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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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116話「はじめまして」

アルテスが暴れて半日、ウァサゴは瓦礫の下で横になっていた。


「私……何してるのかしら」


弱々しく呟く。

最早、指先ひとつ動かす力すら残されていなかった。

全身をペースト状に潰された状態から、人型を復元出来た事が奇跡に等しかった。


今の彼女に瓦礫(がれき)を押し除ける力がある筈もなく、生命活動を維持するのが精一杯だった。


「……あら?」


突然目の前の瓦礫が押し除けられた。

もし、彼が再びやって来たのなら、隠す気も、抵抗する気も起きなかった。


「見つけた……!」


しかし、現れたのはウェールだった。

頭にきつく包帯を巻き、折れた右腕を揺らしながら、腰に提げた短刀に手を伸ばしていた。


「はぁ、最悪……」


彼に殺されるなら不満は無かった。

しかし、この女は別だ。

彼女はウァサゴの死を辱め、悪趣味な人形に作り変えた張本人だ。


「お前が……マリィを……!!」


彼女は顔を歪め、大粒の涙をこぼしながら短剣を引き抜いた。


「あなたみたいな下衆(げす)に殺されるなんてね……残念だわ」


「それはお前だろうがっ!!」


ウェールはナイフに体重を乗せ、勢いよく振り下ろした。

刃が迫る中、どうにか抵抗出来ないかと思案するも、無駄だった。急所を外して、死ぬまでのステップをひとつ増やすのが限度だろう。

それなら死んだほうがマシだ。


「ほんと、残念だわ……」


遺言にもならない言葉を呟き、目を瞑る。

脳裏で、走馬灯のようにアガレスとの日々が流れた。


特別な出来事のない日常が崩れ、アウレアの英雄に彼が狩られた場面に差し掛かる。

彼の首に剣が差し込まれた瞬間、ありえない筈の金属音が響き、走馬灯が途切れた。


「なんでっ……」


目を開くと、グレゴワールが目の前に滑り込んでいた。

彼はナイフの刃を掴むと、そのまま握り潰し、ウェールの手から引き剥がした。


「……オレはコイツを殺したくないんダ」


ウェールは顔を青くし、大きく息を吸った。


「作った私が断言する!おまえの魂はおまえだけのものだ!!お前は、アガレスじゃない!!」


彼女は怒鳴り、懇願(こんがん)するように言った。


「ソウだよ……オレはこいつの大切な奴じゃないのはいちばん分かっテル……」


グレゴは俯いた。


「ならっ__」


「デモな、こいつを守れって、オレの中に残った温もりが叫んでるんダヨ」


彼の言葉を前に、気が付くと涙が溢れていた。

こんな状況にも関わらず、嬉しくて仕方がなかった。

彼はアガレスではないというのに、言葉に出来ない感情がこみ上げた。


「グレゴ……!」


ウェールは頭を抱え、怒りに震えていた。

そんな彼女から庇う形でグレゴワールは立った。


「オレは不良品ダ……ダカラ、こいつを殺したいなら……オレも壊してクレ」


その言葉を最後に、ウェールは膝から崩れ落ちた。


「そいつはっ!そいつはマレーナを殺したんだぞっ!!なんでだよ……なんで……マレーナだけ……マリィだけ死ななきゃならないんだよぉっ……!!」


彼女はその場に倒れ込み、叫ぶように泣いた。



「お役人様……どうか……どうかお許しを」


寂れた農村で、ひどく痩せた男が麻袋を背に、恰幅(かっぷく)の良い男たちに懇願していた。


「ダメだ、規定量に達していないな」


先頭の男が冷淡に吐き捨てると、真横で待機していたネクロドールが動き始めた。

金属の外殻に覆われた人型のそれは、手首から長い剣を展開した。


「あぁ……そんな、どうか……」


痩せた男は腰を抜かし、後退る。


「やれ」


男があごで示すと、ネクロドールは勢い良く走り出し、瞬く間に痩せた男の首に剣を滑らせた。


頭がボールのように飛んだその時、ネクロドールが続けて剣を振ると、矢を切り落とした。


「出て来なければ財布が潤ったんだがな」


先頭の男は、村に広がる家屋を見つめた。

