110話「壊れた家族」
対峙した刹那、イネスは電磁砲の如き速度で加速し、オレンジ色の残光を描いてアルバに突進した。
「何度も何度も何度も何度も……僕らの家族に恨みでもあるのかな?」
アルバは歯軋りをしながら剣を投げ捨て、ナトの持っていた杖を手にした。
「お前達が現れるからっ!!」
杖とフォールティアが激突した瞬間、杖が眩く輝いた。
瞬間、アルバの右腕から濃緑の魔力が溢れ出し、杖全体が苔むした。
「父の魔力を君に……おはよう。ヤグルシュ」
彼は杖の名を、神器の名を呼んだ。
次の瞬間、濃緑の円環が彼女の眼前に生じ、空気が弾けた。
乾いた音が響いた瞬間、イネスは消失するかのように吹き飛ばされた。
甲高い音と共に彼女は雲を突き抜け、星の外に追い出された。
「さて……逃げようか」
アルバは踵を返し、転移門を開こうと試みた瞬間、彼の下半身が取り残されて上半身が滑り落ちた。
「__あの一瞬でこれかい?」
続けて両腕がバラバラに落ち、顔すらも目線の位置から亀裂が入り、真っ二つにスライスされていた。
「全く、斬り合いにならないじゃないか」
アルバの身体が瞬く間に接合し、傷が癒えた。
それと同時に、イネスが空から流星のように降下して来た。
「構わずやって!!」
抱えられたナトが力の限り叫ぶと、流星が瞬いた。
次の瞬間、アルバの頭上に光の粒が飛来した。
砂粒のように小さく、淡い光を放つそれを彼が認識したその時、彼は目の色を変え、その場から飛び退いた。
光が彼の身体を掠める形で、地面に接触した。
強烈な光が森全体を覆い、陽光すらも塗り替えてみせた。
「消し飛べぇっ!!」
大気圏突破後の熱を剣で払い、イネスは上空で叫んだ。
瞬きもしない内に、光と接触した全てが消滅し、森に巨大なクレーターを形成した。
彼女は削り取られた大地に鋭く着地すると、アルバが居た地点に剣を振り抜いた。
「貰い受ける!!」
イネスには、肉体を失った魂が見えていた。
彼が身体を再構築する前に、渾身の一撃を放つ。
彼が投げ捨てていた黒色の剣がひとりでに動き出し、イネスの剣を防いだ。
鈍い音が響き、膂力で空間が撓む。
遅れて濃緑の魔力が収束し、アルバが再出現した。
「本当に厄介だね、君は」
アルバは苦しげに笑い、右手に黒の剣を、左手に杖を握った。
アィアムルとヤグルシュ。
バルツァーブが武具として用いた神器であり、杖のヤグルシュには相手を突き飛ばす力があった。
そして剣のアィヤムルには嵐の権能を高める力を持っていた。
「まずは試運転を……ぜひ堪能して欲しい」
アルバは杖を空に掲げ、権能を起こした。
〈__嵐穣〉
巨大な竜巻が2人を包んだ。
強烈な風は軽々と2人を持ち上げたその時、空から雷が降った。
筒に棒を押し込むかのように、風の壁で雷からの逃げ場を奪っていた。
しかし、今のイネスにとって大した問題にはならなかった。
「それ……まだ馴染んでないんだ」
イネスは彼を指差し、淡々と呟いた。
在りし日のバルツァーブ。
彼が放った力に比べ、アルバの扱うそれは、ひ弱だった。
イネスは軽く剣を振り、腕力だけで竜巻を吹き飛ばしてみせた。
そして、再び剣を構えた瞬間、彼女の輪郭が崩れた。
無数の残像を描きながら、瞬きの間に彼をペースト状に切り刻んだ。
杖が瞬き、彼女の足元に巨大な樹木が槍のように突き出し、呑み込んだ。
しかし、樹木は天に伸びるよりも先に、解けた縄紐のように崩れ、勢い良く燃え盛った。
燃え盛る残骸からイネスは飛び出す。
既に身体を再生していたアルバは、大きく距離を取っていた。
「大丈夫、絶対に助けるよ」
彼女は自分に言い聞かせるように呟き、彼を追う。
「なら敢えて言おうか!姉さんは僕のものだ!!」
アルバは後ろ向きに飛翔しながら、再び魔法を起こした。
なんの変哲もなかった広葉樹の森が姿を変え、多種多様な種類の植物が暴力的な勢いで繁殖する。
