【3-3】
「これは関東でよく見かけられるお菓子ですわ。そこで愛知出身の山岡さんは知らないかもしれませんわ」
まじかよ。名古屋のような大都市で手に入りづらいお菓子があるなんて、思いもしなかった。
とはいえ関東出身だっていう楝くんはごくごく普通の顔をして食べているし、宮城出身だっていう樹利先輩も不思議そうな顔をしていない。
「すあまのことはいいんです。この寮の出身者で姫海村にそのまま住み続けている人はいるのですか?」
そう、すあまの話をしにきたわけじゃない。
私と楝くんは、樹利先輩にラリマール寮の出身者で今も姫海村に住み続けている人がいるのか、それを聞きに来たのだ。
「山岡さんもご存じの山田五月先輩は村から出て行きましたし。でも石尾よもぎ先輩はこの村にあるアパートで暮らしているみたいですわ」
石尾よもぎ先輩。私はどういう人か分からないし、存在も知らない。
「石尾先輩は雪木大学美術学部漫画学科卒ですわ。大学3年生の時に漫画家デビューしたらしく、それもあってかこの村に大学を卒業してから住むことになったらしいですの」
美術学部は私と同じだ。私は文芸学科で漫画学科とは関わりが薄いけど、全く違うわけでもないから親近感がある。
「ちなみに大学を卒業してからも1年間ラリマール寮で石尾先輩は暮らしていましたわ。それで私はその1年間、一緒に石尾先輩と期間が被っているのです」
「それならその人が怪しそうです」
楝くんはよもぎ先輩が私達の探している人だと思ったらしい。
「そうですね。これ以上年上となったら、リーキくんと年が離れますし。ところでよもぎ先輩はどこのアパートに住んでいるのかご存じですか?」
私の異父弟で高校生の男子が気になるお姉さんだ、今3年生の樹利先輩が知らない人ならかなりの年上になってしまい、そんなこと私は考えたくない。そこでよもぎ先輩が今のところ、年齢的に怪しい。
「大丈夫です。石尾先輩はでかけるのが苦手なので、大抵家にいます。さくらアパートの304号室ですわ」
「教えていただきありがとうございます」
ということで私達は教えてもらったさくらアパートに行くことにした。
出かけるのが苦手で、家によくいる人。そういう人を商店街の人が詳しく知っているわけがない。
そこで私と楝くんはその人に話を聞くべきなのだ。そうしたら答えか、答えに近い情報を手に入れられるかもしれない。
「失礼しました」
私達は樹利先輩の家から出る。今までにない情報を手に入れられたこともあり、気分はうきうきしている。
「さくらアパートは姫海商店街の近くらしいよ」
「そうなんだ。ありがと」
楝くんが調べてくれた地図に従って、私達は進む。
見慣れた道から少し離れた所に、目的のアパートはあった。新しくてきれいだし、何よりもアパートの名前と同じ壁紙の色が素敵だ。
「304号室ってことは、3階だね」
「そうだね」
304号室を探して。アパートの中に入る。エレベーターがないので階段を上り、少し歩いたら目当ての304号室についた。
「すみません。石尾よもぎさんですか?」
チャイムを鳴らした後、ドアが開いて人が出てきた。
わたあめのようなふわふわとした茶色のショートボブ、無邪気で愛らしくて大卒というよりも高校生に見えてしまう。確かにこの人がリーキくんが探している人だ。そうに違いない。
「そうそう。樹利さんの後輩だよね。さっき樹利さんから連絡が有ったから。あっちょっとあがって、あがって」
「「失礼します」」
おそるおそるアパートの室内に足をいれる。室内は物が少なく、綺麗に整頓されていた。
「姫海村に大学卒業後も住み続けたのは、何か理由があるのですか?」
「家賃が安くて、住み慣れていたから」
「姫海商店街のお店はよく利用しますか?」
「ほとんど利用しない。大学の時と同じように雪木市のスーパーに行くこともあるけど、ネット通販が多いかな」
歩きながら、少しずつ核心に迫る質問をしていく。
よもぎさんがリーキくんの探している人。それを確定させるためにも、よもぎさんに怪しまれないようにしつつも、ちゃんと聞かなきゃ。
「そういえば姫海商店街のうどん屋はおいしいって話を聞いたことがありますが、よもぎさんは行ったことがありますか?」
楝くんが変に飾らず、今一番知りたいことを聞く。
「あるある。はくたくうどんがあったね、それがおいしかった」
はくたくうどんが何か私には分からない。いや今はそれよりもよもぎさんが姫海商店街のうどん屋に行ったことがあるというのを確認するのが大事。
「うどん屋には実は私の弟が働いているのです。うどん屋で高校生くらいの男の子を見かけませんでしたか?」
「見かけた、見かけた。きれいな男子高校生がうどん屋で働いていて驚いたよ。彼はアイドルやモデル向けだよね」
「そうですね」
リーキくんは私の弟とは思えないほど、整った顔なのだ。これは多分異父弟だからだろうか? 私達には存在しないDNAの影響が強くて、リーキくんは格好いいのかな?
いやそういうことよりも、よもぎさんがリーキくんのことを知っている。それが大事だ。なんならそれ以外に大事なことなんて、今は存在しない。
「わらび先輩の兄が働いている『ぎやまん飴屋』って行ったことがありますか?」
「一度だけある。あそこのりんご飴好きだし、奈良のこんぺいとうとかもおいしいよね」
「そうですね。その他に商店街にあるお店でおすすめはありませんか?」
楝くんはよもぎさんと商店街の話を始めた。
私の知らないお店の話ばっかりで、二人とも姫海商店街に行き慣れているんだなと思った、私とは違って。
しかも気がつかないうちに楝くんはよもぎさんに今度一緒に商店街へ、うどん屋へ行こうと約束までしている。さらりと今会ったばかりの人を誘うコミュニケーション力、それは私にはないものだ。楝くん、すごいな。




