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二十一話 思わせぶりな笑顔は胃に厳しい


 真っ赤な絨毯が足の裏をその身に沈めこませた。一歩一歩進むたびに定まらない足元に辟易している自分は、やはり根っからの小市民なのだろう。裕一は無表情の仮面に隠れて苦笑した。耳は静寂が過ぎて甲高い幻音で満たされ、肌は研ぎ澄まされた気配と視線の夫婦にぴりぴりと引きつっていた。ふわり、と靴が柔らかな弾力を押さえつけた。普段着ることのない、『平行世界連盟』の儀礼服が心地よい衣擦れを鳴らした。白を基調とした詰襟の長衣はシンプルで、しかしそれ故に言いようのない品位をかもし出している。

 帝城の上階層に存在する玉座の間は、過度の緊張に満ち溢れていた。天井には帝国に至の人ありと謳われた画家フェリックによる、湖『皇帝の慈愛』誕生の美談が絵巻物形式で描かれ、壁には帝国の紋章をあしらったタペストリーが等間隔に飾られている。裕一の真正面には一段高いところに設けられた豪奢な玉座とそれに座す姫皇が。右には将軍や魔術師団長を筆頭とした武官が、左には宰相を頂点に文官がそれぞれ起立し、裕一の歩みを凝視していた。玉座の主の右脇には、常の家令服を脱ぎ捨て、深紫の布地をふんだんにあしらった礼服を纏ったオルガが控えている。

 近衛魔術師選定の儀は、粛々とその行程を消化していた。玉座の間は城の中央部にあるため外の様子をうかがい知ることはできないが、おそらく城下の人びとは世を覆う紅の日差しに目を細め、漂う夕餉の香りに腹の虫をわめかせている頃であろう。かくいう裕一も、顔こそ厳粛な雰囲気を作っているものの内心では思い切りだらけていた。優れた魔術師、ということで老人どもの興味を引く前に、既成事実化してしまおうという姫皇の意図は理解できるが、いくらなんでも馬車の旅から休憩二時間はあんまりである。こちとら整備された道路と、車体が安定した自動車になれた現代っ子。がたがたゆれる前近代的乗り物の疲れは少々の休憩では抜けきらなかった。早く終わらないかな。授業開始十分、未だ終了には程遠い時計の針に絶望する高校生活を思い出してしまった。こういうときに限って時間の流れは遅く感じるものなのである。ガッデム。

 玉座の手前で立ち止まった裕一は、わずかに上体をかがめて一礼した。すぐさま顔を挙げ、至尊の座にある少女を見つめる。ざわめきが儀場全体に伝播するのに、さほどの時間はかからなかった。怪訝と驚愕の空気に触発されたのか、一人の武官が顔を真っ赤にして唾を飛ばす。


「貴殿、何故跪かぬ!」


 裕一は男を一瞥し、無言を貫いた。待てども返答がないことに痺れを切らしたのか、さらに言い募ろうと一歩足を踏み出した。恐れ多くも帝国の禄を食む身になりながら、その化身たる皇帝陛下に対する無礼、許しがたし! いっている内容は立派だが、果たして本心からなのかは裕一にはわからなかった。実際、彼の目は玉座の少女を貶められたことよりも、国を軽んじたことに対する感情の発露がありありと浮かんでいる気がしたのだ。プライドと国威を重ねているのか? そんな疑問が頭をよぎる。


「止めよ」


 それを押し留めたのは、彼らが貶められたと建前上口にしている対象だった。さすがに旅装束のような身軽な風体ではなく、やたらひらひら豪華な衣装である。全体的に青を強調し、腰には儀礼剣、額には黄金に輝くか細いティアラがそえられている。緩やかな動作で立ち上がった姫皇は、片手を上げることで儀場の騒動を押さえ込んだ。


「これは余が召抱える際に出された条件じゃ。臣下としてではなく、同盟者として遇すること。皇帝として、この約定は護らなければならぬ」


 刹那の間をおいて、一度は収まったざわめきが勢力を倍にして襲い掛かってきた。先ほどとは違い、今度は射抜くような視線が裕一に集中している。不敬な、馬鹿げている、何という傲慢さだ、大小入り混じった非難の嵐が吹き荒れた。そんな中、裕一は自分への糾弾に参加していない人物たちを撫でるように垣間見た。