その先には、農民たちがボルトガンで武装し、銃口を役人達に向けていた。


「よくも父さんを!!」


農民たちが汚く(ののし)り、次々と発砲した。

飛来するそれを、ネクロドールは易々と切り払った。


「駆除しますか?」


役人の一人が落ち着いた口調で尋ねる。


「ああ、仕方がない。ここをブドウ農園にでも建て替えよう。金を持て余した商人なら買い取ってくれるだろう」


先頭の男が答えると、残る四機のネクロドールが一斉に起動し、家屋に向かって走り始めた。

弾を切り落とし、時には身体で弾きながら、鋭敏(えいびん)で、無駄のない動きで村の人々を解体して行った。


悲鳴と肉を絶つ音が絶え間なく続き、それが止んだ時には、一人の子供が残されていた。


「……お母さん、お母さん」


子供は、動かなくなった母親をゆすっていた。

そんな彼の前に、一体のネクロドールが立ち、剣を振り上げた。


「やめろおぉっ!!」


ウェールは堪らず叫び、持っていた本を勢い良く閉じた。


彼女は、ナトの図書館に居た。

ウァサゴのせいで居心地が悪くなり、ナトを探しに来ていた際にこの薄い本を見つけた。


魔法で厳重に封印されていたその本を、好奇心に負けて開封したのが間違いだった。

開いたと同時に、今の光景が頭に流れ込んで来た。


「嘘だ……こんなの……」


本はあと、30ページ程残っていた。

ウェールは、1ページ目の光景を思い返す。

あの鋼鉄のネクロドールは、私が最初期に卸したものだった。


「ナトはずっと……隠してくれてたんだ」


かつて、ナトは言った。

ネクロドールが悲劇を起こすかもしれないと。だが真実は違った。

彼女は、真実を隠した上でネクロドールの製造を差し押さえてくれていた。

私を傷付けない為に。


「……なのに、私は、わたしは……あ……あぁっ……」


目眩がし、本を投げ捨てて書庫の出口に駆け出した。

備え付けられた転移門を潜り、古びた本屋から飛び出した。

転移の不快感すらも忘れ、呼吸を忘れたまま廃墟となった街を駆け回る。


「違うっ、だって私は、私はっ……みんなの為にっ……!!」


頭を抱えながら街を駆け回り、自宅に向かって走る。

孤児や物乞いを横切り、血溜まりを踏み越え、自分が最も安心出来る場所を目指す。


曲がり角を抜けた時、自宅の前に辿り着く。

安堵のため息を漏らそうとしたのも束の間、玄関扉が勢い良く弾け飛び、共に飛び出した憲兵が反対側の家屋に叩き付けられた。


「えっ……」


呆気に取られ、吹き飛ばされた憲兵に目が行くも、今はそれどころではなかった。


工房の奥に篭り、現実から目を背けたかっただが屋内は更に悲惨だった。

廊下の家具のほとんどが砕かれ、無数の憲兵達が伸びていた。


「あら、お帰りなさい」


廊下の突き当たりで、ウァサゴが右手に魔力を纏わせていた。

その光景に、嫌な予感が脳裏をよぎる。


「お前っ……」


「私から暴れてた訳じゃないわよ」


彼女は遮るように答え、手を振って魔力を払った。


「差し押さえよ」


ウァサゴは倒れた憲兵の懐から一枚の紙を手に取ると、目の前に広げた。


「国の認可していない危険物の取り扱い、あと反政府組織への兵器供与……ですって」


頭の中が真っ白になった。

どうすれば良いのか、全く分からなかった。


「概ね、ナトが連れ去られてアンセルムが死んだからでしょうね。後ろ盾のないあなたは、良いカモよ」


ウァサゴの言葉に引っかかった。


「連れ去られたって……」


「私は陽動。本命はあの子だったのよ。今頃、弟に誘拐されてるんじゃないかしら」


__助けないと。


自分の心の状態に関わらず、そう思えた。

悲哀と後悔を、目的を使って逃避する事で、理性を無理矢理取り戻す。

憲兵が持っていた剣を拾い上げ、腰まで伸びた髪をうなじまで切り落とした。


「……どうせもう、ここには居られないんだ。早いとこ出ないと」


「雰囲気が変わったわね」


ウァサゴは関心したように答えた。


「黙ってくれ……お前は、これからどうしたいんだ」


正直に言えば、ウァサゴは殺したかった。

ここに来てナトの誘拐の幇助(ほうじょ)という余罪が増えたからだ。

だが、私では彼女に勝てないし、彼女抜きでナトの捜索を完遂できる気もしなかった。


「それは勿論、グレゴが行く先に__」


