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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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短編「マリアマリアマリアマリアマリア」

俺とマレーナは森の中を歩いていた。


「……嫌な依頼だな」


マレーナは依頼書を片手に、眉を顰めていた。


「魔神を信仰する教団の壊滅。だったよな」


俺が尋ねると、彼女は頷いた。


「ああ、依頼人はとうに死んでて、向かった冒険者は全員行方不明らしい」


彼女がそう答えると、俺は手提げ袋からひと玉のキャベツを取り出した。


「で、冒険者が出た次の日、ギルドにこれが届いたと」


青々としたキャベツだった。

綺麗に切り取られ、市場では上物として売られていそうな代物だった。


「魔法学院曰く、呪いのアーティファクトらしい」


俺は咄嗟(とっさ)にキャベツを投げそうになるも、我慢した。


「おい……なんでこんなもん持ってきた」


「役に立つかもしれないだろ?」


そうやって話していると、道に一つの立て看板が刺さっていた。


__ようこそ!!マリアちゃんの犬小屋に!!!


しかし情報とは裏腹に、目の前にあるのは小山で、続く道には洞穴があった。

道沿いには巨大なイチゴがパイナップルのように直接地面から生えていた。


「……前情報通りだな」


息を呑むマレーナに、俺は戸惑う。


「なあこれ……ナトに報告する案件じゃないか?」


明らかに普通の光景ではなかった。


「……帰るか?」


マレーナはひきつった笑みを浮かべていた。


「いいや、ものは試しだ」


俺は一歩踏み出し、洞窟へと向かった。

群生した奇妙なイチゴが、クスクスと笑っているような気がした。


「さあ何が出るか」


坂を登り、洞窟を覗いた瞬間だった。


修道服を着た人間の集団が、洞窟内でウクレレとピアノを弾いていた。

そのリズムは不規則で聴くに堪えないものだった。

しかし彼らはこれ以上なく盛り上がっており、洞窟の突き当たりにはステージが用意されていた。


ステージの上では、修道服を着た女性がスポットライトを浴び、ステッキを振り回して踊っていた。


「帰れー!!」


「へたくそ!!愛してるわ!」


「壊滅的に天才的で上手い!!」


彼女は情熱的に罵られながら、満面の笑みで笑っていた。


そんな時だった。


『クリフ、何も考えず逃げて』


視界の端に、姉が出現した。

前例のないことだった。


思慮は一瞬だった。

俺は踵を返してマレーナを抱え、洞窟の出口に向かって跳躍を試みる。


「ようこそ!マリアちゃんの朗読会に!!」


金糸の編まれた修道女は、いつの間にか俺の目の前に立っていた。


「なんで来た、殺されたいのか!!?ささ、カレーしか出せないけどゆっくりして行ってよ」


彼女は激昂した直後、満面の笑みで俺の肩に触れた。


『従って、質問は良いけど指摘はしちゃ駄目』


姉が頭に囁きかけた。


「ああ……」


俺はマレーナに目配せをし、彼女と共にステージに向き直った。


「__っ」


観客達の頭がキャベツに変わっていた。

マレーナは口元を抑え、悲鳴を堪えていた。


「おおキャベツ……キャベツは良いぞ。マンホールで作ったリーゼントくらい素敵だ!!」


彼女は支離滅裂な事を呟き、キャベツ頭の観客の一人に抱き付いた。


「お前は……誰なんだ」


姉の指示に違反しない限りで、彼女に質問を投げた。


次の瞬間、彼女はキャベツ頭の頭部を叩き割った。


「キャベツなんて嫌いだ!!こんなに美味しいのに……みんな好き嫌いばっかりするんだ。嘆かわしいよねぇ?よし!今度イステアの晩餐会で披露してやろう!!」


虹色の液体が吹き出し、頭を失ったキャベツ頭は軽快に踊り始めた。

それに応じる形で、近くに居たキャベツ頭達も一糸乱れぬリズムで踊り始めた。


彼らを引き立て役として使うかのように、彼女は両手を広げて誇示した。


「私様はアナキテスマットレムラハマリアヌート!!!マッドでロジカルでハッピーな……神様だよ」


彼女は顔を俺に近づけ、笑った。


「お会い出来て光栄だねぇ?」


その名は、チペワを作った魔神の名だった。


「いやぁ、久しぶりだねマイハニー!目眩がするような時期を乗り越え!こうやって綿飴(わたあめ)を地面に詰めれて嬉しいな……そんな訳ないか!!」


彼女は俺の手を取り、小躍りしていた。


「……何をしようか!何で死のうかな!!?」


否応なしに身を固め、オムニアントに意識が向く。

この邪神が、何をするのか全く予想がつかなかった。


『落ち着いて、まともに言葉を受け取ったら駄目……悔しいけど、ヴァルやケルスが気付くまで何も出来ない』


姉が耳元で囁いた。


「対応策は無いのか?」


『黒減を制限無しで撃てば1秒延命できる』


彼女の回答は絶望的だった。


「もっと真面目な回答は無いのか!?角砂糖で私様を殴り殺すくらいの気概は欲しいぞ!!そうだゲームをしよう!!」


マリアヌートはまるで思考を読んでいるようだった。

彼女はステッキを床に付けて鳴らすと、周囲にあったキャベツ頭が爆発した。

色紙の紙吹雪が周囲に舞うと、マリアヌートはそれに包まれて消失した。


「……は?」


それと入れ替わる形で、歯茎の付いた球体が出現した。


「ゲーム!またの名をゲームだ!!」


マリアヌートはみるみる内に巨大化し、俺に向かって突進した。


「クソ……狂人が!」


俺は手提げ袋に入れたキャベツを投げた。

おそらく、アレは斬首された冒険者の慣れ果てだったのだろう。


マリアヌートはキャベツを咀嚼(そしゃく)すると、その場に停止した。


「素晴らしい!準備は万端のようだな!!だが気を付けろ、私様はイチゴケーキに目がないからな」


そう答えると、マリアヌートは消滅した。


「もう大丈夫だ。行こうマレーナ」


俺は肩の力を抜いて彼女を呼ぶ。

しかし返事はなかった。何より、彼女は途中から喋っていなかった。

何か重い物が落ちる音が聞こえた。


「どうし__」


マレーナの頭が無かった。

代わりに、近くにはキャベツが転がっていた。


何も考えられなくなってしまった。


『キャベツを頭に乗せて!』


刹那の狂気に身を染めそうになったその時、姉が脳裏で叫んだ。


俺は考えることなく、姉の指示に反応した。

キャベツを、マレーナの頭に乗せた。

次の瞬間、右腕から勝手に魔力が溢れ出した。


〈__黒減(ニグリ)