 文官筆頭、マンシュテン宰相。軍部筆頭である将軍、そして魔術師団長である。かつては戦野を駆けた剛の者であったらしく、衰えか細くなった身でありながら凄まじい威圧感を発する好々爺は、面白そうに事態と裕一を行ったりきたりしていた。豊かなあごひげを撫でるだけで、参加することも止めることもしない。嗚呼、嫌な爺様だ。裕一は直感した。見かけこそ少年少女の若々しさを持っているが、中身は老獪極まりない大魔法使いどもと常にやりあっている裕一は、深いしわに包まれた笑顔に大きな警戒心を抱いた。あの爺婆連合と同類の臭いがぷんぷんする。顔をしかめなかったことを自画自賛したくなった。

 魔術師団長は、その顔を見た瞬間から容赦と油断という文字が頭の中から消え去った。オールバックにした灰色の髪を後で括り、フレームレスの眼鏡をかけた知的な男である。彼の値踏みするような眼差しに視線を絡ませると、柔和な笑顔で小さく会釈を返してきた。いきなり現れたよそ者に対する険は微塵も感じられない。少なくとも、表面上は。この手合いは本音を外に出さないと経験則が意見を出していた。だが、そんなことは瑣末ごとである。彼が裕一の警戒線に引っかかるのは、唯一つの要素であった。

 この男、イケメンである。嗚呼、何ゆえに若くして高い地位にあるものはこうどいつもこいつも顔がいいのだろう。はらわたが煮え繰り返そうな気分で大きく息を吐いた。一瞬だけ、姫皇を睨む。少女は愉快気に唇を吊り上げた。

 無論、裕一は気づいていた。あの娘はわざと裕一に罪を擦り付けることで、本当に警戒するべき人物を身でもって体感させやがったのである。即ち、口々に巻き起こる非難に迎合せず、それによって裕一がどのような反応を取るか冷徹に見極めているものたちを状況でもって示したのだ。まったく、わざわざこんな回りくどいことをしなくても、口で教えてくれれば事足りるであろうに。台詞を視線で送ると、すぐさま返答がやってきた。百聞は一見にしかず、だそうだ。一理がないわけでもなかったので、内心で肩をすくめるに留めた。

 しかし、そろそろ本格的にうるさくなってきた。無表情を貫きながら、裕一は嘆息する。面白くもない三対の視線にさらされている以上、手の内を見せるのも癪ではあるが、これ以上この場にいても不愉快なだけである。さてどうしたものか、と思考の海に埋没しようとした瞬間、強烈な引力が裕一の意識を現実に吊り上げた。


「ならば――」


 ぴたりと、喧騒が止んだ。たった一言。耳障りのいいバリトンが響いただけでお歴々の顔は引き締まり、衣擦れですらも裸足で逃げ出してしまった。誰もが背筋をただして居住まいを整える。そこに文官、武官の隔たりは微塵も存在しない。裕一は惹きこまれている意識を自覚しつつ、この場を作り上げた存在を真っ直ぐと見据えた。宰相マンシュテンが、不敵な笑みを隠すことなくさらしている。


「ならば、貴殿はいかなる心をもって、陛下と帝国に尽くそうというのだ?」


 圧倒的な存在感、絶対的な権勢。肌が突っ張るような空気がぴりぴりと髪を揺らす。将軍や魔術師団長が目を丸くしつつも、額に汗をにじませていた。その他の臣下たちにいたっては重心が定まらず、時には立っているだけ出足をふらつかせている始末。ふと姫皇を見た。彼女は若干目もとを鋭くして、宰相を油断なく眺めている。オルガはどこか感情が読めなかった。

 裕一は一瞬瞑目した。適当に思いついた誤魔化しを口で転がし、飲み込む。別にはぐらかす必要もないと思い直したのである。小首をかしげ、微笑する。


「ただ、友誼をもってのみ」


 マンシュテンの笑みが凄絶になった。びょうびょうと吹き付けてくる覇気は風すら伴い、礼服の裾がゆれた。同じく、裕一の笑顔も深くなる。腹の底から愉快だと、宰相と近衛魔術師が同時に笑声を上げた。下品な大笑いではない。含むように、それでいて響くように。何人かが息を呑んだ。


「なるほど。貴殿の意は理解した。しかし、私はともかく、これだけでは下のものどもが納得しないのもまた事実。どうだろう、近衛魔術師殿。ここは一つ、陛下御自らお買いになった貴殿の腕前を、皆に披露してはくれまいか?」


 突然の提案に、臣下たちは三度ざわめいた。宰相殿は何をおっしゃっているのだ、そんな空気をびしばしと感じる。こればかりは将軍たちも同様のようで、訝しげに囁き合っているようだ。裕一は自然と目を細めた。ゆっくりとした動作で、玉座の主を見やる。マンシュテン、将軍に魔術師団長と、この場にいる全ての視線が姫皇に集中した。内心でほくそえむ。彼女の裕一に向けた感情に怨嗟が混じったことが、その高揚をさらに掻き立てた。するしないの判断を全て押し付けられた銀色の少女は、わずかに黙考したかとおもうと、それはそれは気だるげに頷いた。おのれ、厄介ごとを押し付けおって。姫皇の身から放たれる気配が恨みがましく呟く。裕一は笑った。ざまぁ。

