11話「ようこそ」
ニールが射出した無数の剣が、城の外壁に突き刺さる。
クリフは、外壁の側面を走り抜けながら、彼の攻撃をいなしていた。
「脚力だけで逃げてみせるか!」
ニールは笑みを深め、僅かの間瞑目して集中した。
直後、城内のほぼ全ての窓から剣や槍が飛び出した。
__場内の武器全部乗っ取ったのかよ。
クリフは、それに青ざめた。
帯電したそれらが宙に浮かぶ様子は、まるで星空のようだった。
「上等だ、全部どうにかしてやるよ」
走っていた壁面を右手で掴み、足元にあった窓を蹴破って城内の廊下に侵入した。
__隊長の磁雷鉄陣は、全部手動操作だ。無茶苦茶な頭の回転速度だが、目で見えない場所まで事細かに操作は出来やしない。
彼は赤い絨毯を踏み荒らしながら長い廊下を駆ける。
すると、窓から無数の剣がなだれ込む。
ガラスが砕け散り、内部に並べられたテーブルや調度品を粉々に破砕しながら、明確にクリフへと迫った。
「上等っ!!」
クリフは廊下に並ぶ大理石の柱飾りを素手で引きちぎった。
そして、投擲したそれを蹴り壊し、ブドウ弾のように拡散させ、無数の剣を迎撃、破壊してみせた。
しかし、城内全ての剣をかき集めた物量は、その程度で押し止まることはなく、壊れた剣すらも破壊しながらクリフへとやって来た。
彼は無意識に心臓の鼓動を加速させ、思考速度、聴力、動体視力、そして身体能力を一気に加速させる。
本来ならば脳が焼け落ち、廃人になるようなその負荷を、持ち前の再生能力だけで帳消しにしてみせた。
周囲の景色と、時の流れが緩慢になり始め、それに反して身体の動きは鋭くなり始めていた。
「おぉ……すっげぇ」
自身の能力に驚きながらも、クリフは剣を引き抜き、剣の濁流へと足を踏み入れた。
彼は全力で剣を振り回す。
海を割るかの如く、剣を破砕し、その余波で生まれた突風と衝撃波が更にニールの剣を破壊する。
そして次の瞬間、クリフの真横にあった壁が爆裂した。
そこから飛び出した剣はオレンジ色に赤熱化しており、緩慢になった時間の中で尚、クリフよりも圧倒的に素早かった。
剣はクリフの横腹に直撃し、彼の腹部を跡形もなく吹き飛ばして尚、勢いは止まらず、その背後の壁面すらも貫通し、外へと飛び出して行った。
「痛ってぇ……クソ」
土煙の中、クリフは瓦礫を押し除けて立ち上がる。
吹き飛ばされた一瞬の間に、腹部が完全に再生、千切れた下半身がくっ付いていた。
しかし、休む間もなく剣は降り注ぐ。
そして吹き抜けた壁の向こうでは、空に浮遊したニールが鉄棒を両手で握り締め、剣をまるでビリヤード玉のように扱い、発射態勢を取っていた。
「アレ家宝じゃないか……そこまでやってくれるなんてな」
再び、クリフは心臓を加速させる。
先ほど以上に、時の流れが緩やかになった。
迫る剣の濁流を素通りし、ニールの元へと接近する。
吹き抜けから飛び出し、飛来する剣を足場にして彼の元へと近づく。
ここに来てようやく、彼の発射準備が整ったようだったが、緩慢な時の中で、彼の狙いを避けるのはよういだった。
「随分と温いじゃないか!」
クリフは剣を踏み台にして跳躍し、余裕をもって彼の射撃を避けた瞬間、ニールが笑っているのを目にした。
次の瞬間、発射と同時に剣が砕け散り、散弾となってクリフの元へと接近した。
__予想外っ、だがな!これだけ小さければ……
クリフは剣を振り上げ、自身に迫る破片だけを切り払う。
しかし、次の瞬間、全身が焼けるような痛みに襲われた。
〈__磁雷〉
散った破片同士が帯電し、まるで蜘蛛の巣のように電流をつなぎ合っていた事にクリフは気付く。
しかし、今の身体なら、ニールの電撃にも易々と耐えられる。
