12話「ようこそ」
魔力の爆心地から離れた場所で、ニールは草花を押しのけ、花壇から起き上がる。
「魔力が流せない、か。道理で防御出来ない訳だ」
右腕に魔力を流し、青い光子を纏わせるも、激しく振動して霧散した。
クリフが魔法を発動した瞬間、黒い衝撃波によって吹き飛ばされ、庭園の生垣に激突した。
「レンガや壁に飛ばされていたら死んでいたな」
手についた柔らかい土と葉を払いながら呟く。
__魔力だけじゃないな……運動神経も落ちているのか。
人並みの歩行速度で歩き、爆心地へ進む。
爆発と共に発生した黒い霧は減り始めており、ゆっくりとではあるが、再び全身に魔力が巡り始めていた。
クリフの持っていた剣を拾い上げ、彼の目の前へ立つ。
「その短時間でよく仕上げた。が、加減を間違えたな」
クリフは力尽きた様子で、花壇の上で腰を下ろしていた。青い瞳は元の緑色に戻り、体に浮き出た黒の刺青が肌を伝って戻っていき、髪を黒く染めた。
「即興にしては……面白かっただろ」
彼の全身から溢れていた黄金の魔力はもう跡形もなく、先程の力強さは失われたように見えた。
「最後だ、俺の提案を受ける気はあるか?」
「……無いよ。善悪が滲んだ場所で人を殺すのは、こりごりだ」
クリフはため息を吐き、澄んだ瞳でこちらを見上げた。
「やれよ」
「……ああ」
剣を両手で振り上げる。
__俺だって、傷付くんだぞ。
心に棘が刺さる感覚を覚えながら、剣を首に向けて振り下ろした。
次の瞬間、緑に輝く鎖が飛来し、剣と右腕に巻き付いた。
「何だと……っ!!」
〈__磁雷〉
〈__磁雷操陣〉
〈__磁雷躍動〉
咄嗟に持ちうる全ての魔法を同時に発動し、鎖を解こうと試みる。
鎖そのものの操作、自分自身の移動、身体能力の強化__それら全てが徒労に終わり、鎖を僅かに鳴らす程度だった。
「そこまでだ、ニール殿」
鎖は、ケルスの右腕に伸びていた。
彼は空中に浮遊しており、すぐ背後でゆっくりと降下していた。
そして、少し離れた庭の入り口から、シルヴィアが顔を出していた。
「クリフっ!!」
彼女は血相を変えてクリフの元に駆け寄る。
「内政干渉ですよ、閣下」
ニールは冷や汗を流し、彼を見つめる。
態度こそ変えていないものの、その眼差しから、彼が本気である事が伺えた。
自分の選択肢ひとつで、会談はおろか、ヴィリングとの戦争にまで発展しかねない事態だった。
「彼をこちらで引き取りたい」
__意図が掴めないな。
「貴殿をこの場で殺し、全面戦争を起こしたとしでもだ。必要ならば、親父がこの国に来る」
彼は返事を待つことなく、最悪の脅し文句を添えて来た。もはや、皇帝に相談するまでもないことだった。
「承知しました。彼はこの国の罪人、引き取っていただくことに異論はありません」
その場から数歩横に動き、彼に道を譲る。それと同時に鎖が消滅し、彼が目の前を横切る。
すれ違いざまに、クリフの剣を取られた。
__魔神とその息子が手段を選ばずに助けに来たか……クリフ、一体お前は何なんだ?それとも、あの少女はヴィリングに戦争をチラつかせる程の発言力を持つのか?
耳を澄まし、彼らの会話を一字一句と耳に入れようと試みる。
「シルヴィア……?悪いな、でも……良かっ……」
クリフはその場で力尽き、気絶した。
倒れる彼をシルヴィアは受け止め、彼女は不安そうにケルスを見上げていた。
「大丈夫、眠っただけだ」
「……良かった」
彼は片手でクリフを担ぎ上げ、踏み出した右足から魔力を放出した。
すると再び、ケルスの目前に楕円形の穴が出現した。
「さて、聞きたい事もあるだろうが、続きはヴィリングでしよう」
