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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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112話「   」

アルテスは咄嗟にアキムを突き飛ばし、「潜光(ファイエントス)」を駆使して、降り注いできた炎そのものに潜った。

しかし、続けて投下された冷気が炎を凍らせ、潜航中のアルテスの身体が凍り付いた。


アルテスは身体を再生させながら、今度は空気の中に潜り込む。

しかし次は空気そのものが消失し、隠れる場所を失った彼を雷撃が貫いた。


「アキムぅっ!!貴様ぁ!!!」


アルテスは砂鉄と炎を操り、障壁を作って抵抗するも、それすらも凌駕する物量で厄災が降り注いだ。


炎が、水が、石が、鉄が、水が、磁力が、音が、重力が、光が……

この世全ての事象が彼に牙を剥き、不死の肉体を破壊し続けた。


肉が石化し、臓腑は紙のように押し潰され、骨が風船のように膨らむ。

血は気体となって散逸し、彼の生存に必要な要素を、幻想(まほう)が否定し続けた。


「俺をっ!神を殺せると思ってるのかぁっ!!!」


百を超える肉体の崩壊を起こして尚、アルテスは肉体を再構築し続けた。

そして彼は骨だけの体で跳躍し、爆心地で共に焼かれるアキムに剣を振り上げた。


「違うっ!!助けに来たんだ……」


彼が手を差し伸べると、黒色の波動がアキムの背後から突き抜け、その場全ての魔法を打ち消した。

石ころ一つすらない平地が広がり、二人だけが取り残される。


そんな最中、アルテスはアキムの背後に居る存在に目を見開き、狼狽えた。


「シルヴィアっ……」


「クリフぅっ!!!」


銀色の光を纏った彼女がアキムの頭上を飛び越え、右拳を振りかぶった。

光は彼女の右手に収束し、瞬いた光が彼の目を潰した。


〈__銀弾(シルヴァーバレット)