足場に魔力を作ってその場から跳躍し、ニールの元へと接近する。
__剣の間合いに入った!
クリフは剣を振り上げる。
だがしかし、彼は未だに笑みを崩していなかった。
〈__磁雷駆動〉
彼の身体に電流が流れ、こちらの速度に追従して来た。
ニールは鉄棒を振るい、クリフが振り下ろした一撃を打ち払ってみせた。
強烈な衝撃波と魔力が城内に伝播し、窓ガラスに亀裂を入れる。
「そんな奥の手があるなんてな!!」
クリフは空を蹴り、再びニールへと距離を詰める。
「お前に言われたくはないな!!」
互いの武器が再び激突する。
膂力はクリフが上であり、ニールはやや押されていた。
しかし、このタイミングで無数の剣がクリフの身体を貫いた。
「無視したツケだ!堪能しろ!!」
クリフは剣に連れ去られる形で、その場から浮き上がる。
対してニールは、浮遊する剣の一つを呼び寄せ、鉄棒をビリヤードキューのように見立てて構えた。
__アレが来る!
クリフは自身に突き刺さり、今も尚飛来してくる数々の剣を、斑鉄の剣で払い、打ち砕く。
そして、ニールの攻撃を阻止しようとした瞬間だった。
突然背後からやって来たオレンジ色に赤熱した剣によってクリフの胴体が吹き飛んだ。
__どこから……!?
ニールはまだ発射態勢であり、それを放ってすらいなかった。
「弾が速いとな、旋回させるのにも一苦労なんだ」
クリフは五体が分離する最中、彼の言葉を理解した。
__いちばん最初の弾を旋回させて、呼び戻したのか!?
「チェックメイトだ、クリフ」
身体が再び結合して再生を始めていた身体に、ニールは鉄棒を振り上げ、肩に叩きつけた。
「死んでくれるなよ?」
それが接触しま瞬間、鉄棒に掘り込まれた模様が眩しく発光し、先端から強烈な衝撃波を発した。
クリフは、勢い良く闘技場の床面に叩き落とされ、凄まじい土煙を巻き上げながら、潰された。
ニールは鉄棒を肩に乗せ、クリフの元へ降下する。
「ははっ、これだけ肝が冷えたのは二年ぶりだな」
闘技場に足を下ろし、土煙を払いながらクレーターで潰れたクリフを見下ろす。
「お前、吸血鬼より頑丈なんじゃないのか?」
ニールはやや呆れた様子で笑う。
降下する僅かな時間で、クリフの身体は殆ど再生しきっていた。
「……どうだろうな」
クリフも自嘲気味に笑った。
「降参しろ、皇城に侵入したのも不問にしてやる。戻って来いクリフ、お前が必要だ」
彼は鉄棒を肩から下ろす。
「俺は……あの戦争には戻らない。あんたが一番分かってるだろう?俺は戦場の狂気に馴染めない。相手に同情するんだよ」
クリフの脳裏には、牢屋に押し込められ、虐げられたドワーフの女性の姿がフラッシュバックしていた。
「クリフ」
ニールは短く呟き、鉄棒をクリフの額に押し当てる。
至近距離で棒に込められた魔法を頭に受ければ、クリフでも即死は免られなかった。
クリフは右手を前に出し、手のひらを上に向ける。
「……嫌だね、俺はもう……生き方を失いたくない」
クリフは、激情によって様々な情報で溢れていた脳を落ち着かせ、頭の中をキャンバスのように真っ白にする。
想い描くのは幻想。天地を裂き、理すら捻じ曲げるそれらを、感性が導くままにイメージを描く。
そして、クリフの手のひらに真っ黒な球体が出現した。それは27年もの間、クリフに枷を掛けてきた″何か″を具現化したものだ。
「クリフっ、お前魔法を!!」
ニールは驚愕し、鉄棒に魔力を注ぐ。
しかしクリフの方が早かった。
「俺の呪いをやるよ、隊長」
出現した球体が握り潰されると同時に、凄まじい衝撃波を起こし、周囲の全てを吹き飛ばした。




