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ラリマール  作者: 西埜水彩
【4】俺の思い人
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【4-3】

 楝くんは紫苑先輩のことを男だと思っていて、男性の同性カップルだと思っていた。


 紫苑先輩は楝くんのことを女だと思っていて、女性の同性カップルだと思っていた。


 本当は楝くんが男で、紫苑先輩が女。要するに異性カップルなのだ。


 ぶっちゃけ同性カップルよりも異性カップルの方が多い。それに異性のカップルの方が同性のカップルとは比べものにならないくらい社会的に有利だ。だから異性のカップルではなくて、2つの異なる同性カップルのようになっている今はどこからどう見てもおかしい。


「要するに2人ともトランスジェンダーってことなのでしょう。普段は自認している性別で生きて、恋人の前では出生時に割り当てられた性別で行動していると思いますわ」


 樹利先輩はあっさりそう答えた。楝くんの話ってことをごまかして相談したけど、こうやってちゃんと答えてもらうことができてよかった。


「そうかもしれません。というよりもそれ以外の考えが思いつきません」


 紫苑先輩がトランス女性で、楝くんがトランス男性。紫苑先輩は普段女性として生きていて、楝くんは普段男性として生きている。そして恋人の前出生時に割り当てられた性別、紫苑先輩は男性で楝くんは女性だってことだ。


 もしそうだとしたらお互いトランスジェンダーであることを隠していることになる。相手がシスジェンダーで自分がトランスジェンダーであることを受け入れてくれないかもしれないって2人とも考えているのだろう。


「もしそのようなカップルが実在するなら、私は会ってみたいですわ。私もトランス女性として、何か良いアドヴァイスができるかもしれませんし。まあトランス男性のことなら藤木さんの方が詳しいですが。あとここで答えを出すのは危険ですわ。もしかしたら別に事情があるかもしれませんから」


「そうかもしれません」


 樹利先輩がトランス女性、楝くんがトランス男性。とこの寮にはトランスジェンダーの人が多いけど、普通はシスジェンダーの方が多い。そこで大学では女性で楝くんの前では男性というだけで、トランス女性であると断言はできない。男装女子って可能性や、恋人の前では自認している性別で生きることができるトランス男性って可能性もある。


 そうか、性別はデリケートな問題だから、簡単に答えなんてでるわけがない。樹利先輩はトランスジェンダーだからシスジェンダーの私よりも答えに近いことを考えられるかもしれないけど、答えを出せるわけはない。


「まっとりあえずその2人がお互い性別のことを分かったらいいかもしれませんわ。理由は分かりませんが、お互い同じ事をしていらっしゃるみたいですし。きっとわかり合うこともできますわ」


「それはそうですね」


 紫苑先輩と楝くんが恋人と一緒にいるときと普段の生活で性別が違うこと、それは今私しか知らない。そこで私が楝くんにこのことを教えるのがいいかもしれない。そうしたら楝くんが紫苑先輩にカミングアウトすることによって、紫苑先輩も自分のことを教えてくれる可能性はある。


 そうしたら今の状況もなんとかなるかもしれない。


「でも社会人になれば好きな人に対して性別のことがバレやすくなります。行動する範囲や関わる人が大学生の時よりも増えますから。そこでいつまでも性別のことは隠し通せないのですわよ」


「それもそうですね。相談にのっていただきありがとうございました」


 私はお礼を言って、樹利先輩の家から出る。そしてそのまま楝くんの家へ向かう。


「あっわらび先輩、どうしたの?」


「紫苑先輩のことこの前調べていて、色々分かったよ」


「そうなんだ。とりあえず家の中にはいって」


 楝くんの家の中はこざっぱりとしていている。物が床に落ちていることもなく、ちゃんと手入れしているみたいだ。


「これってくずもち?」


 楝くんが『くずもち』と書かれた、洋菓子のようなパッケージのお菓子を持ってきた。


「苺味のくずもちらしいよ。奈良で売ってたんだって、大学でもらった」


 楝くんが切り分けてくれた苺味のくずもちは、ぷるぷるとして甘酸っぱさが濃厚でおいしい。いや今はいちご味を楽しんでいるところじゃなかった。


「おいしいじゃなかった。紫苑先輩のことを調べていて、大変なことが分かった」


「まさか二股じゃなくて三股をかけていたの?」


 それでもない。ていうか二股だろうが三股だろうが浮気しているのは一緒だから、大変な事実にはならないって。


「私が行ったのは大学の卒業式だったんだ。そこで4年生の人はみんな正装していた。スーツだったり袴だったり、お洒落な格好をしていた」


「あっ4年生だから卒業式か。きっと紫苑くんは俺よりもスーツを着こなすんだろうな」


 残念ながら今楝くんが想像しているとおりのことはない。ということで言いづらいけど、ここははっきり言うしかない。


「紫苑先輩は袴姿だったよ。黒い髪をお下げにして、たてじまの着物とピンクの袴。それで周りにいる人も紫苑先輩のことを女性だと思っていたし、男性っぽいところは何もなかった」


「えっでも俺は紫苑くんのことを男だと思っていたんだけど。別人じゃない?」


「でも紫苑先輩は楝くんと交際しているって言っていたし、これが事実だと思う。それに楝くんだって紫苑先輩の前では女性でしょう、普段は男性として生きているけどさ。それと同じじゃない?」


 本当のところは分からない。大学では女性として生きている、本当は男性なのかもしれない。


 でも普段生活している性別と違う性別で恋人の前でいる。その可能性が高い。今この社会ではありのまま生きることは難しいので、好きな人に拒絶される怖さを考えれば、本当の自分を偽ってしまうのは普通にありえる。


「あっ少なくとも浮気はしていないって紫苑先輩は言っていたよ。きっと大学卒業後の進路に関するバタバタで忙しかったんだよ、きっと」


 おそいかもしれないけど、浮気していないことはちゃんと伝える。これは楝くんが知りたかった情報だから、伝えないとまずい。


「それは良かった。普段あえねーから浮気されていたら困る。いやいやこれもどーしようだな。紫苑くんは俺の普段の生活を知らないし、俺は紫苑くんの普段の生活を知らない。だからこそこういうことになってたのか?」


「そうかもね」


 遠距離でお互い日常を隠していたから、今回このようなことが起きてしまった。


 もし2人が同じ大学に通っていたら、お互い普段の生活を隠すことはできなかったはずだ。そこでこれだけは自信をもって断言できる。遠距離恋愛の悲劇だって。


「とりあえず紫苑くんと会って話をするしかない。だってお互い性別を偽っているんだもん、このままでいていいわけじゃない。だからわらび先輩、お願い、ついてきて。1人じゃあ冷静に話せなさそう」


「いいよ。私だって本当のことを知りたいから」


 それにこの2人だけで話させると、どうなるのか分からない。


 性の話、恋の話。それはとてもデリケートで繊細で、簡単に扱っていいことじゃない。それでこれくらいの慎重さが必要なのかもしれない。



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