表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
116/159

109話「壊れた家族」

私にとって、彼は弟のようなものだった。

歳月が過ぎ、私よりも達観した考えを持ってしまったけれど、それでも彼を年長者として扱いたくなかった。


「お前がナトだな?」


まだ本屋で暮らしていた頃、鼻息の荒いハイエルフの男が私の元を訪れた。


「そうだけど……何?」


気怠(けだる)げに返事をすると、彼は人差し指を私に向けた。


「私はアンセルム=ナパルク!セジェス最強の魔法使いである貴殿と手合わせを願いたい!!」


今では考えられない程、彼は無鉄砲だった。

けれどきっと、イネスとの一件で心をすり減らしていた私にとって、彼は一つの転換点だった。


「……気が済んだ?」


本屋の外で、頭から地面に埋められたアンセルムを眺めていた。

樹根の触手で彼の足首を掴み、地面から引き抜いた。


「また出直させてもらおう!」


快活に答える彼を、思わず地面に埋め直してしまった。


「出直さなくて良いよ」


私はため息を吐き、首を振った。

そんな時、遠くからエルフの女性が駆け足でこちらに来ていた。

30代程の顔立ちに、豪奢な服で着飾った姿はまさしく貴婦人といった出立ちだった。


「ああっ、申し訳ございません。ご無礼を……」


彼女は息を切らしながら謝罪していた。


「あなたは……?」


尋ねると、彼女は息を整えて微笑んだ。


「ルイーズ=ナパルクと申します。どうかお見知り置き下さい」


綺麗な所作で挨拶する彼女を前に、再びため息を吐いた。

突き刺さったアンセルムを引き抜き、彼女の側に投げ捨てた。


「もう来ないでね」


投げやりに答える。


「前言を撤回するつもりはない!!」


アンセルムはすぐさに起き上がると、食ってかかるように答えた。


傍迷惑(はためいわく)な奴。けれど嫌いではなかった。


「……ルイーズが老けてから、変わったよね」


彼との付き合いが続いて30年が経った頃、ナパルク邸の庭で2人話し合っていた。


「そういう君だって、随分と口調が明るくなった。昔は片言で喋っていたのを覚えているかな?」


にこやかに答えるアンセルムの顔には、僅かに(しわ)が入り、鮮やかな金髪にも白髪が混じり始めていた。


「あなたに触発されたから」


元来、ハイエルフが老けることはなく、肉体的な(おとろ)えは来ない。

しかし、ルイーズと同じ時間を歩みたいと願う彼の気持ちが、そうさせていたのだろう。


「……すまないね」


アンセルムは寂しげに呟いた。


「やめて、余計寂しくなる」


少しの間を置いて、アンセルムが口を開いた。


「……将軍を引退して、評議員になろうと思うんだ」


ナトの脳裏には、ケルスの姿が思い浮かんだ。

息子達に囲まれ、すっかりと老いてしまった彼の姿を。


「君のお父さんの跡を継ぐの?あの人も歳だし、良いんじゃない?」


ぶっきらぼうに答えた。

彼が政治屋になれば、より一層老いていく気がしたからだ。


「……戦争を終わらせたいんだ」


アンセルムの言葉に、思わず眉を顰めた。

イネスの討伐とアウレア侵攻の足掛かりを条件に、一度だけ戦争に加担した。

あの本屋も、国との取引で貰い受けたものだった。


だが、以降の戦争に介入する気は無い。

私はこの国の道具では無いのだから。


「私は手を貸さないよ。7代目を捕虜にしたんだよね?そう手間は掛からないと思うけど」


彼は首を振った。


「武器を使うつもりはないよ。私は、紙とペンだけで立ち向かうつもりだ」


それは、一種の狂気すら感じる発言だった。

腐敗しきったセジェスの内情を僅かでも知っている


「本気?」


「……ああ。もう君とイネスのような悲劇は起こさせない」