 少女の頬が思い切り引きつったのは、きっと気のせいではないだろう。




 ☆☆☆




 皇帝を筆頭に、帝国でも並ぶもののない権力者たちが列を成して移動するというのは、ある種異様な光景シュールである。通りがかる下級官僚や衛兵、侍従などがぎょっとした顔で腰を折って脇に寄っていった。ちらりと後ろを振り向くと、列が去ったことで上がった顔に、困惑がありありと浮かんでいた。中には好奇心が両頬ににじみ出ているものもいたが、さすがにこの面子へ何らかのアクションをとろうとは考えられなかったのだろう。物欲しそうに眺めるだけで、抱え込んだ仕事を忌々しげに見やっていた。

 訪れたのは、魔術師団管理下の訓練場とされる場所だった。四方を対魔壁で囲まれているものの、広々としながらもどこか閑散さが隠せないその場所は、校庭の運動場を思い出させる。砂場や鉄棒などの遊具がない代わりに、傷だらけの案山子や射的の標的などがところどころに配置されていた。訓練中だったのか、幾人かの魔術師が四角い白線の内側で向かい合い、実戦さながらの戦いを繰り広げていた。案山子に風の刃をたたきつけていた青年が目を丸くしてこちらを見る。その動きは瞬く間に訓練場全体に伝わり、汗のにじんだ緊迫感がこぼれだした。


「ここならば、多少無茶をしたところで問題はないでしょう」


 そのまま続けなさい、と部下たちに手をかざし、魔術師団長が人好きのする笑顔で一礼した。裕一は姫皇を見た。オルガを伴った銀の皇帝は、煩わしげに二度頷く。面倒かつ厄介でたまらないという様子が、どこか可笑しさを引き立てていた。

 貴族の群れから離れるように、裕一は数歩前へ出た。いつの間にか視線が増えていることに気づく。顔を動かさず視界だけずらすと、一応訓練らしきものをしている魔術師たちが見えた。おざなりに魔術を放ちつつ、しかしちらりちらりとこちらを気にするそぶりを見せている。中にはあからさまに懐疑の眼差しを差し向けるものもいて、裕一はほんのりと苦笑した。

 さて、どうしたものか。無駄な努力と同類項であるが、設定らしきものがある以上、それに反する術式はアウトである。ならば使用属性は水、しかも呪文詠唱を仲介したものでなおかつ、パフォーマンスに優れたものの方がいいはずだ。うわ、面倒。学会などでの理論を実証するための演ならともかく、こういった見世物じみたやり取りは裕一の好むところではなかった。別に魔術は高尚なものだから、とか学問を低俗化するから、とかいうくだらない理由からではない。ただ単に、人の注目を浴びるのが苦手なだけである。学問や知識それ自体にさしたる価値もないことは、嫌というほど理解できていた。

 ああ、もういいや。裕一は段々面倒になってきた。適当にやって終わらせよう。標的用に置かれた木製案山子に指を突きつける。


「みずよ、あれ」


 轟音と共に、案山子が地面ごと粉々に粉砕された。棒部分が宙を舞い、五本のツメで深くえぐられた大地の欠片が四方に飛び散る。からん、と遠くのほうに芯が着地したのを確認すると、首を回しながら貴族連中の方に向き直った。思わず腰が引けそうになった。

 何か、一人を除き全員が口をあけて立ち呆けていた。え、なにこれ。何でこんなに凝視されてんの? 無意識に助けを求めて、裕一は周囲を見回す。やめときゃよかったと後悔した。演習場は、その機能の一切を停止させていた。先ほどまで程よく引き締められていた空気が、見るも無残に弛緩している。この場に集う魔術師という魔術師が、裕一を見て頬を引きつらせていた。ありえない。誰かの口がそう動いた。


「裕一。お主、何をした?」


 最初に立ち直ったのは、やはりというべきか姫皇だった。どうするべきか定まらず、内心でもうバックレちゃおうかなーなどと考えていた裕一は小首を傾げる。


「別にこれといって何も?」

「これを何も? といってしまうお主の神経を疑うわ。というか、ありえんじゃろう。どこをどうやったらあの短い詠唱で、ここまでの威力が出せるのじゃ?」


 驚きはすぐさま呆れへと変わり、姫皇は肩をすくめた。そんな様子を見て、オルガは愉快そうに苦笑している。彼女たちの空気に当てられて我にかえったのか、魔術師団長が驚愕の仮面を外さずに裕一に詰め寄った。つい数分までの済ました様子はかなぐり捨てられてしまったらしい。天の彼方へどんぶらこっこ。


