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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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97話「行ってきます」

アキムは洋館のベッドで横になり、チペワの精神世界の中で考えごとをしていた。


暖かな液体で満たされたその世界で、胎児のように揺蕩っていたその時、父が近付いているのが見えた。

変わらず、アキムから見た父の姿はおぼろげで、捕食した筈の顔の部分に至っては、霧が掛かっているかのようだった。


「……父さん」


「悩んでるみたいだな。話してくれよ」


アキムは僅かに躊躇った後、深く息を吐いて話し始めた。


「クリフのとこに帰りたいんだ。チペワじゃなく、アキムとして」


「……そうか」


父はそれを非難するでもなく、真剣に話を聞き入っていた。


「チペワだって悪い訳じゃないんだ……けどっ、アキムはチペワに吸われた時、本当に嫌で……確かに、悲しかったんだよ」


客観的な例えに、父は不思議そうに眉を上げた。


「アキムは……か、お前がアキムじゃないのか?」


「正直、分かんないんだよ。アキムがチペワになったのか、チペワがアキムになったのか……もしかしたら、チペワがアキムを作ったのかも」


思い詰めたように答えるアキムに、父親は優しく微笑みながら、彼の頭を乱暴に撫でた。


「大丈夫だよ。お前はアキムだ」


父親の声が変質し、彼にとって聞き慣れた人物の声が聞こえた。

それは、クリフの声だった。


「……え?」


父親の顔に掛かった霧が晴れる。

これまで父だと思っていた男は、クリフと同じ顔をしていた。


「お前の親父の頭を回収した時にはさ、もう魂は残ってなかったんだ」


クリフは少し寂しげに答えた。


「だから俺は、お前の願いによって作られたんだ。ちょっとした癇癪(かんしゃく)で殴ってくるクソみたいな親父じゃなく……クリフとの記憶を真似して作った、偽物の父親だ」


アキムは合点が入ったと同時に、罪悪感が湧いた。自分の都合だけで、彼という存在を産み出してしまった事に。


「……何処まで行っても俺はクリフみたいでさ。どうにもチペワの考えに馴染めなくてな。正直、お前がその気になってくれて嬉しかったよ」


クリフは苦笑すると、部屋に満たされた水が干上がり始めた。


「さて、何するかは決まってるだろ?」


彼はそう呟くと、装備までクリフの姿となり、オムニアントを引き抜いた。


「……クリフ」


「父さんって呼べよ。クリフはセジェスでイチャついてるアイツだ。俺までクリフならアイデンティティが無くなっちまうだろうが」


不満げに述べる彼を見て、思わず笑みがこぼれた。


「そうかも。じゃ、行こうか父さん。チペワの中枢を乗っ取りにさ」


一歩踏み出した途端、風船が弾けたかのように周囲の景色が一変した。


「アキム、チペワやめるの?」


「アキムもチペワなのに?」


「おかしいよ」


かつてアキムが住んでいた村を中心に、地平線を埋め尽くす程のチペワが群がっていた。


「いや凄いな……俺も協力した手前、こんなことを言うのもどうかと思うけど」


「俺達が勝てば総取りだ。気を引き締めろよ……」


クリフは左腕で胸を貫く。


「超域魔法開廷」


胸の内から金色の炎が溢れ出し、全身が火に包まれた。


〈__皇金白々明(フレイリオス)


そして、それが晴れると同時に、クリフは黒色の鎧を身に纏っていた。


「えっ、使えるのか!??」


「バカ言うな、ただの模造品だ!燃費も火力も本家には及ばない!!」


そう言ってクリフは先行し、チペワ達の群れに突撃した。

彼が剣を振り下ろすと、切先が起点となって爆炎が生じ、金色の炎が火砕流のように拡散し、チペワ達を焼き払う。


それを見たアキムも魔法を発動した。


〈__食餌(ペクス)


自身の肉体に、過剰なまでの栄養を与え、細胞分裂を活性化させる。

右腕が膨れ上がり、身体の体積よりも巨大な肉塊へと変化する。

チペワの精神世界で、栄養を作る意味は無い。しかし魔力は、扱う者の意思に呼応し、架空の現象を引き起こしてみせた。


「役割を果たせ」


そう呟くと右腕が分裂し、クッキーの型を抜くように、ヒト型のチペワを幾つも出現させた。

彼らに意思はなく、躊躇いなくチペワの群れへと突撃して行った。

その後に続く形でアキムは走り出した。


「俺が知識担当で良かったよ!」


チペワに格納されている殆どの人は、酩酊に酷似した容態となっており、生前に魔法を扱えた人間や、優れた武人であっても、その本領を発揮する事は無かった。


しかし、最初の知識サンプルとして吸収されたアキムは、特例としてチペワ内に集積された知識を自由に扱い、引き出す事が出来た。


〈__瑞切(フルクトス)


