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ラリマール  作者: 西埜水彩
【4】俺の思い人
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【4-4】

「ここが紫苑くんの家。年賀状によるとな」


 遠距離カップルは年賀状のやり取りはするらしい。いや遠距離カップルだから、年賀状のやり取りをするのかな? 


「ここ以外手がかりないし。待とうか」


 紫苑先輩の通っている大学の近くにあるアパートの一室。楝くんが受け取った年賀状によると、ここが紫苑先輩の住む家だそうだ。


 フード付きのパーカーに厚めのパンツ。そして紺のダッフルコートにマフラーをぐるぐる巻く。楝くんはこんな暖かそうな格好で、何時間でも待つやる気はあるみたい。


 私もフード付きのパーカーにジーンズ、ぶ厚めのコートと防寒対策はばっちりだ。3月ってこともあり2月ほど暑いわけじゃないけど、長い時間外にいるとやっぱり寒い、そこで厚着するのは大事だ。とはいえずっとここにいたいわけじゃない、時間がもったいないし。


「どこかに泊まって、帰ってこなかったらどうしよう」


「そうだね。泊まる準備私達何もしていない」


 お金をたくさん持っているわけでは私達はない。そのために日帰りで予定を組んでいて、ホテルとかは当然予約していない。


 そこで紫苑先輩が早く帰ってこないと困るし、何なら帰ってこないならどうしようもない。


「そういえば最近は夜雛(よひな)さんはどうしている?」


 いきなり違う話を始めた楝くん。どうやらこれからのことをあまり楝くんは考えたくないらしい。


「夜雛さんは相変わらず引きこもっている。生活に変化はなし。他の人ともあんまり関わっていないみたい」


「そうなんだ。じゃあ弟のリーキくんや兄の山葵(わさび)さんはどう?」


「リーキくんはうどん屋のアルバイトをしながら高校生活を頑張っていて、恋人ができたって話は聞かない。山葵さんは飴屋で働いて、女装を辞めずに頑張っているよ」


「今までの人探しを通じて会ってきた人はそれなりに幸せそうなら、今回も大丈夫。うん、なんともない」


 話がまた飛んだ。夜雛さん、リーキくん、山葵さん。この人達の生き方が、私達のした人探しによって大きく変わったわけじゃないことは分かっている。せいぜい人生に数多くある、小さな変化のうちの1つだろう。


 でも今回の事は違う。楝くんは性別を偽ってつきあってきた恋人と今回向き合わないといけないのだ。性別という大きな問題、それが今までよりも軽いわけじゃない。


「この前来た楝くんのお友達と、そのお友達かな?」


 紫苑先輩だ。青いニットに白のロングスカートを履いて、白のふわふわとした上着を着ている。


「この子は山岡(やまおか)わらび先輩で、私の友達。私が楝」


 私は楝くんの一人称が私ってことに驚いた。紫苑先輩の前では見た目じゃなくて中身まで女性っぽくしていたんだろうな、楝くんは。


「うっそー。楝さんはもっと可愛い感じじゃなかった?」


「紫苑くんこそ、もっとかっこいいタイプだと思っていた」


 気のせいじゃない。雰囲気が急に重くなり、紫苑先輩が来る前よりも確実に寒くなっている。


「とりあえず家の中にいれてくれませんか? 寒いですので」


「分かった、いいよ」


 紫苑先輩は、私達を家の中へいれてくれた。


 玄関にはかわいい靴やスーツにあいそうなパンプスなど、女性が使っているイメージが強い。


「ここで座ってね」


 案内されたのは、お洒落なテーブルと椅子だ。椅子は木製で可愛らしい座布団が着いている。


 うん、どこからどう見ても男性が生活しているようには見えない。ぶっちゃけ私の家よりも女性っぽさがあるし、何よりも男性的なところはあまりない。女性っぽい家ってこんな感じでしょって雰囲気がなくはないとは言えないけど。


「インスタントだけどカフェラテ、あとこれは大学の友達からのお裾分け。ソーダ味のくずもち」


 カフェラテとソーダ味のくずもちって変わった取り合わせだな。でもソーダ味のくずもちを食べてみる。炭酸特有のシュワシュワ感はないけど、甘くて美味しい。


「ありがとうございます。このくずもち、美味しいです」


 私以外は誰もしゃべらない。


 紫苑先輩と楝くんは黙ったまま、くずもちとカフェラテを見ている。


「私はご存じなかったのですが、紫苑先輩は女子大学生だったのですね。卒業式の時の袴姿、とても似合っていました」


 だから私がかわりに話す。


 この気まずい状態を少しでもましにしたい。そのためにも私は話し続ける、例え正しいか間違っているのか分からなくても。


「楝くんは男子大学生です。大学では男子として通っていて、女性だと思っている人はいないはずです。少なくとも私の大学の友達は、楝くんのことを女性とは思ったことがないでしょう」


 男性が苦手だと語っていた真珠(しんじゅ)さんも楝くんのことを女性とは考えずに避けていた。普通に生活していて、楝くんのことを女性だなんて思う人は、私の見る限りいない。


「恐らく紫苑先輩と楝くんは同じ事情があるかもしれません。私は2人の関係がどのようなものかはよく分かりません。でもこの状況からすると、これ以外の答えは見つかりません」


 トランスジェンダーであることを隠してシスジェンダーとして付き合っていた。それは性別を偽ってお付き合いしているのと同じかもしれない。


 普段の生活とお付き合いしているときの性別が違う。いくら遠距離恋愛であると言っても難しかっただろう。いつ相手に自分が性別を偽ってお付き合いしているのか、そして何よりもトランスジェンダーで出生時に割り当てられた性別とは違う性別で普段生きているのか、それらがバレてしまうリスクがある。


「本当のことを全部伝えた上で、お付き合いすることは難しいの。今までだましだまされながらもうまくいっていたから、本当は正しくないことだと分かっていた。それでも私はシスジェンダーの男性だと偽ってお付き合いする方が楽だったの」


「俺もそうかもしれない。女性として産まれたのなら、女性としていきる方が楽だもん、それで一番大事な人に、本当のことを伝えるなんて思いもしなかった。じゃあわらび先輩、帰るよ」


「えっもう帰るの?」


 2人はようやく相手の真実を知り、自分のことを伝えることができた。それなのにじっくりと会話することなく、もう離れちゃうの。


「ゆっくり考える時間が必要だから。じゃあ失礼します。また会いましょう」


「さようなら」


 あまり語らずに出ていく楝くんに私は黙って着いていき、紫苑先輩の方は見ることができなかった。どういう表情をして別れの言葉を紫苑先輩が言ったのか、それは分からない。


 2人ともトランスジェンダーで、本来なら分かり合えるかもしれなかった。でもこのように関わり方の影響で、今きまずくなっている。


 本当に人間関係って難しい。


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