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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
1章.人の国
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1話「この世界は」

初投稿になります。

荒削りではありますが、素人なりに熱量を掛けた作品になりますので、ぜひ楽しんでくれると幸いです。


もし神が人々を導いたら。

貧困と戦争を解決してくれる存在が居てくれたら。


この世界は、それが叶った。

地上に君臨した神は、人々を導き、数多の国と王を一つにまとめ上げ、真の王権神授(おうけんしんじゅ)を持った帝国が誕生した。

人の戦争は終結し、貧困や飢餓を知る者は消え、様々な文化や芸術が芽吹く事になる。


だがしかし、神は差別を正さなかった。

耳の長い人間、魔法の使えない人間、並外れた体躯を持つ人間。

それら全てを亜人と呼んでは蔑み、殺した。

彼ら亜人は大陸の隅に追いやられ、″ヒト″から溢れた悪意の受け皿にされた。


しかしある日、神が殺された。

竜神と呼ばれる神によって人の神は死に絶え、人間の時代は終焉を迎えた。


帝国が体制を立て直そうとしたのも束の間、異界の神である魔神が現れ、帝国の半数の人々を死に追いやった。

そして、一人の勇者が魔神を打ち倒したのも束の間、亜人で構成される三つの国家が起こした一斉侵攻により、疲弊していた人間は瞬く間に領地を奪われ、更に多くの命と生活圏を失った。