アキムの右腕に透明な液体が付着し始める。

そして彼が腕を振ると、液体は三日月型の巨大な斬撃波となり、前衛を張っていた分身諸共、チペワの群れを両断した。


〈__灼雷(イグニス)


そして続けざまに魔法を起こし、空から生じた雷が両断されたチペワ達を焼却した。


「俺は……アキムだ!!たとえチペワだとしても、俺はアキムでありたい!!」


両腕を巨大化させ、再びチペワの分体を召喚する。


尚も押し寄せ、地平線まで続くチペワの群れを、金色の矢が薙ぎ払った。

流星のように地を流れるそれはうねり、通過した全てを蒸発させながら、巨大な火柱を巻き起こした。


「それで良い!お前はなりたいものになれるんだ!!」


クリフがアキムの前に降り立ち、金色の炎を激しく燃やし始めた。


「俺が道を切り拓いてやる。行くぞ」


クリフは剣を両手で構え、チペワの群れに向かって走り出した。

太陽を想起させるような本家の超域魔法と違い、彼の炎は灯火のように温かく、そして限りあるものに思えた。


「……ああっ、頼んだ!!」


アキムは決死の覚悟で臨む父を、彼の意志を無為にしない為に走り出した。


金色の灯火を頼りに、赤い肉の海を切り進む。

アキムが目指すべきチペワの本体は、地平線の遥か先で聳える肉の大樹であり、それは希望であると同時に、絶望でもあった。


「アキム、やめて」


「アキム、どうして?」


「私達は幸せなのに」


チペワ達の言葉は非難から一転し、彼の良心を苛む言葉へと変わり続ける。


「……っ」


一瞬、肉壁として呼び続けた分体の動きが鈍った。

その隙間から、一体のチペワが飛び出し、剣に変形させた右腕をアキムに振り下ろした。


「耳を貸すな!!お前の、帰る場所をから目を逸らすんじゃない!!」


クリフは叫びながら剣を振り続け、アキムに迫るチペワを斬り払った。

しかし、その一瞬の無駄が、チペワの攻撃を許した。

炎の隙間から飛び出した肉の槍がクリフの左肩を貫く。


その瞬間、アキムの脳裏にクリフとシルヴィアが手を繋いで歩いている光景が浮かんだ。

二人はアキムに気がつくと、優しく微笑み、手を振っていた。


「っ……俺はぁっっ!!!」


クリフの肩に刺さった肉の槍を引き抜くと同時に、自身の細胞を埋め込んで治癒する。


〈__食餌(ペクス)


引き抜いた槍に過剰なまでの栄養を付与し、クリフの肩を掠める形で投擲する。


槍は複数体のチペワを貫いた後、急速に膨らみ、爆裂した。

骨片が周囲に飛散し、多くのチペワを巻き込む。


「俺は絶対に帰るんだ……あの場所に!!」


アキムが展開していたチペワの分体が彼の周囲に集まり、粘土のように変形する。

アキムの周囲に集まった肉片は内側から膨らみ、円柱状の物体へと変形し、全身を外骨格と鱗が覆った。


「父さん!こいつで行こう!!」


形成した物体の上からアキムが飛び出す。

彼が作ったのは巨大な竜だった。

ワニの頭に、人型の身体に巨大な前腕、そしてそれらよりも巨大な翼を備えていた。


その姿は、かつてジレーザで三人を襲った半神の失敗作、ウシュムガルと同じだった。


「良くやった!これなら守り易い!!」


竜は巨大な口を開き、耳をつんざく咆哮を上げ、チペワ達を怯ませた。


「__!!」


「ウシュムガル、久しぶり」


アキムは竜がかつて持っていた名で呼ぶ。

彼は持っていた魂が強固だった為に、チペワに染まらず、持て余していたのをアキムがずっと預かり、魔力電池として酷使されていた。


「貴様ァ……!!」


ウシュムガルは顔を上げてアキムに噛みつこうとするも、首の筋肉が痙攣(けいれん)して動かなかった。


「協力してよ。このままじゃチペワにすり身にされるよ」


「事が済めば我を解放しろ!!」


ウシュムガルは歯軋りをすると、クリフを掴んでその場から飛翔した。

上から見下ろした真っ白な雪原は、チペワ達の赤で埋め尽くされており、彼らが絶えず蠢き続けていた。


「待遇の改善なら……」


アキムは渋々といった感じで返答した。

ウシュムガルの返答を待つ事なく、地表に居たチペワ達が一斉に右腕を挙げ、腕を爆裂させて骨の槍を射出した。

それはセジェスでアキムが披露し、ウシュムガルの身体を貫いた技だった。


「二度も通じるものか!!」


ウシュムガルは全身を翼で包み、高速で回転し、さながら弾丸のように飛翔した。

骨の槍を弾きながら、目標であるチペワの中核へと弾幕の中を突き進む。


「到達するぞ、備えろ」


高速で回転する中、ウシュムガルは腕に抱えた二人に囁いた。


そして、ウシュムガルが翼を大きく開くと同時に、クリフはその場から飛び降り、彼に続く形でウシュムガルが急降下を始めた。

3人の眼前には、歪な肉塊で形作られた巨大な樹が天を衝いていた。


「ゴールまであと少しだ!!気張れよ!!」


クリフはオムニアントを弓に変形させ、炎の矢を番えた。


〈__緋雫(ボエブス)


