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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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114話「退廃の女王」

エリノアは追跡を撒く為に、瓦礫に覆われた市街地を全力で駆け抜けていた。


「っったく、どうして私は!!負け戦ばっかりするのよ!!」


彼女は裂け目を飛び越え、周囲の遮蔽物を見渡す。

次の瞬間、彼女の周囲に光線が降り注ぎ、石畳を貫いた。


「上等っ……狙撃してるんでしょ!!」


彼女は素早く振り向き、剣を振り払う。

瞬間、刀身に緋色の光線が接触し、それが屈折した。


強烈な炸裂音が響き、衝撃と共に彼女の剣が弾き飛ばされる。


「……っ、くそ」


次いで二射目が飛来すると確信した彼女は、右掌を正面に突き出した。


〈__烈塊(サクサム)


石畳が粘土のように蠢き、螺旋を描きながら彼女の手元に這い上がって来た。

指先から広がる石塊は、再び硬質な質感を取り戻し、巨大な円盾として再構築された。


「今度こそ、今度こそは!!」


緋色の光線が盾に激突し、轟音と共に砕け散り、周囲に飛散した。

光線の熱を感じ取りながら、エリノアは砕け散った石塊を再び凝固させる。


「私の使命を果たす!!」


彼女は右腕の石塊を触手のように操り、弾き飛ばされた剣を絡め取った。


素早い所作で剣を取り戻し、剣で自身の首を切り裂いた。

大きく裂けた首が傾き、彼女は膝から崩れ落ちた。


「超域魔法、解放」


首の裂け目から青色の光が溢れ出し、傾いた首が結合する。


〈__列烈裂洌塊(サクソバルネウム)