今、亜人たちの宣戦布告から76年もの月日が流れ、人間は絶滅の危機に瀕していた。



少しの酒と飴。

それさえあれば生きていられる。


人間の国家、アウレア帝国で暮らすクリフという男は、その言葉を信条に、無気力で無価値な日々を過ごしていた。


「金が無え、もう直ぐ冷えるってのに」


口の中に入った飴を鳴らしながら愚痴をこぼす。

最寄りの街で買った日用品と道具、矢が入った皮袋を担ぎ、色褪せた野草が広がる平野を、ゆったりと歩く。


「冬くらいは家でゆっくりしたかったんだがな……」


ため息を吐き、腰に差した剣の柄頭(つかがしら)を撫でる。

装いには、旅と着心地を意識した、鉄と鎖帷子(くさりかたびら)に布を織り交ぜた軽鎧を身に纏っていた。


「備蓄も心許ないし、依頼もゼロ。あぁ、クソだな」


軽くなった銭袋を鳴らしては眉を落とし、石を蹴り飛ばす。

飛び上がった石が放物線を描いて草むらに消えるさまを見送ったあと、空を見上げる。


「……頑張るか」


上り始めた陽を背に、憂鬱げにぼやいた。


平原を少し歩くと、遠くに村が見えた。

くすんだ茶色の藁葺(わらぶ)き屋根が特徴の、背の低い農家が何軒も立ち並び、陽の光によって小麦の萌芽(ほうが)が照り、輝いていた。


「……いつか農家に転職してみたいもんだ」


彼らの安定収入源を見て、少し羨ましさを感じた。

そんな折、村人たちが井戸の近くに集まっているのが目に入る。

だがその雰囲気は、穏やかではなかった。


「探せ!まだ遠くには行ってねぇ筈だ!!」


農具を担いだ大男が、外見相応の荒っぽい口調で周囲に怒鳴りつけていた。

彼の怒気に萎縮した村人たちは、蜘蛛の子を散らすように、村の外へと走って行った。


「お?仕事か?」


歩調を早め、思わず緩みそうな表情を引き締める。

これは、請け負う仕事の都合、既に犠牲者が出ている事もしばしばで、あまり良い顔をすべきではないという経験則からだ。


「ようデニス、何があった?」


「あぁ!?……ってクリフか。びっくりさせんな……しかし良いとこに来たな!」


デニスと呼んだ大男は、こちらを見ると一転して気さくな様子で話しかけ、井戸の縁に腰を下ろした。


「やっぱり依頼か?」


「亜人のガキをチャーリーが見つけたってしきりに騒いでなぁ。んで、探したらホントに居たって訳だ」


__チャーリーって誰だ。


思わずそう言い返したくなったが、言葉を慎んだ。


「解せないな、ガキくらいならお前らでも捕まえれるだろ」


思わず眉を(ひそ)める。

依頼の内容が分かったからだ。

亜人とはいえ、子供を殺せとこの男は言っていた。


「素早ぇんだ、そいつは」


脳裏に、複数の魔物が思い浮かぶ。

ゴブリンといった有名なものから、ハッグといった滅多に見ない生物の特徴が思い浮かんだ。

少なくとも、相手が子供の可能性は極めて低いように思え、安心した。


「亜人でもガキの頃ならお前たちと身体能力は変わらない。そうなると、お前らが見つけた奴は背の低い魔物か、亜人の魔法使いが姿を変えてるかだ」


「おぉ……領主様に言うべきか?」


浅学なデニスはよく分かっていないようで、驚く素振りをしていた。


「確証も無いのに憲兵を呼べるか。俺が見て来る、魔物なら殺してアンタから報酬を貰う。処理出来ない奴なら領主に伝えろ」


「アンタが帰ってこなかってもそうするぞ」


デニスは冗談めかして笑う。


「ああ、よく分かってるじゃないか。報酬は……魔物なら400はくれ、首はやるからそれで領主から支援金を貰ってこい」


「……毎度助かるな!お前さんなら適当な事はしねぇ。村からカネを集めとくよ」


「ああ」


思わず、嫌な顔をしそうになったのを抑えた。


__信頼があってこの額か。


400プレム。それは一ヶ月もの間食い繋げれば良い額で、命を懸けた仕事にしては安過ぎる額だった。

尤も、デニスを介さずに領主に首を持ち込めば金はもっと貰えるのだが、諸事情で会いたくなかった。


「じゃあ後でな。行き詰まったらチャーリーから話を聞かせてくれ」


踵を返し、自宅のある方角へと歩を進めた。


「あぁ、頼んだぞぉ」


振り向かず、肘を使って軽く手を上げた。

村を出る直前、村にある木彫りの女神像を一瞥した。


「子供か……魔物だと良いんだがな」


不安を誤魔化すように、剣の柄に手を乗せ、眉間に皺を刻む。


「まあ、仕事はするさ。暴力沙汰から魔物狩りまで……な」


そう、自身に言い聞かせるように呟く。


