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憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜  作者: 帆々


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38/45

38、告白 前



 レオの処置は正しく、翌日にはアシェルの熱は引いた。もちろん起き出すことは無理だが、食欲がやや戻り、母もエマも抱き合って喜んだ。


「ダイアナにはエマから伝えて。アシェルの容体の他に、知らせたいこともたくさんあるでしょうから」


 母の言葉に彼女は頷きつつも頬を染めた。レオからの求婚は、既に彼自身から母に許可をもらってある。


「気を揉んでいるでしょうから、早く書いて送ってあげてね。待たせるのは可哀想だから」


 午前は、手紙を書くことで過ぎて行った。嬉しい報告を出来るのは心が軽い。アシェルの快方を伝える文は、筆が鈍く感じるほど言葉が溢れ出てきた。


(問題は、レオの件ね…)


 何から伝えて良いか、迷う。ともかく、出来事だけを簡潔に伝えた。再会し、彼の求婚を受けたこと、だ。


(わたしもわからないことが多いもの)


 母の言葉通り、ダイアナは連絡を首を長くして待っている。待たせるのは残酷だ。続きはまた書き送ると記し、メイドに急いで出して来て欲しいと頼んだ。


「急便を頼んで頂戴ね」


 このまま村まで自分で出しに行きたいところだが、館を開けられない。レオが来るからだ。


 昨日、彼は母への挨拶と報告を済ますと、シャロックへ戻って行った。そちらに用があるらしい。


 アシェルに付き添っていると、レオの来訪が伝えられた。


「レオが来たの?」


「ええ。お呼びする?」


「うん」


 階下では、母が彼の応対をしていた。昨日の今日で、彼女は彼の姿を見ると、恥ずかしさが頬を上る。


 彼の視線を避けるようにして二階へ伴った。


 先を行く彼女の指を彼が取った。


「どうして逃げるの?」


「…逃げてなんかないわ」


「僕を見ない」


「……恥ずかしいの。それだけよ」


 何がおかしいのか、くすくすと笑う。


 アシェルを見舞った後で、庭を歩いた。吹く風が、以前彼と歩いた時より冷たい。咲く花々の色も違う。時間の移ろいを感じるが、変わらない愛情を注がれ、エマの心はふっくらと満たされている。


「祖母が君に早く会いたいと言っていたよ」


「お祖母様は何かおっしゃって?」


「…喜んでいたよ」


 少しだけ返答が遅れた気がした。エマはそれが気がかりで、彼の横顔をひっそりうかがった。孫の結婚相手として、相応しいとは思われなかったのではないか。


(わたしとのことは、レオがお祖母様を押し切ったのかも)


 彼が彼女の手を握った。


「こんな話を後からするのは、きっと卑怯だ。…僕が君の前から去った理由にもつながる」


「卑怯だなんて…」


 かつて彼が急にこの地を去った訳を彼女はまだ知らない。邸内の事情や来客がそうであろうと、何となく想像はしていた。


 ダイアナが散々強調したように、不審さもある。


(しっくりとはこないけれど)


 彼が斜めに顔を向け、彼女へ視線を投げた。そうすると、やはり半年前より頬が削いだように痩せている。


「問題が解決しないと、君に会うことは出来なかった…」


「おっしゃらなくてもいいわ。わたしが知らなくてもいいことかも」


「いや、僕の妻になる君には、知っていて欲しい」


 口調が硬くなった。この先、嫌な話が続きそうで彼女は視線を落とした。今の二人が幸せであるのなら、過去のことはどうでも良かった。


 しかし、彼が聞いて欲しいと望むのなら、自分は聞くべきだろうとも思う。


「僕がボウマン邸を急に立ったのは、祖母から手紙が届いたことが理由だ。深夜に近かった。それを読んで、早朝には立つことを決めた。君に知らせることは、その時思いつかなかった。申し訳なく思う」


 深刻な内容だったに違いない。彼女は相槌の代わりに首を振った。


「僕の叔父、ジェラルドが失踪したと書かれていた。命を断つような書き置きが残されていたとあった。祖母は取り乱した様子で書き送って来たよ」


 あまりの内容に、彼女は歩が止まった。それでつないだ指先が引かれ、彼も足を止めた。


 そこで、ワーグスビューの出来事がよみがえる。経緯は不明だが、彼は失踪した叔父をあの地に迎えにやって来たのだろう。


「邸に帰ってすぐに僕は叔父を捜す旅に出た。しかし、ヒントなんかない。地図を持って方々を捜し回った。命を断とうとする人が足の向きそうな場所を」


 のんきな相槌は打てない。彼女は片方の手で口元を覆った。


「人目につきたくなかった。祖母も噂をひどく恐れた。おそらく叔父の心境もそうだろう。時間もない。当てもなく王都を捜し、その後は都市を避け、国の半分は回ったのじゃないかな」


