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五話 ドロボウ? いいえ慰謝料です


 気管支が悲鳴をあげ、裕一は思い切り咳き込んだ。意識の片隅で不可視結界に遮音術式を加え、しばし生理反応に身を任せる。鼻と喉に絡みつくほどに濃厚な魔素に、身体が驚愕の悲鳴を上げたようだ。ごほごほと、しばし単調なリズムが自分の体を襲う。

 咳の第一波が退くと、二、三度大きく深呼吸する。今まで薄いどころか魔素皆無の空間にいたための拒絶反応。目じりの涙をぬぐい、裕一は転移が成功したことを悟った。

 ゆっくりと、あたりを見回す。小学校の体育館くらいありそうな、四方を石造りの壁に囲まれた空間。部屋を形作る石は全て磨かれ、大理石もかくやという輝きを放っていた。少しだけ、薄暗い。あちこちに光源――おそらく魔力光であろう――があるものの、その力はあまりにも弱々しかった。

 一応、広範囲探査を行う。建物の構造が記憶野に格納され、全体図が浮かび上がってきた。城。そう、ここはどでかい城の中である。

 そしておそらく、ここが召喚の儀式に使われた場所だろう。魔素とは違う、人から発せられた残留魔力がそこかしこに漂っている。りんごの甘酸っぱい香り、魔力独特のにおいが満ち満ちていた。それにしても、何という魔素の量だろうか。元の世界と比べることすら無意味である。こちらが瑞々しい赤子の肌ならば、あちらは干からびたミイラだった。心なしか、身体が軽い。


「さてと、僕の勘が確かなら、多分この部屋に――」


 ピントを霊視モードに合わせ、改めて部屋を眺め見る。すぐに見つかった。裕一は思わず満面の笑みを浮かべて、凄まじい魔力を発するそれを覗き込んだ。


「なるほどなるほど。この魔素量に、これか。そりゃ成功もするもんだ」


 部屋のほぼ中央に横たわる、高さ膝元までの大きな台座。漆黒の表面は鏡のように裕一の顔を反射し、舞台上には複雑怪奇な紋章がそこかしこに刻まれている。おそらくこれが、召喚術の補佐をした神器級の魔力増幅装置だろう。探査術式で構成を捜査する。


「ってこれまさか純粋な虹色の魂石? え? 嘘だろう? 特級魔導金属じゃないか! 初めて見た…」


 虹色の魂石といえば、それそのものが高純度魔力の塊であり、その希少度から幻ともいわれている金属だった。その増幅度たるや、へっぽこ魔術師が上位魔術師とタイマンできるほどとかなんとか。賢者の石など目ではない。これひとかけらだけでも一財産である。


「…見ず知らずのお国さん。悪く思わないでくだせぇ。僕だって本当はこんなことしたくないとです。でもね、国民には国から慰謝料を請求する権利があるのですよ? ね?」


 異世界人の自分が国民もクソもあったものじゃないとは思う。だが、そんなことはどうでもいい。誰に言うでもなく、裕一は虚空に向かって手を合わせた。神妙な表情を作るも、どうしても顔がにやけてしまう。当然だ。今まで論文の中でしかお目にかかれなかった希少金属が目の前に、しかもこれほど大量に存在しているのである。実際、国から拝借――もといかっぱらうような状況でなければ、小躍りして叫びたい心情であった。いやっほう!

 それぞれ四つの角に、重力制御の術式をかける。床板から引き剥がし、丸ごと虚数空間に放り込んだ。無論、経年劣化防止の魔術は忘れない。美しく調和の取れた室内に、何だか大きなハゲ穴ができてしまった。きっとここを管理している神官だか魔術師だかはさぞや嘆くであろう。台座は精製されて少なくとも千年は経っていたようであるから、長々とこの国に伝えられてきたに違いない。何とももの悲しいお話である。ざまぁ。


「さてと。次はーと」


 不可視結界を纏ったまま、裕一は城中に踊りだした。先ほどの部屋と違い、廊下の壁石は切られているものの、輝きはさほどでもない。代わりに毛先の長い赤絨毯と、これまた品のよさそうな銅像、絵画などの調度品が等間隔で並んでいて、見るもの全てに言い知れぬ華やかさを感じさせてくれる。裕一は広範囲捜索で作成した城内見取り図を確認、目的の場所までのほほんと下駄をつっかけて上っていった。途中、何やら中世の騎士みたいな格好をした男たちとすれ違った。まんまファンタジーである。彼らは裕一に気づくことなく、例外なく厳めしいその面を下げて巡回任務を行っていた。ご苦労様であった。

 城の一階にあった召喚の間から上ること五層。二人の騎士――ここに来るまですれ違った連中とは甲冑の色が違う――に守られた両開きの扉までたどり着いた。平時であるというのに、二人は私語もせず、直立不動の体で扉の両端に陣取っている。

 錬度が高い兵士だな。裕一は心内で呟いた。彼は先ほどから立派だった内装がさらに立派になっていることに気がついていた。おそらくここは城の中でも高位、王族やら皇族やら大統領やらのあたりが日常的に使用する区画なのだろう。となるとこいつらは近衛兵か。こういった手合いは常日頃から気を抜くということがない。嗚呼、何と信念に溢れる行動であろうか。まあ、別にどうでもいいけど。