「しかし……チャーリーって誰だったか……」


思案するが、記憶に掠りもしなかった。したがって、顔が思い出せない以上、チャーリーからの事情聴取はしたくなかった。



砂利道を辿って帰路に付いたクリフは、丘の上に建つ自宅の前まで来ていた。

外観や構造は先程の民家とそう差異は無いが、至る所が増築、補修されており、大切に長く使用していた。


「あ?」


玄関の少し前に立った時、木や食器が床に転がる音がドア越しに聞こえた。

同居していた義父は裏庭の墓の下、義母は不在で、家族はもう一頭しか居なかった。


「クソ……荒らすなら他所にしろ」


つまり、音の主は空き巣か獣のどちらかだ。

腰を落とし、可能な限り足音を消しながら家の壁に寄った。

棚を漁る音が響くも、食器を割ったり、投げ捨てている音は無く、机の上に並べているように思えた。


__丁寧だな、報復が怖いのか?いや、後でバレないようにする為か。


脳裏では、家に居る存在の予想を立て始めていた。


__魔物は無いな、綺麗に食器を取り出す魔物なんて聞いた事が無い。ってなると人間か、知らない奴か、先週転がしてやった誰かか……相手は俺のミスリードを狙って。いや、考え過ぎだな。


音を立てずに剣を引き抜き、キッチンにある窓の側に立った。


__相手は人間、さあ誰が出る。


勢い良く窓を開き、そこから家へと飛び込んだ。

窓のそばにあった食器を蹴り壊しながら侵入し、相手を注意深く捉える。


中に居たのは女の亜人だ。

白いドレスのようなチュニックを着ており、雪のように白く長い髪の隙間から、赤い瞳がこちらを覗いていた。

最も除外していた存在が居たことに面食らうも、鋭い眼差しで見つめ、数歩踏み出した。


「……!」


「空き巣とは良い度胸だな……おい」


ひらめいた剣先が亜人の喉元を狙う。


「ひっ!!」


彼女は勢いよく飛び跳ねて避けた。普通の人間なら、訳も分からず喉を裂かれていたことだろう。


__素早いな。


調理場に散らかった野菜を構う事なく踏み潰し、再び剣を振るう。

彼女はネコのように身をよじって飛び退き、家の壁に向かって体をぶつけた。漆喰製の壁が音を立てて砕け、空いた大穴から外へ飛び出して行った。


「クソ!クソッ!壊しやがった!!」


恐ろしい馬鹿力だ。同じ事は出来るかも知れないが、彼女はそれを軽々とやってのけた。


破壊された壁を乗り越え、周囲を見渡す。


「速えな……」


彼女を視界に捉えた時には家から離れた草原に足を踏み入れていた。

明らかにその速度は、馬を超えていた。


「待てよこの野郎!!」


僅かに屈んだ後、彼女目掛けて全力で疾走した。地面を踏みしめ、泥を巻き上げながら、軍馬をも凌ぐ速度で走る。

膂力(りょりょく)こそ負けるが、特務部隊で鍛えられた走りは、彼女に負けてはいなかった。

大地を踏み締め、綺麗なフォームで走りながら、距離を一気に詰める。

そして2m程の距離に到達した時、剣を投げ捨てた。


自由になった指で彼女の衣服を掴み、思い切り後ろに引っ張った。

バランスを崩した彼女は幼い悲鳴を漏らし、のけぞるようにして倒れる。

痛みをこらえ、跳び起きようとする相手を前に、ナイフを素早く引き抜く。

そして倒れた彼女の上にのしかかった。


その動きに無駄は無く、最小限の所作で彼女の自由を奪う。ナイフを喉元に押しあて、喉を掻き切ろうとした。

その時に彼女の乱れた髪が後ろに向き、素顔がハッキリと見えた事で、相手の正体にようやく気が付いた。


「くそ……」


掛けた力が弱まり、明瞭だった思考が鈍る。

やはり相手は、子供だった。

それに加え、白い鱗に覆われた手足に、側頭部に生えた小さく、歪な形をした角。


今思えば、確かめたかったのだ。

もし、村人が言ったように相手が本当に子供だったら……確認せずに殺した後の事が恐ろしくて剣を使わなかったのだと。


竜人(ドラゴノイド)か」


書物でしかその姿を見た事はなく、総数は世界で一桁に満たないと言われている。

亜人たちには、神の遣いとして天使のように信仰される生物だった。


「殺さないで……」


少女は涙を流し、恐怖で過呼吸になっていた。


「クソ……」


そのさまを見て、より一層覚悟が鈍る。

誰も殺していない少女を躊躇いなく殺せる程、この国の狂気に呑まれていなかった。


少女を殺せと理性が叫び、ナイフを握る手に力が入れるが、凍りついたように右手が動かない。


「どうしてここにいる?」