彼は決意のこもった、澄んだ眼差しで答えた。

その時私は納得した。

アンセルムという男の本質は消え去っていないのだと。

在りし日に見た、太陽のように燃える衝動は、まだ消えていないのだと。


「……期待はしておくよ」


私は照れ隠しに苦笑し、ティーセットに手を伸ばした。



燃え盛るナパルク邸の中、ナトは一つの焼死体を抱えていた。


頬からこぼれ落ちた涙が炎によって蒸発し、木々の裂ける音が彼女の嗚咽をかき消した。


家屋が倒壊し始め、燃える瓦礫が彼女の背に注いだ。

今の彼女にそれを対処する余裕は無かった。


「危ないよ、姉さん」


彼女の後をつけていたアルバが、黒色の剣を振って瓦礫を払った。


「アルバぁ……!」


ナトは涙がらに彼を睨む。心の奥底では、彼が仕組んだと信じたくない気持ちが存在していた。


「あぁ……可哀想に……辛いんだね姉さん」


アルバは失笑していた。


「でも大丈夫、そんな奴が居なくたって……僕が居るよ……!」


曇りのない眼差しで、彼は両手を広げた。


「……イカれてるの?」


彼は屈託のない笑みを浮かべた。


「もちろん!いつだって姉さんに狂ってるよ!!」


情熱的に答えたその瞬間、ナトの瞳には深い失望の色が浮かんでいた。

彼はアルバではない。

彼女は、彼を弟と認識するのを諦めた。

気色悪いストーカーにして、アンセルム殺害の首謀者。


絶対に、生かしてはならない相手だった。


「……もういいよ」


酷く沈んだ声音で、唸るように呟いた。

アンセルムの亡骸を手放し、立ち上がりざまにアルバの首を掴んだ。


「情熱的っ__」


ナトは彼の首を握り潰し、脚力に任せて館の壁を突き破った。

空中に投げ出された状態で、枯れ枝の翼を生やし、全身を硬化させ、魔神の娘としての姿へと変化した。


「私の思い出を汚すなァ!!」


木の軋むような声音で叫び、掴んだ掌から樹根を放出し、アルバの肉体を内側からズタズタに破壊した。


「大丈夫さ!これから幾らでも作れるよ!!」


アルバの全身が砕け散り、鎧騎士の姿に変身した。


「黙れ、お前とはここで終わりだ」


ナトは杖を振り、アルバを思い切り殴打した。

かつてバルツァーブが込めた魔法が作用し、遥か遠方へと弾き飛ばされた。


ナトは翼を広げ、弾かれるようにその場から飛翔した。

宙を舞うアルバに一瞬で追い付き、再び杖を彼の顔面に叩き付けた。

進行方向が急激に変化した事で、彼の体が不自然にへし折れ、真下へと落ちた。


落下先は、森だった。


「死ねっ!!」


彼女が中指を立てると、森を構成していた樹木が変化し、木々の葉が散り、枝が絡み合って槍のように変化した。


「情熱的だね姉さん!!」


槍のように変化した木々がアルバの身体を貫き、串刺しにした。

しかし彼の全身から電流が生じ、一瞬で木々を焼き尽くしてみせた。

アルバはその場から起き上がり、焼け焦げた樹の上で彼女を見上げた。


超域魔法を用いずに、アルバに攻撃をした所で、彼の命を奪う事など出来ない。

それは、ナトが一番分かっていた事だった。

彼女は、改めて弟を殺す覚悟を固めた。


「……超域魔法解放」


彼女は息を整え、指先を胸に突き立てた。

傷口を指先で広げた時、内側から光が溢れ出した。


その光景を見て、アルバは満面の笑みを浮かべた。


「超域魔法……閉塞」


彼は仰向けに樹から落ち、大の字に身体を広げた。

緑ではなく黒色の魔力が、彼の身体から溢れ出した。鈍く光るそれは、鉛のような重圧を発していた。

彼の魂の場所として光り輝いたのは、股間部だった。


「何……?」


あまりに露悪的な気配を放つその魔法に、ナトは顔を顰めた。

明らかに、超域魔法が変容していた。


そして次の瞬間、ナトとアルバの心臓部に、鎖が繋がった。


〈__純逆哀咲(ディミティス)


