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六話 美味しい店は足で探したほうがいい



 郷土料理、というものがある。

 その地域特有の食材を、その地域独自の方法で調理した、いわゆるふるさとの味を表す伝統料理のことだ。例えば奈良の柿の葉寿司。柿の葉っぱによる殺菌で保存力を高め、内陸でも食べられるよう工夫を凝らした伝統料理である。例えば滋賀の鮒寿司。鮒を使った発酵食品で、これもまた高い保存能力を持つ。例えば三重の伊勢うどん。濃厚なタレと極太麺のコシが自慢の農民料理であった。

 町おこしのために無理やりでっち上げられたご当地グルメではない。その地に住まう人びとの努力と知恵の結晶が、郷土料理なのである。

 つまり何が言いたいかというと。


「おばさん。テルルヌの酒蒸しと、ワザックの丸焼き一つずつー」

「はいよ!」


 ともすれば家族の会話や子供たちの歓声にまぎれそうな裕一の声だったが、恰幅のいい中年女性は見かけにたがわぬ威勢で応じた。オーダーが通じたことに少し安堵し、木製のカウンターに顎をつけ、顔全体で使い古された木の冷たさを吸収する。

 石造りの壁は長い年季を感じさせるほどに色をくすませているが、決して薄汚いという感じではない。床の木板も念入りに掃除され、調度品も上品過ぎず、下品すぎもしない程よい小奇麗さでまとまっていた。客層も落ち着き、夕食時なせいか家族やカポーどもの食事風景が圧倒的に多い。下町の食堂というよりかは、中堅どころのレストランといった方がしっくり来るだろう。

 もっとも、店主である女将さんの風体が全てをぶち壊しているような気がしないでもなかったが。


「なんか失礼なこと考えてんじゃないだろうね?」

「いえいえ、滅相もない」


 カウンター席であるせいか、必然的に彼女の会話に巻き込まれた。初見の客とは思えないほどの気さくさに、これが名高き下町のおばちゃんかとわずかな感動を胸にする。どうでもいいが、女性はどうしてこうも鋭いのだろう。


「当然だろ? 女は男を顎で使えてなんぼだからね」

「何も言ってないんですけどー。でも大体あってるからいいや」


 素直だねぇ! と大笑いした女将さんに、裕一は苦笑で返答した。お腹が減ってたまたま目に付いたこの店に入ったが、どうやら大当たりだったようだ。ささやかな幸運だが、最近の不幸っぷりに荒んでいた裕一の精神には絶好のカンフル剤である。


「しっかし坊や。あんたよく食べるねぇ。惚れ惚れするよ!」

「ご飯はしっかり食べようとお袋様に叩き込まれたものでね。それにここのご飯は美味しいですから」


 現在十七品目を完食中だ。周りのお坊ちゃんお嬢ちゃんが目をまん丸にしてこちらを見ている気もするが、それくらいなら微笑ましいだけである。中には親の仇のようにこちらを睨む女性が殺気を放っていたりして、わずかに頬が引きつってしまった。今目を合わせれば「体形維持の苦労も知らん餓鬼がぁっ!」と叫ばれそうでめちゃめちゃ恐い。

 別に裕一が健啖家というわけではない。種も仕掛けも勿論あった。こちとら帰宅部の運動おんち。朝から晩まで汗まみれ泥まみれでテカっている運動部連中とは違うのだ。

 使用しているのは仙術の一種である。古代中国で盛んに研究された仙術は、特に人間の生命強化を追及した分野だった。その中に、食物の魔力変換という術式があったので、それを応用したのである。ご飯を食べて魔力回復。昔の人はよく考えたものだ。

 とはいえ裕一は殆ど魔力を消耗してはいないので意味はないが。ただ単にご当地の郷土料理を全種類踏破したいだけであった。きっとこの術式をあの女性に教えたら、泣いて喜ばれることになるだろう。面倒だからそんなことしないけど。


