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憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜  作者: 帆々


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12/45

12、ハミルトン氏という人



 耳にした話に胸が騒いだ。身じろぎもしないエマをダイアナも気遣う。


「お暇しましょう。もう夜も遅いもの」


 その声にエマも頷く。早く帰りたい。


 辞去を告げると、それが合図になり散会となった。


 帰りは他の人もいてろくに話せなかった。館に着くと、母もアシェルも休んでしまっている。


「火の始末はわたしたちがするから、もう休んでいいわ」


 留守居のメイドに告げ、静かな居間に並んで座る。何となく隣の姉にもたれた。ダイアナがエマの手をぽんと軽く打った。


「お友だちにあなたのことを書いて送るなんて……。驚いたでしょうけど、わたしまで嬉しくなったわ」


「終わったことよ。レオにはもうそんな気持ちは残っていないわ」


「急な帰宅の理由はお祖母様に呼び付けられたから、とグレアムさんはおっしゃっていたわね。確かに、そういったお手紙が届いたのかもしれない」


 レオは「旅先ではまめに手紙を出さないと、祖母がうるさい」と口にしていた。ならば、祖母からの返しの手紙もあるだろう。そこに帰宅を急く内容があったのでは、というグレアムの想像はとても腑に落ちた。


「でも、やっぱり不思議なの」


「グレアムさんもキースも、彼は「お祖母様っ子」だと言うわ。お祖母様がそう手紙に書かれたのなら、すぐに帰るのではない?」


「ええ。でも、長く滞在したボウマン夫妻に直接の礼もなく出立するのは、どう考えても不自然に思えて…。うちのお母様にも丁寧な方だったのに。ごく尋常にお礼を述べて、日の高くならない前にお邸を出れば、それでいいじゃない。わずかなその数時間が待てないと言うのは、妙だわ」


「それは……」


 彼女との仲が不適切な関係に陥りそうだとの不快感から、彼は出立を急いだ。自分を恥じて、早くこの地を去りたかったのではないか。


 ダイアナはエマの意見を飲み込んだように頷く。


「それでも、よ。そんな、矢も盾もたまらずあなたとの関係を断ち切るなんて、滑稽じゃない? そんな軽率な方? 普通に立って、キースにあなたへの伝言を頼めばいいわ。「さようなら」と」


「キースからは何も聞いていないわ」


「ね? 数時間の遅れなら、旅で取り戻すくらい訳ないと思うわ。男性なら騎馬すれば馬車なんかよりずっと時間が短縮できるもの。待てない別な理由があったのだと思うわ」


 姉の言葉には説得力があった。旅の経験もあり、自分より世間知があるのがこんな時にわかる。


 けれども、それを聞いても何も変わらない。


 ダイアナの言う通りなら、レオは彼女へキースを通して伝言を残すのではないか。訳あって帰郷する旨を彼女に知らせるはずだ。


(心変わりではないのなら)


 自分に一言もない。それが彼の真意だ。彼女の中で、彼との出来事はそう決着が着いている。


(ただ、感情がそれについて行ってくれない)


 涙が溢れ、頰を伝う。涙に気づいたダイアナが、彼女の肩を抱く。


「ごめんなさい。思い出すのも辛いわね。ただ、終わりにしてしまうのは、少し早い気がするの。もう少し待ってみない? 期待を煽るようなことを言うつもりはないの。ただ、後悔してほしくないの」


「これ以上待つの?」


「好きでしょ?」


「…うん」


 だから、涙が今も止まらない。


 頰の涙を拭う。


「でも、…もう忘れたいわ。レオに去られて、ずっと惨めなままだもの」


「誰もそんな風には見ないわ」


「周りじゃないの。自分が嫌なの」


 レオは彼女の中に棲む幻だ。実体のない過去から伸びた影。その存在には意味がない。


 わかっていながら幻に囚われて、知らずその夢に入り込んでいる。日々の折々、ふと彼の気配を感じることもある。悲しい白昼夢で、そんな自分を恥ずかしく思う。滑稽だと、愚かだと。


 ダイアナは黙って、優しく彼女の髪を梳いてくれた。


「終わったの、もう」


 自分の涙のせいで、姉までが悲しい表情になる。


 レオを忘れたい、ではいけないと思った。


(忘れよう)




「馬車便が来るよ」


 エマが母や姉たちと針仕事をする居間に、窓からアシェルの声が届いた。バート氏の姪エヴィの声もする。二人は庭で遊んでいた。


「あら、そう。何かしら?」


 母が立ち上がり、お茶の用意に卓上のベルを振った。窓辺へ寄り、


「お茶にしましょう。中にお入りなさい」


 と子供たちに声をかける。


「馬車便を見たい」


 馬車便は主に荷物を運ぶための有料の手段だ。


「ねえ、何が届くの?」


 母は見当がつかない風に、小首を傾げている。エマも姉と顔を見合わせた。この館に馬車便がやってくることは珍しい。利用の多くは、発注した品が都市から送られて来たり、遠方の親戚などからの贈り物などになる。


