99話「死なない奴らは」
セジェス評議国の首都バロン。
天を衝く世界樹の麓に建ち、巨大な防壁に囲われたその都市の一角は、静寂に包まれていた。
元居た住民達は、足跡一つ残さず消え去っており、今この場に満ちているのは、死の静寂だった。
それを掻き消す形で、空から一筋の光柱が降った。
家屋を呑み込み、跡形もなく溶融させる絶対的な熱量を持ったそれは、神の裁きと形容する他なく、太陽の如き光量と、激流のような存在感を放ち続けていた。
音すら立てずにペンを引くように街を溶断させながら、目標に向かって全てを焼き払った。
「__あの円盤か」
そんな光柱に狙われていたクリフは、一切首を動かすことなく、真上に拳銃を向けた。
乾いた発砲音が街に響くも、銃口から弾丸が飛び出す事はなく、代わりに光柱が突然消滅した。
「よく見破れたっスね!」
消滅した光柱の中からアドリシュタが飛び出し、クリフの眼前に肉薄し、ククリナイフを振る。
「鏡を設置して、光を反射してるんだろ?例え成層圏に飛ばしてしてようと、俺には視える」
クリフの拳銃が形を変え、ポンプ式の散弾銃へと姿を変えた。
彼は一歩分飛び退き、銃口を上に向けたまま引き金を引いた。
「何を__っ!?」
次の瞬間、銃声が鳴ると同時にアドリシュタの腹部に散弾が直撃し、彼の身体が宙を舞い、浮き上がった。
「モーニングショットだ。受け取れよ」
クリフはオムニアントを大型の狙撃銃へと変形させ、アドリシュタの頭に銃口を向けて引き金を引いた。
アドリシュタは、銃口の軸線上にナイフを構え、更には弾道を遮る為、二人との間に光線を落とした。
しかし、再び銃声が響くと、アドリシュタの頭が突然吹き飛んだ。
彼の頭の内容物が飛び散る最中、弾丸は確かに彼の頭を通過し、存在していた。
弾け飛ぶ最中、脳髄の破片達が高速で思考し、アドリシュタの魂へと情報を伝える。
そして理解した、クリフの超域魔法は発射から着弾までの過程を、全て無かった事にしていると。
「それはっ……キツいっスよ……!」
アドリシュタは頭部を即座に再生させ、クリフの頭上に光線を落としながら、再び接近戦を仕掛ける。
「ズルをしてる自覚はあるさ」
クリフは光線を避けながら再び引き金を引き、アドリシュタの胸を貫いた。
その瞬間、同じタイミングでクリフの胸部にも風穴が空き、弾丸が通過した。
「は……?」
クリフは目を白黒させながらも、武器をガウェスの愛用していたリボルバー拳銃へと変形させた。
拳銃の引き金を連続で引く。
迫っていたアドリシュタは身構えるも、弾が一瞬で彼に直撃する事はなく、銃口から煙が出ただけだった。
クリフは右足で彼の腹を蹴った。
〈__砲撃〉
爪先を経由して、キャブジョットの魔法をアドリシュタに掛けた。
凄まじい力が彼を持ち上げ、上空へと発射しようとするも、逆方向に同じ力が起こり、彼の脚と首がへし折れた。
それと同時に、アドリシュタの身体からガラスの割れる音が響いた。
「体内に鏡を仕込んでたか!見えない力まで跳ね返すのか!!」
クリフは拳銃を向け、アドリシュタの口腔に銃身をねじ込んだ。
「辛口なのは好きか?」
クリフは連続で引き金を引き、炸裂した光線がアドリシュタの体内にある鏡によって反射し続け、全身を駆け巡りながら皮膚を突き破った。
「大っ嫌いっスよ」
アドリシュタは顔を横に振り、頬を裂きながらそう答え、クリフの左手首を掴んだ。
次の瞬間には空が瞬き、降り注いだ光線がクリフの身体を貫いた。
「奇遇だな!俺は甘いのが好きなんだ」
クリフはその場から逃げず、銃を収めて左手でアドリシュタの手を繋ぎ返した。
「キールなんてどうっスか!!自分の故郷の菓子は甘いっスよ!!」
二人は拳を固め、お互いの顔面を殴り合った。
城壁を薄板のように割れる膂力が、互いの頭骨に襲い掛かり、骨を打ち砕いた。
「良いかもな!アウレアやヴィリングの菓子は、控えめでで飽きてたんだ!!」
クリフは頭蓋骨が割れたまま、右手でアドリシュタの頭を掴み、頭突きをした。
互いの頭が砕け散り、内容物が飛び散る。
頭部が欠損したにも関わらず、二人は拳を固めて殴り合う。
破城槌が激突したような音が何度も繰り返され、肉は石が割れる音が、骨が砕けた時に至っては、金属の裂ける音が響いた。
「オーディアル砂漠に来て下さいよ!地元を案内するっスよ!!」
アドリシュタの右腕がカマキリのような形状に変化し、鎌をクリフの腹に突き刺した。
「あそこが出身か!道理で珍しい格好してると思ったよ!」
クリフは胸を躍らせながら、アドリシュタの鎌を肘でへし折り、彼の胸に銃を突きつけ、心臓を穿った。