熱帯雨林のように変化した森が、更に形を変え、樹木で出来た巨大な蛇や巨人が誕生する。
森に咲いた花が毒の鱗粉を撒き散らし、ツタが触手のように彼女に迫る。
それに合わせる形で蛇が彼女を轢き潰そうと突撃し、巨人は主人を護るかのように、両手を交差して防御態勢を取った。
「懐かしいな……」
圧倒的な物量差を前に、イネスはノスタルジックな感情を抱いていた。
しかし、共に戦ってくれた友人が囚われている事を再認識し、彼女は決意を新たにした。
「行くよ、フォールティア」
真っ二つに開いた刀身から、赤色の光が漏れ出し、灼熱の光刃を形作る。
『各種処理は終わったよ。私の導を見て、走って!!』
イネスの脳に莫大な情報が流し込まれ、視界に無数の数字とトンネルのような通り道が描かれた。
彼女はただ、その導きを描いて身体を動かした。
イネスを中心に光が瞬いた一瞬だった。
赤と金の軌跡が周囲に乱れ、草木は燃え、蛇の首が削ぎ落とされた。
アルバの背後に立ち塞がっていた巨人は、腕と胸に大きな風穴を開けられ、そのまま通過されてしまった。
「君だって病み上がりだろうに!!」
眷属が足止めにもならなかった現状に彼は戸惑い、彼は杖を思い切り投擲した。
「残念だったね!私はぁっ!!最強なんだ!!」
イネスは残像を描きながらそれを回避し、アルバに再び剣を振り下ろした。
数千を超える斬撃が一瞬のうちに繰り出され、彼は再びペースト状となってしまう。
「ナトっ!!」
アルバの肉体に閉じ込められたナトの魂を視認し、彼女は手を伸ばす。
その時、背後から再び杖が戻って来た。
「悪あがきを」
イネスは身体を掠めるようにそれを回避した。
その時、脳内でフォールティアが警告した。
「狙いは僕だよ!」
アルバは、肺と唇だけを再生して答えた。
イネスが避けた事によって、杖はアルバの肉片に接触した。
次の瞬間、彼の肉片と2人の魂はその場から勢い良く射出され、セジェスの都心に向かって吹き飛んだ。
「……っ、逃がさない!!」
イネスは地面を蹴り、星の重力圏すらも振り切るヤグルシュの射出速度に追走してみせた。
大気との摩擦によって緋色の光に包まれる中、イネスは全身を治しつつあったアルバに追い付いた。
「二度はない……!」
彼女はそう呟き、剣を振り上げた。
しかし、アルバは満足げに笑っていた。
「僕の勝ちだ」
二人が今居た場所は、セジェスの都心部だった。あと数秒で完全に通過する速度の最中、フォールティアが警告した。
『正面から高熱源体……どうして?』
彼女は困惑した声音で呟いた。
コンマにも満たない刹那、イネスは判断を決めあぐねてしまった。
「目障りだなぁ!誰の前だと思ってる!!」
彼女の正面から金色の竜人が__アルテスが飛来し、彼女の顔面を殴打する形で叩き落とした。
空中で回転し、彼女は踏み留まった。
空を見上げると、アルバは遠い空の彼方まで消えてしまっていた。
赤い残光が転移門に消え、イネスは完全に彼を見失った。
「……お前ぇっ!!」
イネスは激昂し、上で見下ろしていたアルテスに向かって叫んだ。
「あぁ……?お前、俺の魔力と似ているな。そうか、そう来たか!?」
アルテスは何かに納得した様子でその場から消失し、一瞬でイネスの前に現れた。
彼は身体能力に任せ、オムニアントで切り付けようとしたその時、イネスはそれよりも素早く剣を振り、彼の両腕を切り飛ばした。
「見えてるよ」
彼女は短く呟くと、アルテスの首を刎ねた。
「エルの奴め……俺の手元に届くようにしないでどうする」
彼が首だけのまま不機嫌そうに呟くと、全身が崩れ落ち、黒い砂の火薬へと変化した。
火薬が瞬き、広範囲に渡って大爆発を引き起こした。
剣が空を斬り、爆炎を払う。
爆風を受けたイネスの眼前に、黒い砂が再収束し、アルテスの姿となって彼女の右手首を掴んだ。
「返せよ、そいつは俺の武器だろうが」
強烈な膂力に任せ、イネスの手からフォールティアを奪おうと試みる。
