103話「ありがとう」
申し訳ないです、普通に投稿そのものを忘れていました……今の所年末周りの投稿に変更はないです。
魔神第八席の領域には、長らく街はひとつしか無かった。
歓楽街ルミノックス。
その地では決して老いることはなく、住む者に家と食事が与えられ、全ての責務から解放され、不自由なく暮らす事が出来る。
そう、前を進むという自由だけを捨てられるのならば。
発展も、成長も悲しみすら排除したその地で産まれたオーヴェロンは、自由を求めて創造主へと反発し都市を離れた。
そして遠く離れた地で街を建て、そこを妖精郷と名付けた。
__長閑な森があった。
海面のように青い葉を実らせた木々、人の大きさを越す程の鮮やかなキノコ。
大小様々な花が鮮やかな花弁を実らせ、それらが青と緑で満ちた森に、鮮やかなコントラストを加えていた。
そんな美しい森の中を、オーヴェロンは一人歩いていた。
爽やかな顔つきに、虹色に輝く翅が鮮やかに揺れていた。
そんな彼の元に、無数の蝶や鹿を初めとした動物たちが集まる。
「どうしたんだい?」
彼は側にやって来た鹿の頭を撫で、優しく微笑んだ。
「オーヴェロンさまー、森で珍しい木の実が取れたんだよー、食べられるかなー?」
鹿がそう尋ねると、籠に一杯の果実を持ったリスが鹿の股下から抜け、彼に差し出した。
真っ赤なそれは、サクランボとも、苺とも取れないような代物だった。
「妖精たちが何処からか取ってきたんだろうか?とにかく甘そうだ。彼女にジャムにでもしてもらおう」
彼は動物達を引き連れ、空を見上げた。
眼前に聳える天高く伸びた城は、陶磁器を思わせるような質感をしており、その周囲を巨大な蝶が舞っていた。
彼が転移門を起動し、王城へと入ろうと試みた時、眼前に他人の転移門が開いた。
僅かに身構えた彼だったが、虹色の魔力が転移門から漂った事で、警戒を解いた。
「ただいま、ティターニア」
彼は微笑むと、転移門の向こう側から桃色のドレスを着た女性が現れる。
オーヴェロンと同じく虹色の翅を持つ彼女は、白磁のように透き通った指先で、彼の頬に触れた。
「お帰りなさい、オーヴェロン」
彼女は優しく微笑むと、彼の手を引いた。
「妖精たちが紅茶を淹れてくれてたのよ。動物達が集めた果実でジャムを作っておいたから、取っておいたスコーンに……」
ティターニアが矢継ぎ早に話し、通った転移門に戻ろうとした時、軽い手応えを感じ、腕が垂れ下がった。
「……え」
彼女が振り向くと、オーヴェロンは前腕部だけを残して消滅していた。
美しかった森の至る場所にクレーターが生じており、彼と共に移動していた動物達も同様に消え去っていた。
「……何……これ」
ティターニアは深く息を吸い込み、眼前に広がる現実を理解しようと努めた。
そして、残された彼の右腕を片手に転移門を潜った。
◆
オーヴェロンは、アウレア辺境の山奥で慎ましく暮らしていた。
幾つかに建てられた集落の中、自宅として用意した小屋で地図を片手に思案していた。
「バルツァーブ様はここにも居ないか」
地図には既に無数のバツ印が入れられており、根気強い探索の跡が見受けられた。
魔界からこの世界へと飛ばされた者にとって、バルツァーブも転移していたのは不幸中の幸いと言えた。
魔神の中で最も慈悲深い彼ならば、元の世界へと返してくれるという確信があった。
しかしオーヴェロンにとって、彼の捜索があまりにも困難だった。
太陽を見つけるのが容易なように、神の気配というのはあまりにも巨大で、彼が居る事は分かっていた。
だが困った事に、その気配はこの星全体を覆っていた。
その上で、竜神達とエルウェクトの気配までブレンドされている事によって、魂や魔力を知覚して探す事は不可能に等しかった。