そう言ってケルスはこちらに目配せをし、薄く微笑んだ。
そして彼は穴へ足を踏み入れ、その場から消えた。
「えっ……あっ、お邪魔しました!」
シルヴィアは頭を下げた後、急いで穴へと飛び込む。
その直後、穴は縮小して消え去り、その場に自分だけが取り残された。
「……やはりそうなるか。さて、陛下に何と言おうか」
そう言って鉄棒を拾い、踵を返す。
そして、闘技場で気絶しているマイルズの元へと向かった。
◆
皇城から離れた所にある兵舎は、今現在もぬけの殻となっていた。
最低限の警備保全にあたっていた兵士たちは、椅子や床に腰を下ろし、眠りこけていた。
そんな中、青いドレスを纏った女性が倉庫の中を物色しながら歩いていた。
「オネスタさん、息子さんの押収品ならこっちですよ」
物陰からイネスが顔を出す。
その大きな麻袋と、シルフの馬具を両手に持っていた。
「何だ、つけていたのか」
「あなたと師匠には恩がありますから」
彼女は微笑を浮かべつつも、動きに一切の油断が無かった。
それに青いドレスの女性、オネスタは気付いていた。
「私が夫を失った途端、理性を失う怪物に見えるか?そもそも私は、元々大司教だったんだぞ?」
オネスタは眉を顰め、腕を組む。
「とはいえ、確かに道中で何人かは葬った。が、アイツでも同じ事をしたさ。もっと激しい規模でな」
イネスは少し戸惑う素振りを見せる。
「息子想い……なんですね、あの人は。最後に会ったのが70年くらい前ですし、意外でした」
それを聞いて、オネスタは片方の眉を上げ、納得した。
「ああ、クリフを拾ってからのあいつは、随分と変わったよ。ただ死を待つ世捨て人から、一人の父親にな。あの子は……私たち一番の宝だよ」
張り詰めた空気が静まり、微かな風の音だけが残った。
「……何となく、わかる気がします。クリフ君は、何というか……私には眩しい人だなって」
眉を落とすイネスを見て、オネスタはため息をした。
「皇帝の護衛を欠席したのもそれか」
「……やめてください。昔、ケルス閣下に殺され掛けたんですよ。あの時、師匠とあなたが来なかったら死んでた……私は、辞めたんです。勇者なんて役割」
彼女は酷く沈んだ声色で呟き、その場にしゃがみ込む。
それを見たオネスタは呆れた。
「百年経っても癒えないか、難儀だな。その心の病気さえ治せば、亜人の国家全てを灰に出来るだろうに」
「……駄目なんです、私は、友達が殺されそうな時に、目を逸らしたんです。怯えて、ただ……」
イネスは今にも泣き出しそうで、それを見た彼女は顔を顰める。
「ああ……悪かった。そうだな、初代勇者は最初の戦役で死んだ。今のお前は法の守り手、影の殺し屋だ……そうだろう?」
「……はい」
彼女は悔しそうに呟き、ゆっくりと立ち上がる。
呼吸は乱れきって、目尻には一筋の涙が流れていた。
「まあ、元気でな。私はヴィリングに行く、巡りが良ければまた会おう」
オネスタはイネスの荷物を受け取り、肩に担ぐ。部屋の窓を開け、顔に当たる夜風の心地よさに鼻を鳴らす。
「そうだ。力を、自信を取り戻したいならお前も旅に出るといい。お前の元親友はまだ、セジェスに居るぞ」
「……え」
彼女はその場で呆然としていた。
オネスタは窓を乗り越え、街道に着地する。
そして街道を真っ直ぐ走り、自身の姿を少しずつ変化させた。
青白いドレスが光となって弾け、全身から艶やかな芦毛が生え、骨格が変化し、瞬く間にオネスタは、一頭の馬に変身した。
「オネスタさん!待って!!」
追ってイネスも窓から飛び降りるも、彼女は既に大きく距離を離しており、その姿は小さくなっていた。
◆
