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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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96話「次の目標は」

マレーナの家で、シルヴィアはカレンダーを悩ましげに睨んでいた。


「もう今月いっぱいだね」


彼女は振り返りながら、俺にそう言った。


「……もうそんなに経ったのか」


机に体を預けながら呟く。

__次の評議会が始まるまで一年間滞在する。そんな気の遠くなる本来の仕事を、彼女の言葉でようやく思い出した。


「何の話だ?」


マレーナは机から身を乗り出し、尋ねた。


「評議会の話が終わったら、ハースに向かわなきゃならなくてな」


そう言いながら振り向くと、彼女の表情が硬くなっている事に気付いた。


「……出ていくのか?」


「ハースの仕事が終わったら、セジェスに戻る気だ。ああ、でもそうだな。ヴィリングに来てくれた方が助かる」


「私なんかが来れるのか?」


マレーナは苦笑した。


「まだ俺の素性を信じてくれてないのかよ」


「信じてるよ。ルナブラム様の弟で、エルウェクトの生まれ変わりだろ?」


マレーナはあごに手をあて、少し思案した。


「なあクリフ。私も……ハースについて行って良いか?」


彼女は少し口ごもりながら尋ねた。


「ああ。でも良いのか?ウェールと離れる事になる」


「ナトさんと和解して、少しずつ変わって来てるよ。それにこれからは、私は私のしたい事をして生きたいんだ」


「……そうか」


前向きな答えを出した彼女に、思わず笑みが(こぼ)れた。


「マレーナさんも来るの!?」


シルヴィアは食い気味に尋ね、返事を待たずに家の外へと飛び出すと、一冊の本を持って戻って来た。


「ならさっ、あたしと一緒に旅行計画組もうよ!クリフってば、適当に話を流すんだよ!??」


期待に満ちた眼差しで彼女はマレーナを見上げていた。

しかし、マレーナが旅行計画を手伝うとは思えず、シルヴィアを不憫(ふびん)に思った矢先、彼女は快く了承した。


「……しょうがないな。後で図書館に行こうな」


マレーナはいつになく優しい口調で答え、俺の予想を裏切った。


「ほんとに!?じゃあさ、北部の郷土料理とか一緒に食べに行こうよ、向こうにもスープパスタがあるんだって、あと、揚げないピエロギとか__」


「北部には寄らないぞ。豪王が居るのは南部だ」


俺の故郷を襲ったのは、北部のオーガだ。

南部のオーガと違い、食人こそしないものの、隣人達を生きたまま焼き殺した辺り、(ろく)な相手に思えなかった。


「道中寄っても良いじゃん、一日変わるかどうかだよ?」


彼女は下唇を尖らせ、不満げに抗議した。


「あー……私も少し行ってみたい。良いだろ?」


マレーナはわざとらしくそう言って、俺の隣に座った。


「……分かったよ」


それを聞いた瞬間、シルヴィアは机を叩いて抗議を始めた。


「恋人贔屓(びいき)だよね?あたしだけだったら絶っっ対行ってくれなかったでしょ」


不機嫌に尋ねる彼女に対し、笑顔で答えた。


「多数決に決まってるだろ?俺とマレーナが1票、お前は半分だ」


次の瞬間、シルヴィアは持っていた本を俺に向かって投げた。

身構えたその時、マレーナが立ち上がって本を掴んだ。


「助かっ__」


マレーナは、本の角を俺の額に振り下ろした。

破損しないよう、魔力でコーティングされたであろう本は、鋼鉄並みの硬さを会得し、俺の頭皮に直撃した。


「煽るな。だから親扱いして貰えないんだろ」


額を抑えて悶絶(もんぜつ)する俺を彼女は冷淡に見下ろした。


「そうだよー、クリフはあたしと同レベルなんだから」


シルヴィアは得意げにマレーナの横に立つと、彼女はシルヴィアの頭にも軽く手刀を当てた。


「シルヴィアも同じレベルに落ちるな」


「ごめんなさい……」


マレーナがそう言って諭すと、シルヴィアは頭をさすりながら、しおらしくなった。


「待て、俺はコイツよりも__」


抗議しようとした瞬間、マレーナの眼差しが険しさを増した為、口を(つぐ)んだ。

その光景を、シルヴィアは満足げに見つめていた。

非常に腹立たしい。


「それじゃ、あたしはミシェルのとこ行って来るから」