もう手遅れかも知れないが、相手に気取られないよう平静を装い、態度を崩す事なくきつい口調で質問する。

殺したいのならば、聞くべきではない。


「あ……その、分かりません」


彼女は相応に慌て、錯乱していた。


「ふざけてるのか?」


「違うの!気が付いたらここに居て。近くの人に声を掛けたら、襲われてっ……それでっ、ずっと逃げてたらお腹が空いて」


彼女は必死に弁明し、死への恐怖で顔が歪み始めていた。


「俺の家に入ったと」


とうとう、ナイフを握る力が緩んだ。


__もう、殺せないな。


心の内で自嘲した。


「ごめんなさい……」


喉元に押し付けたナイフを鞘に仕舞い、立ち上がる。演技でこれが出来る相手なら、こちらはとうに殺されている。


「……親とか、故郷は分からないのか」


つい口が滑る。


__もし助ければ、俺も殺される。


たった今、安い善意に飲まれて、一生を棒に振ろうとしている。だが頭の中では、そんな理性を無視して彼女を助け出す手立てを考え始めていた。

亡命は論外だ、この国以外は全て亜人の国であり、人間の居場所など無い。

この国での亜人の扱いがそうであるように、亜人の国での人間の扱いもまた悲惨だ。


__こいつの仲間の元に連れて行くか?


返事を待つ間、頭の中で中でそれらしい妥協案が思い浮かぶ。


「分からない、何も思い出せない……」


彼女が返した答えによって、そのプランは潰えた。このまま放置しても噂を聞きつけた憲兵達が彼女を捕え、拷問の後、広場に吊るして生きたまま焼き殺すだろう。

生き残る手立ては無いと言っていい。


「……俺は」


「おぉ!見つけたか!!」


何も見ていない、早く行け。

そう言おうとした所を遮られた。

先程の農夫、デニスがこちらを追ってきていたようだ。


__最悪だ。


このままでは彼女は殺される。ここに居る人々も、亜人に家族や友人を奪われている。

騎士たちに渡るまでもなく、村の中で手酷い拷問と陵辱を受けた後に殺されるだろう。


__大人しく渡すのが吉だな。


生きたまま渡せば報酬は増えるだろうし、要らぬトラブルや危険に巻き込まれずに済む。

もし、割り切れないなら酒で濁すべきだ。


「悪いが今回の依頼は守れそうにない。見ろ……」


理性に反して口が滑った。


__俺は何をやっている?


自分自身の行動に動揺する。

どうしようもなく愚かな行為を今、やってしまった。自分で殺せないなら、他人に押し付けるべきだというのに。


「あぁ?」


デニスがうなりながら返事をした。

至極当然の反応だ。


「こいつは竜人(ドラゴノイド)だ。竜神の遣いと言われる存在だ。コイツの是非は国の管轄だろ」


「お前さん!金払いが良いから乗り換えるつもりか!!?」


彼は辛抱ならないといった様子で怒鳴った。


「竜神や亜人に関する重大な情報を持つであろう竜人を殺してみろ、領主と国軍がキレて俺たちの番になるぞ?」


「……そんな事で騙せると思ってるのか?」


農夫は食い下がらない。いち国民としてかなりまともな事を言ったつもりだ。

しかし彼は亜人を手に掛けたくて仕方がないのだろう。

実際、彼女を殺しても罰則はあれど殺されはしない筈だ。

話を盛らない方が良かったと後悔するも、既に手遅れだった。


「俺の過去は知ってる筈だ。ガキの頃に家族を、村の皆をオーガ共に目の前で殺された。なあ、俺だって元軍人だ。信じろよ、褒賞が出たら分けてやるから」


焼け石に水ではあるが、銭をちらつかせる。


「お前さんには娘をコカトリスから救ってもらった恩がある……引き下がってやるけどなぁ、他のもんはしらねぇぞ」


腹の虫が収まらない様子で農夫は引き下がり、その場から立ち去った。


__チクる気だな。


デニスがするであろう行動に察しが付き、頭を抱えてその場に座り込む。


「はぁ……最悪だ」


「ねぇ……私、どうなるの?」


少女は恐る恐るこちらの顔色を窺う。


「黙れ……考えてるとこだよ」


疲れきった口ぶりで、大きなため息をつく。小声で毒づき、剣を拾う。


「とりあえず家までついて来い」


少女はこくりと頷き、急ぎ足で歩き始めた。


空を見上げると、まだ暗く曇っている。


__逃げてえ。


目を虚ろにし、現実逃避をしかけたが、胃からこみ上げる不快感によって正気に戻り、もう一度毒づき、懐の小瓶から飴を取り出した。

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