次の瞬間、ナトは力が抜けるような感覚を覚えた。発動しかけていた超域魔法の光が消え、空に浮かんでいられなくなってしまう。


「なん……っ……で?」


鎧が崩れるように変異していた肉体が剥離し、人間の姿に戻り、その場から落ちてしまった。

彼女の身体には、バルツァーブを封印していた筈の刺青が跡形もなく消えていた。


「おっと……大丈夫かい姉さん」


アルバはナトを受け止めると、同様に鎧が崩れ去り、人間の姿に戻る。

普段の神父服は破け、彼は上裸姿だった。

しかし、ナトは彼の姿を見て目を白黒させた。


彼の身体には、バルツァーブの魂と力が封印された刺青が刻まれていた。


「魂を……改造したの……?」


アルバは深い笑みを浮かべた。


「姉さんを愛してるから出来たんだよ!本来絶対に奪えない超域魔法や魂だって、愛があれば可能なんだ!!」


ナトの瞳が震え、大粒の涙を流して嗚咽し始めた。

父に続き、弟さえも狂ってしまった事実に、彼女の心は悲鳴を上げた。


「なんで……アルバまで……壊しちゃったの」


悲痛に呟いた彼女を前に、アルバの眼差しがほんの一瞬変化し、空を見上げた。


「望んだあの日が遠いから、僕は僕の手で僕を壊すんだ……」


その言葉は、心が壊れる前の残滓が顔を覗かせた瞬間だった。


彼はナトを抱き抱えながらその場に着地し、彼女を強く抱き締めた。


「……これで、姉さんは僕のものだよ」


彼の眼差しが再び情欲に歪んだものに変化し、ナトは顔を青くした。


「嫌っ……」


ナトは怯えた様子で呟き、彼を押し除けようと抵抗するも、今の彼女は力の殆どをアルバに抜き取られており、外見相応の膂力しかなかった。


「さあ、僕たちの家に帰ろう……まだ整えてはいないけど、姉さんだってきっと__」


上機嫌に話していたアルバは、何かに気付いて言葉を止めた。


「ナト……?」


木陰の裏から、イネスが怯えた様子で二人を見つめていた。

ナトから見た彼女は、ひどくやつれており、目の下に溜まった(くま)は、彼女の精神状態を如実に表していた。


「ああ、丁度いい。お前は消しておかないと」


アルバが掌を彼女に向けるも、イネスは手を震わせ、剣すら握れていなかった。


ナトとイネスの目線が合った。

彼女は唾を飲み、怯えながらも彼女を凝視していた。

そしてナトもまた、彼女が何を望んでいるかを知っていた。


アルバの掌から樹根の触手が射出され、イネスに迫る。

その最中、意を決した二人はもう一度あの日をやり直した。


「……助けて」


その言葉がイネスの鼓膜を叩いた瞬間、彼女の身体が跳ね起き、目にも止まらぬ速さで剣を引き抜いた。

触手は千々に切り刻まれ、地面に砕け散った。


「今度は……逃げないからっ……」


涙を流して応えたイネスを前に、アルバは顔を強張らせ、転移門を呼び出した。


「不味い……」


彼が忌々しげに呟いたその瞬間、彼女の額から眩い光が生じた。


「超域魔法、開始」


彼女の握るフォールティアの刀身が裂け、金色に輝く魔力が右腕に注入され始めた。


『肉体強度の変化を確認。ステージ4へ移行、対神兵装を解禁します』


彼女の顔から隈が消え、衰えた肉体が引き締まっていく。

フォールティアから送られる殺人的な量の魔力が血管を走り、肌に刺青のように浮かび上がる。

刀身から砂のような粒子が(あふ)れ、純白の鎧を形作った。

海のように青いマントをなびかせ、彼女は剣を払った。


__無双戦兵インヴィクタス


精悍(せいかん)な眼差しでアルバを見つめ、片手で剣を持ち上げ、切先を彼に向けた。


「さあ……勇者が相手だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