【3-4】
ピンクのふわっとしたニットのワンピース、それに負けず劣らずふわっとした茶色の髪。そしてシンプルな紺のダッフルコート。
全身黒ずくめの私やフリースの上着や分厚いパンツに長いマフラーを巻いていると着込んでいる楝くんとは違う、可愛らしさの多いファッション。
その人が今日の待ち合わせ相手である、よもぎさんだ。
「お待たせいたしました」
「大丈夫です。今来たばかりです」
「そうです。俺も今来たばかりです。じゃあうどん屋に行きましょう」
待ち合わせ場所の姫海駅からうどん屋まで少し歩く。2月の冷たさが防寒していても分かるくらいの中、私達は歩く。
「そういえば楝さんはどうしてわらびさんに対してタメ口なの? わらびさんの方が楝さんよりも年上だよね」
「SNSでわらび先輩と会ったんです。親しくなってタメ口で交流していたので、現実でもそんな感じで接することになりまして」
「そうです。SNSだと年など分かりませんから」
SNSで本の話をしているうちに、私は楝くんと親しくなった。SNSでは年のことを気にしなかったので、実際にあって楝くんが1つ年下である事を知り、驚いた記憶がある。
「SNSか、他に友達はいるの?」
「俺は奈良に住んでいる21歳の男子高校生やロリータファッション大好きな女子高校生など、SNSの友達は多いです」
「私は友達が少ないですが、知り合いはいっぱいいます」
同じように小説を書く人や、読書が好きな人、そういった人と私はSNSでつながっている。でもそういう人は友達というよりも知り合いなので、関係性は薄い。
楝くんはSNSでつながった人と、会うことがあるらしい。この前山葵さんやリーキくんに渡したお土産を買ったとき、楝くんはSNSでつながった人と会っていたのだ。
「そうなんだ。もしよかったら私が描いた漫画をSNSで拡散してくれるとうれしいな」
「よもぎさんはどんな漫画を描いているのですか?」
「田舎の高校生が恋愛をする漫画。もちろん、その漫画の舞台となっているのは姫海村だよ」
「そうですか? 興味あります」
海があるだけの平凡な村。そこと恋愛はあまり関係なさそうだし、どういう風なお話になっているのか気になる。
てゆうかこういう風な漫画があるって聞いたことがあるかもしれない。大学にある本屋で宣伝をしていたのかな? うん、そうに違いない。大学の卒業生が描いた漫画ですっていう言葉と一緒に紹介されている漫画はいくつかあるから、記憶に残りづらくて今はっきり分からないけど。
「じゃあ紹介するから、読んでね。あそこが目的のうどん屋?」
「そうです」
「恐らくそのはずです」
楝くんが自信満々に、私は恐る恐る答える。今日はリーキくんがうどん屋でアルバイトしているはずだけど、ちゃんといるかな? 急にリーキくんがアルバイトを休んでいたら、全部無駄ってことになる。
私はなんとなく、二人から距離を取って歩く。そして二人から少し遅れて、店内へ入った。
「いらっしゃいませ。お店に案内します」
接客してくれたのは、リーキくんじゃなくて知らない人だ。私達はテーブル席に座る。
「はくたくうどん、よろしくお願いします」
よもぎさんは注文を席に座ってすぐに済ました。
「私も同じ物をお願いします」
「俺も同じ物をお願いします」
私達も同じはくたくうどんを頼むことにした。特に頼みたい物もなかったし、はくたくうどんが嫌いってわけでもないからちょうどいいや。
「はくたくうどんは奈良にゆかりがあるうどんなんだよ」
「そうなんですか。知りませんでした」
この前食べた京風のたぬきうどんといい今日頼んだはくたくうどんといい、関西ゆかりのうどんが多いみたいだ。
「あっわらび姉さん、いらっしゃってくださったんですね。ところでこの方達はお友達ですか?」
リーキくんはお冷やを配ってから、私に話しかけてくる。
そりゃそうか、リーキさんの知らないはずの楝くんはともかく、自分の好きかもしれない人がいるんだ。気になって当然だろう。
「こちらの石尾よもぎさんは私と同じ寮の出身者なの、でこっちは藤木楝くん、同じ寮の後輩」
「よろしくお願いします。僕は原松リーキです」
「よろしくね。私あんまり外食しないから、編集者以外の人と外食したのは久しぶりでさ。このお店に来ることも少ないと思うけど」
「ということはこの前いらっしゃったときは、編集者の方と一緒だったんですね」
おっリーキくんが攻めた発言をしている。この前いらっしゃったとき、すなわち自分は前からよもぎさんのことを知っているということをアピールしたいのか。
「そうそう。もしかしてわらびさんの弟さん?」
「そうです。わけあって名字が違うのですが、弟です。今は通信制高校に通っています。高校2年生です」
リーキくんは丁寧に自己紹介をした。
高校2年生ということは16歳か17歳なのかな? 当たり前だけど、私や楝くんよりも年下だ。
「私は石尾よもぎ。雪木大学美術学部漫画学科を卒業して、今は漫画家だよ」
「漫画家ですが、すごいです。では仕事があるので失礼します」
アルバイト中だからだろうか、リーキくんはあっさりとバックヤードへ戻っていった。
「弟さん、めっちゃかっこいいよね。アイドルとかモデルとかできそう。なんなら東京にいたら、スカウトされそう」
「そうですね」
リーキくんの美しさは、確かに芸能界向けだ。他の人よりもステージ映えしそうで、機会さえあればいけるかもしれない。
でもここは村だし、田舎だし。都会じゃないから、そういう機会はなさそうだ。
「よもぎさんはあーいう高校生のイケメンはタイプですか?」
楝くんがかなりぶっとんだことを聞いている。でもリーキくんがよもぎさんのことを気にしているって話だから、私達は行動したのだ。そこで大事な質問でもある。
「今は恋よりも仕事だし。何よりも大人だから、いくらイケメンでも高校生はないかな?」
普通はそうだよな。
よもぎさんは大学を卒業したごくごく普通の大人。そしてリーキくんは児童養護施設で暮らす高校生の子供。
そこでこのままではリーキくんの恋は叶う可能性は低いだろう。それほどに高校生と大人の壁は高い。
「そうですね。まあ恋だけが人間関係じゃありませんから」
恋が特別で注目されやすいけど、それ以外の感情だって大事。
友情なのか愛情なのか、その区別はいらない。ただ親しくなることは、今は大事なのかもしれない。
そう、恋だけが全てじゃないんだ。




