々と粉砕し、圧倒的な物量と速度を以て、彼の抵抗を全て打ち破ってみせた。


「嫌だぁぁぁぁっっ!!!」


無数の剣に貫かれ、彼が断末魔を上げると、上空を舞うクイドテーレが一斉に砕け散った。


曇天の空と共にデュランは跡形もなく砕け散り、晴れやかな空が顔を見せた。

砕け散ったクイドテーレの残滓が空を舞い、陽の光を反射して鮮やかな光を放っていた。


「……俺は、居るべきではないな」


空を見上げて呟く。

耳を再びエルフの形に擬態させ、魔法で荷袋を引き寄せた。


「おじさんっ!!」


ユーグの声が聞こえた。

振り返ると、ベルナールと共に彼がやって来ていた。


「……じゃあな」


微笑み、短く言葉を返した。

その時、傷口を抑えながらベレニスが家から出て来た。

俺は足を止め、彼女は神妙な面持ちでこちらを見つめていた。

僅かな沈黙が続いたのち、彼女は口を開いた。


「……許します」


彼女は気持ちを抑えるように声を震わせ、悲痛に、けれど優しく呟いた。


「感謝します」


俺もまた、短く言葉を返した。

ベレニスの家から遅れて飛び出した村人たちが、次々と俺を称賛する声を上げた。


そこで、俺は思い出した。

英雄を目指した理由を。

血と後悔に濡れても、護りたい人々が居たからだ。


俺は振り向かずに村を離れ、軽く肘で手を振った。


気分は良いとは言えない。

しかし、今日は少しマシに眠れそうだった。


「帰ろう、故郷に」

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