10話「再会」
皇帝とケルスは対話を続ける。
「……つまり、この状況を竜神達は望んでいなかったと?」
「ああ、そもそも竜神たちの使命は、神々の仲裁だ。大神の一部が破滅を望み、世界の滅びを止める為に竜神が神を討った。俺達が現場に着いた時には既に、半数以上が内輪揉めで死んでいたさ」
そう答えた瞬間、ケルスは幾つかの敵対的な視線を感じた。
「凶行に走った神の名は伏せておこう。貴殿らの信仰心に泥を塗りたくは無い。ただ、この国を建てた彼女はシロだった」
一部の重臣たちは、無意識に怒りを向けていた事に気付くと青ざめ、一瞬で頭を冷やしては表情を整えていた。
「そうして、大神の全滅という形で調停は完了した訳だが……こちら側も内輪揉めが起こった。竜神の主神が死に、彼女を裏切ったソルクスがその座に座った」
その言葉に、その場にいた全員が僅かに目を見開き、呼吸が一瞬だけ乱れる。
それ以外の仕草を見せず、平静を保っているのは、彼らの誇りや年季から来るものだろう。
「最終的に、亜人に肩入れしたソルクスは彼らを扇動し、他の竜神は不干渉を強いられている」
ケルスは初めて余裕のある表情を崩し、真剣で、どこか陰鬱さのこもった顔をした。
「神々の戦争における勝者は一柱。白の竜神、陽竜ソルクスだけだ」
「……ケルス殿。もしや貴方は、危ない橋を渡っているのではないですか?」
「勿論だ。飽くまで俺はヴィリングの首長としてここに来てはいるものの、もしも機嫌を損ねたソルクスが殺意を向けるだけで、この場で俺は粉々になって死ぬ……俺個人として出来るのは停戦勧告くらいだ」
「充分すぎます、感謝を。だとすれば、我々は余計な事をしたかも知れませんな」
皇帝は表情を曇らせる。
「何故?」
ケルスは目を細めた。
「白い鱗の竜人を保護しました。それも、すぐ側の部屋に来ています」
瞬間、ケルスは額に汗を滲ませ、青ざめた。
彼は今、これ以上なく焦っていた。
自分が殺されるのはまだ良い。しかし、自身の国に住む子孫たちが巻き込まれる可能性が高かったからだ。
しかしその直後、ケルスの頭の中に声が響いた。
『落ち着け。ソルクスが来れば、お前の国を含めて魔界に転移させてやる』
それは、魔神である父の声だった。
『ありがとう親父』
ケルスは父に心の中で礼を言いながら、瞬時に気を落ち着かせた。
「ぜひ、会わせて欲しい」
「分かりました……彼女をここに!」
部屋の奥でドアが開き、シルヴィアが緊張した様子で姿を見せる。
「……あ、あのっ。初めまして、シルヴィアって言います……」
シルヴィアは落ち着かない様子で、ケルスに目を合わせる。
「よろしく、俺はケルスだ」
ケルスはにこやかに微笑みながら、脳裏で父親に話し掛ける。
『……視てるんだろう、どう思う?』
『……ソルクスの魔力は感じない。ふむ……』
シルヴィアは突然、瞳孔を開き、苦しむそぶりを見せる。
周囲の護衛はその様子に驚き、慌てるも、彼女はすぐに持ち直した。
『今奴の記憶を漁った……だが妙だ』
『何があった?』
『本当に記憶が無い……産まれた時に無意識に持つ筈の記憶すらもな。だが、魂の隅に何か″仕掛け″があるようだ、興味深い。小娘を今すぐ保護しろ……しくじれば俺が出向く……』
『手厳しいな……』
ケルスは冷や汗を流す。
魔神である父が出向くと言う事は、この国を更地に変えてでもやってくると言う事だ。
「一先ず、その子をこちらで引き取らせて欲しい。構わないか?」
「ええ、是非とも。我が国で預かる訳にも行きませんので」
皇帝は少女を思いやるように優しげな笑みを浮かべる。それは、世の聖人君子が浮かべるような代物であり、それがかえって不気味さを放っていた。
「先んじて、こちらから各国に終戦勧告を送ろう。亜人たちにとって、俺の名は大きい。少なくはない効果がある筈だ」
ケルスは席を立ち、シルヴィアを手招きする。
「は、はいっ!今行きます!!」
シルヴィアは緊張してか辿々しい歩調で歩きながら、ケルスの元へと向かう。
「感謝します」
皇帝も短く礼を言う。
今この状況で、無意味な修辞法や言葉遊びは不要だったからだ。互いに最小限の会話、最小限の礼節で済ませ、互いにすべき事を優先するという共通認識があった故の行動だ。
ケルスの目の前の空間が歪み、黒と紫の幾何学模様で出来た『輪』が形成される。
「転移の魔法ですか」
と、皇帝は尋ねる。
「ああ、ヴィリングと繋がっている。では__」
ケルスの言葉を、ガラスの割れる音が遮る。
窓から侵入した大理石の破片が会議室の外壁を叩き、その直後に熱波が襲い来る。
「レイ!皆をお守りしろ!!」
「承知しました」
レイは長銃とカトラスを引き抜き、周囲を警戒し、ニールは勢いよく外に飛び出した。
その瞬間、シルヴィアは周囲を見渡した。
__きっとクリフだ。
彼女は、周りの隙を見て、その場から抜け出すべく走り出す。
しかし、ケルスの腕に取り押さえられた。
「危ないぞ」
彼は余裕のある態度を取っていた。
「離してっ!あの先に、私の大事な人が居るの!!」
ケルスは微笑み、彼女の両肩を持ってしゃがんだ。
「なら、俺が行こう」
彼の発言に場はざわめく。