「違うっ……私の、相棒だ……!!」
二人の力は拮抗し、空中に留まり続けた。
「こっちを見ろ!!」
遠方から飛来したニールが、クイドテーレを投擲した。
次の瞬間、オムニアントが融解してアルテスに纏わりつき、両腕が黒色の金属へと変化した。
「そう妬けるなよ、相棒。お前は親父の形見だ。例えひと山いくらの鉄クズでも、捨てやしないさ」
彼はそう呟くと右手を横に突き出し、飛来したクイドテーレを掴んだ。
「……あぁ?」
遠方から飛来したそれは、オムニアントが変異したものではなく、模倣元となったものだった。
「……ニール?」
アルテスの表情から笑みが消え、横に向き直った。
彼はクイドテーレを投げ捨て、眼前に浮かぶ羽虫を凝視する。
強い光を発するそれは、今尚も不快な姿をしており、潰し、焼き払ってしまいたい衝動に駆られた。
「いいや違うか……そうだよなぁ!」
アルテスは叫ぶと、イネスを思い切り投擲し、眼前に浮かぶニールに向けて投げた。
イネスは空中を蹴って旋回し、ニールの眼前で踏み留まった。
「ごめんニール君、行ってくる」
彼女はそう呟くと、その場から飛び立ち、瞬く間に空の彼方へと消えてしまった。
「……は?」
そんな突然の出来事に、ニールは声を震わせて呟いた。
アルテスが彼に飛び掛かり、腹部に拳をめり込ませた。
〈__冠凌砲隊〉
次の瞬間、彼の身体が勢いよく射出された。
緋色の残像を残し、音を置き去りにする速度で市街地上空を抜け、テュポンの死骸に直撃した。
「害虫が。余所見しちゃ駄目だろうがよ!!」
テュポンの死骸が砕け、上半身が崩れ落ちる。
山のようなスケールの破片が市街地に降り注ぎ、内部で燻っていた炎が、火砕流のように溢れ出した。
「次だ。俺を飽きさせないでくれよ……!!まだまだ力を試したいんだ!!」
アルテスは背後に浮かぶ光輪を高速で回転させ、超域魔法を組み直した。
〈__鉄轍払塵〉
〈__火祭火吼〉
彼の両腕から凄まじい勢いで砂鉄と火薬が放出され始める。
続けて彼は正面を指差した。
巨大な入道雲のように積もり集まったそれらを収束させ、ゴルフボールサイズの鉄球にまで圧縮した。
「偶には砲弾も撃ってやらないとな……!!」
彼は深い笑みを浮かべると、右手を基軸に仮想の筒を形成し、テュポンの死骸に向けて発射した。
弾丸が着弾するその時、彼は白い歯を見せて笑い、指を弾いた。
「点火」
空から一筋の雷が降り、鉄球へと着弾した。
赤熱化した鉄球がテュポンの死骸へと吸い込まれたその時、凄まじい量の火花が生じ、まるで溶鉱炉のような光と熱を生じながら、テュポンの上半身が溶け始めた。
そして次の瞬間、生じた全ての火花が瞬き、テュポンの死骸を包み込む程の爆炎が生じた。
曇天の空を炎が吹き飛ばし、周囲一帯の気温が急上昇を迎えた。
「デトネーション、テルミット……サーモバリック。ガウェスはなんて言ってたか」
アルテスは薄く微笑み、咲かせた炎の華を満足げに眺めていた。
爆炎の激しさは尚も増し、周囲の瓦礫や粉塵を巻き上げながら、巨大な火柱を作り上げた。
衝撃で大地が蠕動し、キノコ雲が空へと昇り始めていた。
「ははは!!綺麗だなオイ!!」
衝撃波によって生じた土煙がセジェス全域に拡散しようとしたその時、彼は何かに気付いた。
「ヤバい……シルヴィアを巻き込むんじゃないか!!」
彼は少し焦った様子で、矛盾した言葉を発した。
高速で空を駆け、土煙の拡散する速度よりも早く、爆心地へと到達した。
業火に身を焼かれながら、オムニアントを刀に変形させた。
〈__栲幡氷室〉
炎の中で踊るように刀を振るい、白色の筋が爆炎と爆煙に亀裂を入れる。
燃え盛る炎は、箱に収められたかのように勢いを失い、凝固した爆炎が、薄い一枚の織物となって、次々と剥離し始めた。
「これで良いだろ!」
緋色の織物が風に乗って空を舞い、それらが発する光が、セジェスの上空を夕焼けのように彩った。
