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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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短編「落ち着け」

短編です。

本編とは全く関連が無いので、飛ばしてもらって大丈夫です。

マレーナの家で暇を潰していた何気ないその日のことだった。


「ちょっと姉さんのとこ行ってくるな」


マレーナは突然呟き、ポチを連れて扉を開いた。


「着いて行こうか」


俺はソファから起き上がり、彼女に微笑みかけた。


「いや、すぐに戻るから良いよ」


彼女もまた嬉しそうに微笑むと、扉を閉めて出て行った。

隣で寝そべっていたシルヴィアが、にやけながら口笛を吹いた。


「お前も頑張るんだな」


俺は得意げに笑って返すと、彼女は眉間に皺を寄せた。


「あたしは良いもん。まだ2歳だよ?」


彼女は下唇をとがらせた。


「中身はもう15以上だろ」


そう言い返すと、何故か彼女は嬉しげだった。

暇を持て余した俺は、おもむろに剣を抜き、刀身に刻まれた刻印を眺めた。


__|Omnes viae ducunt《全ての道に通ずる》.


縮めてオムニアント。

その刻印が彫り込まれたこの剣は、俺がイメージする全ての武具に変形する。

義父がエルウェクトより受け取った武器だった。


「ねー、それって変形の制限って無いの?」


シルヴィアは暇そうに足をばたつかせ、尋ねた。


「お、せっかくだし試してみるか?」


珍しく、彼女の提案に心が躍っていた。



「これで良いか」


セジェス郊外。

人気のない平原で、俺はオムニアントを構えていた。


「馬車でもやってみる?」


シルヴィアの提案に、首を振った。


「もっと面白いのがある」


俺はオムニアントを握り、一つのイメージを固めた。

次の瞬間、刀身が液体のように崩れ落ち、巨大な箱型へと変形した。


「これって……」


「ああ、車だ」


ジレーザで列車をハイジャックして来たあの車輌だった。

ガウェス曰く、SUVとかいう名称だそうだが、些細(ささい)なことだろう。


「どうぞ、お嬢様」


俺は扉を開け、彼女に入るよう促した。


「ええ、ありがとお兄様」


シルヴィアもまた、得意げに乗ってくれた。

俺は扉を閉め、運転席に回って乗車する。


「はは、他の奴に見られたら大ごとだな」


車のキーを回すと、軽快な駆動音と共に、冷房の風が吹いた。


「おお……!」


シルヴィアが興味深そうに送風口を触っていた。

次の瞬間、俺はシフトレバーを倒し、思い切りアクセルを踏んだ。

加速荷重が思い切りかかり、シルヴィアはヘッドレストに頭を打った。


「クリフ!!??」


彼女は困惑していたが、俺はアクセルを緩めなかった。

そのまま平原を突き抜け、木々の茂った森へと突っ込んだ。

枝木を軽々と薙ぎ倒しながら、軽快なハンドル捌きで木々の隙間を強引に通る。


「ははは!!コイツは楽しいな!!魂の中で運転するのとはワケが違う!!!はは__」


段差の振動で舌を噛んだ。

シルヴィアもこの殺人的な運転に慣れて来たようで、姿勢を楽にし始めていた。


「ねぇっ!他には無いの!?」


「ちょっと待ってろ……ジェットエンジンでも」


俺は車両後部にイメージを固める。

円筒状のそれを車の後ろに無理矢理作るよう考えていた時だった。


「コケッ?」


車線上にコカトリスが立っていた。


「やべっ」


俺は思い切りブレーキを踏んだ。

しかし空しくも、車体はコカトリスと思い切り激突した。

車体が宙を舞い、シートベルトをしていなかった俺たちは窓ガラスから勢い良く射出された。

宙を舞う最中、車は元の刀剣へと形を戻し、俺の手元に戻って来た。


「良い子だ」


俺は微笑みながら鞘に収めると、身体を捻り、空中で姿勢を制御し、鮮やかに着地した。


「ぐぇっ」


隣でシルヴィアが顔で地面に着地し、遅れてコカトリスが地面に倒れた。

おそらく、即死していた。


「討伐依頼が出てたし、丁度良かった。堆肥にでもしとくか」


そう呟きながら、横でシルヴィアが起き上がった。


「あたしの心配は?」


彼女は不機嫌そうに顔を上げた。


「悪かったよ……なら好きなのをリクエストしろよ」


「うーん……」


彼女は顔に付いた泥を払い、思案していた。


「じゃあ、人間にしてみようよ」


「……いや」


嫌な予感がした。

オムニアントには、言葉は発しないが明確な意思を持っていた。

何にでも変身できる彼女だからこそ、危険に思えて仕方がなかった。


「リクエストしてくれるんでしょ!!」


シルヴィアは語気を荒げて催促した。


「……分かったよ」


俺はため息を吐きながら、オムニアントにイメージを送った。

しかし、その直後に俺の手からオムニアントが弾けるように離れた。


オムニアントは液体のように伸縮し、ヒトの形を取ると、地面に足を着き、皮膚や髪を形成してみせた。


「……」


クリーム色の髪に、虹色の瞳を持った女性がそこに立っていた。

ダウンジャケットを羽織り、体のラインがはっきりと浮き出るボディスーツを着たその姿は、あまりに異質だった。


「クリフ……!」