「会いたいよ……ティターニア」
天井を見上げ、一人呟く。
『話なら出来るわよ』
オーヴェロンの翅から彼女の声が響いた。
「そうだね、交信が届いたのは不幸中の幸いだったよ」
彼は翅を揺らすと、虹色の鱗粉が周囲に漂った。鱗粉が激しく振動し、隔絶されている筈の世界を抜けて、二人の想いを届けていた。
『そういった意味では、この翅をくれたお母様に感謝しないといけないわね』
彼の脳裏に孔雀の姿が浮かび、思わず苦笑した。
「確かに。見知らぬ土地で君ともう会えないのかと思うと、心が荒れてたかも」
『それは私もよ。妖精郷の皆も混乱しているけども、じき立て直せそうよ。そっちはどうかしら?』
その語気は、疲れを隠しながら気丈に振る舞っているように思えた。
「バルツァーブ様は駄目だけれど、妖精郷の皆は結構合流出来たよ。けど、宇宙空間に転移した子や、外惑星にも飛んだ子まで居るそうだ。旅先に会った悪魔が教えてくれたよ。確か、アガレスって名前だったかな」
『まあ……皆は近くに居るのかしら?家族と離れ離れになって困ってる子が沢山居るの』
「ああ、この近くに__」
次の瞬間、小屋の窓から金色の光が瞬いた。
高炉から漏れ出た光にも似たそれは、暴力的で、危険な雰囲気を放っていた。
「__っ!敵襲かもしれない!!」
オーヴェロンは地図を投げ捨て、小屋の扉を蹴破った。
『気を付けてね!』
彼は、劇場の幕が切り替わったような感覚を覚えた。
黄金の炎が壁のように集落全体を覆い、動物や蝶の羽を持った小さな人間、妖精が地面に横たわっていた。
皆一様に首を切り取られ、即死していた。
活気さえ起こりつつあったその集落には今、死と静寂だけが残っていた。
そして、集落の中心には、黒色の甲冑に身を包んだ男が立っていた。
金色の腰布に、赤く灼熱した剣を握り締めたその出立ちは、異様と言う他なかった。
「お前がやったのか……!」
オーヴェロンは周囲に蝶を召喚し、臨戦態勢を取る。
男の兜は刺々しい形状をしており、鋭角なスリットの両側に切れ込みが入ったそれは、涙を流しているかのような意匠が込められていた。
「せめて、目を瞑っていろ。苦しまないように」
甲冑の男はくぐもった声で呟くと、オーヴェロンの眼前から消失した。
彼の脳裏で危険信号が鳴り響き、巨大な蝶を盾のように展開した。
「不味っ__」
しかし、腕を振り上げた時には既に、肘から先が取れていた。
そのまま視界が回転し、頭が首から滑り落ちる。
オーヴェロンは頭を受け止め、元あった位置に置き直した時、背後から男の声が聞こえた。
「超域魔法解放……」
彼の背後で金色の光が弾け、赤の刃が翅を通り抜けた。
オーヴェロンは、彼女との繋がりが途絶した感覚を覚えた直後、激しい痛みが彼を襲った。
〈__皇金白々明〉
彼の眼前では、甲冑の男が黄金の炎に包まれていた。
「……絶対に、死ぬものか」
オーヴェロンは額に滲んだ汗を拭い、切断された翅を再生させ、多量の鱗粉を放出する。
そして、翅が虹色に光り輝いた。
「超域魔法発動」
虹色の鱗粉と金色の炎が激突し、一瞬にして周囲一帯を消し飛ばした。
◆
オーヴェロンは、懐かしい匂いを感じて目を覚ます。
真紅のカーテンに囲われたその部屋は、彼自身が産まれた場所だった。
出口はなく、閉塞している筈のその部屋では、常に新鮮な空気が流れ、草原のような爽やかな香りがしていた。
「……帰ってきたのか」
絶望と、安堵の入り混じった感情が彼の内に湧き上がった。
彼の目線の坂には、一羽の巨大な孔雀が背を向けていた。
彼女は何かを作っているようで、羽毛の隙間から人の腕が無数に伸び、裁縫道具や、革を裁断する鋏を持っていた。
