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憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜  作者: 帆々


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22/45

22、舞踏会の夜に



 リュークが戻り、数日後に知事邸での舞踏会が開かれた。


 スタイルズ家も招待を受けたが、小さいアシェルを置いては家を空けられない。母が館に残ることになった。


「舞踏会は若い人々のものよ。ちょうどバートさんもエヴィを連れて来て下さるわ。わたしたちのことは気にしないで。楽しんでいらっしゃいな」


 母は姉妹たちに「楽しんで」と勧めるが、当の二人はそれほど乗り気ではなかった。ダイアナは前もってキースと踊る約束を取り付けられていたし、エマには心の躍る相手はいない。


 夕刻、姉妹たちの支度が済んだ頃、ウェリントン領地の人々が馬車でやって来た。バート氏とエヴィは館に入り、リュークは姉妹を伴ってボウマン邸に向かう。


 知事邸は着飾った人々で華やかだった。キャンドルが揺らめき花々が溢れた優美な会場には見知った顔も多い。


 ふと気づくと、隣にいたはずのリュークは女性たちに囲まれていた。彼に近づきたい女性は多かったようで、絶好の機会と次々と話しかけて逃れる隙を与えない。


 曲が始まり、ダイアナは約束通りキースに手を引かれていく。エマは壁にいるベルを見つけ、側に行った。


「素敵なショールね」


 ベルが彼女が腕に掛けたショールを褒めた。この品はハミルトン氏の贈り物だ。姉も色違いのものを纏っている。


「贈り物なの、ハミルトンさんから」


 そもそもが、ハミルトン氏はベルの伝手を頼った紹介だった。


「いい品ね。あなたにまで下さるなんて、気前のいい方ね」


「アシェルにも揃いの本を下さったの。家族皆で仰天したわ」


「よほどダイアナをお気に召したのね。他所に行ってほしくないのよ。いい家庭教師は得難いから」


 ベルがある女性と踊るリュークを見つけ、横目で彼女を見た。


「どうして最初のダンスを譲ったの?」


「知らないわ。何のお誘いもなかったし」


「のんきな人ね。ちゃんと言ったのに」


 ベルが焦れったそうに言う。


 そのうち、ベルが夫と踊り、続いてエマも彼と踊った。誘われて数曲踊るうち、気分も和んでくる。あちこちで新しいショールを褒められるのも嬉しかった。


 続きの間の休憩所には、飲み物の他ケーキや軽食がふんだんに用意されてある。エマがそこで甘いワインを飲んでいると、キースがやって来た。


 頰を紅潮させ、熱っぽく語る。


「今夜もダイアナは本当に美しいよ。続けて三曲も踊った」


 姉はどうしているのか目で探すと、知人と話していた。


「君の言った通りだったよ。ダイアナは例の軍人を何とも思っていないようだね、一度も踊っていないのだから」


 そのリュークは、今も女性に囲まれて忙しそうだ。


 エマはキースに誘われて、次のダンスを約束した。


 彼に手を引かれ、立ち位置に着いた時に気づいた。彼女の隣にオリヴィアいて、その相手はリュークだった。


「エマのショール素敵ね。手作り?」


 ハミルトン氏の贈り物は絹製の凝った織りで、豪華な房飾りもある。一目で職人による高価な品とわかるはずだ。もちろん嫌味で言っているのは違いない。


「ありがとう。知人からの贈り物なの」


 曲に乗り、ダンスが始まった。キースの手を取り交互に動く。


「レオから?」


 演奏の曲に負けない張った声だった。エマの手が、キースの手のひらで固まった。


 それでも、覚えたダンスの振りをぎこちなく身体がなぞる。


 普通、ダンスの際の会話はパートナーと交わすものだった。そうして親しくなったり、または間をつなぐ。


「滞在中の恋愛ごっこでからかった、お詫びの品にちょうどいいのかと思って」


 相変わらず高い声だ。聞いている者が幾人もいるのが視線でわかる。エマは言葉を返せなかった。頬がこわばり、目の周りが痙攣した。


「リュークさん、エマは新しくやって来た男の人とすぐ親しくなるの。前も、一人で恋人気取りで勘違いしていたのよ。可哀想だったわ。相手は完全にお遊びなのに…」


 エマはキースの手を外した。


「ごめんなさい、失礼するわ」


 身を翻し、踊りの列から抜け出した。人々の視線を感じたが、どうでも良かった。とにかくこの場から消えたい。一人になりたい。


 会場を突っ切り、廊下に出た。立っていた使用人に、先に帰ることをスタイルズ家のダイアナに伝えて欲しいと言った。


 この夜はパンプスで、ブーツではない。それもどうでもいい。


(足が痛んだら、裸足になればいいわ)