彼女は目を潤ませ、両手を広げて俺に抱きついて来た。


「……オムニアントか?」


彼女を受け止めると、尋ねた。


「他に何があるの?」


オムニアントは、ひどく沈んだ声で返事をし、虹色に輝く瞳が黒く澱み始めた。


「いや、ちょっと不安だったんだ。嫌われてるんじゃないかってさ」


俺のオムニアントの扱い方は、端的に言って良い方ではなかった。

だからこそ、彼女がこうやって好意を示してくれて、正直安堵していた。


「私がクリフを嫌いになる訳ないでしょ?ずっと……ずっとずっとずっとずっとずっと一緒なんだから……」


彼女は身体を絡ませるように抱き付き、大きく息を吐いた。

少し、いやかなり重い感情を向けられている気がしてならなかった。


「ねぇ、くっつきすぎじゃない?」


シルヴィアが素朴な疑問を投げた瞬間、オムニアントの瞳が赤に変色した。

そしていつの間にか、彼女の手には剣が握られていた。


「……おい」


静止するも、オムニアントは剣をシルヴィアに振り下ろしていた。


俺に迷いはなかった。

オムニアントを即座に突き飛ばし、彼女の顎に躊躇いなく掌底突きを打ち込んだ。

が、手応えは重く、鉄塊を殴ったような感触が返って来た。


「……なんで?」


オムニアントは、俺に殴られた事実に困惑していた。

突然大粒の涙を流し始め、過呼吸のように嗚咽し始めた。


「こっちの台詞だ。なんでシルヴィアを……」


オムニアントに近づこうとした瞬間、彼女はシルヴィアを睨み、その場から跳躍した。

そして、そのまま空を飛んでセジェス市街に向かって行った。


「不味いな……」


俺は腰に触れ、オムニアントを追う為にオムニアントを引き抜こうとした。

そこで矛盾に気付いた。


「しまった武器が無い……」


俺の超域魔法は、武器に依存したものが多かった。つまり、彼女の逃亡は別の意味でも死活問題だった。


「もう……あたしに任せて」


彼女はため息を吐き、俺を抱き抱えた。


「おい、恥ずかし__」


そう言った瞬間、俺とシルヴィアは光に包まれ、高速で森を駆け抜けた。



「あれ、あいつらどこ行ったんだ?」


自宅に帰ったマレーナは、周囲を見渡すも、クリフとシルヴィアの姿がない事に困惑していた。


「……浮気じゃないよな?」


彼女は服の裾を握り締め、踵を返して家を出た。

しかし、出た先で一人の女性が立っていた。


赤い瞳をした彼女はあまりに異質な雰囲気を放っていた。


「見つけた」


マレーナが感じ取ったのは、肌が粟立つような殺意だった。


「やる気か?」


彼女の隣にポチが待機し、背負ったコンテナから一本の大剣が飛び出した。


「お前が、お前が居なければ、クリフは私と、私のことだけを見てくれてたのに」


マレーナは彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかった。

しかし。


「お前が私の恋敵ってことは分かったな」


彼女は大剣を構える。

対するオムニアントは剣を呼び出した。


「うるさい……」


彼女の瞳が金色に変化し、刀身から黄金の炎が漏れ出した。


「あの子が子供の頃からずっと一緒に居たんだ。楽しい時も、辛い時もずっと……私が、私だけが、クリフを愛する権利があるの」


オムニアントは歯を震わせ、激しく炎を燃やした。

マレーナに向けて走り出し、彼女に剣を振り下ろした。

しかし次の瞬間、マレーナと彼女の間に白色の閃光が通過し、クリフが二人の間に着地した。


「……っ!」


オムニアントは剣を止めようとするも、間に合わずクリフの肩に直撃した。

胸にまで深々と刃が入り込み、クリフは冷淡な眼差しで彼女を凝視していた。


「……満足か?」


オムニアントは剣を手放し、その場にへたり込んだ。

瞳を震わせ、自身のしてしまった事に震えていた。


「……ち、違うの。その女が、クリフを誑かさなかったら」


クリフは刺さった剣を引き抜き、投げ捨てた。

彼は氷のような眼差しで彼女を見下ろしており、その面持ちに一切の情愛は感じられなかった。


「……俺のことを見ていないんだな」


失意に染まった眼差しに、彼女は恐怖した。


「嫌だ……捨てないで……」


クリフが投げ捨てた自身の一部を見て、彼女は懇願する。


「ならどうして、俺からもう一度家族を奪おうとしたんだ」


彼女は大粒の涙を流して答えた。


「ごめんなさい……」


彼女からようやく出た謝罪に、クリフは笑みをこぼす。


「よく言えたな……許すよ」


クリフは片膝を付き、父親のように彼女を優しく抱きしめた。


「たまに……会ってくれる?」


彼女は涙ながらに尋ねた。


「ああ」


次の瞬間、オムニアントは光に包まれ、元の剣へと戻った。


「またやって行こう、相棒」


クリフは剣を取り、鞘に納めると満足げに呟いた。


「ふう……間に合ってよかった」


シルヴィアが遅れてその場にたどり着いた。

クリフを下ろした後、彼女は減速の為に少し走っていた。

巻き込まれたマレーナは、困惑していた。


「オムニアント……だったのか?」


彼女は不思議そうにオムニアントを眺めた。


「ああ、俺の家族だ」


クリフは、屈託のない笑みを浮かべた。

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