「あら?」
孔雀は透き通った声で呟く。
長く伸びた首が真後ろに旋回し、オーヴェロンを凝視した。
遅れて身体も背後に向き直ると、美しい尾羽を引き摺りながら彼の元へと歩き始めた。
「お久しぶりです。お母様」
オーヴェロンは息を切らしながら挨拶をする。
シルヴィアに破壊された四肢は今も再生を続けており、千切れた翅からはとめどなく血が溢れ出していた。
「ああっ、可哀想なオーヴェロン。今、私が直してあげるわね」
彼女は急ぎ足で近付くと、次の瞬間にはコマを差し替えたかのようにオーヴェロンの身体が完治していた。
妖精郷の王らしい礼服に、虹色の翅すらも、何事もなかったかのように元通りになっていた。
巨大な孔雀の頭部が彼の目の前に近付き、巨大な瞳が、彼を舐め回すように観察していた。
「うん、うんっ……とっても素敵よ」
母親としての愛情を振り撒く彼女に対し、オーヴェロンの反応は冷たかった。
「……もう、妖精郷には。彼女の元には帰れませんか?」
オーヴェロンは声の抑揚を抑えて話す。
彼が切ったチケットは、一種の契約書だった。
切ったその瞬間に世界を跳躍し、魔神第八席、アヴァルスその人が管理する都市へと転移し、未来永劫その地へと囚われる。
代償は自由。その対価はあらゆる苦痛からの解放だった。
彼女は、アヴァルスは長い首をゆっくりと傾げた。
「彼女ならもう、ずっと昔からここに居るわ」
彼女が尾羽をスカートのように持ち上げると、その裏からティターニアが顔を覗かせた。
虹色の翅は健在で、しかし顔には生気がなかった。
彼女はオーヴェロンに向かって数歩だけ歩くと、その場に倒れてしまった。
「ティターニア!」
オーヴェロンは血相を変え、彼女の上体を起こすも、何の反応も示さなかった。
「タイミングが悪かったわ。ついさっき、死んだ所だったの」
オーヴェロンは彼女を床に落としてしまった。
目を見開き、口元を歪ませて言った。
「……どうして?」
酷く沈んだ声だった。
涙腺は僅かに綻び、瞳から光が消えつつあった。
「あなたの翅が焼けて、連絡が途絶してから心が壊れたのよ」
無数の腕がティターニアの身体を人形のように持ち上げる。
「妖精郷も随分と治安が悪くなってしまったわ」
それと同時に、裁縫道具を持った腕がティターニアの元に近付き、彼女の身体を縫針で貫き始めた。
「……っ、やめろ!!」
オーヴェロンは魔法を発動しようと右手を振り出すも、魔力さえ生じなかった。
「……くそ」
オーヴェロンは理解した。
既に彼女の手の上なのだと。
地面から人の腕が生えると、彼の両脚を掴んだ。
彼女を弔いたい。もう死んでいたとしても、抱き締めて愛を感じたい。
そんな想いが彼を突き動かし、身体を無理やり動かし、その場に転倒した。
怒りの雄叫びを上げながら、両脚についた腕を剥がそうと暴れるも、手応えは無かった。
縫針がティターニアの身体を貫く度に、彼の雄叫びは、嗚咽へと変わり始めた。
「可愛い子の頼みですもの。手作業で、丁寧にやらないと」
巨大な鋏を持った手が地面から無数に出現し、彼女の四肢と首元に刃を当てた。
その光景にオーヴェロンは大粒の涙を流し、アヴァルスに向けて、媚びた笑みを浮かべた。
「お母様……やめて、やめてください……」
彼が懇願すると同時に、鋏は無慈悲にも動き、彼女の身体をバラバラに切り分けた。
オーヴェロンは声にならない叫びを上げ、床に頭を擦り付けながら暴れた。
それをよそに、腕達はティターニアの手足を再び縫合し、元通りに縫い合わせた。
「完成……見てオーヴェロン。渾身の出来だと思わないかしら?」
