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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
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119話「戦禍を疎んで」

セジェス首都から最寄りの大都市であるゴブレットに、一行は訪れていた。

首都で起こった大災害など知らないかのように、市場は人で賑わっていた。


「後は……保存食か……何にするかな」


クリフは呟く。

訪れた目的は買い出しだ。

復興が進む首都で旅の支度を済ませることは難しく、何より気が引けた。


「はいっ、あたしサラミが良い!」


シルヴィアが会話に入って来た。

控えめに言って、この直近の空気は重かった。

というよりは、またシルヴィアに無理をさせていた。殆ど喋らなくなったメイシュガル。常識のズレたヴィオラ。

そして多分俺にも、気を遣ってくれていた。


「リェットも要るだろ?」


快活にそう答えながら、近くにある肉屋に足を運ぶ。

良い体格をした店主が、元気に声を張って客寄せをしていた。


「どれだけ歩くです?」


「ヴィリング製の地図でざっくり8500kmくらいだ」


ヴィオラの質問に、一切詰まらず答えた。


「2ヶ月半です?」


彼女もまた、移動時間を瞬時に計算した。


「お前、休みなしで行く気だろう。4ヶ月だ、観光もしたい」


「あたし達列車に乗ったり転移したりで、マトモに旅してないもんね」


シルヴィアは苦笑し、これからの距離を考えて顏を引きつらせていた。


「ああ、長旅になるぞ」


クリフは肉と牛脂の詰まった瓶詰めを手に取り、微笑んだ。


「首都まで転移門を開けるけど?」


メイシュガルが提案すると、クリフの顔が暗くなった。


「ゆっくりで良いんだ。少し、考えたり笑ったりする時間が欲しい」


「そうだね……確かに、笑ったりする時間は大切だよ」


メイシュガルは、不自然なほど明るい口調でそう言った。

無理をしているのは、一目で分かった。


オムニアントの柄頭を握り、小さく呟いた。


「ああ。きっと、向こうでも沢山殺すだろうから」


そう呟いた瞬間、横を歩いていたマレーナが前脚を上げて立ち上がり__俺の頭に噛み付いた。

鉄製の牙が浅く頭皮に突き刺さり、痛みに顔を歪めた。


「痛っ__!!!?」


咄嗟(とっさ)に振り返り彼女を見つめると、不満そうに唸っていた。


「何だよいきなり!?」


頭を押さえながら抗議すると、シルヴィアがマレーナを庇うように抱きついていた。


「クリフがネガってどうするの!」


その時に、失言をしたと気付いた。


「……ごめん」


「良いよ!!」


彼女は勢いよく答えてくれた。



セジェスの首都から離れる最中、ニールは近くの村に立ち寄ろうとしていた。

近傍で仕留めた鹿を肩に担ぎ、村の入り口まで来ていた。


金銭や労働力よりも、宿泊を目的とするならこちらの方が望ましいと考えたからだ。


村の近くに訪れると、彼らは農作業に従事していた。

大粒の汗水を垂らしながら、精力的に(クワ)を振るさまは、ある種異様とも言えた。


少なくとも、以前訪れた他の村とは明らかに違っていた。


「随分と前向きじゃないか」


僅かな期待を抱きつつ、近くの畑を耕していた黒い肌の農夫の元に近付いた。


「すまない。一晩過ごさせて貰えないだろうか。手土産なら持って来たんだが」


農夫は手を止めると、袖で汗を拭い、こちらに振り向いた。


「あなたは……」


農夫の正体は、ベルナールだった。

彼は言葉に詰まり、勇者の名を呼びかねていた。


「ジュピテールだ。久しぶりだな、ベルナール殿」


右手を差し出し、握手を求める。


「ええ、お久しぶりです」


彼はすぐに手を取り、屈託の無い笑みを浮かべると、遠くで様子を見ていた村人達へ振り向いた。