そんな時、クリフの元にクイドテーレが飛来した。
「良い加減、死ねよ!!」
クリフは飛来したクイドテーレを躱し、刀を拳銃へと変形させたその時、もう一本のクイドテーレが彼の顔面に直撃した。
上半身が勢いよく砕け散るも、変わらず上空で浮かび続けていた。
彼の正面に立つ形で、ニールがテュポンの残骸から浮上した。
「……神みたいだなクリフ。お前が嫌いだと宣っていたものに、ソックリだ」
ニールは彼を睨み、ペンダントを瞬かせた。
普段の槌ではなく、剣の形をしたクイドテーレが出現した。
「クイドテーレの本体はペンダントで、武器に実体は無い」
彼がそう呟いて剣に魔力を付与し、真上に投げ捨てた。
そして次の瞬間、クイドテーレが眩い光を発しながら分裂し、綿毛を散らすかのように剣が飛散した。
「奥の手を見せてやる」
彼が指を弾くと、クイドテーレは規則的に動き、彼の背後に整然と並び、切先をアルテスに向けた。
「児戯だな」
「言ってくれるじゃないか!!」
アルテスが失笑すると、ニールが無数のクイドテーレを発射した。
絶え間なく爆裂音が響き、緋色の光と突風が互いの視界を埋め尽くす。
クイドテーレの破砕効果は、魂ですら例外ではない。当たり所によってはアルテスでさえ即死しかねない死の雨を前に、彼は躊躇いなく踏み出した。
〈__流風極地〉
アルテスは超域魔法によって、加速度負荷、衝撃、空気抵抗を全て無視していた。
意思を持って屈曲、回転する無数の剣を、彼は圧倒的な移動能力と持ち前の動体視力だけで躱し続け、ニールへと距離を詰めていた。
「もっと楽をすべきだな」
彼はそう呟いて、オムニアントを拳に纏わせた。
黒に変色したその両腕は、ニールの扱う手袋と同質のものだった。
彼は、クイドテーレを最低限の動作で弾きながら空を蹴り、一気に距離を詰める。
その様は舞踏のようで、一切の無駄が無かった。
「まるでアウレアの再現じゃないか!!」
ニールは歯軋りをし、掌に雷を纏わせ解き放った。
〈__雷閥〉
空から極大サイズの落雷が降り注いだその時、オムニアントが元来の剣へと戻った。
そして刀身が太陽の如き輝きを発した。
〈__昇旭〉
刀身から弾き出された黄金の光が、アルテスの眼前にあった全てを包み込み、一瞬の内に焼き尽くした。
滞留した炎が、太陽のように空に浮かび、眩い光を放っていた。
太陽から金属の両腕とペンダントが溢れ落ち、地表へと落下した。
落下の途中、腕を基軸にニールの肉体が再構築された。
彼が胸と頭部の修復を終えたその時、アルテスが彼の首を掴んだ。
「便利な道具を持ってるみたいだなぁ!!」
アルテスはオムニアントを拳銃へと変え、彼の額に銃口を押し付けた。
「っ……!!」
ニールは咄嗟にクイドテーレを呼び出そうとするも、間に合う筈が無かった。
〈__薔薇散〉
必中の効果を持った弾丸が弾き出され、彼の頭蓋を砕き、その奥にある魂へと命中した。
「くそ……が」
ニールは目を剥き、そのまま市街地へと落ちて行った。
アルテスは手を払いながら彼を見下ろし、背後を振り向いた。
「やっとお前も来たか」
彼がそう呟くと、純白の魔力を纏ったシルヴィアがアルテスの前に迫って来ていた。
「クリフっっ!!」
彼女は一対の曲剣を握り締め、加速状態を維持したまま彼に向かって振り下ろす。
「鬱陶しさなら随一だな、お前は」
彼女を彼女と認識しないまま、アルテスは言葉でシルヴィアを刺す。
オムニアントを二対の剣に変化させ、切り掛かる彼女を横切った。
「……っ!」
シルヴィアは空中で踏み止まり、踵を返す。
次の瞬間、彼女の両腕が滑り落ちた。
「えっ……」
アルテスは、困惑する彼女に振り返った。
「さあどうする。また逃げるか?次は逃さないがな」
嘲るように話す彼の態度が、シルヴィアの気に障った。
〈__黒減〉
彼女は手を使わずに魔法を起こし、胸部を中心に生じた波動がアルテスの超域魔法を解いてみせた。