彼女がそう呟くと、オーヴェロンの足に付いた腕を床に沈ませ、彼の拘束を解いた。
彼が顔を上げると、ティターニアが一人で歩き出し、微笑を浮かべていた。
「この子はね、私の祝福を打ち破ってこう言ったの。オーヴェロンが居ないから死にたいって」
アヴァルスは上機嫌に答えた。
「どうして……どうして俺が生きてるって伝えなかったんだ!!」
怒りに顔を歪めたオーヴェロンの前に、ティターニアが手を差し伸べた。
彼は困惑した表情を浮かべると、手を取るのを躊躇った。
そして彼は、ひきつった笑みをアヴァルスに向けた。
「俺も殺してくれよ」
大粒の涙を流し、声を震わせて呟いた瞬間、彼の瞳から生気が失せ、膝から崩れ落ちた。
「ええ、あなたがそう望むのなら」
無数の手が彼を取り囲み、ティターニアにしたような加工を彼にも施し始めた。
「……死んだの?」
真紅のカーテンをめくって、シルヴィアが部屋に入った。
「あらあら、聞いていたのかしら?」
アヴァルスの身体が急激に萎み、空気の抜けた気球のように潰れた。それらが螺旋を描きながら萎むと、その中心から小柄な女性が飛び出した。
孔雀の尾羽をドレスにし、青に白の差し色を加えた長髪が特徴だった。
「最初から。あいつは、あなたの息子じゃないの?」
シルヴィアの質問に対し、アヴァルスの動向が縮み、僅かに頭を傾けた。
「そうよ。とっても可愛らしいでしょう?」
答えになっていなかった。
オーヴェロンの施術が終わると、彼はゆっくりと立ち上がり、ティターニアの手を取った。
そして二人はオルゴールの人形のように手を繋いで踊り始めた。
その光景を見てアヴァルスは手を叩き、からからと笑った。
「素敵だなぁ……あなたもそう思うでしょう?」
シルヴィアは顔を顰め、後退った。
「全然。悪趣味だよ」
「えー……シルヴィアちゃんの趣向には合わなかったかしら?」
アヴァルスは首を傾げた。
「うん。さっさとセジェスに帰してよ」
不服げに答えるシルヴィアに対し、彼女は不気味に微笑んだ。
「昔ね、あの少年にも招待状を送ったんだ」
彼女は返事をすることなく、両手を組んで呟いた。
「少年?」
「綺麗な黒と金色の魂を持ったあの子だよ……とっても可哀想で、可愛いのよ?」
シルヴィアは息を呑み、アヴァルスを睨んだ。
「クリフの事を言ってるの……!?」
彼女は口角を歪め、期待に満ちた笑顔で返事をした。
「あなたを閉じ込めれば、あの子はきっと来てくれると思うの」
〈__白加〉
シルヴィアは魔法を起こし、地面を蹴って背後に回った。
しかし、その時点で彼女は躓き、転倒してしまった。
「__え?」
強烈な眠気が彼女を支配し、首から下の感覚が消滅する。
「許可しないわ。私の目が届く場所では、絶対にね」
例え神の魂を継承していたとしても、万全の神の前には、シルヴィアはその程度の存在でしか無かった。
どこまで力を磨こうとも、神が軽く殺気を向ければ、脆く弾けてしまう。
神の相手は、神にしか務まらない。
「あなたの為に素敵なドレスを用意しているの」
彼女がシルヴィアへと歩いたその時、突如として二人の間に銀色の亀裂が生じた。
禍々しい光を放つそれは、神の歩みを止める程のものだった。
「ヴァストゥリル……」
彼女の表情から余裕が消え、歯軋りをした。
尾羽のドレスが捲れ上がり、彼女の両手足が羽毛に覆われ、鋭利な爪が伸びた。
次の瞬間、亀裂が勢いよく開き、銀色の空間から一人の大男が飛び出した。
銀に輝く頭髪は膝下まで伸び、鬣のように逆立っていた。
この世のあらゆる物質よりも強固だと言わんばかりの筋肉を積んだ五体は、全てを圧倒するオーラを放ち続けた。
巌のように険しい顔、腰に猪の毛皮を巻き、上半身をさらけ出したその姿は、古代の大英雄を想起させた。