「皆さん、私の友人です!どなたか寝床を貸してはいただけないでしょうか!」


彼が声を上げると、村人達が続々と声を上げ、こちらに駆け寄って来た。


「……凄いな、あなたは」


セジェス村落の惨状を知っていたからこそ、村人達をここまで変化させた彼の人徳に、舌を巻くしかなかった。



そうして俺は、ベレニスという女性の家に一晩泊まる事になった。

夕方を迎える前、村人達からかなりの質問責めに遭った。

セジェスの首都で何が起きたか。村の外の景色はどうなのか。


彼らの関心は、常に外へと向いていた。

決まった朝に起き、日が暮れるまで働き、泥のように眠る。

抑圧と節制の中で生きる彼らにとって、俺の話はどんな寓話よりも興味深いものだったのだろう。


そして今俺はベレニスの家で、彼女の息子の相手をしていた。


「……そうだ。あの鹿は魔法で仕留めてある、雷の力を真似してな」


指先で錫貨を弾く。宙を舞ったそれを、出力を絞った電流が正確に打ち抜いた。


「わぁ……凄いや」


話に聞き入っていたユーグという少年は、目を輝かせ、少し焦げた錫貨に手を伸ばした。


「おっと、痺れるぞ」


俺はユーグの手首を掴み、代わりに錫貨を拾った。

指先に電流が流れ、僅かに手が痺れた。

が、半神の肉体はそれを即座に治癒してみせた。


「ほら、好きに扱うと良い」


電気の抜けた錫貨をユーグの手へと優しく手渡し、微笑んだ。


「……ありがとう。おじさん」


屈託の無い笑みを浮かべた彼に、思わず心がほぐれた。

そして感じた。こうやって無作為に放浪して生きるのも悪くないと。


「お母さんっ!見て、貰った!!」


ユーグは家の中を駆け回ると、就寝の支度をしていた母親に錫貨を自慢しに行った。


「……ありがとうございます。まるで、あの人が帰って来たみたいで」


彼女は頬を綻ばせていた。

そこで彼女の意図を察する。

かなり古びたこの家には、二人しか暮らしていないにも関わらず、寝台は三人分あった。

恐らく、亭主は死んでいた。


「……苦労は絶えなかったでしょう」


慮るように、重々しく答えた。


「はい……今でもあの戦争を。そしてあの英雄を憎んでいます」


「英雄?」


彼女の言葉に引っかかった。

その質問と同時に、ユーグの顔が陰った。


「アウレアの英雄ニールに、夫は殺されました」


地獄のような回答だった。

今すぐにでもこの家から、村から出て行きたくなった。

俺が感情を殺して、無作為に切り刻んだ一兵卒の一人が、この家の家族だった。


「そう……でしたか」


辛うじて言葉を返す。

しかし、それ以上はなんと話して良いか分からなくなった。


頭が真っ白になり、言葉を探れなかった。

そんな時、部屋の扉がノックされた。


「はい、今出ます」


彼女が駆け足で扉を開くと、ベルナールが人当たりの良い笑みを浮かべながら、玄関口に立っていた。


「ベレニス殿、夜分に申し訳ありません」


彼の姿を見たベレニスは、浮き足立った様子で立ち上がると、嬉しげに微笑んだ。


「ベルナール様、どうかしましたか?」


「ジュピテール殿と久しぶりに話をしたかったのです。少し歩いた先の丘の上で、星でも眺めながらと」


ベレニスはこちらに目配せした。

彼の来訪は、その場に居辛かった俺にとって、願ってもない申し出だった。


「ええ、喜んで」


彼女を横切り、ベルナールと歩幅を合わせながら家を出た。

月の光を頼りに砂利道を踏み締め、話していた丘を目指した。


「申し訳ありません。あなたに苦しい思いをさせてしまいました」


彼は歩きながら呟く。

一瞬だけ肝が冷えるも、周囲に人が居なかった。少なくとも今は、ニールとして話しても良い筈だ。


「寝床を求めたのは俺だ。むしろ便宜を図ってくれて助かってるよ」


「今の私に出来る事をしたまでですよ」


彼は優しく微笑み、人差し指を立てた。


「例え貴方が何者であったとしても、人である限り、私は貴方の味方でありたいのです」