 彼のこけた頬の理由がこんな今つながる。途方もない旅は壮絶で、過酷だったに違いない。


 そこで、ふと教誨師夫人のベルの話を思い出す。夫がある地域の僧院前でレオと行き合った、と。言葉も短く、彼はすぐに去ったと言っていた。


 快適で愉快なはずの知人・友人の邸ではなく、教誨師の質素な宿坊に宿を取ったのは人目を避けるためだ。


「ベルのご夫君のアーネスト教誨師が、あなたをある僧院で見たって…」


「ああ、覚えている。まずいと思ったけれど、あの人物なら余計な他言もしないだろうと、少し話したよ。君のことも考えていたけれど、とにかく、余裕がなかった。……許されることでもなかったし。あの段階で、果たす目処の立たない約束は出来なかった。申し訳ない」


 彼女は強く首を振った。


「いいの」


 彼が自分の知らない離れた場所で苦しんでいたのを思うと、胸が詰まるようだ。彼の変心を疑ってばかりいた軽はずみな自分を責めた。知らず唇を噛む。


「祖母に連絡を送りながら、ともかく捜し続けた。見つけた後の説得もあるから、他人には任せられない。倦んだ嫌な気分にもなったよ。君にどこか似た人を見つけた。そっくりじゃない。でも少しだけ似ている。どうしているだろうかと考えた。…旅の自分が堪らなくなった」


 エマはつないだ指をぎゅっと握る。


「ねえ、レオ、わたし不思議な葉書を受け取ったの。何も書かれていない、真っ白な葉書。あれは…」


「僕だよ。君に忘れられているのじゃないかと不安だった。どうしようも出来ないが、何か伝えたかった。昨日は誰のものになっていても奪うと言ったが、怖かったよ。別な誰かを受け入れる君を想像して、勝手に腹が立った」


 エマは息をのんだ。実際、彼が送ったあの白いだけの葉書が、リュークの求婚を妨げている。もし、リュークを受け入れていたとしたら、とレオへの大きな裏切りの未遂を恐ろしく思う。


「あの葉書、取っておいてあるわ。姉はきっとあなたからだと譲らないの」


「勘がいいね」


 彼は微笑んだ。つないだ指を口元に運び、口づける。


「お姉さんは、僕を恨んでいるだろう。実のない男だって。君を放り出して消えたのだから」


「ううん、逆よ。忘れなくちゃと言っていたわたしを慰めて、希望を持たせてくれたのがダイアナなの」


「優しいね。君たち姉妹はよく似ていそうだ」


「似ているとよく言われるけれど、ダイアナの方がずっと美人で優しいわ。頭もすごくいいの」


「だからオリヴィアは君をやっかむのか」


「止めて」


「僕には君以上の美人はいないよ」


 注ぐ視線が熱くて痛い。羞恥が頬を染める。赤くなった顔を見られたくない。横に背けた。


 彼が話を戻す。


 捜し続けて辿り着いた季節外れのワーグスビューに、目当ての叔父はいた。


「ジェラルドはのんきにサロンで寛いでいた。死体を見つけることになるのじゃないかと半分思っていたから、安堵したよ。話して、落ち着き払った様子が憎たらしくなった」


「ご無事で良かったわ」


 悲劇的な話に落着せず、彼女はほっとした。彼の叔父のジェラルドは、マシューという連れが出来て、気分転換になったのかもしれない。それで死までを思い詰めた感情が緩んだのだろうか。


「叔父様はお帰りになったの?」


「…ああ」


 彼の返事は素っ気ないが、叔父への腹立たしさも残るのだろう。時間も労力も費やした挙句の決着だ。


 それでも彼女は緊張が解け、寛いだ気分になる。


 名門にも家族の問題はある。家名に触る醜聞を恐れるから、人目を憚りより深刻になるのだろう。叔父を連れ帰ることが出来た彼を、祖母は誇らしく頼もしく思ったに違いない。


 エマも重責を全うした彼を偉いと感じた。場違いに、思う。アシェルも今後ミドルスクールに進み、紳士の教育を受けて成長する。長じて、頼り甲斐のあるレオのような男性になって欲しいと願った。


 彼女が手を引いて促し、木陰に腰を下ろした。



お読み下さりまことにありがとうございます。

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