【1-3】
「樹利先輩がわらび先輩のことを見かけたって場所はここか」
樹利先輩やるるひに楝くんが話を聞いてから少し経った今日、私達は姫海駅にいる。
単線で田舎。そんな駅のホームだって分かるほどこぢんまりとしている。少なくとも私は女装した楝くんを見かけた駅のように、たくさんの人はいない。
「利用者が少ないから、他に見た人はいないかもしれない」
「そうかもな」
2人で隅から隅までホームを見るけど、何も手がかりになりそうな物はない。そして何よりも私と楝くん以外の人はいない。
「一応樹利先輩がわらび先輩を見かけたって言う曜日と時間を合わせたんだけどな。毎週同じ時間に駅へ来るってわけじゃなかったのか」
「それなら簡単に分かったのに。残念」
先週たまたま電車を利用していただけなのか、今日は私のドッペルゲンガーは駅にはいないみたい。
楝くんは私のドッペルゲンガーはいなくて、私のそっくりさんがいるだけと思っている。でも私はドッペルゲンガーだと信じているので、いなくてほっとした。
ほらドッペルゲンガーと会ったら、死ぬって話じゃない。私、死ぬのは嫌だから。
「じゃあ今度は姫海商店街へ行こうぜ。そこでるるひ先輩はわらび先輩のことを見たって話だから」
「そうだね」
そこで駅から出て、商店街へと向かう。
隣接しているのあってから、いつもと違う出口を使えば、駅からすぐに商店街に着いた。
「はじめて来た、ここ」
「えー意外。わらび先輩は2年生だから、1年以上姫海村に住んでいるのに商店街に来たことないんだ」
「買い物は大学があって隣の雪木市でしているから、商店街には行かないの。それにしても予想よりも大きくてびっくりした」
雪木市は姫海村の隣にある市で、大学もある事からか地方にしては結構栄えている方だ。あったらいいなと思うお店なら、この市に大抵はある。
「俺もそうかな。それに商店街って地元民の居場所って感じがして、俺たちよそ者にとってアウェーの地だから」
アウェーの地。その言葉がしっくりときた。
緑のシャツに淡い灰色で大きめのパーカーにぶかぶかの黒いチノパンを合わせたゆったりとしたファッションの楝くんと、シャツとカーディガンが黒い上に薄い黒色のネクタイをつけて細身の黒のスキニーパンツをはいている私。
特にお洒落な2人組ってわけじゃないけど、この商店街にはあっていない。ぶっちゃけ浮いている。
「あそこ和菓子屋かな? わらびもちあるかな?」
「私別にわらびもちに思い入れないから。あそこは喫茶店だ」
「茶店って書いてあるところがレトロだな。あっコロッケ売っている」
「1個100円ならスーパーのコロッケの方が安いよ」
話しながら商店街を歩く。
ドッペルゲンガーの姿は見ないし、何よりも私や楝くんと同じ年くらいの人もいない。
「あの人、知らない人と一緒にいるよ」
「いつもと違って、まともな格好をしている」
「ああいう子と知り合いなんだ。知らなかった」
おまけに周りにいる地元民らしき人達は、私達を見て意味の分からない話をしている。
「とりあえず商店街を軽く歩いて出よう。ここでアウェーの俺らが話を聞くのは無理だ」
「そうだね」
私は楝くんに同意して、黙って歩き続ける。
生まれや育ちは愛知県の名古屋、バリバリの都会っ子である私には閉鎖的な田舎では浮いてしまうんだ。そりゃあ仕方ない。
「今日は女装してないんだね」
ピンクのトレーナーにオレンジのスカート。そんな派手な格好をした、私よりも少し年上のお姉さんが私に話しかけてきた。
「えっ俺はここらへんでは女装なんてしたことないですし、わらび先輩は女性ですよ」
「そうです。そもそも私や楝くんは商店街へは今日初めてきたんです」
女装なんてしたことないという楝くんの発言をスルーして、私は冷静に答える。
第一男子学生である楝くんは女装ができても、女子学生である私には女装はできない。それに商店街に私達ははじめて来たし、何よりも話しかけて来た人もはじめて会う。
「はじめてきたの? もしかして2人とも雪木大学の人?」
雪木大学は私達が通っている大学のことだ。隣の雪木市にあるから、雪木大学。雪木市がマイナーだから、多くの人に市の名前と大学の名前が同じだって分かってもらえないけど。
「そうです。雪木大学のラリマール寮に住んでいるので、今は姫海村に住んでいます。俺は1年なので、半年くらいですが」
「私も楝くんと同じくラリマール寮所属なので、雪木大学生です。私は2年生なので、1年以上は姫海村に住んでいます」
「ラリマールの人か。ごめん、それなら人違い。わらびさんとよく似ている人が、あめ屋でアルバイトをしているの。その人はわらびさんと違って男で、それなのに女装してて、この商店街には有名になってるわ」
話しかけた人は驚いたような顔で、衝撃的な内容を話す。
「私とそっくりの人ですか?」
びっくりした。恐らくそのそっくりの人が、樹利先輩やるるひが見た私のドッペルゲンガーなんだろう。あめ屋も聞いたことがある、大学で有名なので。
「わらび先輩にそっくりの男が女装して、あめ屋でアルバイトをしてるってことですか?」
「まーそうね。そうなるわ」
「わらび先輩とそっくりってことはあれですかね。その人はわらび先輩の家族とかですかね?」
「それはないよ。だって私は特別養子で、産まれてすぐに今の親に引き取ってもらったの。だから私に血の繋がった年の近い子供なんていない可能性が高いって」
そもそも子供を特別養子に出した人が、別に子供がいるということはありえるだろうか? いとことかならそっくりにならないはずだし。
「ところでそのあめ屋ってどこですか?」
「あめ屋は商店街の端っこ。駅から遠いところで、洋菓子店の隣にあるわ」
「教えていただきありがとうございます。それじゃあわらび先輩、行こうか」
話を終えたら楝くんに促されて、私は歩き始める。
大学で有名になっているあめ屋、そこに私のドッペルゲンガーがいる。楝くんはそっくりの他人だって言っていたし、話を聞くとそもそも性別すら違うらしい。そこでドッペルゲンガーでないはずだ。
でも死の危険性が無くなったわけではない、まだドッペルゲンガーではないって確実に言う人はいないから。