クロージング Diary of はかない現実
もし俺が男性として産まれていたら。
もし俺が女性として生きることを受け入れることができたら。
もし俺が男性ではなく、女性を愛することができていたら。
どれだけのもしを重ねたとしても、今のことを変えることはできない。
でも思ってしまうんだ。
もしこの社会でマジョリティとされる考え方や生き方をすんなりできるようになっていたら、俺はもっと生きやすかったかもしれない。
「楝くん。ここがつい最近新しくオープンした喫茶店『グリュック』だよ」
もしもし思考につい捕らわれてしまう俺に、わらび先輩が明るく言う。
結局気がつけば俺はいつもわらび先輩と一緒にいる。おつきあいしていた紫苑くんよりも一緒にいるかもしれなくて、なんなら大学における唯一の友達にわらび先輩はなるかもしれない。
「つい最近喫茶店が大学の近くにできたなんて気がつかなかった」
「だろうね。とりあえず中に入ってみよう」
俺はわらび先輩に続いて店内へ入り、席に着く。
「すみません、アイスコーヒーをお願いします」
「俺はアイスコーヒーとバニラアイスお願いします」
とりあえず定員さんに注文する。もう7月で、暑くなってきたからホットよりもアイスの飲み物のほうがうれしくなってきたのもあって、俺はわらび先輩と同じ物を頼んだ。
「そういえば、最近大学の同級生から妹が家出したって話を聞いたんだ。その妹さん1週間も見つかっていないらしい」
「また人探ししてんの?」
わらび先輩が頼まれて人探しをする。それは今まで何度もあったパターンだ。しかもその人探しに、俺もよく巻き込まれる。
「まーね。なぜか私が人探し得意って話になっちゃって。本当は人を見つけるのは楝くんなんだけど」
「俺は手伝わないから」
そう言いつつも、俺は多分頼まれたら断ることはできない。
もしわらび先輩が人探しに夢中になってしまったら、俺とは話してくれなくなってしまうかもしれない。それなら一緒に人探しをした方が良い。
わらび先輩は俺とは単なる友達で、恋人関係ではない。そこで俺がわらび先輩と関わることができる理由として、人探しはある意味ぴったりなのだ。
そんなことわらび先輩には絶対言えない。それにわらび先輩が俺よりも人探しのうまい人を見つけてしまったりなんなら恋人ができたりしてしまったりすると、俺の今までの努力がすぐ無駄になってしまう。
人探しによってつながる関係は、はかないかもしれない。それでも俺は少しでも、わらび先輩とつながっていけたらいいなと思う。恋がうまくいかなかった俺にとって、今はわらび先輩だけが心の頼りなんだから。