 父が存命の頃は都市の店に書物の注文や仕立てを頼むこともあったが、今はそれもない。行き来のある親戚はこの地方に固まっていて、高い馬車便を使って物を贈り合うなどあり得なかった。


 空いた窓から車輪の音が届いた。手綱を握る御者の声も近い。お茶が運ばれてほどなくだ。別なメイドが居間に知らせを持って来た。


「奥様にお荷物が届いております。大きい物ですが、こちらにお運びしましょうか?」


「それより、どなたから? 見当もつかないのよ」


「荷札には、ハープ州のハミルトン様とあります」


 三人はそれぞれ違った様子を取った。母は怪訝そうに頬に手をやり、ダイアナははっとした表情で固まっている。エマはその姉をじっと見つめた。


「大きい物」と聞き、メイドを手伝うため姉妹も玄関へ向かった。旅の衣装トランクが三個ほどもある硬い箱が置かれてあった。四人がかりで居間に運ぶ。


「重いわね、中身は本かしら?」


「全部が本なら、わたしたちだけじゃ運べないわ」


 メイドは、御者の男性二人が馬車から運んで来たと言った。


 母の前に置かれた箱を、しばらく三人は眺めた。そこへ子供たちも入って来る。


 母もダイアナもぼんやりと箱を見たまま動かない。エマはハサミを手に取り、箱に屈んだ。


「とにかく、中を見ないと。開けるわね」


「そうね。お願い」


 頑丈な梱包を解き、彼女は箱を開けた。しっかりした大きな箱には、本の全集と包みが幾つかあった。それらと一緒に封筒に入った手紙が添えられている。


 エマから受け取った手紙を、母親が開く。長いものではないようだ。一読したそれを、すぐにダイアナに手渡した。エマもそれをのぞく。



『突然のお便りをお許し下さい。

 お嬢様のダイアナから、アシェル君のことをお聞きしています。


 娘たちへの贈り物を買い求めて、

 ふと彼のことを思い出してしまいました。


 これらの本は、少年期に特に有益であろうと選びました。

 出版がごく新しく、ご所蔵と被る恐れが少ないと思われます。


 他の品は、娘のジュリアが皆様方へと選んだ物です。

 お納めいただければ、彼女も非常に喜びます。


             フィッツバート・ハミルトン』



 手紙を畳みながら、ダイアナが言う。


「いただくいわれがないわ。お返ししないと」


 興味津々に、アシェルが贈り物を眺めている。


「あのご本、街で見たわ。素敵な金の星の絵があるから覚えているの。欲しかったわ。でも、あれは男の子のものだって、伯父様が買って下さらなかった」


「え。子供の本なの?」


 エヴィの声にアシェルがびっくりした顔をした。館にも本はあるが蔵書が少なく、ちゃんとした子供向けのものはほぼない。本は高価で、教誨師館に付属の図書室で借りるのが、この家の常だった。


 その図書室にもこれほど新しく、また揃った子供の本はなかったように思えた。


 手を伸ばしたアシェルをダイアナが制した。


「駄目よ。お返しする物なの」


 悲しそうにアシェルが表情を歪めた。可哀想になり、エマがアシェルの手を引き、後ろから抱きしめた。


「でも、高価な本は別として、他の物はハミルトンさんのお嬢さん方が選んでくれた物だわ。お返しするのは、気持ちを傷つけないかしら」


「わたしもお母様と同じよ。本も、本当にアシェルのために考えて贈って下さったと思うの。それらを理由がないからと送り返すのは、却って失礼ではない?」


 ダイアナは言葉を返さず、困ったように首を微かに振った。


 そんな娘を母がお茶に促した。


「少し休みましょう。エヴィも喉が渇いたでしょう? いらっしゃいな。ケーキも召し上がれ」


 果実の蜂蜜漬けを加えたケーキに子供たちはかぶりついた。エヴィも少し前までは遠慮がちだったが、今ではスタイルズ家に慣れて物怖じしない。


「後で牧場にポニーを見に行っていい?」


「いいわよ」


 母の許しを得て、エヴィを誘う。


「僕、ポニーなら乗れるよ」


「一人で?」


「うん、もちろん一人で」


 レオから教わり、小馬なら自在に乗れるようになった。そのことをエヴィに誇らしげに言うところが可愛らしい。エマは微笑ましく見ていた。


 お茶の後で、大人たちはまた贈り物について話し合う。




お読み下さりまことにありがとうございます。

「続きが気になる」など思われましたら、↓の☆☆☆☆☆から作品への応援をお願いいたします。

ブックマークもいただけましたらとってもうれしいです。

更新の励みになります。何卒、よろしくお願い申し上げます。

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