表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
122/160

115話「はじめまして」

クリフは、主の居なくなったマレーナの家で、一人佇んでいた。

リビングに置かれた椅子に座り、片手に持っていた度数の高い蒸留酒を瓶ごと飲み干した。


「……クソ」


空になった瓶を投げ捨て、テーブルに積まれた酒瓶に手を伸ばす。

その時に、向かい側の席に誰も座っていない事実に、顔を歪めた。

マレーナは居なくなり、シルヴィアは今事後処理に駆け回っていた。


「クリフ、心に良くないよ」


空の席に姉が出現した。おそらく、彼女は俺にしか見えないのだろう。


「誰のせいだと思ってる……」


恨み節をこぼすと、姉は目線を落とした。


「辛いから行かないんじゃないの?街を壊して感謝なんてされたくないでしょ?」


彼女は(さと)すように話し、苦笑した。


「それとも、絶望の(ふち)にいる皆に真実を伝える?街をほとんど破壊したのは、テュポンじゃないって」


俺は歯軋りをし、蒸留酒の瓶を開けて一気に飲み干した。


「……出来ない。それはきっと……俺の自己満足だ」


俺には、街を破壊したことへの謝罪すらもさせて貰えなかった。

主神の弟が街を壊した。

もしそれが公になれば、民衆の理性を辛うじて繋いでくれている信仰さえも崩れ去り、奪われたもの同士が起こす、生きる為の殺し合いが起こってしまう。


俺が罵声を浴びたいが為に、そんなことは出来なかった。


「なぁ……姉さん。エルの力が目覚めたのは、偶然だったんだよな。想定外の事故だったんだよな……?」


声を震わせ、彼女に尋ねる。


「全く、想定通りだよ。上手く使えたじゃない」


姉は明るい声音で答えた。


「……え?」


返す言葉がなかった。


「実際、楽しかったよね?神って素敵だと思わない?」


彼女は手を合わせ、嬉しげに答えた。

その時だった。姉とルナブラムが乖離(かいり)したのは。

やっと現実を受け止められた。

この怪物は姉ではない。彼女はあの日に、俺を庇って死んだ。


「ルナブラム。俺はお前みたいにはならない」


腹の中の怨嗟を語気に乗せて吐き出すと、彼女は満足げに笑った。


「そう来なくっちゃ。あなたには竜の主神になって貰うんだから」


オムニアントを拳銃に変化させ、一切の予備動作を挟まずに超域魔法を起こした。


〈__薔薇散(アガーテ)


拳銃を弾き、魂さえも捉え損傷させる弾丸を放つ。

しかし弾丸は頭部に命中するも、彼女の身体をすり抜け、漆喰の壁に着弾し、浅い亀裂を入れた。

やはり、実体はないようだ。


「じゃあ何だ、この旅はさしずめ神の試練って事か?」


絶対の殺意を以て彼女を撃った。

仮に彼女がシェリーでないとしても、その事実が俺の心を抉った。

俺は、彼女を殺せる。殺そうと思えてしまう。


「ケルスが言ったでしょ?経験を積んで欲しいって……その通りの事だよ。あたしがその気になれば、クリフをすぐに神に出来るけど……赤子を馬に乗せる人なんて居ないでしょ?」