「ただまあ、肉や魚が塩辛いのがちょっと残念」

「ははは、それは仕様がないさね。肉はその気になりゃ王都周辺でも作れるだろうけど、魚は海辺でもない限りは塩漬けか干物くらいしかないよ。お貴族様や魔術師様方なら別なんだろうがね」


 これには裕一も苦笑するしかない。すっかり失念していたのだが、よくよく考えてみるとこの手のファンタジーにはありがちなことだった。塩漬けは古代から使用されてきた有効な保存技術である。内陸にあるらしいこの王都まで品を届けるには、必然的にぱりぱりになるまで水分を飛ばすか、樽に塩漬けするしか方法がないのであった。何という中世。


「塩漬けの魚が苦手ってことは、坊やは海辺から来たのかい? 何だか珍しい格好してるしね」

「うん。ちっちゃな田舎の漁村からね。これはうちの村の民族衣装。王都に来たのは、噂の勇者様がどうしても見たかったからんだ」

「ありゃ、そうなのかい! そりゃ残念だねぇ。勇者様方は一週間前に魔王討伐に旅に出発されちまったんだよ」

「あちゃー……」


 半ば予想していたこととはいえ、裕一は手で顔を覆った。やはり二週間もたっていたら、あの熱血漢どもがとどまっているわけがないとは思っていた。けれど、もしかすると訓練などの都合で王都に残っていたりするかも、という淡い期待があったのも事実である。

 若干落ち込んでいた自分を見て、女将さんははるばる勇者に会いに来た田舎者を哀れに思ったのだろうか。つとめて明るい声を作り、豪快に笑った。


「そうだ! あたしの息子が城の衛兵をやってるんだよ! ひょっとしたら、勇者様方がどこへいったのかとか、知ってるかもしれないよ」

「本当?」

「確証はしかねるけどねぇ。あの子は下っ端だから」


 苦笑する女将さんも、実際は低いなんてもんじゃないことくらいは自覚しているはずだった。それでもあえてこういうのは、彼女なりの気遣いと慰めなのだろう。ただの客、見ず知らずの少年への気遣いに、裕一は何だか嬉しくなった。かなりねじ切れた性格をしていると自覚している裕一は、こういう人の優しさが大好きである。


「おや、噂をすればってやつだね。ジョージィ、ちょっとこっちおいで!」


 入り口を見ると、今まさに店内に足を踏み入れようとしていた鎧姿の若者が、自分の顔を指差しきょとんとした表情でこちらを見ていた。くすんだ金髪に平凡な顔、二十歳前後の若者である。


「何だよ母ちゃん。大声で呼んだりして」

「あんたに用事があるんだよ。ねえジョージィ、あんた城勤めなんだから、勇者様の顔くらいは見たことあるんだろう? こっちのお客さんが勇者様について知りたがっててね。ちょっとだけでも話してやっちゃくれないかい?」


 女将さんがそういった瞬間、ジョージィ君の瞳が超新星のごとき輝きを放った。裕一はわずかに腰を引かせる。見覚えがあったのだ。

 これは自分を含めた学者連中によく見られる、知にまつわる自己顕示欲の発露そのものであると。


「勇者様のことだって? いいぜ、何せ俺は白竜の勇者コウジ様のお付き衛兵だったんだからな!」


 ………白龍のゆーしゃ。

 ――ちゅ、厨二病だああああああ! 表情筋に表すことなく、裕一は心内で絶叫した。エンジェル様が迷惑そうに顔をしかめた気配を感じたが、それを気にする余裕すら消し飛んでいた。

 嗚呼、嗚呼! 忘れたくても忘れられない記憶が蘇り、言い知れぬ苦味が口内に広がっていく。常の裕一ならば「あははは、白龍だってよー! 何その厨二病!」などといって笑い転げるのだろうが、今回ばかりはそれができない。