魔神十一席、ヴァストゥリル。ケルスの父にして、クリフの甥。
最強の魔神と名高いその人だった。
「我らへの宣戦布告と受け取ったぞ」
彼が拳を固く握り締めた時、周囲にある全てが圧壊した。
彼を中心に重力が生じ、城はおろか、空すらも砕け散ってしまった。
アヴァルスの領域内に存在する全てが彼の掌に吸い寄せられ、消滅した。
宇宙空間のように黒く塗りつぶされたその場所で、彼は拳を振り抜いた。
音さえも置き去りにして加速した腕は、太陽の如く光り輝いた。
光の速度を超越した拳は、無限の質量を獲得し、アヴァルスの顔面に直撃し、黒い孔を開けた。
それと同時に、銀色の亀裂が世界に生じ、極限の環境に色を差し込む。
彼は薄く微笑むと、権能を起こした。
〈__0〉
次の瞬間、銀の亀裂が拡大し、領域内の全てをこの世から消し去った。
◆
「……ん」
眠りから覚めたシルヴィアは、ゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡した。
しかし、周囲一面が銀色に染まっており、眼前にはヴァストゥリルが腕を組んで、彼女の様子を伺っていた。
「起きたか」
彼は眉一つ動かす事なく、シルヴィアを見下ろしていた。
「えー……っと?」
仄かにケルスの面影を持った彼を見て、シルヴィアは首を傾げた。
「ヴァストゥリルだ……ケルスの父と言えば分かるか」
シルヴィアは目を見開き、微笑んだ。
「えっと、つまりあたしのお兄さんって事だよね」
ヴァストゥリルは初めて表情を崩し、薄く微笑んだ。
「相違ない。母には随分と世話になった。一人の兄として、お前を守れて良かった」
それを聞いて、彼女ははっとする。
「あいつは……どうなったの?」
「軽く小競合った。領域を粉々にしたが、今頃元通りになっている事だろう」
ヴァストゥリルは眉間に皺を寄せ、続けて呟く。
「魔神同士の殺し合いは魔神第一席によって禁じられている。業腹だがな」
「……これからセジェスに向かうの?」
「ああ……だが俺やケルスは介入出来ない」
シルヴィアは目を見開き、眉間に皺が寄る。
「……なんで?」
「クリフを竜の主神に持ち上げる。その為にも、あの者は多くの戦いと見聞を得なければならない」
眉ひとつ動かさずに答える彼に、シルヴィアは歯軋りをした。
「なんでクリフなの?クリフは絶対……そんな事望んでない」
「竜神ルナブラムの弟だからだ。ソルクスが死した今、継承権はお前か、奴にある」
「……あたしが成れば良いの?」
ヴァストゥリルは顔を顰めた。
それは嫌悪感から来るものではなく、親心と似た感情から来たものだった。
「その覚悟があるのならな。だが奴も同じだろう」
「……上等だよ」
彼女は少し苛立った口調で呟き、俯いた。
「そうか……」
暫しの間、気まずい沈黙が続いた。
「オーヴェロンが死んだ感想はあるか。仇が死に、胸がすいたか?」
「……ちょっとだけ。気分が悪かった」
ヴァストゥリルは微笑み、シルヴィアの肩に片手を乗せた。
「それで良い。その思いを決して忘れるな」
彼は不器用に、言葉足らずに答えた。
「我らは獣ではない。復讐で自らを失い、歪めるべきではないのだ」
彼が悲しげにそう呟くと、銀色の壁に両腕を突き刺し、空間を引き裂いた。
「着いたぞ」
セジェス上空と繋がったその場所からは、街全体を見渡すことが出来た。
シルヴィアは眼前に広がる光景を見て、目を疑った。
世界樹を挟んで、山のように巨大な巨人と、金色に輝く竜人が黄金の炎を激らせ、対峙していた。
高らかに笑い、剣を振り回す竜人の姿を見て、シルヴィアは眉を落とした。
「クリフ……!」