彼女の拳がアルテスの顔面に直撃し、そこを起点に光が爆裂した

ソルクスの魂から供給される魔力にものを言わせ、濁流のように魔力を流し込む。


「届けえぇぇぇっ!!!」


シルヴィアの右手が魔力の負荷によって溶解する。

このまま続けば彼女は消える。しかし、既に限界に差し掛かっていたアルテスは耐えられなかった。

彼の身体が光の奔流に押し潰され、塵となって爆散する。

光が大地を破砕し、銀の爆炎を巻き起こした。


爆心地の中、渾身の一撃を放った彼女はその場で膝を着き、灰のように拡散した彼の一部を見つめた。

瞑目し、大きく息を吸った。


「早く……帰って来てよ!!」


彼女が力一杯叫ぶと、風が吹いた。

風は塵を運び、彼の残骸を一つに寄せ集めた。

そして人型を形作ると、塵が泡立ちながら元の形を取り戻し始めた。

蠢く彼の肉体が頭部を再生し終えた時、周囲を忙しなく見渡し、その場で固まった。


「……え」


全身を再生したアルテスは、酷く沈んだ声で呟いた。

彼は体を震わせながら、平地に立ち尽くすアキムを見つめた。


彼の身体は灰のように白く朽ちており、身体が徐々に剥離し、今にも崩れ落ちそうだった。


アルテスは__クリフは息を呑み、その場から走り出した。


「違う……違う違う違うっっ!!!」


絞り出すように呟き、狂乱しながら叫んだ。

彼には、アルテスとして暴れた全ての記憶が残っていた。

大切な人を沢山傷付けた。酷い言葉を何度も何度も投げ付けた。

沢山殺した。


「……おはよう、クリフ」


そんな彼に、アキムは優しく微笑んだ。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ」


クリフは膝から崩れ落ち、大粒の涙を流して子供のように謝罪した。

アキムは、崩れつつある右手を差し出した。


「良いよ。俺たち、仲間だからさ……また一緒に旅をしよう」


クリフが彼の手を取ろうとした瞬間、右腕が崩れ落ちた。

地面に砕け散った灰を見て、クリフは息を呑む。


「あっ……あぁ……アキム、動いちゃダメだ。一緒に行くんだろ……し、死んだら……」


憔悴(しょうすい)しきったクリフは、崩れつつあるアキムに近付けないでいた。


「……ごめん。ここまでかも」


アキムは一歩踏み出し、左手でクリフを抱き締めた。


「諦めるなよ……お前が死んだら……耐えられないよ……」


クリフは嗚咽混じりに答え、アキムは優しく彼の背中を撫でた。


「俺だって暴走したんだ。これで……あいこだろ?」


彼の両足が崩れ、クリフにもたれかかった。


「ダメだ……駄目だよ……行かないで」


クリフの奥底に眠っていた、無邪気で臆病な少年が顔を覗かせる。

もう枯れ木のような重さしかない彼は、生きている事が奇跡だった。


「クリフ……」


アキムは残った力でクリフを力強く抱き締め、満面の笑みで笑った。


「……ありがとう」


最期の言葉を伝えると風が吹き、彼の身体が塵となってクリフの手の内から離れて行った。


それに合わせる形で、周囲に佇んでいたチペワの肉塊が崩れ落ちた。

クリフはその場に倒れ込むと、声にならない嗚咽を漏らし、地面に額を擦り付けた。

彼の後ろに続く形でシルヴィアも大粒の涙を流し、声を上げて泣いていた。


「……バイバイ、みんな」


塵となったアキムは、小さく呟いた。

その言葉は彼に届いておらず、身体は空に向かって浮かんでいた。


瞬きをすると、アキムは星空の下で横になっていた。

誰かに膝枕をされていた。

彼女は寝そべったアキムの顔を覗き込むと、優しく微笑んだ。


「お疲れ様」


彼女の顔を見て、アキムは苦笑した。


「あんたがそうだったのか」


白い髪に白い瞳。そして白い肌をした彼女は、アキムが公園で出会ったグランマと名乗る女性だった。


「そう……私が、″お母様″だよ」


神の創造者にして、星の数よりも多い無限の世界を統べる存在。


「あんたは公園で俺に話しかけてくれた……どうしてなんだ?」


「本能に抗えたウェンディゴは、君が初めてだったよ」


彼女は愛おしげに彼の頬を撫でる。


「褒め言葉として受け取って良いよな」


「勿論。私が子供達に望むのは完成度(クオリティ)ではなく、独創性(オリジナリティ)だよ。善悪や貴賤なんて、私にとって些細な事なんだ」


アキムは苦笑する。


「随分、えこひいきなんだな」


「我が子の数が無限を越せば分かるさ……それでも、皆を覚え、確かに愛しているよ」


彼女は誇らしげに答える。その口ぶりには、どこか哀愁を漂わせていた。


「俺は……これからどうなるんだ」


アキムにとってそれが一番重要なことだった。願わくば、二人の元に帰りたかった。


「魂から記憶が剥がれて、遠い世界の誰かに宿る」


「じゃあ、アキムは消えるんだな」


「……うん。私はこうして、旅立つ貴方を見送りに来ただけなんだ」


彼女は眉を落とし、悲しげにアキムを見つめた。


「……そっか」


アキムの目元から涙が溢れ始める。


「消えたくないよ……また、みんなと一緒に……生きたいよ」


渇望にも似たアキムの言葉に、お母様も涙をこぼした。


「……ごめんなさい」


彼女はアキムの(まぶた)に触れ、目を瞑らせた。


「……お願いがあるんだ」


彼は短く呟く。

しかし返事は無かった。


「もし……クリフが(くじけ)けそうな時に、一度だけ背中を押して欲しいんだ……」


アキムのつま先が光の粒へと変わり、夜空へと吸い込まれ、星となって行く。


「お願いだよ……」


アキムは縋るように呟くと、彼女が頬を撫でた。


「承ったよ」


彼女は短く答えると、アキムの表情が和らいだ。彼は、光の粒となって空に消えた。


「決して貴方も忘れないよ。だからどうか良い夢を」


誰もいなくなった草原で、お母様はひとり呟いた。


「おやすみ、アキム」



チペワの残骸に埋もれ、アルバの洋館は跡形もなく潰れていた。

入り口だけが残った玄関扉が突然開き、一人の少女が顔を出した。


彼女は差し込んだ日差しを手で遮りながら、空を見上げた。

彼女の肩には小さなトカゲが乗っており、口を開いた。


「おはよう、ヴィオラ」


ヴィオラと呼ばれた少女は、階段を降りる。


「うん、おはよう……」


彼女は短く答えると、森の中へと消えた。

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