金色の矢が弾き出され、樹皮に突き刺さり、炎の亀裂が生じ、樹の半分近くが延焼した。

しかし、それ以上の効果は見込めず、矢が爆裂する事は無かった。


「クソ、本家には及ばないか!!」


クリフは歯軋りをし、再び矢を番えようとした時、ウシュムガルが彼の正面に降下した。


「ひと押しあれば充分だ」


彼はそう呟くと顎を開き、口腔(こうくう)から巨大な熱線を放った。

樹皮の表面を削り飛ばしながら、クリフの放った矢が刺さる位置へと照射する。


「弾けるがいい」


ウシュムガルが呟くと、クリフの放った矢が激しく燃焼し、火柱を巻き起こした。

火柱は大樹の外郭を吹き飛ばし、巨大な孔を開けた。


「ナイスだよ!呼んでよかった!!」


アキムがウシュムガルの頭を嬉しげに叩き、クリフが彼の背に飛び乗る。


「たいへん」


「チペワが消えちゃう」


「アキムを止めなきゃ」


巨大な鳥の姿をしたチペワが後ろから現れ、ウシュムガルは、彼らから逃げる形で、破壊した大樹の中に向かって飛翔した。


「アキム、俺はここでアイツらを止める」


クリフは突然アキムの肩を叩き、そう言った。


「えっ……どうして?」


「お前の護衛ならウシュムガルがやれる。俺は、お前がチペワを乗っ取る邪魔をされないよう、後ろを押さえる」


破壊した外郭に入ると同時に、クリフはウシュムガルから飛び降り、着地した。


「父さんっ!!」


アキムはクリフに手を伸ばすも、ウシュムガルは減速する事なく、大樹の奥へと突き進んで行った。


「……行ってこい。お前の帰るべき場所に」


大樹の内へと消えて行くアキムを眺め、クリフは微笑んだ。

肉で出来た地面を歩き、破壊した孔から入ろうとしているチペワ達を見上げた。


「シルヴィアの時と言い、どうして俺はこんな役回りばっかしたがるんだろうな」


クリフは自嘲するも、その面持ちは満足げだった。

オムニアントを剣へと戻し、炎をより激しく燃焼させ、地面を切り裂いた。


境界線のように長く刻まれたそれは、チペワ達への警告だった。


「ここから先には通すかよ」


クリフは片手で手招き、剣を構え直した。

神の魂を持たない複製品のクリフに、もう十全な魔力は残っておらず、数万を超えるチペワを抑える事など不可能だった。


「今度こそカッコつけさせてくれよ」


彼の脳裏では、かつてアウレアでシルヴィアを逃した時のことを思い浮かんでいた。

そして決意した。

今度こそ、逃してみせると。


「どいて」

「アキムを止めないと」

「アキム、アキム、アキム」

「チペワが死ぬんだよ?」


開いた孔を埋め尽くす数のチペワが洪水のように流れ込み、クリフを轢き潰そうと迫る。


「悪いなアキム、お別れだ」


その光景を前に、彼は最期の炎を燃やし始めた。

金色の炎がクリフの内から溢れ出し、肉の洪水を押し返す形で、チペワ達を次々と蒸発させた。

さながら火山噴火のように孔から金色の炎が吹き出し、通路全体を火の海に変え、大樹の下部を溶解させ始めた。


全身が熱によって徐々に融解し、魂が限界を迎える最中、クリフは満足げに呟いた。


「きっと、(クリフ)ならこうしたさ」


彼は開いた孔から空を見上げ、灰と散った。

申し訳ないです。

本格的に話の在庫が切れてきました。

個人的には話の前後整理や微修正を含めて、10話分のストックを用意しておきたいのですが、現在は質を落としながら、毎週分をギリギリで作成している形で連載しています。

自己都合で申し訳ないですが、また暫くは月曜日ごとの更新となります。

大変申し訳ありませんでした。


余談ではありますが、クリフのヴィリングでの生活や、クリフ、マレーナとの冒険者旅など、間話を差し込む余裕が欲しいといった事情もあります。

この作品、全体的に暗いですから……


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