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憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜  作者: 帆々


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24/45

24、白



 エマはリュークと過ごす時間が増えた。


 二人きりの時もあれば、アシェルとエヴィが一緒の時もある。ダイアナは努めてその場を避けているようだった。


 気遣いが恥ずかしいが、姉に不平は言えない。心に必要な時間だと思うからだ。


 彼の何を探るつもりもなかった。見つめるべきは、自分の感情や反応だ。


 子供たちも連れ、ピクニックもした。リュークはナイフで果実を剥くのとても巧い。陽に当たるとすぐに寝転ぶ癖がある。


「蛇だ」


 草むらでアシェルが見つけた。エヴィは悲鳴を上げ、エマも気味の悪さに自分を抱きしめた。リュークは棒切れで胴をふわっと捕らえて、あちらへ放り、


「食べる国もあると聞きますよ」


 と笑った。


 そんな時間は穏やかに流れ、エマも微笑んでいることが多い。手を取られることもある。少しだけ、指先が結ぶこともあった。


 決して不快ではない。戸惑いと恥じらいが同じほどで混ざり合う。 


 彼のウェリントン領地での滞在も、一月を超えた。そろそろ休暇が終わるという。


「艦隊式の準備に入ります。海軍を挙げてのもので怠れない。王室のご臨席もあり、派手で見ものですよ」


 話を聞くエマは目をぱちぱちさせるばかりだ。


 そして、


(そうか。もう終わりなのね)


 と、日々の果てを感じた。


「ご立派でしょうね」


「寝転んでばかりだと思うでしょうが、敬礼のまま屹立している時もあるのです」


「…いつ、立たれるのですか?」


「五日後に」


 思いの外早く、驚きに瞳が落ちた。


「そういう顔をされると、期待したくなる」


「え」


 彼女が顔を上げると、見つめる彼の目に会う。視線が長く重なったままでいた。


 鼓動が速くなるのが自分でもわかった。


 眠る前のひと時、午後の瞬間が彼女の胸をよぎった。リュークと見つめあった刹那、胸が鳴った。あの心の昂りはもう恋なのでは、と思う。


(どうかしら?)


 異性とそうしていれば、女性の普通の反応のようでもある。


 じき、彼は休暇を終えると告げた。たった五日ののちにはこちらにはもういない。娘のエヴィがいるのだから、また来るだろう。しかしそれはいつかは知れなかった。


 それを自分はどう思うか。


(寂しく思う? 切ないかしら?)


 多分きっと、日々を物足りなく思うだろう。ゆらりと長い影が自分の隣に差さないことは、寂しいに違いない。華やいだ催しの後の気分にきっと似ている。


 けれど、泣くことはないとわかる。


 ふと指を噛んでいた。



 メイドが盆に置いた手紙の束を手に取った。


 母に渡すつもりで何気なく眺めると、一通見覚えのあるものが交じっているのに気づく。彼女宛の葉書だった。


 宛名のみで裏面は何も書かれていない。その宛名も女性らしい筆跡だ。エマはそれを手に寝室へ急いだ。手紙をしまう小箱を取り出し、中から以前届いた葉書を見つけた。


 二つを並べてみる。同じく女性の字だが、筆跡が違う。別人が書いたとわかる。


(どういうこと?)