 何故なら、自分もまた厨二としか思えない二つ名を押し付けられているからであった。そう、裕一が魔法使い級に列せられたときにつけられた、忌々しき呼び名である。はっきりいっていらなかった。だが、元老院の大魔法使い級(じじいばばあ)どもはあざ笑いながら、拒否の姿勢を崩さない裕一にこういったのだ。


『でももう、全世界に喧伝しちゃったし?』


 なんという外道。後から聞いたのだが、どうやら大魔法使い連中も、厨臭い二つ名なんぞごめんこうむりたかったらしい。だが、度重なる活躍によって隠し切れないほど有名になり、本名しか名乗らなくても「ああ、あなたがあの――」という感じで厨名を呼ばれてしまうようになったそうだ。

 つまるところ。


『おにーさんたちだけこんなこっ恥ずかしい名前で呼ばれるなんぞ不公平のきわみ! お前ら後任も道連れじゃああああ!』

『こんのクソジジイども、それが本音かあああああ!』


 そういって殴りあいの魔法決戦に突入したことは、笑い話にすらならない思い出であった。


「は、白龍の勇者かー。ということは、もう一人は黒龍の勇者様、とか?」

「そうさ! 黒龍の勇者ユズキ様! お二人とも信じられないくらいお美しいんだぜ?」


 奴らの魔性は世界を超えてもなお顕在か。思考をそらすためそちらに精神を集中させる。断じて黒竜の名に反応してはならない。断じてだ。

 ジョージィ君は裕一の隣に腰を下ろし、運ばれてきたワザックの丸焼きを一切れつまんだ。「情報代だよ」だそうである。


「二人合わせて双龍の勇者、な、なーんちゃって」

「なんだ、知ってるんじゃないか」


 ――もはや何もいうまい。だができることなら笑い飛ばして欲しかった。というかあいつら、よくこんなのを承認したものだ。自分のときは人工亜空間が数百単位で崩壊するほどのもめようだったというのに。


「しかしあんたも災難だなぁ。一生に一度は見ておくべきだぜ? あんなに神々しい方々は他にはいないって」


 毎日見ていた。むしろ見飽きた。飲み込んだ言葉とは裏腹に、裕一は引きつった苦笑で同意する。次いで、ならばどうやれば見れるだろうということをそれとなく探ってみた。


「うーん、さすがに行き先まではわかんねーよ。多分、モニカ様しだいじゃないか?」

「モニカ様?」

「おう。モニカ=エル=バラド=ゼルドバール第一王女殿下さ。あの方も召喚の巫女として、旅に同行されたんだよ。俺も出発式のときに初めて知ったんだけどさ」


 召喚の巫女。なるほど、この喜劇の諸悪の根源か。裕一はその名を脳内恨みファイルに永久保存した。どうせ愚弟にフラグ立てされた美少女なのであろう。もはや疑う余地すらなかった。ほんと、イケメンは死ねばいいのに。


「なるほど、確かに」

「悪いな」


 気にしないで、と苦笑して裕一は立ち上がった。虚数空間から先ほど頂戴した金貨を一枚取り出し、お釣りは要らないといって女将さんに渡す。すると彼女は慌てたように首を振った。


「ちょ、こんなにもらえないよ! 多過ぎ多過ぎ!」

「情報代と、今持ち合わせに細かいのがないからね。だからそれでお願い」


 渋る女将さんに、やっぱりいい人だと再認識する。ここにはまた来たいと思った。むしろ常連になってもいい。


「はー、坊や、ひょっとして貴族様かなんかかい? こんな大金、ぽんと出せる奴はそういないよ?」

「まさか。ただの田舎者だよ」


 実際、この世界の知識を何一つ得ていない自分は田舎者である。そんな自分に親身になって接し、有益な情報を惜しげもなく提供してくれた彼らを、裕一は好ましく思っていた。にこりと笑んで店を出た裕一の背に、親子の唱和が取り付いた。「ありがとうございましたー!」

 絶対に来よう。裕一はちょっと膨れたお腹をさすった。


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