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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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107話「神の雷」

ニールは自宅から少し離れた森で浮遊し、大樹の頂点に着地して周囲の状況を確認していた。

彼は、市内に跋扈(ばっこ)する魔物達を見下ろしていた。


「ファビアンを助けに行くべきだろうか」


小さな工房で働く二人の親子の姿を思い浮かべる。

しかし、それ以上にイネスが問題だった。


彼女は今戦える精神状態ではなかった。

にも関わらず、市街の惨状を聞けば今にも飛び出し、魔物の群れへと飛び込むことだろう。


彼女はどうしようもない程に英雄的で、危うかった。


「抱えて逃げるか?」


ニールは歯軋りをし、呟いた。


憧れの人、初恋の相手、身体を重ねた恋人。そして、厄介な精神病患者。


彼自身、イネスにどのような感情を抱いているのかが、分からなくなっていた。

心を病んだ者は、時に周囲の人間すらも病ませる。

それに関しては、ニールも例外ではなかった。


目を凝らしていたその時、轟音が響き渡り、彼は咄嗟に音の方向を向いた。

遠方にあったナパルク邸が爆発し、黒煙が屋敷全体を包んだ。


高く昇る爆炎は、既存の火器や魔法では考えられないものだった。


「ジレーザまで噛んだか?……逃げるべきだな」


ニールは樹の上から飛び降り、イネスの待つ自宅へと向かったその時、大樹の背すらも越す程の転移門が、彼の前に現れた。


「……なんだ」


危機を感じたニールは、ペンダントを発光させ、クイドテーレを呼び出す。

右手に持った金槌を転移門へと投擲しようと試みたその時、転移門から一筋の光線が飛び出し、ニールの右腕を蒸発させた。


「やってくれる」


ニールは微笑むと、超域魔法を起こし、落雷で心臓を貫いた。


〈__皇煌降雷(マグネセプトス)


雷と共に魔力を散布したその時、転移門から金属の巨人が飛び出した。

銀色の外殻に身を包んだそれは、鎧騎士のような外観をしており、刺々しい形状をした頭部からは、赤い瞳のようなものが輝いていた。


「ゴーレム……?いいや違う」


ニールは欠損した右腕を再生させ、吹き飛んだクイドテーレを魔法で引き寄せようとしたその時、巨人の全身から金属の棒が飛び出した。


「目標確認、考証を開始します」


巨人は無機質な女性の声で呟いた。


「何を……」


嫌な予感に駆られ、ニールは飛び退こうと試みるも、巨人の身体が瞬いた。

次の瞬間、森全体が強烈な光に包まれ、規格外の熱エネルギーが放射された。

巨人の付近に存在していた樹木は一瞬で灰化し、広範囲にわたって溶岩溜まりが生じた。


その場に居たニールは蒸発し、燃え残った骨片が溶岩に沈んだ。


光の晴れた爆心地で、巨人は両腕から光刃を展開し、溶岩の上を歩き始める。


「まだ生体活動を停止していない筈です。直ちに出現して下さい」


巨人は、イネスの隠れる小屋が建つ方角を見つめた。

その瞬間、巨人の頭部に向かって一本の石塊が飛来し、勢い良く命中した。

かなりの速度があったものの、未知の金属によって石塊は脆くも砕け散ってしまった。


「神器の喪失を確認」


巨人は振り向くと、ニールが衣服を含めて全身を再生させていた。

彼女の言葉通り、彼の手にはクイドテーレが無かった。


しかし、彼の周囲には溶岩が浮き上がっており、ニールはそれを槍状に固め、巨人に向けて放った。


「磁力からの逸脱を確認、不可視の運動エネルギーと再定義」


巨人が続けて呟くと、背部から光子を噴射し、ニールに向かって飛翔した。

溶岩を弾きながら彼の元に接近し、ニールの身長を遥かに超える光刃を叩き付けた。


「おお、痛そうだ」


灼熱の刃が迫る最中、ニールは自分自身を計りかねていた。

全身が溶けようと、魂を基軸に再生する半神の身体。しかし、その限界は何処にあるのか?