光が晴れると、彼女の手足が岩で覆われていた。

肥大化した拳を握り締め、地面を勢いよく殴った。


「出て来い、ここはもう私のものだ」


彼女の周囲が液体のように波打ち始め、一つの生き物のように蠢き始めた。

地面から無数の触手が飛び出し、市街地の一角を覆い尽くした。

それと同時に、複数の人影が上空に飛び上がった。


「そこか……」


石畳が波打ち、滴る雫のように石球が飛び出した。

彼女はそれを拳で弾き、高く打ち上げる。

続けて地面が蠢き、射線上にライフリングを刻んだ石筒が飛び出し、石球の弾道を整えながら吐き出した。


高速で吐き出された石球は唸りを上げ、人影を撃ち抜いた。

乾いた衝撃音を立て、標的が爆散した


それを目の当たりにした人影は、蜘蛛の子を散らすように空を駆け回り、後退を始めた。


「撤退……いや狙撃かな」


地面が流砂のように崩れ始め、彼女の身体が地面に沈み始めた。

硬い岩盤の底に沈みながら、地面を潜行する。


超域魔法によって強化された身体能力に身を任せ、高速で地中を泳ぐ。

裂け目を通過する度に息を吸い込み、出口の見えない暗闇を進み続けた。


常人ならば超域魔法のイメージを崩しかねない環境下で、彼女は__勇者は幻想を描き続けた。


かつて仕えた人の、最期の願いを届ける為に。


息継ぎを止めた時間が3分を超えた頃、彼女の背後に違和感を感じた。


背中に熱を感じた彼女は、少ない酸素の中で瞬時に判断を決めた。

周辺にあった岩盤を周囲に寄せ集め、卵の殻のように全身を覆った。


次の瞬間、熱波が彼女に襲い掛かり、物理エネルギーも含んだそれは、地中のものを瞬く間に分解し、吹き飛ばした。

彼女が纏っていた石塊もまた、容赦なく打ち砕かれた。


「爆弾でも……」


彼女は崩れた外殻を押し退け、空を見上げる。

周囲は溶解し、火口のように溶岩が滴っていた。岩盤層まで深く抉れたクレーターの中心には、金属で出来た巨人が彼女を見下ろしていた。


「嘘でしょ」


『周辺操作を行う能力と断定。周辺の物質を再度、排除します』


巨人は女性の声で無機質に呟くと、全身から金属棒を突き出した。


その光景に、エリノアは危機感を覚えた。

先程と同じ攻撃が来ると。


「不味っ……」


彼女は再び岩盤を操って身を守ろうと試みるが、量が足りなかった。

蒸し焼きにされた自分の姿が思い浮かんだその時、巨人の胴体が真っ二つに割れた。


『渡津海狩狗、貴方は味方に登録されています。直ちに攻撃を』


巨人が続けて言葉を発した瞬間、金属製の巨躯に、無数の軌跡が通過した。


「悪いなバベル、優先順位があんだよ。面白い奴を見つけた、今度紹介してやるから勘弁しろよ」


クレーターの上から見下ろす形で、和装に身を包んだ鬼が刀を収めながら顔を出した。

彼は下駄を鳴らしながらエリノアを見つけると、不敵に笑った。


「おぉ久しいな。九代目、相変わらず成長してなくて何よりだ……あの時ブッ殺しておけば良かったよ」


彼はわざとらしく話すと、刀を完全に収めきった。

鯉口が小気味の良い音を立てた時、巨人の全身が分離し、瓦礫となってクレーターに崩れ落ちた。


「お前の期待に応えられなくて嬉しいわ」


エリノアは地面を隆起させ、クレーターを抜けて一気に地上に上がった。


クレイグは、箱型の通信端末を取り出し、液晶画面をなぞった。


『構わないよ。当初の目的は果たした訳だし、君の顔に免じて撤退させよう』


知的な男の声が端末から響くと、クレイグは苦笑し、エリノアは目の色を変えた。


「良く言う、手駒を削られたく__」


風切り音が彼の言葉を遮る。


「アンセルムはっ……死んだのか!!?」


彼女は切先をクレイグに向け、今にも死にそうな顔で尋ねた。


『もちろん、魂が連れていかれた事も確認済みだ。100%、死亡したよ』


知的な男が上機嫌に返事をすると、クレイグは顔を顰めて通話を切った。

彼にとって激昂したエリノアを殺し、雇用主の手駒を削る事は不本意だった。


「まあ、そんな訳でお前の主人は変わる訳だが……どうする?」


クレイグは少し熱が冷めた様子で、やや事務的に尋ねた。

しかし、程よく脱力した指先からは、死の香りを漂わせていた。


「勿論……お嬢様に付くわ……」


エリノアは深呼吸をしながら答えた。

分かってはいた事だった。

しかし、恩人の死をこうも明言されれば、平静を装う事など出来るはずがなかった。


「相分かった……カーミラ」


彼が短く呟くと、上空から赤い煙が降下し、着地と同時に一人の女性が姿を現した。


「ええっ、請け負ったわ!」


彼女は指先で大きな円を描くと、エリノアの前に巨大な転移門を形成した。


「お前の主人の元に直行出来るぜ。ほら行くぞ」


クレイグは彼女の背中を叩くと、転移門を潜り抜けた。


「まさかお前に助けられるなんて」


エリノアは歯軋りをしながら、転移門を潜った。


赤い液体が網膜を潜り抜け、温かな水に沈んだ感触がやって来る。

光が差し込むと、彼女はモデュード邸の執務室に飛び出した。軽く躓きながら、僅かに狂った平衡感覚(へいこうかんかく)を慣らす。


「お母様。私はね、この国が欲しいの」


エリノアの眼前に映ったのは、今までで一度も見た事が無い程の笑みを浮かべ、感情を剥き出しにしたエレネアの姿だった。


「……っ」


彼女の見下ろす先には、両手を赤い手枷で縛られたメアリーの姿があった。


彼女は、一筋の涙を流していた。


「目の眩むような財宝が欲しいの、至高の芸術品を手に収めたいわ」


エレネアは幼子のように、無邪気で邪悪な夢を話す。


「誰も味わった事のない美酒が欲しいの。世界のあらゆる美男美女を知り尽くしたいわ」


彼女はメアリーの目の前でしゃがみ込み、薄く微笑んだ。


「愛は要らないの。だから全てを頂戴……ねぇ

……?」


メアリーは体を震わせると、血で作られた手枷を引きちぎった。

そして彼女は、エレネアに掴み掛かった。


ルクロードとエリノアは目の色を変えて踏み出す中、クレイグは笑っていた。


「エレネアっ!!」


メアリーはエレネアを抱き抱えた。

両手を伸ばして持ち上げるさまは、赤子をあやしているようだった。


「ずっとあなたのことを誤解していたの……でもやっと気付けた。あなたは……私の娘よ」


彼女はエレネアを強く抱きしめた。

その行動を前にしても、彼女は驚く素振りを見せなかった。


「ああ……あなたの夢に私も連れて行ってくれないかしら。望むものなら、何でも……用意してみせるわ」


エレネアの瞳が揺れる。その奥底には、微かな憎悪が宿っていた。

しかし彼女は微笑み、母の額に口づけをした。


「……ありがとうお母様。絶対に、期待に応えてみせますね」


メアリーが見せた反応は、欺瞞や狂言というよりは、心の奥底から飛び出したものだった。

それを見たエレネアは、ダメ元の賭けに勝ったと確信していた。母が望む感情を引き出せたと。


だが彼女は、家族からの愛を知らなかった。

アンセルムには愛されていたのかもしれない。しかし、厳格で不器用な彼から、率直な愛を貰うことは無かった。


そして今、混じり気のない愛情表現を前に、エレネアは防御反応を取ってしまった。

決めていた台本から、逸れた言葉を選んでいた。


愛を知らない少女にとって、使い古した口調で取り繕い、母の愛をあしらうのが精一杯だった。


「クレイグ様、エリノアを守っていただき感謝します。かの戦いに赴きたかったのでは?」


メアリーから少し離れ、遠くで燃え盛る市街地を、窓越しに見つめた。

彼女は、クレイグがアルテスと戦わない理由を知りたかった。


「あと半年後だ。ルナブラムの奴にそう告げられた。それまでは精々焦がれているさ」


彼は口角を釣り上げて呟いた。

そんな中、エリノアは我慢ならない様子で一歩踏み出した。


「お嬢様……彼とはどのような関係で?」


落ち着いた口調だった。

しかし言葉の節々は強く、彼女はクレイグへの不満を露わにしていた。


「雇用関係だ」


クレイグは淡白に答えた。


「ええ、その通りです。クレイグ様が望むのは貨幣ではなく……この国の繁栄ですから」


エリノアはより一層混乱した。

何をどう違えたとしても、彼が利他的な行動をするなどあり得なかったからだ。


「……あなたが?」


クレイグはエリノアの背中を叩き、深い笑みを浮かべた。


「猶予は半年だ九代目。俺を満足させれなくてもいい。だが、俺の家臣達を満たせる程度には牙を研いでおけ」


悪鬼のように嗤う彼を見て、エリノアは察する。冷静沈着な筈のエレネアとルクロードの額にも、冷や汗が滲む程だった。


「死に体の国家を轢き潰した所で、余興にもならねぇ……お前達にはせいぜい、この国を強くしろ」


「まさか……」


クレイグは両手を広げ、窓の前に立つ。

焦土と化した市街を見下ろし、嬉しげに呟いた。


「俺は故郷に帰る。渡津海の元にな」


それは、彼からの宣戦布告だった。

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