 考えるまでもなく、彼女には他所に知人はいない。だから姉以外から手紙が届くことがない。


 しかし、彼女の住まいと名を知っている誰かが、送っているのは確かだ。


 変に胸が騒いだ。考えもまとまらない。


 そこへノックの音だ。やや上の空で返事を返す。ドアが開き、メイドが顔を見せた。


「エマお嬢様。お客様です」


「ああ、そうね。ありがとう。すぐ下りるわ」


 リュークが訪れたのだ。お茶の時間までを二人で過ごすのは、もう日課のようになっていた。


 ボンネットを手に部屋を出た。廊下の鏡の前で頭に載せる。


 玄関の前で待つリュークに挨拶をし、連れ立って外へ出た。


 通い慣れた梢の道を歩く。ロバを連れた誰かとすれ違った。


「明日の朝、こちらを立ちます」


「…そうですか。馬で行かれるのですか?」


「ええ。その方が早い。途中、姉の家に寄る約束になっているので、メイベルの街を通ります」


「エヴィの様子はどうですか? 泣いたりしていません?」


「わたしの事情をわかっているのかな。わかりがいいですよ。今度はもっと大きな人形を買ってきて欲しいとねだられた」


 幼心にもどうにもならないことは理解出来る。駄々をこねる意味のなさも知っている。周囲を困らせるばかりだ。賢さは観念なのだと、エマは切なく思った。


 僧院の裏庭に来た。手入れのされた野草園が広がっていた。池から出たアヒルがこんなところにまでやって来ている。


「次は、いつこちらにいらっしゃいます?」


「半年は先でしょう。艦隊式の後で、すぐに航海です。北の島々を目指して巡り、反対周りに航海を続けて帰還します」


「長い任務ですのね」


「それが我々の仕事ですから。海に囲まれた妙な暮らしですが、あれはあれで面白い」


 その声に倦んだ色はなかった。大海原を行く航海は躍動感のある任務に違いない。快活な彼には海軍での冒険的な生活は性に合うのだろう。


「エヴィをよろしく頼みます。もうすっかりこちらの生活に馴染んで幸せそうだ。街ではよく咳をしていたと聞いたのに」


「ご安心なさって。毎日様子を見ますから」


「ありがとう」


「…寂しくなります。姉もじきホープ州へ戻りますし……」


 リュークはそこで足を止めた。目の前に下生えのなだらかな坂が続いている。


 ふと、沈黙に緊張した。これが最後の二人きりの時間だからだ。明日彼は別の遠い場所にいて、すれ違うこともない。


「軍人の妻になることを、あなたは今はどう思いますか?」


「それは……」


 以前、似たような質問を受けた。その時彼女は「わからない」と返した。


 それから少し時を置き、今はどうか。


 ベルがリュークを強く勧める意図も納得出来た。この素敵な彼を逃せば、のち出会いなどないかもしれない。


 まだ恋とは言えなくても、寄り添っていけばおそらく自分は彼を愛するようになる。


(選ばなくてはいけないのは、間違わないこと。周囲の祝福を受け、自分を不幸にしないこと)


 二人の歩が止まった。


 彼女の表情をうかがうように、やや鋭く彼が見つめている。


「わたしの妻になってもらえませんか? 最後に、これを聞いてから立ちたかった」


 はっきりとした言葉での求婚だった。聞き違えようがない。


 簡単な問いだ。明るい明日を選ぶのか、そうでないか。舞踏会の夜の彼を思い返すまでもない。


(頼もしくて、素敵だった。あの優しさが嬉しかった)


「あなたが帰りを待っていてくれると思うと、とても嬉しい」


 彼女は目を閉じた。


 深く吐息する。頷くだけ。


(そう)


 そこで、なぜかまぶたの裏に白いイメージに浮かんだ。ちょっとの後で、それが出かける間際、メイドから渡されたあの不審な葉書につながった。裏面の何も書かれていなあの白……。


 一度だけなら何かの過ちでも、二度目では誰かの必然だ。


 唐突に、あの葉書はレオからなのでは、と感じた。


 未婚の男女が手紙をやり取りすることは不適切だ。だから宛名は女性の文字で、内容もなくただ届けられた。


(あれは、彼の声)


 微かで途切れそうな、レオの囁きだ。


 途端、幾つもの思い出が心に溢れ、強く感情を揺すぶった。生々しいほどの思いの数々に、彼女は顔を覆ってしまう。


(まだ、こんなにも好き)


 知らず首を振っていた。


(レオの声を無視できない。あの葉書を破れない)


 今、リュークの求婚を受けることは、レオへの裏切りだと強く思った。


 のち、自分の選択を悔やむかもしれない。愚かだったと、利口になれなかった今を歯噛みしたくなるかもしれない。


(自分に嘘はつけない)


 こんなにも、去ったレオに縛られている自分が滑稽でもあり惨めでもある。それでも抗えない。


「ごめんなさい。お受け出来ません…」




お読み下さりまことにありがとうございます。

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