彼女は両腕を再生させながら蹴りを繰り出す。
しかしそれを潰す形で、アルテスの拳が彼女の腹に直撃した。
規格外の膂力を前に臓腑が潰れ、彼女は苦しげに呻いた。
「お前が一番鬱陶しいのに、一番弱いなんてな……間引くのには丁度良いがな!!」
アルテスは彼女を掴んだまま地面に急降下し、勢い良く地面に叩き付けた。
網目状の亀裂が生じ、全身の骨を粉々に打ち砕いた。
続けざまに彼はシルヴィアを引き摺り、地面を使って血肉を擦り下ろし始めた。
「玩具にはなるかぁ!!」
彼は上機嫌に市街地を駆け抜けたその時、引き摺っていたシルヴィアから、銀色の魔力が弾けた。
地面が砕け飛び、アルテスの力が緩んだ。
シルヴィアはその隙に魔法を起こし、時間を加速させる。
しかし彼女はその場で転んでしまう。
「え……」
今度は、膝から下が寸断されていた。
絶望的な力の差を前に、彼女はヴァストゥリルの言葉を思い出してしまった。
__クリフを竜の主神に持ち上げる。
__奴が竜神ルナブラムの弟だからだ。
シルヴィアは歯軋りをし、弱々しく呟いた。
「お母さん……あたしだって__」
彼女はアルテスに首を掴まれ、持ち上げられた。
「お前を潰したら、シルヴィアを探しに行かないとな……」
鉄の軋むような音と共に、彼女の首に圧力が掛かる。
治りかけの指で引き剥がそうとするも、アルテスの膂力に敵うはずがなかった。
気道が塞がれ苦しげに喘ぎ、規格外の握力を前に頸椎が徐々に潰れ、変形し始めていた。
意識が薄れる中、シルヴィアの目尻から涙が溢れ出した。
兄のように慕っていた人物に殺される事も悲しかった。
それに加えて、彼の中に眠る母も、自分よりも彼を寵愛している事実が、彼女の心を抉った。
頸椎が限界を迎え、今まさにへし折れようとしたその時、二人の間で赤い光が通過した。
「……あぁ?」
アルテスの腕が吹き飛び、シルヴィアが解放された。
彼は光のやって来た方向を凝視した。
「久しぶり、クリフ……」
その先には、アキムが立っていた。
右手に残った赤い光を払い落とし、彼は寂しげに微笑んだ。
「俺さ……色々考えたんだ。難しい本を読んで、チペワにも逆らって……分かったんだ」
アルテスは、右手を再生しながらゆっくりと彼に歩み寄った。
「俺は……アキムだよ。アキム・クリューチ。何処にでも居る、ただの村人だよ」
彼は屈託のない笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「今までごめん。俺は、また一緒に旅がしたいんだ。ついて来ても……良いかな?」
気恥ずかしげに答えるアキムの前に、アルテスが立った。
横たわっていたシルヴィアは血相を変え、押し潰された喉を抑えて叫んだ。
「逃げてっっ!!!」
アキムの目には、彼女の姿があの日の母と重なった。
「よく囀るなぁ!」
アルテスはシルヴィアを投げ捨て、右腕を黒色の鉄で覆い、彼を全力で殴った。
火薬の爆発にも似た音が響き、突風と共に繰り出された拳が、彼の額を捉えた。
アキムはそれを真正面から受け止め、踏ん張った。
「今度は逃げないっ!!」
彼は右腕を巨大化させ、アルテスを殴り飛ばす。
そして続けざまに自身の胸を縦に引き裂いた。下腹部まで深く裂けた傷口から、赤黒い光が溢れ出した。
「超域魔法っ……開宴」
次の瞬間、彼の足元から赤い肉塊が湧き立ち、際限なく増殖し始めた。
〈__無尽喰餌〉
広がった肉塊は空を覆う程の勢いで拡散し、巨大な獣のように蠢いた。
「夢から醒めるんだ!!辛いからって、悲しいからって……抱えて、立ち向かわなきゃいけないって教えたのは……クリフだろ!!」
一瞬にして山のような体積に積もったそれの表面に、数万を超える口が露出した。
それらは一音も違える事なく、共鳴するように唱えた。
「「「「「超域魔法、開放」」」」」
無数の光が周囲を包み、天地を覆えす数多の魔法が一斉に起ころうとしていた。