「お前がケテウスを殺していればとっくに解決してるだろ。失せろよ、お前の為にアキムが死んだなんて考えたくもない」


持っていた瓶を投げ捨て、次の酒瓶を手に取る。


「そっか、またねクリフ」


彼女は霧となって霧散した。

怒りをぶつける相手が消え、静けさだけが残った。

オムニアントを剣に戻し、テーブルに立て掛けると、酒瓶の頭を千切って開栓し、そのままあおった。


焼けるような度数の酒を水のように飲む。

だが、竜人の身体はアルコールを瞬く間に分解し、酔いの余韻すらも残してくれなかった。


「……シルヴィア……アキム」


心に隙間が空き、そこに嫌な記憶が流れ込む。

机にうつ伏せると、アルテスとして暴れた時の罪悪感が、刃物のように心を突き刺した。


「ずっとそうしているつもり?」


透き通った声に呼ばれた。

顔を上げると、向かいの椅子にエルウェクトが座っていた。

彼女とは、ガウェスの記憶を見て以来会っていなかった。


相変わらず、俺の前世とは思えない程神秘的で、慈愛に満ちた面持ちをしていた。


「何だよ、笑いに来たのか?抜け殻」


彼女に心ない言葉を投げつける。


「そうかもね、操り人形」


彼女は気にも留めない様子で、俺に毒を吐いた。

想定外の言葉に、俺の情緒はかき乱され、制御できなくなった。


「うっせぇな!てめぇも見ただろ!楽しくなって無差別に殺して、俺はアキムまで殺した。」


テーブルを叩いて立ち上がる。

まだ中身の入った酒瓶を勢い良く投げ捨て、彼女の胸ぐらを掴もうとして空振った。


「ああっ、クソ!!てめぇはなんで俺なんか作ったんだよ!!?」


エルウェクトは口を噤み、冷ややかな眼差しでこちらを見上げていた。

彼女は、飽くまで俺の話を聞こうとしていた。


「俺は……力なんて持って産まれたくなかった!!ただ……平穏に暮らしたかった……」


心の奥底に詰まった思いを吐き出す。

言葉を聞き終えたエルウェクトは、うんざりした様子で溜め息を吐いた。


「……私の魂が無ければ、アードラクトにも拾われなかったし、ルナも居ないからオーガに殺されてたよ」


彼女は席を立ち、テーブルに手を付いて俺に顔を近付けた。

同じ姿勢で、(にら)み合う形となった。


「都合よく力だけ否定したかった?なら戦地で無様に死ぬか、チペワやソフィヤに殺されて、ソルクスに従うしか無かったけれど」


以前会った彼女と違っていた。

聞き分けの無い子供をしつけるように、言い返しようのない事実を、次々と突き刺して来た。


「甘ったれないでよ。散々私の力を享受しておいて、手に負えなくなった途端に私やルナに転嫁して投げ出すなんてさ。まだ子供で居たいの?」


「……っ、俺は。子供なんかじゃない」


心が揺らされ、咄嗟に否定の言葉を吐く。


「自分に嘘をつけると思ってるの?」


鋭く返された。

彼女は完全に、俺の心根を見透かしていた。

気持ちが悪いくらいに。

彼女の言う通りだ。俺の心はまだ、あの崩れ落ちた家の下で下敷きになっている。

言葉や態度で強がっていても、小さな少年が心の奥底で泣いていた。


「力に抗っても良いよ。贖罪に費やしても良い、逃げたって私は否定しないよ。でもね、歩みそのものを止めたなら、私は造物主として、あなたの母として、軽蔑するよ」


厳しく、淡々と話す彼女を前に、ようやくその意図を察した。

彼女はきっと気付いていた。

俺が欲しがっていたのは、励ましや同意ではない事に。


「……分かった」


テーブルから手を離し、彼女の瞳を見つめた。

青空のような色の瞳は、曇りなく澄み渡っていた。


「大丈夫、まだ歩けるよ。まだ希望は潰れていないから」


彼女は語気を和らげ、優しく微笑んだ。

その笑顔は眩しく、心に沁みた。

彼女は勇気の神である前に、女神だったのだと感じさせられた。


「……ああ、頑張ってみるよ」


エルウェクトは霧散し、部屋に一人残された。

しかし、少しだけ肩が軽かった。

テーブルの酒瓶達を抱え、一つ一つ棚に戻した。

そして、割った瓶を片付ける為に(ほうき)を探した時、突然家のドアがノックされた。


「あ……?」


シルヴィアではない。そもそも彼女はノックをしない。

不気味な事に、足音が全くしなかった。


「……敵か?」


テーブルに立て掛けたオムニアントを腰に差し、左手を掛けながらドアノブを開けた。


緊張感を持ったまま、接敵と同時に抜刀斬りをお見舞いするつもりでいた。

しかし、目の前に居たのは敵意のない子供だった。


「はじめまして、ヴィオラです」


そう名乗る少女の髪は黒く、概ねドワーフの特徴を持っていた。赤と黒の旅装に加え、鮮血のように赤く輝く毛先が特徴的だった。


つまり、普通の少女ではなかった。


「孤児……じゃないな。アルバの手先か?」


警戒心を解かず、ヴィオラと名乗る少女に尋ねるも、彼女は分からないようで、首を傾げた。


「お父さんに言われました。来ました」


奇妙な喋り方をする少女に眉を顰める。


「お父さん……?誰のことを言ってる」


彼女の襟から一匹のトカゲが飛び出し、威厳のある声で呟いた。


「アキムだ」


その瞬間、ヴィオラの姿に、アキムの面影が重なった。彼が生きているかのような錯覚を覚え、目からとめどなく涙が溢れ出した。

気が付けば片膝を着き、彼女を力強く抱き締めてしまった。


「どうして……?」


ヴィオラは困惑しているようだった。


「私は、お父さんじゃないです」


「それでも……良いんだ。あいつの、生きた証がお前だから」


声を震わせながら答え、彼女から伝わる体温と鼓動を感じ取り、言葉に出来ない安堵を感じていた。


「分からないです……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