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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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117話「またいつか」

「手応えは無しか……」


イネスは眉を(ひそ)め、剣を払った。

ハース国祖の家系であるピマイオフ家は、アルバの息が掛かっていた。


城内に居たオーガ達は全て昏倒(こんとう)させられており、アルバとの関わりが強い者は一人残らず首を落とされていた。


彼女は苛立った様子で足踏みをすると、フォールティアを鞘に収めた。


「フォールティア、次の候補地を探して。古代人の機動衛星にも変化は無い?」


『変化は無いよ。一旦、ニール君の所に戻ろう』


フォールティアは震えながら応答すると、イネスは顔を顰めた。


「ナトが今も苦しんでるんだよ?」


玉座に座っていたオーガの死体に触れる。


「とりあえず、この人の記憶を経由して虱潰(しらみつぶ)しにやろう」


イネスの言葉に、フォールティアの鞘から赤い光が漏れ出た。


『私に身体があったら、あなたを殴ってるよ』


その言葉に、イネスは得意げに微笑んだ。


「大丈夫、ニール君は分かってくれるから」



雨が降りしきるセジェスの市街で、ニールは立ち尽くしていた。


「俺は用済みか……」


曇天(どんてん)の空を見上げる。

一週間が経っても、彼女は帰らなかった。

恐らく、捨てられた。

英雄性を取り戻した彼女にとって、どうやら俺は不要だったようだ。


「やるせないな……」


悲しみと恨み。それと怒りが僅かに残った。

心には大きな穴が空いた気がする。

が、それだけだった。

奇妙な開放感さえあった。


ささくれた心情のまま傘を差さずに街を歩く。崩れ落ちたファビアンの工房で立ち止まり、彼の亡骸を見つけた。


「……すまない。俺は」


__優先すべきものを間違えたようだ。

そう呟こうとするも、口を(つぐ)んだ。多分それは、彼への冒涜だ。

乱雑に吐き出され、胃液によって損傷した彼の上半身を持ち上げた。


内臓が無くなり、軽くなっている筈の死体が、鉛のように重く感じられた。

恐らく、彼を見捨てた罪悪感からだろう。


「どう弔うべきだろうか」


血と魔物の胃液が滴り、服が汚れるも、今の俺に気にする余裕はなかった。


「……そこのお方。大丈夫ですか?」


擦り切れ、くたびれた衣服を身に付けた、黒い肌のエルフがこちらの様子を伺っていた。


そこでようやく、自分が死体を抱えたまま歩き回る不審者だと気付いた。


「……ああ、紛らわしかったな。この人の元で働いていたんだ。どう弔うべきか少し困っていてな」


「失礼、この人の名をご存知ですか?」


妙な事を尋ねられた。だが、答えない理由もなかった。


「ファビアンだ。知り合いか?」


「いえ、しかし彼の娘さんと避難所で会いました。リゼットさん……でしたか」


男は短く答えた。

だが、彼とリゼットが会ったのを見た事が無かった。


「まさか会った人全員の家族を覚えているのか?」


「ええ、私に出来ることを、出来る限りやるまでです」


男の瞳には、並外れた決意が宿っていた。


「すまない。彼を彼女の元に届け、弔って貰えないか?」


俺は着ていたコートをファビアンの死体に巻きつけ、溢れた臓腑を包んだ。


「……その前に、一度祈っては貰えませんか?彼がルナブラムの元へ鎮む前に」


彼は澄んだ眼差しで彼を仰向けに寝かせると、慣れた手つきで彼の胸を指先でなぞり、魔力の光で蛇の紋様を描いた。


「聖職者だったのか?感謝する」


そう尋ねると男は微笑み、頷いた。


「貴方の歩みは止まり、安息の停滞へ」


彼が淀みなく呟くと、こちらに目配せした。

俺は、彼の言葉を復唱する。

ドートス教徒が、異国の弔いに参加するのは、不思議な気分だった。


「されど世界は巡り、貴方の想いは続くでしょう」


復唱する度に、心の奥で棘が刺さった。


「良い眠りを」


「良い眠りを、ファビアン」


彼を言葉で送ると、頬に一筋の涙が流れる。

だがそれきりだった。


「彼女に会わなくて良いのですか?」


エルフの男は心配そうに尋ねた。


「俺は、二人を助けない選択をしたんだ。合わせる顔がない」


それはきっと、懺悔だった。

その言葉を彼は蔑まなかった。


「誰かのために立ち止まる勇気もまた、尊い祈りの形だと思いませんか?」


ただ真っ直ぐな眼差しで、こちらを見ていた。


「誰もが悔い改め、やり直せます。そう在るべきですから」


続けて彼は断言した。

一種の狂気すら感じさせるそれは、今の俺には眩し過ぎた。


「なら俺は臆病者だな。そんな勇気すら持ち合わせちゃいない」


そう、俺は勇者の称号に相応しくない。

ただ殺しが得意なだけの、元軍人だ。


「……そうですか」


彼は眉を落とす。その面持ちは、責めているのではなく、こちらを案じてくれているように思えた。


「俺はニール。あんたの名は?」


敢えて、偽名を使わなかった。


「ベルナールと申します。どうか、貴方の旅に幸多き事を」


彼は勇者の名に目くじらを立てる事なく、祈ってくれた。


「ありがとう、貴方の試練が成就する事を祈ってるよ」


ベルナール。それはクリフを襲い、教会より追放された司教の名だった。


「ああ、気付かれてしまいましたか」


彼の言葉を鼻で笑った。


「お互い様だな」


そう答えるとベルナールは目を丸くし、苦笑した。


「……さて、ファビアンさんの事はお任せ下さい。その為に、贖罪を中断してでも来たのですから」


彼はファビアンの亡骸を担ぎ上げた。


「ありがとうベルナール。次会えた時には必ず礼をするよ」


その言葉に彼は微笑んだ。


「ご寄進なら受け取りますよ。あまり金や物に執着が無いのです」


彼の言葉に思わず笑い声が出た。


「感服だよ、司祭様」


そう言って踵を返し、俺は街の外へと足を運んだ。

どこかへ居場所を探す為に。

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