彼女は嬉しげに扉を開くと、ネクロドールを起動した。


「前話してた友達か?」


尋ねると、彼女は嬉しげに頷いた。


「うんっ!」


彼女は満面の笑みで答え、ネクロドールを発進させた。


「気を付けるんだぞー」


マレーナは席を立ち、玄関の前で手を振っていた。

扉の閉める音が響き、彼女が隣の席に戻って来た。


「……ありがとな」


「なんだよ急に」


マレーナは照れ臭そうに答えた。


「アイツは寂しがり屋なんだ。口にはしないが、母親みたいに叱ってくれて、きっと喜んでるよ」


彼女は隣に座り、苦笑した。


「クリフだって寂しがり屋だろ?」


「は……俺は。いや、そうだな……一人は辛いよ」


脳裏では、シルヴィアと会う前の日々が浮かんでいた。

誰の為でもなく、目的もなく生きているだけの、ただ死んでいないだけのあの日々が。


「奇遇だな。私もそうなんだ」


マレーナは、机の上に置いた俺の手に、右手を被せ、強く握り締めた。

微笑をこぼす彼女に、俺も思わず笑みが溢れた。


「クリフは、ヴィリングに帰ったらどうするんだ」


考えてもない質問だった。

命の駆け引きや、大事が続いたこともあって、帰った後の事など頭に無かった。


「そうだな。シルヴィアを学校に送って……アイツが独り立ちしたら、思い切って酒場でも開いてみるかもな」


「……そうだな。その時は、私にも手伝わせてくれよな」


彼女は少し溜めて思案した後に、そう言ってくれた。

目が合い、彼女の青い瞳に目線を奪われた。


そんな折に、俺の中で一つの決心が付いた。


「なぁマレーナ」


「なんだ?」


「ハースの旅が終わったらさ、俺と__」


その言葉を、爆発音が遮った。


「__っ、外からか」


繋いだ手を離し、互いに武器に手を掛けた。

音の響きからして、かなり遠くから生じたように思えたものの、その頻度は激しく、まるで戦争のようだった。


彼女に先行して扉を開くと、都心部から煙が上がっているのが見えた。

上空では多数の魔物の影が見え、煙と炎によって赤く染まった空が、状況の深刻さを如実に現していた。


近所に暮らしていた人々も不思議そうに空を見上げ、唖然としていた。

それは、ソルクスの現れたジレーザでも見た光景だった。


「姉さん……?」


遅れて出て来たマレーナが、短く呟いた。

確かに、煙の上がる地域には、ウェールの工房も含まれていた。


「っ……行くぞクリフ!」


「ああ!」


マレーナはポチを呼び出して跨ると、その場から走り出し、俺は自身の脚力のみで彼女に追従した。



一時間前、裏ジレーザに立ち並ぶタワーマンションの上階で、ソフィヤは夕食を用意していた。

アイランドキッチンの調理スペースを贅沢に使い、大鍋に入ったビーフシチューの味見をしていた。


「うん……喜んでくれるといいけど」


ソフィヤは渾身の出来に頷くも、苦々しく呟いた。

度重なる不祥事とメイシュガルの希望によって、彼女は特殊部隊から外れ、特例として裏ジレーザの市民として生活出来るようになっていた。


だがそれは、彼女にとって悲報でしかなかった。

代わりにメイシュガルが特務部隊の隊長となってしまい、息子に汚れ仕事を押し付けた形になってしまった為だ。


そして彼女自身、メイシュガルにどう接すれば良いのか分からなくなってしまっていた。


「……アタシが捨てたのにな」


手術の際、子宮に居る胎児を中絶する事に同意した事実を忘れられる筈が無かった。

そんな罪悪感に苛まれながらも、洗い物を処理していると、玄関が開き、続けてリビングのドアが開いた。


「ただいま、母さん」


そう言ってメイシュガルが帰って来た。

黄金に輝く髪に、湖面のように澄んだ青い瞳。似通った特徴は無かったものの、顔立ちは自身と似ていると感じていた。


「お帰り、シガル」


ソフィヤは濡れた手をエプロンで拭い、皆とは違う愛称で彼を呼ぶ。

その呼び名に彼は少しだけ目を輝かせるも、すぐに平静を装った。


「すぐに出なきゃ駄目だったんだけど、母さんと昼食を済ませたくて。タイミングが合って良かった」


彼は屈託のない笑みを浮かべ、食器やコップを並べ始めた。

ソフィヤもまた、手際良く更にシチューをよそい、リベイクしたパンを取り出し、食器に乗せる。


「急に決まったけれど、また作戦?」


それらをメイシュガルに渡しながら、尋ねた。


「それは話せれないよ。と言っても、大体察しは付いて聞いてるよね?」