かれが膝を伸ばして立ち上がった瞬間、室内で突発が吹き荒んだ。
シルヴィアが振り向くと、既にケルスは外へと飛び出していた。
◆
2年前、マイルズとニールはテントの中で、テーブルを挟んで会話をしていた。
「クリフの体質……?確かに運動神経は良いですが、ハイヒューマン未満、なり損ないってとこでしょう?」
「今回の作戦が無ければ俺もそう思ったさ」
ニールは複雑な形をした金属の部品をテーブルに乗せる。
「これは……兵器の残骸ですか?」
「ドワーフ共の中でも異常に強い奴が来た話は聞いただろう」
「ええ、誰一人と撃破できずやられたと聞いています」
「あれは嘘だ。クリフが一人殺っている」
ニールはもう一つの品をテーブルに並べる。
それは、人の腕だった。
マイルズは思わず席を立ちそうになるも、それが偽物である事に気付く。
「金属の骨?」
「人に瓜二つのコイツらが、空を飛び、俺たちの想像もつかない様な兵器を使っていた。間違いなく、数千年も先の技術で作られたコイツを、クリフは一方的に壊してみせた」
「はぁ?冗談でしょう」
マイルズは眉を顰める。
「突然髪が金髪になったと思えば、馬鹿げた量の魔力を練り、20mはあるタイガの木を棒みたいに振り回してな。で、最終的にここまでズタズタにして帰って来た」
「与太話も良いところですよ。現品があるとはいえ……」
ニールは苦笑する。
「他の奴にも言われたよ」
◆
過去を思い出したマイルズは、めり込んだ壁から体を引き抜き、クリフを見下ろす。
金髪、馬鹿げた魔力量。そして、暴力的なまでの膂力。
全ての情報が一致していた。
「くそっ……本当だったのかよ!!」
マイルズは壁を蹴り、クリフの真上を取って、魔法を発動する。
彼を中心にして、上空に巨大な炎の花が咲き、火球がクリフに降り注ぐ。
その光景を見上げていたクリフは、思わず笑みをこぼした。
技やこの状況が面白いのではなく、一段階上へと進化したこの身体がどう動くのかが楽しみだった。
「行くぞ先輩、あんたの魔法を真正面からブチ破ってやる」
石柱の破片を片手で引き摺りながら、マイルズに投擲した。
石柱は勢いよく回転しながら炎を突き破り、マイルズに直撃。石柱は砕け散りながら、マイルズを更に打ち上げる。
クリフは舞台を力の限り踏みつける。
網目状に床が砕け散り、そこから金色の光が吹き出す。
クリフの脳内では、脳内麻薬が過剰なまでに分泌されており、今までに無い高揚感で満ち溢れていた。
魔力とは、肉体に巡る謎大きエネルギーだが、その源は臓器や肉体から来るものではない。
内に秘める不定型のエネルギー、魂とでも呼ぶべきものから魔力は産み出されている。
それ故か、魔力というものは、気持ちが昂れば昂るほど強まる。
極端な事を言えば、筋骨隆々の気弱な男より、死に掛けの薬物中毒者の方が強い魔力を発せられるのだ。
よってクリフは今、最高のコンディションで魔力を捻出していた。
並大抵の量では可視化されない筈の魔力は、金色の色を纏い、光子となってクリフの脚部に集中、爆発した。
凄まじい勢いで跳躍したクリフは、空中で魔力の足場を作り、マイルズの目の前の空中へ、逆さまに着地した。
魔力はクリフの右腕に集約し、光子が拳を包む。
彼では視認できない程の速度で拳を構える。
それに対し、マイルズは炎を纏わせた剣を振り返す。
「いくぞ先輩、全力だ」
「粋がってんじゃねぇよガキがぁっ!!」
マイルズの激昂に合わせて、炎の熱量は上昇する。
触媒となる剣の熱は激しさを増し、少しずつではあるが、刀身が溶融していた。
それに相対するは、枷の外れたクリフが繰り出す全力の一撃。
全身全霊。拳に魔力を込め、そこを中心に金色の眩い光を放つ。
そうして振り抜かれた拳は、マイルズの剣と向かい合った。
炎にに触れたクリフの指が蒸発する。
だが、拳が完全に溶け切る前に剣に接触し、砲弾が激突したような音を発した。
剣が砕け散り、クリフの拳がマイルズの腹に直撃した。鎧を砕き、拳が内臓を押し潰し、腹部に大きな窪みを作った。
クリフは拳を引き抜き、入れ替わるもう一つの拳で彼の顎を思い切り殴った。
一撃目の時点でマイルズは意識を失い、そのまま地面へと落下する。それを、ひと足先に着地したクリフが受け止めた。
「昔のよしみだ。殺しはしないさ、先輩」
マイルズをそっと床に下ろし、振り返って、背後で待つ人物を見つめた。
「なんだ、気付いてたのか」
ニールは腕を組んでこちらを値踏みしていた。
「薄情だな、俺が先輩を殺すと思わなかったのか?」
彼は鼻で笑う。
「お前がか?無いな。お前だけは無い」
心の内を見透かされ、少し腹が立った。
「よくご存じで……で、やるんだろ?」
雨が降り始めた。空が鳴り、落雷の前兆が起こる。
「ああ」
ニールが短く答えると、空から無数の剣が降り注ぎ、彼の周囲に突き刺さった。
「殺す気で来い。12代目勇者のこの俺が、お前の価値を確かめてやる」
空が瞬き、何処かで落雷が落ちる。
轟音と共に彼の周囲に刺さった剣が電流を帯びて浮き上がり、クリフへとその切先を向けた。
そして、二度目の落雷が落ちると、二人は動き始めた。