 大扉を抜け、屋外への階段を下りた時だ。腕をつかまれた。


「待って」


 振り返るとリュークがいた。追いかけて来てくれたのだ。それが意外で、彼女はぼんやりと彼を見上げた。まだ、踊りの途中だったはずだ。


「帰るのなら、送ります」


 舞踏会は深夜にまで及ぶ。まだ序盤だ。リュークはたくさんの女性に囲まれていた。ダンスの約束もこなしてはいないはず。


「でも…」


「今夜は出遅れた。あなたと何も話していません。わたしにとってこんな無駄はない」


 有無を言わさない調子で、彼女へ腕を差し出した。


「馬車はダイアナさんが困るといけないから、置いておきましょう。歩きませんか? 足が傷めばわたしがいつでも背負います」


 その言葉に気負いがない。本当に彼女を背負い、易々と歩いてくれそうだ。男性らしい優しさに心が動き、彼の腕にそっと自分のそれを重ねた。


 一人になりたいと飛び出して来た。しかし、実際一人で夜道を足を痛めつつ歩いたならば、ひどく惨めだったに違いない。


 気遣って後を追ってくれたリュークの存在がありがたかった。エマの緩い速度に彼が合わせてくれる。


「ああいうお嬢さんは、自分で己のみっともなさに気づかないと懲りない」


 先程の出来事は、数あるオリヴィアからの意地悪の中で一番の悪意を感じた。リュークに聞かせたいのか、周囲に知らしめたいのか。エマの失恋を痛烈に嘲笑った。


 今までは、身勝手なオリヴィアのそんな振る舞いを「スイッチが入った」と内心皮肉っていた節もある。でも、気まぐれと許していい範囲ではない。


 つき合いを絶とうと思った。


(はっきりわかった。オリヴィアはわたしが嫌いなのだわ)


 心配性の母のために、有力者の知事令嬢との交際を断れずに来た。都合のいい時に呼ばれ、刃向かわないのをいいことに、その時の気分で手ひどく嘲笑される。


 オリヴィアとのつき合いがなくなったことで、実質何の損もない。精神的な解放感で、気持ちが楽になるほどだ。


 キースが連れて来る上流の紳士方と知り合う機会は消えるが、そんな出会いに何の意味があるのか。


(思い出なら、一つで十分)


「あなたと踊れなかった。それが悔やまれますよ」


「リュークさんは女性に大人気でいらしたわ。夜会ではいつもあんな風ですの?」


「海軍の人間が珍しいのですよ。大海原を行くから、意欲的な冒険家だと勘違いしてもらえる」


「そうではないのですか?」


「功利的な世界ですよ。どう行けば無駄がないか、危険が少ないか、実利が多いか。海図とコンパスで、そればかりを考えている連中です」


「大事なことですわ。無事にお帰りになるのが一番ですもの」


「そう、以前わたしがシャロックに出向いた用のことを覚えていますか?」


 彼の部下の不祥事に関する件だった。釈明する証人として呼ばれたと聞いた。記憶にまだ新しい。


「ええ」


「あの男は懲罰を免れましたよ。艦を下りて、後方勤務に移動になりましたが」


「それはよろしかったですね」


「事実上の降格ですよ。艦に乗れないでは海軍の旨味がない。なのに長い航海がなくなり、却って嬉しそうにしている。……将来をフイにするほどの相手なのか、外野のわたしには何とも言えない」


 リュークが呆れたように呟く。その話から、不祥事は部下の恋愛に関してのことのようだ。


「海軍の方は、恋人がいてはいけないのですか?」


「え。いや、そうでは…。何でもありません。申し訳ない。忘れて下さい」


 あっさりと話を封じた。


「閉じた世界なのですよ。言えないことも多い」


「わたしが不用意にお尋ねしたから。ごめんなさい」


 財を成すために、兄の後を追って海軍に入ったと聞いた。エマの知る若い紳士たちとは発想が違う。野心も匂うが、自立心も強い人なのだろうと思う。



お読み下さりまことにありがとうございます。

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