「失礼するよ」


ウァサゴの言葉を遮る形で、茶髪の好青年が、ドア枠をノックして微笑んでいた。


「初めまして、僕はバベル。古代人の生き残りにして、ジレーザを取り仕切らせているものだ」


背後でウァサゴが魔力を発し、警戒心を露わにしているのが分かった。

しかし彼は、そんな彼女を意に介していないようで、その不遜な態度が彼の言葉の信憑性を増していた。


「何の用……なんだ?」


普段の口調が思わずこぼれ出た。

憎悪があるならまだしも、初対面の相手は変わらず怖かった。


「君をジレーザに招聘(しょうへい)したい。君の知らない知識と、この国の官僚より快適な暮らしを約束しよう」


唐突な提案を前に、自分の中での優先順位が混乱する。

言葉に詰まり、何と返せば良いのか分からなかった。言葉の失敗が、怖くて堪らない。


「代償は何かしら?アルバとは手を組んでいた筈だけれど」


ウァサゴが鋭く尋ねる。

まるで私を庇っているかのようだった。


「ああ、そうだね。ウェール君。2176年、レッドライン要塞に用いられ大破したネクロドール、「コンフィルマシオン」の材料費を覚えているかな?」


しかしバベルはそれを無視して私に尋ねた。


懐かしい名前だった。

あの子は持ち主を護り、主人を抱えて逃げてくれた子だ。

しかし、何故彼はこんなにも簡単な質問を投げたのだろうか?


「22410640ベンスだ。修理費は18062470ベンスだったな」


鮮明な記憶を引き出し、一切言い淀むことなく答えた。

バベルはそれに微笑み、ウァサゴは困惑していた。


「君は技術者、科学者の両方において、天賦の才を持っている。この国で腐らせるにはあまりに惜しい。そう思っただけさ」


ウァサゴは一歩前に踏み出し、私とバベルの間に入った。


「アルバはどうするつもりかしら?この子は、彼と仲良くする気なんて無いわよ」


「問題ないよ。彼は協力関係を一方的に切ってね。君たちが望むなら、彼の捜索を手伝っても良い」


願ってもない申し出だった。

ナトを救う、セジェスから逃げる、新しい知識を、力を手に入れる。

彼はそれを全て同時にさせてくれると言っていた。


「ああ……私を、ジレーザに連れて行ってくれないか?」


バベルは満足げに微笑み、ポケットからひとつの球体を取り出した。


「これを君に」


彼から投げ渡されたそれをキャッチし、眺める。


「ちょっとしたパズルだ。迎えが来るまでの暇潰しにして欲しい。尤も、僕でも解くのに二日は掛かった代物だ。詰まるようならまた今度解説するよ」


バベルは踵を返し、転移門を呼び寄せた。


「……うん」


そんな彼をよそに、私は空返事をし、この不思議な球体を撫でていた。

36年間全ての記憶と経験を引き出しながら、思うままに球体を触る。

金属に見えるそれは柔らかく、しかし硬さもある。

少し触ると、ある法則で硬さと柔らかさが変化する事に気付いた。

更に続けると、特定のリズムと指の動かし方で柔らかさが増した。

しかし、何かの法則を間違えると、一瞬で鉄のように硬くなった。


「あっ、これ……楽器みたいだ」


バベルが突然足を止めた。


「何だって?」


彼に声を掛けられた気がした。

が、そんなものに意識を向けたくは無かった。

私は今、この未知の物体との知恵比べに、全力を尽くしていた。


「分かった」


法則を理解し、私の知らない音楽のリズムを刻みながら、指先で球体の表面に幾何学模様を描いた。

柔らかさは増し、正確に指を動かすのが難しくなる。


「はは……楽しいなこれ」


しかし、それらの誤差を加味した上で、10本の指を球体の表面に滑らせる。

球体の柔らかさがピークに達した時、球体が指の形に沈み込んだ。


球体は突然砂状となって崩れ落ち、指の間をすり抜けた。中央にはスイッチの付いた球体が残されていた。


「あっ……壊した?」


思わずバベルの方を見上げる。しかし彼は、顔が大きく歪むほど笑っていた。


「僕の弟子になってくれないかい?」


彼は上機嫌に話し、手を差し伸べた。

私は、彼の手を取った。

明日の12:00にエイプリルフール短編を出します。

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