彼の清廉さはあまりに眩しかった。

人間の排斥(はいせき)に興じていた狂信者が、導きひとつで、こうも変わってしまうものなのかと。

暫く前に、街頭で説教を説いていた時に比べると、明らかに憑き物の取れた顔をしていた。


「昔の貴方を知る者は驚くだろうな」


ベルナールは表情を陰らせ、空を見上げた。


「……私の誤った教えの被害に遭った人々は数え切れません。被害者だけではなく、加害者にさせてしまった者も含めてです」


彼は曇りのない眼差しでこちらを見つめた。


「私は示さなくてはならないのです。新たな彼女の教えを、その在り方を……この身全てを捧げるつもりです」


「……流石だよ」


村から離れた丘の上で足を止め、その場に腰を下ろした。


「なあ、同じ英雄だったあんたに聞きたい」


「ええ、何なりと」


「俺は、どうすれば良かったんだ?誰も殺さないなんて……無理だ」


「ええ、その通りです。私も、多くを殺しましたから」


ベルナールは自身の両手を眺めながら答えた。

無常な答えに肩を落とした時、彼は言葉を続けた。


「例え英雄と持て囃されようと、人は長く戦場に留まるべきではないのです」


彼は憂いのこもった眼差しで俺を見た。


「教えが無力だと感じさせられました。言葉や感動で戦争は止まらないのです。純粋な暴力を前に、聖典はただの紙切れでしかありませんでした」


いつになく弱気な言葉を発する彼に戸惑うも、その眼差しは鋭く、確かな決意を感じ取れた。


「ですが、戦争を防ぐ事は出来ます。多くの人々に愛を説き、戦を(うと)む心を育むのです」


彼は、俺に希望を説いていた。


「慈悲を盾に、教えを剣とし、戦争という怪物と私は戦うのです」


ベルナールは立ち上がった。


「剣をペンに変え、勇気ではなく人徳を以て戦い抜くつもりです。これまで成してきた事に報いる為にも……私はより多くの生命を救ってみせます」


彼は力強く俺に宣言すると、手を差し伸べた。


「この村で最後の禊となるのです。例え剣が無くとも、憎しみを断ち切り、あなたが身分を偽らずに済む世にしてみせます」


彼の手を取り、立ち上がる。

そして腰に差していた短剣を、鞘ごと取り出した。


「持っておいてくれ」


そう呟き、彼に手渡した。


「……これは?」


紋章の刻まれたそれを手に取り、彼は目を凝らした。


「俺の家紋が刻まれてる。もし世界がマシになって、アウレアの皇帝に会ったら、それを見せると良い」


一瞬、アウレアに居る彼の姿が思い浮かんだ。そして彼らを見捨てて逃げた事に、これ以上ない負い目を感じていた。


「クラークは俺の幼馴染だ、知ってる奴も少ない。ニールが信じたと伝えてくれ……まあ、あいつと会えたら直接伝えて__」


言葉の途中で違和感に気付いた。

人の気配を感じたからだ。


「ベレニス……じゃない。ユーグか」


丘の麓に生えた木陰から、少年が顔を出した。


「……おじさんが、お父さんを殺したの?」


ユーグは声を震わせて尋ねる。


「……そうだ恨んでるか?」


「……分からない。でも、謝らないの?」


子供らしい、素直な質問だった。

だが、戦場での殺人を謝る事など出来なかった。


「ああ……全員平等だったんだよ。みんな殺そうとしたし、みんな殺された。だが……石なら投げてくれ」


ユーグは首を振った。そして涙ながらに尋ねた。


「お父さんは勇敢だった?」


彼の父を覚えている訳が無かった。

赴いた戦地の数は膨大で、殺した数はそれを遥かに上回った。


「ああ……全員が逃げる中、勇敢に立ち向かって来たよ」


俺は、生者に向けて嘘をついた。

恐らく、僅かな逡巡(しゅんじゅう)すらもなく死んだ彼らの死を彩る為に。


それと同時に、どうしようもない考えが頭をよぎった。


どうして英雄になったんだろう、と。

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