「みんな閉塞的っスからね!文化が広がらなくて、少し寂しいっスよ!」
アドリシュタの手から無数の棘が出現し、繋いだクリフの腕をより強固に巻き付けた。
彼の意図を察したクリフは、深く微笑む。
「受けて立ってやるよ」
クリフは拳銃を引き抜き、アドリシュタの周囲には、無数の円盤が浮かび上がった。
「楽しくなるっスね!!」
二人は脳を破壊し、何度も繰り返し再生した事で、ハイになっていた。
酔っ払いよりも酷いテンションのまま、極限の集中力を用いて魔法を起動した。
拳銃が絶え間なく火を噴き、超域魔法の効果によって、全方位から命中した弾丸が、アドリシュタの身体を粉々に打ち砕いた。
しかし、それと同時に彼が放った光線が集中豪雨のように降り注ぎ、クリフの肉体に無数の孔を開け、身体中の液体を蒸発させた。
固着させあっていた二人の腕が千切れ、クリフは腕の再生と共に、もう一丁の拳銃を出現させ、より苛烈に弾丸を打ち込んだ。
度重なる攻撃によって、二人は武器を持った肉塊と化していたものの、それでもお構い無しに魔法を練り、攻撃を続けた。
光線と弾丸が周囲を焼き尽くし、セジェスの都市区画を蒸発させた頃、二人の肉塊に変化が起きた。
二つの肉塊が突然原型を取り戻し、弾と光の嵐の中、互いに向かって走り始めた。
クリフはリボルバーから弾丸を排莢し、何処からともなく飛び出した弾丸をシリンダーで受け止め、一発装填する。
「ケリ付けようか!」
対するアドリシュタは、ククリナイフに魔力を纏わせると、刀身が太陽のように輝き始めた。
「死んでも恨みっこナシっスよ!!」
互いに一撃必殺の技を用意し、不死者同士の不毛な度胸試しが、今終わろうとしていた。
「嫌だね、俺は恨むさ!!」
クリフはそう言って、アドリシュタに向けて拳銃を弾いた。
放たれた弾丸は空気を切り裂き、彼の元へと迫る。
アドリシュタは円盤を眼前に展開し、弾を反射しようと試みた瞬間、違和感に気付く。
専用の弾丸。超域魔法を使わずに弾が普通に飛来した。
その違和感だけを頼りに魔法を解き、ナイフで左腕を削ぎ落としながら右に回避した。
「マジかよ」
クリフは目を見開く。
この弾丸は、本体か魔法に命中すれば効果を発揮するものだったからだ。
「当たったようで何よりっス!!」
アドリシュタはクリフに飛び掛かる形で、胸にククリナイフを突き立てる。
太陽のように輝くそれが命中した瞬間だった。
〈__塑性弾核〉
クリフの放った弾丸が大きく旋回する形で、アドリシュタの背中に直撃した。
「なっ……!?」
彼はナイフに込めた魔法を発動しようと試みるも、クリフの方が素早かった。
「普通の方は見せてなかったよな?」
クリフは得意げにそう言うと、指を弾いた。
ガウェスが不死者を相手取る際に編み出した超域魔法の亜種。
仮想性弾核が必ず相手に命中する効果を一つの弾丸へ封じ込め、それを直接相手の身体に撃ち込む事で、仮想の弾が相手の魂を貫く。
かつて彼が誤って殺した恋人の名を冠すその技の名は__
〈__薔薇散〉
アドリシュタは糸が切れたように膝から崩れ落ち、そのまま仰向けに倒れた。
しかし死んではおらず、彼は軽く咳き込んだ。
「魂はブッ壊れてないが、暫くは絶対安静だ」
クリフは胸に刺さったククリナイフを引き抜き、乱雑に捨てる。
「……殺さないんスか」
アドリシュタは重々しく尋ねた。
「お前がメメントモリを抜けるならな。義理堅いのがモットーなんだろ?」
クリフが苦笑しながら尋ねると、アドリシュタは声を上げて笑った。
「はは……負けて良かったっスよ」
彼は少し悔しげに呟くと、ぐったりと倒れた。
彼の言葉にクリフは思わず微笑をこぼすと、その場から走り去った。
・語る予定のない設定
超域魔法というシステムについての補足です。
元ネタの◯解と同じく、本人の魂や趣味嗜好が反映されている事が多く、最初に覚えた魔法が色濃く反映されます。
また、斬◯刀や念◯力、術◯と違い、制約や制限を設けたからといって強力な効果を発揮する事はありません。
その為、能力にわざわざデメリットを付けている人物は趣味か、魔法の本質を理解していない事が殆どです。
アルバを除き、魔法の効果を後から変更は出来ませんが、元の効果を上手く再開発したアレンジ技は存在します。
クレイグの異景、絶景や、空千代の天命裁断などです。
あまりにベースと離れ過ぎていても、必ず何かしらの法則に則ってアレンジされています。
これらをナトの解説でやるつもりでしたが、忘れていました……申し訳ありません。




