プロローグ
手足が砕け散り、肉体が灰となって霧散した。
俺を構成するものが消えて無くなり、真っ黒な世界で身体が浮かび始めた。
瞬きをすると、俺は星空の瞬く草原の上に立っていた。
そして目の前には、お母様が立っていた。
「お疲れ様、アルテス」
彼女が俺の名を呼ぶと、急に涙が込み上げて来た。
「ああ……俺は、消えるんだよな?」
神にとっても死は例外ではなかった。
魂という器を変換し、記憶は世界を維持するための燃料としてお母様に還元される。
つまりこれから、正真正銘の死を迎えるのだ。
「ああ、最後の見送りに来たよ」
涙を流して答えるお母様に、息を呑んだ。
とても、恐ろしかった。けれど、最期に聞きたい事があった。
「姉さんは、上手く行かなかったのか?」
お母様は首を振った。
「否、あの子は上手くやり直して見せたよ。ただ、貴方の魂は向こうへ運ばれても、貴方の記憶はここに取り残されてしまうんだ」
その言葉に、肝が冷えた。
父さんと母さんも死んだ。そして俺もこれから消える。
だとしたら、姉さんは一人になってしまう。
そうなれば、何をしだすか分からなかった。
「……っ!お母様!!俺を姉さんの所に連れて行ってくれよ!!ひと言伝えるだけでも良い!!!お願いだから、姉さんを__」
前に踏み出し、お母様に抗議した時、彼女の横で黒い粘性状の物体が現れた。
「誰だ……?」
その異様な存在に、意識を向けざるを得なかった。
弱々しい光を発するそれは、人型の形に変形し、お母様を凝視していた。
「ルナにすべてを教えるのは不公平だったかな?仕方ない、貴方も行っていいよ」
彼女はそう答えると、黒い塊に触れ、瞬く間に消滅させた。
「ならっ、俺も良いだろ?」
矢継ぎ早に尋ねる。
あの黒い塊は、間違いなく俺たちを殺した「あいつ」だった。
しかしお母様は手で制すと、俺の手を握り締めた。
「残念だけれど、貴方にはできない」
「……お願いだよ」
再び涙がこぼれ落ちる。
今となっては、自分の死よりも姉の事が不安だった。
そんな俺を、お母様は優しく抱き締めた。
「クリフには伝えるさ、貴方の足跡を、その想いをね」
彼女がそう答えた瞬間、アルテスと俺の意識が剥離した。そこでやっと、俺はアルテスの記憶を覗いていたのだと気付かされた。
アルテスの背後に立っていた俺は、お母様と目が合った。
「再び邂逅するまで続きは堪えていて欲しい、良い旅を。クリフ」
彼女が微笑むと、視界が光に覆われた。
「っ……!?」
目を刺す光が焚き火の光に変わる。そこで初めて、寝ていた事に気が付いた。
今は切り株に腰掛け、街道外れの森で野営をしているのだった。
「お母様……?あいつがシルヴィアの言ってた奴か」
以前列車で見た時と同じように、意図の掴めない夢だった。
辛うじて分かった事は、夢を見せて来た相手がルナブラムではない事と、アルテスが死んだ事だった。
「皆は……問題ないな」
焚き火の側にある木陰では、ヴィオラとメイシュガル、シルヴィアが毛布を敷き、肩を寄せ合って眠っていた。
0〜3歳児の集まりだが、ヴィオラ以外が大人の肉体を持っている事もあって、親子のようで微笑ましかった。
二人の側では、テレシアが操っているであろう黒のネクロドールが待機し、周囲を見渡していた。
ヴィオラの上にも、赤いトカゲが乗っており、周囲を警戒してくれていた。
そして俺の側にはポチの躯体を操るマレーナが待機していた。
「なあ、マレーナ」
彼女の躯体には、発声器官が備わっていなかった為、俺の言葉には答えてくれなかった。
しかし、言葉は届いていたようで、振り返って俺の足元まで来てくれた。
「少し、弱音を吐いて良いか?」
そう尋ねると、彼女は前脚を俺の膝に乗せた。
そことなく意図を掴んだ俺は、彼女を強く抱き締めた。
仮にも生命活動を続けるネクロドールからは、確かな温もりを感じられた。
「……怖いんだ。朝起きたら誰かが殺されてるんじゃないかって。俺だけが残されて、また一人ぼっちになるんじゃないかって……」
まだ子供で居たいの?と、エルウェクトに言われた事を思い出す。
しかし今は、それで良かった。
守るべき人の前では、大人になれていたのなら。
「お前が残っててくれて、本当に嬉しかった。アキムだけじゃなくて、お前も助からなかったら……俺は多分、前に進めなかった」
彼女は答えられなかったが、真剣に聞き入ってくれているように思えた。
「シルヴィアには話すって言ったんだけどな……大人ぶるのはやめれないみたいだ」
手を離し、マレーナと目を合わせると、互いの額を押し当てた。
「愛してるよ、マレーナ。生きてくれてありがとう」
そう離していると、突然テレシアのネクロドールが動き出し、手で焚き火を崩して火を消していた。
「消灯時間だ。惚気も良いが寝るんだな」
ネクロドールに乗ったトカゲが妙に渋い声で呟くと、テレシアと共に木陰の側に移動して行った。
俺は、マレーナと目を合わせて苦笑した。
「ああ、そうするよ」