指先から溢れ出た波動がマレーナを照らし、彼女の頭が元に戻った。


「……っ!?私、私っ!?大丈夫だよな?チペワとアウレア帝国の炒め物にされてないよな?」


彼女はかなり錯乱した様子で、俺の肩を揺らした。

俺は安堵し正気に戻ると、両手で彼女の頬を抑え、目を合わせた。


「大丈夫だ……落ち着け、錯乱してるぞ」


彼女の目の焦点が合い、息を整えていた。


「……私、何て言ってた?」


「チペワとアウレアの炒め物……」


「狂ってたな……どうする?」


彼女は超域魔法の発動準備に入っていた。


「いや、アイツは神だ。超域魔法で勝てない、キャベツを投げた方が効果的だ」


マレーナは困惑し、目を瞬かせていた。


「お前も狂ってないか?」


俺はステージ近辺に転がるキャベツを三玉ほど拾い上げた。


「相手が狂ってるんだよ。お前も携帯しとけ。この……生首を」


おそらく、このキャベツはカルト教団の慣れ果てだったのだろう。


「っ……ああ」


マレーナは超域魔法を発動し、六つに増えたそれぞれの拳にキャベツを持たせた。


「じゃあ、行くか」


そう言って二人で洞窟を出た時、世界は変わり果てていた。


「……なんだよこれ」


マレーナが呟く。

空は桃色に染まり、太陽は膨らみ、巨大な歯茎が生えていた。

森の木々は緋色に染まり、巨大な蝶が雲の下を艶やかに舞っていた。

頭痛がするような異常が、世界全体に起こっていた。


「よく来たなチャレンジャー!!セジェスはマリアちゃんだ!!襲い来る私様にカジカジされないように全力を尽くすんだぞ!!」


出てすぐの場所には、メイド服を着たマリアヌートが、イチゴケーキを手にして立っていた。

彼女の言葉に従うかのように、遠くから見える首都から巨大な歯が飛び出した。

歯はせりあがり、そのまま球状の本体が飛び出すと、巨大なマリアヌートが首都を飲み込んでしまった。


「ウェール、シルヴィア!!……お前っっ!!」


マレーナはキャベツを手放し、マリアヌートに爆炎を放った。

が、爆炎は桃色に変色し、甘い香りを放ってその場に霧散した。


「このイカれ女神め!お前なんてキャベツと一緒にカリカリに焼いて食べてやる!!なんてどうだ!??」


マリアヌートは上機嫌に答えると、イチゴケーキを床に叩きつけ、その場から霧散してしまった。


次の瞬間、俺たちの周囲に影がかかった。

見上げると、空から球体のマリアヌートが迫って来ていた。


「試してやる……」


俺はオムニアントを変形させ、超域魔法を起こした。


〈__天命裁断〉


抜刀の動作を捨て去り、万物を切り裂く一撃が、マリアヌートに直撃する。

しかし、小気味よい金属音が響き、オムニアントが砕け散った。


「相棒っ!!」


「っ、こうなるのかよ!!」


マレーナは俺を押しのけ、マリアヌートに六つのキャベツ全てを投擲した。

マリアヌートはキャベツを咀嚼しながら落下し、俺たちの眼前で霧散した。


「……助かった」


砕けたオムニアントを手元に呼び寄せ、再構築すると、その場から跳躍した。


「俺たちの勝利条件は!?」


『ただ生き残ること。こんなに世界を改変したなら、他の神が黙ってない筈なのに』


球体のマリアヌートが水牛の群れのように並走し、森を覆い尽くしていた。

地表に居た生物は彼女達に食い尽くされており、まるで地面が蠕動(ぜんどう)しているかのようだった。


