【3-2】
「わらび先輩は人探しをしすぎでしょ。ドッペルゲンガーを探したり女の子に話しかけた人を探したり。わらび先輩ってライト文芸でよくある現代ものの小説の主人公みたい」
リーキくんの話をしたら、楝くんは呆れていた。
「そうかな? 別にそういうわけじゃないけど」
だって人探しをしたのはたったの2回だ。毎日のようにしているのなら多いかもしれないけど、そんなわけじゃない。
「大学通って、バイトをして、それだけで時間が取られるのに、他のことに時間を取れるのは本当にすごいな」
「まあね。でも今は春休みだから、余裕あるし、問題ないよ」
1月や2月の初旬はテスト期間などもあってかバタバタしていたけど、春休みの今は気持ちや時間に余裕がある。それは楝くんも同じだろう。
だからこうやってのんびりと話しながら、私達はバイト先の姫海商店街から寮に向かって歩いている。
「そこでわらび先輩は暇なんだろ。だったらこういう本を読むのがおすすめ」
楝くんはパステルピンクと水色が特徴的なハードカバーの本を取り出した。
「その本って確か男子高校生と地域コミュニティFM局で働く人が、日常で起きる謎をとくって話でしょ」
それに確か男子高校生がトランスジェンダーで、コミュニティFMで働く人がレズビアンなのだけど、SOGIに関わる話がほとんどなかったのが珍しかった。
「読んだことがあるんだ。へー意外」
「たまたまだよ。たまたま。図書館で見かけたから読んだだけ。ところで一緒に探してくれない? 楝くんがいると、心強い」
話を本の話題から強引に変える。
一人で商店街に行って人探しをするのが難しいことは、今までの経験により分かっている。何よりも一人でするよりも、二人で探した方が見つかりやすい気がする。
「めんどくさいから、やだ」
「じゃあ前の言ったように、例の写真を樹利先輩に見せる」
「それはホントにやめて。てかこのままだと一生そのネタでゆすられるような気がした」
「使いやすいから」
なんならそのネタだけで楝くんになんでも命令できるような気がする。ってわけではないけど、お願いするには便利だ。
「それに俺はわらび先輩と違って忙しいんだ。奈良の友達とこの前会ったけど、今度は東京の友達とも会う予定だし」
「そうなんだ。それじゃあどうしようかな? 一応今回の探し人は、姫海村に昔から住んでいる人じゃないってことしか分からない」
2回も楝くんにお願いしてしまったこともあるし、人探しする時間を楝くんが持っていないのなら、今までと違ってお願いするのは無理かもしれない。そこで一人でなんとか探してみるか。
「なんで姫海村に昔から住んでいない人って分かるんだ?」
「だって長く姫海村に住んでいてうわさ話に詳しいリーキくんや、一応姫海商店街で働いている山葵さんが知らないんだよ。ってことは商店街と関わりが薄い人なのかなって。噂話は商店街で広まるみたいだし、何よりも昔から姫海村に住んでいる人が商店街をあまり利用しないって考えづらい」
もし探している人が姫海商店街とがっつり関わりがあるのなら、リーキくんや山葵さんは私に頼らなくても誰か分かるはずだ。あの閉鎖的な商店街で、分からない人が何度も来るって考えづらい。
「そうだな。じゃあそのリーキくんがアルバイトしているうどん屋に行って、まずはそこで話を聞くか」
「手伝ってくれるの?」
さっきまではリーキくんの人探しは手伝わないって方針だったのに。
「暇じゃないけど、話を聞く限りそんなに長い時間かからなそうだし。それに気分転換になりそうだから」
なんで心変わりしたのか分からないけど、これはちょうどいい。楝くんが手伝ってくれるなら、これまでの経験から探し人は必ず見つかるはず。
とゆうことで寮へ戻るのではなくて、うどん屋へ向かう。
「ここがうどん屋だって」
商店街のうわさ話を無視して歩くと、うどん屋は予想以上にすんなり見つかった。どこにうどん屋があるのか私や楝くんは知らないから、もう少し時間がかかると思ったのだけどな。
どうやら商店街にうどん屋は1つしかないみたいだし、ここで決まりだろう。
「チェーン店っぽくはないな」
私達は店内に入る。そして知らない店員さんに案内されて、席に着いた。
「すみません、京風のたぬきうどんをお願いします」
「俺も同じ物をお願いします」
姫海村は京都府にないし、私は京都と関わりが薄い。そんなわけでつい気になって注文したけど、なぜか楝くんも同じ物を頼んだ。
「楝くんって京都出身なの?」
「違う。俺はさいたま出身。わらび先輩こそ京都出身か?」
「私は愛知の名古屋。京都とは遠いし、そもそも関西出身でもない」
「そうなんだ。まっなぜ姫海村で京風のたぬきうどんがあるのかは気になる。愛知よりも姫海の方が京都とは離れているのに」
「そうだね」
店主が京風のたぬきうどんのことが好きなんだろうか? それ以外の理由が思いつかない。
「すみません。京風のたぬきうどんです」
「「ありがとうございます」」
話しているうちに、頼んでいた物が運ばれてきた。
「ところでこのうどん屋って京都の人が来るんですか? だから京風のたぬきうどんがあるのでしょうか?」
さっき席に案内してくれた店員さんに質問する。
「いえ基本的には地元の方しかうどん屋にはこないです。でもたまにラリマール寮の人も来るから、そのなかに京都出身の人はいると思います。二人ともラリマール寮の人ですか?」
「はい、そうです」
ショウガの効いたとろとろとしたうどんを食べつつ、会話をする。
地元の人かラリマール寮の人しか来なくて、よそ者の可能性が高い。
そうならばリーキくんが探している人は樹利先輩かな? 樹利先輩はラリマール寮に住んでいて、元々姫海村に住んでいたわけじゃない。でも私は樹利先輩がうどん屋で食事をしているイメージがない。
「次は別のお店で話を聞こうぜ。例えば駄菓子屋とか」
ということでうどんを食べ終わると、楝くんおすすめの駄菓子屋へと向かう。
そこのお店には姫海商店街の常連で、この前キウイさんのことを教えてくれた人がいる。
「あっそういえばラリマール寮の出身者が村に住んでいるって聞いたことがあります。確か漫画家で、姫海商店街にはあまり来ないそうです。だから商店街で知っているのは私くらいだと思います」
駄菓子屋にいる人はあっさりと有力な情報を答えてくれた。
よそから来たけど、今は村に住んでいて、商店街に馴染みがない人。それならリーキくんや山葵さんが存在を知ることができなくて、地元やラリマール寮の人以外はこないうどん屋にいた理由も分かる。
「ということは樹利先輩に話を聞いた方がいいかな。わらび先輩は思い当たる人いる?」
「いない。去年私と一緒に寮で住んでいたのは、樹利先輩と五月先輩だけ。そして五月先輩は男だったから、お姉さんではないよね。かなり昔にいた人なら樹利先輩も分からないと思うけど、その時はその時。まずは樹利先輩に話を聞くか」
ラリマール寮は有名だから、大学で話を聞けば出身者について分かるかもしれない。それに高校生のリーキくんが好きになるお姉さんだ、どんなに年上だとしても20代だと信じたい。
「あっ和菓子屋じゃないのにすあま売ってる。買っていこ」
楝くんは聞いたことのないお菓子の箱を手に取った。
いやすあまって何? 甘そうな名前だってことしか分からない。