 裕一は二人の丁度中間に立ち、パチンと指を鳴らした。そのまま扉に手をかけ、重々しい音と共に閉ざしていた道を開かせる。

 ちらりと兵士を横目で見た。相変わらず直立不動のままである。思わずほくそえんだ。今彼らの目や耳には、何の代わり映えもしない、いつもの警備場風景が映し出されているはずである。ビバ幻術。イエイ。

 ばたん、とそれなりに大きな音が響いたが、誰も気づいた様子はない。ほっと一息つき、扉に背を預けた。

 きらきらしい輝きが、裕一の顔に黄金色を映し出していた。召喚の間とは打って変わって目のくらむような明るさである。我が家の敷地全てが入りそうなどでかい部屋、その一面に敷き詰められた金色の山。一見無造作に、しかし細心の注意を払って保存されている刀剣。吸い込まれそうなほどに澄んだ宝石をちりばめた王冠。一言でいおう。


「金・銀・財・宝!」


 い、えーい! 裕一は大金を目にした小市民のごとく躍り上がった。否、実際に中流家庭に育った生粋の小市民である。親父様の稼ぎではこんな光景は決して見られないのであった。庶民感覚で何が悪い。

 とりあえず長年の夢――というわけでもないが、漠然とあこがれていたことをやってみる。すなわち金貨の山で泳ぐことだった。ぶっちゃけ札束よりも肌に痛そうであるが、この世界に紙幣制度はなさそうである。なので仕方がない。裕一は嬉々として黄金のピラミッドに足を突っ込んでみた。

 ――入らない。

 あまりのぎっちりさにしばし呆然となった。下駄を脱ぎ、ねじりこむように力を込める。

 入らない。じゃらじゃらと貨幣が崩れた。でも入らない。裕一は頭を抱えた。


「…………マイ、ガッ!」

『…馬鹿じゃないの?』


 やめてマイエンジェル! そんな蔑んだような目で見ないで! 夢だったの! ちょっとした庶民的感覚の夢だったの! 裕一は頭を振って天使様の視線から逃れようとした。何かきらきらした塩水が中を待っている気がする。泣いてなんかない。これはコンタクトがずれて痛いからという生理現象なのだ。


「ま、いいか。とりあえず全部貰っていこう」

『サラリと流したわね。でもいいのかしら? これ、一応国家予算とかいうのじゃないの?』

「あー、それは大丈夫。多分だけど、これ国家予算じゃなくて王族とか用の予算だと思うから」


 エンジェル様の問いかけに、裕一は虚数空間を開いて金貨を掃除機のように吸って応えた。じゃらじゃら、じゃらじゃら。いや、別に台座のときのように一気に転移させてもいいのだが、何となくこちらの方が盗んでいる、という感覚が味わえるのである。様式美は大事であった。


「どこの国でも、王族とかの私的予算はきっちり計上されているものだからね。つまりこれとっても貧窮するのは王族。ほーら誰も困らない」


 少なくともこの国の王族っぽいもの――皇族か大統領かは知らないが――が餓死しようが困窮しようが知ったことではなかった。というよりも、これは半ば以上嫌がらせである。そもそもこいつらが召喚術なんぞ使わなければ、裕一がこんなところに来る必要は無かったのだ。自分のお尻は自分で拭こう。神崎家の基本ルールであった。


「おー、魔力剣だ。高く売れそう」


 最後の一枚を吸いきって、裕一は大きく伸びをした。黄金色に輝いていた大部屋は、ぺんぺん草一つ生えていなさそうな荒野然としていた。ここまでやるとすがすがしい気分に満たされるから掃除は不思議である。思わずかいてもない汗をぬぐってしまった。

 裕一は天井――正しくは城の最上階に向かって丁寧に一礼した。ご馳走様です、国王だか皇帝だか大統領だかの人。貴方たちのご飯は、僕が美味しくいただきました。明日から豆のスープだけかもしれないけど、どうか恨まないでくださいね? ていうかセレブなんてクソ食らえだ。

 満足げに笑い、部屋を後にする。近衛兵さんたちはなおも直立不動を崩していなかった。本当によくやるものである。見えていないだろうが、一応彼らにも会釈した。挨拶は社会の潤滑油。ないがしろにしてはいけない。

 適当に歩くと、丁度都合のよいバルコニーを発見した。簡単な植え込みと幾つかのテーブルが並ぶ、休憩室のような風体を取っている。席にはいずれも壮年の男たちが座っており、茶を嗜みながら談笑していた。身なりからして、貴族か高官か何かだろう。彼らにぶつからぬよう間を縫って、手すりの部分に身を乗り出した。

 眼下には、見渡す限りの街並みが広がっていた。

 建築物はいずれも石造り、お世辞にも高高度機械文明が発達しているようには見えない。大通りと思しき道には馬車が行きかい、ゴマ粒のような影がうじゃうじゃと蠢いていた。よくて中世、悪ければ古代か。テンプレート過ぎる展開に、裕一は苦笑を隠せなかった。

 さて、それでは行こう。手すりに足をかけ、一気に虚空へと飛び出した。身体が重力の腕にとらわれた瞬間、掠め取るように魔力の手のひらが裕一を拾い上げた。ふわりと浮きあがり、不可視結界の外側に飛行結界が展開したことを確認する。

 さあ、どこから探そう。久方ぶりの大空で、裕一は楽しげに笑った。くるくると回り、心を躍らせる。人間、開き直りが重要である。こうなった以上、ひたすらこの世界で遊ぼうではないか。

 含み笑いは、しばらく止まりそうにない。



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