純白に染め上げられた空間で、一人の幼い少女が座り込み、砂で出来た床を指でなぞっていた。
「エル。良いものは出来たか?」
彼女の背後に、一人の大男が立っていた。
「いいえ、兄さま。全然上手くいかない」
エルと呼ばれた少女は、長い金髪を揺らしながら首を振る。
「そこまで拘るものでもないだろう。直感に任せて適当な器を創れば良い、後は勝手に育っていく筈だ」
「嫌、これから産まれる子に、いちばん素敵な身体をあげたい」
エルは砂を握り締め、周囲に散らす。
そして光を纏った指をなぞらせ、空に絵を描く。その姿は、ヒトの形をしていた。
「……変わっているな、エルは」
男は苦笑した。
「うん、だって愛おしいんだもん」
彼の反応を意に介さない様子で、エルは絵を描き続ける。
「だから見てて、いつか兄さまを驚かせるようなものを創ってみせるから!」
エルは自信たっぷりの笑みを、彼へ向けた。
「……は?」
クリフは、目が覚めると見知らぬ部屋に居た。
近くにある家具は、自宅にあったものとは比べ物にならない程の上物だ。木造の室内でありながら、すきま風ひとつ無い丁寧な作りで、精巧な木の調度品や装飾が部屋を彩っていた。
「何処だここ。それにさっきのは……夢か?」
ベッドから降り、周囲を見渡すも人影は見当たらなかった。
「……シルヴィアは、どうなった」
酷い頭痛にうめき、頭を押さえながら部屋の出口に向かう。
ドアノブに手を掛けようとした瞬間、外側から勢い良く扉が開いた。
「クリフっっ!!」
シルヴィアが勢いよく飛び出し、飛び付いて来た。
彼女を軽々と受け止めるも、衝撃で身体の傷が開き、痛みに顔を顰めた。
「夢……じゃないよな。何処だここ」
「ここはヴィリングだよ」
空目し、シルヴィアの発言を頭の中でもう一度復唱した。
「……何があった?」
やはり意味が分からなかった。
アウレアで気絶して、何があったらこうなるのか皆目見当がつかなかった。
「ケルスさんが私とクリフを国民として引き取るって」
「そいつは……すごいな。何というか、予想外だ。あの人はどう言ってた?」
「ううん、起きたら来るって言ってたよ」
胃が締め付けられる感覚を覚える。
「心の準備をさせてくれ」
そう言って窓へと向かって進み、景色を眺める。
窓からは、ヴィリングの街並みが一望出来た。
夜が明けた空を、陽の色が鮮やかに染め、温かな色を放つ街灯が、街に並ぶ背の低い木造の家屋や路地を照らしていた。
街はひな壇のようになっており、その最下段には広大な農地が広がっていた。
そして何より目を引くのは、街に存在する魔獣達だ。
アウレアでは日夜人々を襲っている凶悪な魔獣たちが、この場所では嘘のように大人しくしていた。
「おい、あれコカトリスじゃないか?」
「えっ、どれどれ?」
「アレだよ」
「あっ、ホントだ……私、アレに追われてたんだよね?」
空飛ぶ魔獣は人を乗せながら木箱を運搬し、コカトリスを始めとした陸の魔獣は、大量の荷物を背負いながら、元気よく街道を走っていた。
空には犬の頭をした巨大な魔物が、ヒトの子供を乗せて飛んでいた。
ヴィリング。ここは、アウレアの首都とは違い、どこか幻想的な雰囲気を持った都市だった。
「こいつは……凄いな」
言葉を失い、月並みな感想をこぼす。
「そうだろ?みな、俺の子達の努力の賜物だ」
後ろからケルスに声を掛けられる。
二人が振り向くと、ケルスが部屋のドアにもたれ掛かり、腕を組んでいた。
「ようこそ、ヴィリングに」
彼は微笑を浮かべ、片目を閉じた。
___1章「人の国」-完-
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