明るく陽気な空に対し、地表は終末の如き様相を呈していた。


「クリフ!このままじゃ……」


並走して空を駆けるマレーナが叫んだ。

彼女のすぐ後ろには、球体のマリアヌートが空を滑りながら迫っていた。


「マレーナ!!」


俺はキャベツのうち一つを投げ、彼女に迫るマリアヌートに命中させた。


「きゃべし」


謎の言葉を発し、マリアヌートは消え去る。


「クリフ!前にまだ__」


彼女の叫びに上へ向き直ると、巨大なマリアヌートが俺たちの眼前に迫っていた。

真っ黒な口腔(こうくう)が迫り、俺はキャベツを投げようとするも__


「……っ!!?」


勢い良くベッドから跳ね起きた。

大粒の汗が額から流れ、服は汗ばんでいた。

周囲を見渡すと、マレーナの家に居るようだった。


「夢……な訳……あるか!!」


起き上がりざまに叫び、ベッドから跳ね起きる。


「どうしたんだよ!?」


キッチンからマレーナが、レードルを片手に飛び出して来た。


「マリアヌートはどうなった!?セジェスは、皆は……」


焦燥感に駆られて尋ねるも、窓から見える景色は至って普通で、マリアヌートの姿は何処にもなかった。


「よっぽどひどい悪夢を見たんだな……ほらメシだぞ……今日は冒険者ギルドから差し入れを貰ってな」


マレーナはキッチンに向かい、テーブルに置いてあったそれを手に取って笑った。

俺は、それを見て肝が冷えた。


「貰ったキャベツでスープだ!」



同刻、マリアヌートの居た洞窟の中で、白い服の女性がティータイム用の椅子とテーブルを用意し、座っていた。


「マリアヌート。話は出来るかな?」


彼女の目線の先には、マリアヌートが座っていた。


「……」


彼女はいつものように上機嫌な口調を持ち合わせていなかった。


「貴方の弁舌(べんぜつ)に制限を掛けて申し訳ないと思ってるよ。でも、自由に喋る貴方は私の話を聞こうとはしないだろう?」


マリアヌートの表情は陰鬱で、テーブルに勢いよく頭を叩きつけた。


「嫌い……きらい……きらい……きらいっ……!」


彼女は辛そうに頭を掻きむしり始めた。


「貴方は、本来の自分が嫌いだったね。端的に話そうか」


「きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらい」


頭を掻きむしるペースが増し、多量の血を流していた。


「マリア?」


透き通った声で呼び止められると、マリアヌートは手を止め、怯えきった表情で彼女を見つめた。


「あの子達の行く末を皆が見守っているんだ。それを、貴方の遊びで潰すなんて忍びないとは思わないかな?」


マリアヌートは裾を握り締め、目を逸らした。


「……ごめんなさい」


白い服の女性は彼女の手を取り、微笑んだ


「続きは貴方の領域でやろうか。愛おしいその悪徳を、狂気を……私に見せて欲しいな」


彼女はマリアヌートの手を引くと、眼前の空間が裂けた。


「私は貴方も愛しているから」


緋色の光が差し込むその空間へ、二人は消えた。









信じて下さい、僕はモラ信者です。

ワバジャッキ、ワバジャックワバジャック

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