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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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118話「またいつか」

クリフは、エレネアが滞在するモデュード邸に訪れていた。


「1年間世話になった。次会う時は、俺個人として礼をさせてくれ」


庭園で、エリノアを(ともな)った彼女と別れの挨拶を交わしていた。

アンセルムから当主の座を引き継ぐ為、彼女も忙しいようだった。


「礼には及びませんよ。こちらこそ、劇場でお祖父様を守って下さった恩がありますから」


アンセルムが話題に上がり、少し目を逸らす。

正直、エレネアが彼にどんな感情を抱いていたのか見当が付かなかった。


「……お悔やみを」


「感謝します。きっと祖父も喜んでいる筈です」


エレネアは、無垢な笑みを崩さなかった。

感情すら読み取れないその態度は不気味で、統領との面会の方がマシに思える程の息苦しさを感じた。


「ああ、じゃあまた何処かで」


「ええ、お見送りします」


エレネアがエリノアに目配せすると、彼女が先行し、邸の外へと出迎えてくれた。

屋敷の外へ出て、馬車の送迎を断った所だった。空間が(きし)み、目の前に転移門が現れた。


「ハースに向かえば良い。だろ?全く、どの面下げて来やがった」


転移門の向こうに居る相手は分かっていた。

遅れてケルスが転移門から現れる。

今回の一件を、黙って見過ごしていた男が。


「すまない」


肩をすくめ、目を逸らして謝罪するケルスを見て、俺の中で彼の順位を組み替えた。

少なくとも、こいつは敵じゃない。

だが、敵ではないだけだ。


「ルナブラムに振り回されてるのか?」


そう尋ねた時、ケルスは短く凍りついた。

わずかな沈黙の後、彼は言葉を絞り出した。


「いや……」


「そうじゃないなら、主神になった後にヴィリングごと滅ぼすぞ。下らねえ自己犠牲はやめろ」


尾を打ちつける音が地面に響いた。

無意識に、苛立ちが尾を通して漏れてしまった。


少なくともまだ、彼はルナブラムの手先でしかないのだから。


「……俺は、お前に厄介ごとしか伝えられない」


「良いんだ国長。まだ俺はお前の部下だろ?指示をくれよ。次はハースのどこを滅ぼす気だ?」


冷め切った声が、喉奥から漏れ出た。

彼との信頼は崩れ去り、諦めのため息を吐いた。



マレーナの家でテーブルの前に座り、オムニアントを彫刻刀に変形させて石板を彫っていた。

本来ならノミとハンマーを使って行うべき作業を、柔い材木を削ぐように加工していた。


「こんなものか……」


切屑を息を吹いて散らし、掘り込まれた文字を確める。


「……クリフっ、何してるの?」


背後からシルヴィアが抱き付く形で尋ねて来た。

アルテスとして暴れたあの時、俺は彼女に発してはいけない言葉をほぼ全て吐き、アキムが居なければ殺していた。


そんな負い目を感じて、上手く話せないでいた。

すると彼女は、以前に増して話し掛けて来るようになり、スキンシップも過剰なくらいに増えていた。

俺には過分な程、優しい子だった。


「俺の子供の……墓石を彫ってるんだ」


この子が死んだ日。両親の名を刻んでいた。


「どれだけの月日が経ったとしても、愛してるよ。おはよう、おやすみ__」


墓石に(つづ)られた文言を読み上げ、最後にこの子の名前を呼んだ。


「__エルトラ」


墓石の表面をそっと撫でた。


「……良い名前だね」


シルヴィアは手を離し、横に立って呟いた。


「ああ……ありがとう」


テーブルの上に置いてあった、麻布で包まれた卵状のものを手に取り、家の玄関を出た。

シルヴィアも後を追い、二人で裏庭へと向かう。


「あっ、掘ったです。これくらいで良いですか?」


裏庭では、ヴィオラが地面を掘っていた。

右腕を螺旋状のドリルに形を変え、山のように土を盛り上げていた。


彼女は右腕を収縮させ、元の形に戻すと、地面には細長い3m程の穴が形成されていた。


「何を隠すです?」


彼女は土埃を払いながら立ち上がると、首を傾げた。


「子供が居たんだ。埋葬するんだよ……ほら、お前の分だ」


そう言って小さな皮袋をヴィオラに手渡す。

その時に僅かに溢れ出た灰を見て、彼女は目を凝らす。


「お父さん?」


それは、アキムの遺灰だった。


「ああ、本物か分からないけどな。殆どは風に乗って消えたんだ」


ヴィオラは微かに微笑むと、遺灰の口をきつく結び直した。


「自分で埋葬するか?」


そう尋ねた瞬間、ヴィオラは顎の関節を外しながら、アキムの遺灰を丸呑みにした。


「えっ、えっ?何やってるの!」


その場の空気が凍り付き、シルヴィアは目に見えて慌て、彼女の肩を揺すって吐かせようと試みていた。


「ヴィオラ……」


それは、チペワらしい仕草だった。


「お父さんもヴィオラとひとつに……はならないです。でも、こうした方が良かったです」


彼女は皮袋を飲み込むと、寂しげに答えた。


「そうか……お前なりの弔い方なら、否定しないよ」


そう答え、麻布に包まれたエルトラを穴の底に下ろした。


彫刻刀になっていたオムニアントが、突然スコップの形状に変化した。


「ああ、助かるよ相棒」


ゆっくりと土を被せ、地面の底へと埋めていく。土をひとつ、またひとつとすくい上げる度に、涙が溢れて止まらなくなった。


「ごめん……ごめんな。俺がもっとしっかりしてたら……」


鼻をすすり、手を止めた。

袖で目元を拭ったその時、背後から独特な足音が聞こえた。


「えっ……」


シルヴィアはそれに困惑していた。

しかし、俺はその景色に少し安堵した。


「ああ、来てくれたんだな……」


家の奥から、ポチがゆっくりと歩いて来ていた。勿論、俺が操っている訳ではない。

ひとりでに動くそれには、間違いなく彼女が入っていた。


「魂の中で中々会えなかったから、不安だったんだけどな……良かったよ」


ポチの身体を操るマレーナは、俺の隣まで歩み寄り、墓穴の前で項垂れた。


「勝手にエルトラって名前にしたけどさ……許してくれよ?」


乾いた笑いをこぼし、再び土を被せる。

何か喋っていないと耐えられなかった。


「……さよなら」


土を被せ終え、呟く。

涙はもう、止まっていた。

石板を穴の真上に埋め込み、土を固めて整えた。それが全部終わった後に、思わず笑いが溢れてしまった。


「エルトラの魂は、もう消えて行ったんだよな?」


シルヴィアに目配せした。

以前、ナトから教わったと話していたのを憶えている。


「うん……多分、お母様の所に行ったと思う」


「……死んだ後が分かってると、弔う時に辛いな」


弱気に呟くと、ヴィオラが前に出て、右手を変形させて、赤い花を形作った。

それを墓石の前に供えると、彼女は首を傾げた。


「別れる為に、前に進む為にするんじゃないのです?」


純粋な質問だった。

しかし、それが答えでもあった。


「ああ、そうだ。俺たちの為にやってるんだ」


墓石の表面を撫でて微笑み、その場から立ち上がる。


「その居ない世界で、前を向いて強く生きる為に……別れをするんだ」


空を見上げる。

太陽は燦々と輝き、差し込んで来た光を手で遮った。

空は雲ひとつなく、澄んでいた。


「行って来ます」


___3章「魔導の国」-完-

エピローグを15:00時に出します。

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