それが分からない以上、もう一度身体を蒸発させるのは避けたかった。


ニールは咄嗟に自分自身を前方に弾丸として射出し、灼熱の刃から逃れた。


「硬さ比べと行こうか!」


彼は両手を突き出してさらに加速し、頭部に向かって突撃した。

激突の瞬間、グローブが彼の両腕を黒く染め上げた。


鈍い音が響き、骨を軋ませるような振動がニールの身体を貫く。

両肩の骨が外れ、肩が根本から千切れかける。


しかしその一撃は、巨人の頭部を歪めていた。


「二つ目の神器の性能を確認、アプローチを変えます」


巨人は背部から噴射する光子の方向を変え、素早く後ろに飛び退いた。


そして、切先を掠める形でニールに光刃を振った。


「結構!!俺も趣向を変えたかった!」


ニールは両肩を癒やし、右手で指を弾いた。

その瞬間、地面から引き抜かれた岩塊が巨人の肘に激突し、剣の軌道を逸らした。

光刃から放出された熱が彼の肌を焦がす。


「サンドイッチは好きか?」


ニールがばら撒いていた魔力によって、地面が地盤ごと剥離し、空に陸地を作り始めた。

彼はにこやかに微笑むと、指先で何かを操るように、忙しなく動かし始めた。


「ハムを挟んだ奴が好みでな、レタスは無くても良い」


浮き上げた陸地を横に向け、加速させた。

巨体に釣り合わないほどの速度を持って放たれたそれは、加速中に空中分解を引き起こし、散弾となって巨人に命中した。

巨人の体躯を凌駕する程の物量で、大小様々な瓦礫が降り注いだ。

本体にダメージは無かったものの、体勢を大きく崩していた。


「投射物の除去を開始」


そんな最中、巨人は再び全身から金属棒を突き出し、熱波を放出した。

石が一斉に溶解し、その機能を失う。


「俺対策か?なら考え直す事だな」


ニールは右手を上げ、何かを握り潰すような仕草をした。


次の瞬間、空中に生じた溶岩が再び蠢き、巨人に向かって発射された。

無数の溶岩によって全身を包まれた巨人は、上空へと飛び始めた。


「空は冷えるからな。悪くない判断だ」


ニールは再び指を鳴らした。


「だがな、溶岩は俺が操れるんだぞ」


次の瞬間、巨人に凄まじい力が掛かり、その骨格が歪んだ。

巨人は真下に叩き落とされ、溶岩を撒き散らしながら地面に激突した。


「そうだ!サンドイッチはローストしないとな!!」


巨人に纏わり付いた溶岩は外殻の隙間から次々と侵入し、内側からその身体を破壊し始めた。


「串を打っておこうか」


彼は人差し指を上に向け、真下に振り下ろした。

曇り空が瞬き、極大サイズの落雷が空から降り注いだ。


〈__雷閥(ケラトル)


周囲一帯が光に包まれ、ニールの鼓膜が破裂する程の轟音が響いた。

熱線と見紛う程の熱量と電流が巨人を焼き尽くし、大地に枝状の亀裂を刻み込んだ。


「悪くない威力だ。感想をブリキ頭で採点してくれると助かる」


巨人の四肢は千切れ飛び、ほぼ全ての部位が溶解していた。

僅かに原型を留めた頭部が頭を動かし、彼を凝視していた。

そんな時、ニールのペンダントが瞬き、クイドテーレが再び彼の手元に出現した。


「良い練習にはなった。こいつに頼ると腕が鈍りそうでな」


彼は槌を巨人に投げた。

重力に沿って落ちた槌は装甲板を鳴らすと、ガラスの割れる音を響かせた。


粉々に砕け散った巨人を見下ろしながら、クイドテーレを呼び寄せると、それが霧となって霧散した。


「武器を奪ったと喜んだ所に悪いが、クイドテーレに召喚制限はない」


ニールは踵を返し、空を駆けて小屋の元に向かった。

勢い良く玄関の前に着地すると、イネスが焦燥した様子で飛び出し、彼に抱き付いた。


「良かった……大きな音がしたから、もう……帰ってこないのかと」


イネスは涙ながらに話し、微かに震えていた。


「……ああ、大した相手じゃなかったさ」


ニールは彼女の手を引き、空を見上げる。

彼にとって、巨人は大した脅威では無かった。

しかし、市街地に跋扈する悪魔や半神は違った。


「……都市で何人も超域魔法が起こり、ナパルク邸が消し飛んでいる」


イネスの瞳が揺れる。しかし、目を逸らすことはなかった。

焦点がすぐに合い、決意のこもった眼差しを彼に向けた。


「……行こう」


彼女がそう答えると、フォールティアが手元に飛んで来た。


彼女の面持ちは、いつか憧れた勇者の姿そのものであり、以前見た彼女とはあまりにも乖離(かいり)していた。


「……ふざけるな」


彼が望んだ光景の筈だった。

しかし、だからこそそれが彼の神経を逆撫でた。


__俺よりも襲われてる奴の方が大切なのか?


献身を無駄にされたような気持ちが、彼の心情を刺し貫いた。


「そんな力でどうやって戦う気だ」


超域魔法の力をそのままに、彼女の衣服を制御し、持ち上げた。

地面から脚が離れた時、彼女は全身から魔力を放出し、制御から抗った。

彼女は軽やかに着地すると、悲しげな面持ちでニールを見つめた。


「でも……放っとけないよ……」


イネスは、今にも泣き出しそうな声音で答えた。

ニールは溜息を吐くと、瞑目した。


「……俺がケリを付けよう。ほとぼりが冷めるまでは……この家で隠れてくれ」


それが、彼が用意できる最大限の譲歩だった。


「私だって__」


「お前に居なくなって欲しくないんだ!!」


それが、強気に返すイネスの言葉を遮った。

彼女はたじろいで一歩下がった。


「……でもっ、私。隠れて、嫌っ……」


彼女は大粒の涙を流しながら、震えていた。

イネスが壊れた直後なら、ニールは彼女と共に戦う事が出来た。

しかし、今の彼の胸中には、醜い独占欲が渦巻いていた。

彼女がニールに捨てられたくないように、ニールもまた、自分以外に(なび)いて欲しくなかった。


「大丈夫だ。ここはアウレアじゃない……お前が守るべき故郷だって、ここには無いんだ」


彼女に優しく(ささや)いたその時、激しい地揺れが2人を襲った。


「何だ!?」


ニールが庇うようにイネスを強く抱きしめた。

そして、揺れが収まると同時に、金色の流星が2人に向かって飛来し、頭上で静止した。


「木偶の坊が……やってくれたなぁ!!」


金色の流星の正体は、クリフだった。

彼は空中で力を込めると、その場に衝撃波を生じさせながら、飛来した方角へと戻って行った。


「……すまない、行って来る」


ニールは短く答えると、イネスを置いてクリフの後を追った。

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