彼は暗に肯定しながらテーブルに料理を並べた。


「……ごめんね」


彼女は、つい謝罪の言葉を口走ってしまった。


「大丈夫、僕は死なないよ」


彼は儚く微笑みながら席に着くと、ソフィヤを待った。

彼女も遅れて席に座り、スプーンを手に取った。


「……そうよね」


ソフィヤは、それ以上なにも言えなかった。

解決できない問題の泣き言を、愛情を求めて帰って来た息子に話せる筈が無かった。


食器の音だけが響く中、メイシュガルはシチューに舌鼓を打ち、唸った。


「うん。やっぱおいしいや」


彼は屈託のない笑みを浮かべてそう言った。

本来ならば豊富な語彙で褒められる所を敢えて、年相応の語彙で賞賛した。


「良かった。蜂蜜とインスタントコーヒーを足してみたの」


ソフィヤもまた、それが最大級の賛辞だと理解し、言葉を返す。

口数こそ少ないものの、ありふれた親子同士の光景だった。

歪な繋がりを持つ二人にとって、そのひと時が何よりも愛しく、渇望してやまないものだった。


職業柄、互いに話題が乏しく、話自体は続かなかったものの、心は充足していた。

しかし、シチューの量が減る度に、メイシュガルから笑みが失せる。

その気持ちは、ソフィヤも同じだった。


「大丈夫よ。ちゃんと沢山作ってあるから」


「ありがとう」


メイシュガルが席から立つのを静止し、彼の皿を取ってリビングに向かう。


「今度休みが取れたら、何処か行きたいとこある?」


「え……」


メイシュガルは困惑しながらも、嬉しげに返答した。


「なら……遊園地に行きたいかな」


「そう……ね。近くのことを調べておくわ」


照れ臭そうに答えた彼を見て、ソフィヤは胸を痛める。

この少年はまだ産まれて三年しか経って居なかった。


本来ならば、やっと言葉を覚えて、まだ腕の中で抱き締めている年頃だった。


ソフィヤはシチューを彼の前に置き、後ろから彼を抱き締めた。

16歳程であろう少年の姿に隠れた、彼の本質を忘れかけていた。


「母さん……?」


メイシュガルは声を震わせながら、振り向く。

涙腺が僅かに綻び、目が潤んでいた。


「死なないでね……」


戦うな。そう伝えられない事に悔しさを感じながらも、彼女は今用意できる最大限の愛情を言葉にして送った。


「……うん」


彼は鼻をすすりながら、大粒の涙を流していた。その状態のまま、ビーフシチューを一気に口へ運び、胃に流し込んだ。


ソフィヤは手を離し、その光景を見守りながら、彼が食べ終えるのを待っていた。


「ごちそうさま」


彼はそう言って席を立つと、見守っていたソフィヤと目が合った。


「行って来ます」


涙を堪えながら、爽やかな面持ちでそう言った。


「行ってらっしゃい」


彼女は彼の涙を指先で拭い、額にキスした。


「……うんっ」


メイシュガルはソフィヤに見守られながら玄関の扉を開くと、巨大な輸送機の中へと辿り着いた。


気圧差で少し頭が痛くなるも、それに構うことなく、壁に立てかけられた装備を身に付け、銃器を肩に掛けた。


機内には既にアンジェラら特務部隊員10名が並んでおり、メイシュガルは一転して鋭い目つきで彼らを見渡した。

彼の到来に、特務部隊員は立ち上がり、身を締めて敬礼をする。


「全員揃っているな。現時刻より降下作戦を実行する」


彼は年齢に不釣り合いな程、声音に威厳を持たせて言葉を発していた。

沈黙を合意と見て、メイシュガルは話を続ける。


「本機がナパルク邸へ到達後、速やかに降下し目標地点内に存在する全ての生命体の抹消、及びアンセルム=ナパルクの抹殺を行う」


彼はグローブを付け直しながら、冷淡な口調で続けた。


「ナト=クアリル、クリフ=クレゾイルの両名が出現した際には、我々の脱出を待つ事なく、屋敷へ戦術爆弾が投下される手筈となっている。従って、迅速な作戦行動が諸君らの命運を分ける……」


メイシュガルは顔を片手で覆うと、体格が膨らみ始め、背丈が伸びた。

大人びた顔と黄金の髪と相まって、奇しくもクリフと似通った顔立ちだった。


「俺について来い……」


一糸乱れぬ動きで銃器を持ち直し、メイシュガルの後に続く。


「了解です、隊長殿」


アンジェラが短く答えると、他の部隊員も続けて口を開き、メイシュガルが降下したのを見て、彼らも大空に飛び出した。

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