「そ、そうです! 一体、貴方は何をしたのですか!? あんな短い詠唱で、高位魔術に匹敵する威力を叩き出すなんて! それに見たところ、水が顕現した様子が全くなかった! どこをどういじれば、あんな真似が可能なのですか!?」

「え、えと、そりゃ、複合音声詠唱マルチキャストだからだよ」


 その鬼気迫る勢いに腰を引きながら、裕一はどうにか声を絞り出す。ここで答えなかったらその首絞め落とすぞ、といわんばかりに胸倉を掴む魔術師団長に内心ドン引きしていた。怖ぇ、怖ぇよこの人。


『貴方もときどきこうなるけどね』


 天使様の氷刃が胸に突き刺さった。え、何それ。ひょっとして僕いつもこんな感じなの? 愕然として膝が砕けそうになった。確かに、過去遺跡調査などで新発見があると我を忘れることは多々あったが、まさか周囲にはこんな形相に見えていたとは。裕一は苦々しさと共に悟った。昔の人は言いました。他人の振り見て我が振り治せと。あれは間違いなく至言である。


「マルチキャスト? それは何です!?」

「ええと、えと。呪文詠唱に限らず、言語はその存在自体がある種の暴力性を持っているの。表現の取捨選択と、それによる排斥の関係ってやつなんだけどね?」


 引きつった頬をどうにか戻し、裕一はちょっとした言語学の基礎を口にした。元々言語は、それ自体が暴力ともいうべき存在である。端的にいうと、何かを言葉で言い表すとき、それは無限に近い可能性と表現の殺害というプロセスを経て行われるということであった。例えば犬と言い表すとき、単純に「犬」と言った瞬間、「毛がもこもこの生き物」「四本足の動物」「ポチという固有名詞」など、無数に近い言葉が発されることなく闇に葬られている。一つの表現を使った瞬間、多ある単語は選別という洗礼にかけられたった一つを除いて排斥されてしまうのだ。

 それを踏まえて、裕一の使用した複合音声詠唱という技法が開発された。即ち、詠唱という単語の取捨選択の際、本来なら殺されるはずの意味を並列起動させ、短い文言で複数の効果を付属させるという技である。


「いまの詠唱は「みずよ、あれ」でしょ。これには単純な『水』のほかにも『見ず』『深事』『看ず』の意味合いを含み、「あれ」は『在れ』『荒れ』を含む。さらに単語という区別すらなくして、『余あれ』『図よ在れ』と設定する」


 『水』で水の属性を設定し、『見ず』で不可視化、『深事』と『看ず』によって威力の深化を測る。そして顕現の『在れ』と広範囲化の『荒れ』、余波を制御し恣意的な方向に向ける『余あれ』と『図よ在れ』によって全体を整えたのだ。

 魔術師団長が裕一の詰襟を手放した。彼はよろけるように二、三歩後ずさり、何かを言葉にしようとして、幾度も失敗を繰り返す。


「あ、貴方は。貴方は、今ご自分が何をしたのか、わかっておいでですか?」


 わななく唇は紫色に変じていた。どうにかそれだけを搾り出し、信じられないとばかりに首を小刻みに振っている。


「貴方が行ったことは、いわば呪文詠唱の省略と威力の多段強化、おまけに余剰付与まで! 歴史上のいかなる魔術師でさえ組み替えることのできなかった詠唱式を組み替えたんですよ!? 今までの常識が、全ての軍事バランスがひっくり返る!」


 貴族連中の間に電撃が走ったような気がした。彼らは顔面を蒼白にして、今の事象への論議に入る。無理もないか、などと裕一は完全に他人事だと割り切ってその様子を見ていた。呪文詠唱に依存する魔術は、特に速度を重視する。いかに相手よりも早く術を完成させるかが勝利の鍵であり、そのために数々の惜しみない努力が注がれているのだ。

 そこに、従来とは比べ物にならないほど短い詠唱式が突然現れた。裕一、否『征服』から見ればアリ並みに遅い骨董品レベルの技術であるが、この世界での換算だとおよそ百年は進んだものであろう。明治時代にイージス駆逐艦が現れたようなものである。パニックになるのも至極当然のことであった。


「お主、わざとやりおったな?」


 何時の間に移動したのか、姫皇とオルガが裕一を挟むようにして立っていた。その顔には苦笑が色濃い。


「ひどい言い草だね。これでも苦労して選んだのに」


 よよよ、と涙をぬぐう真似をした。言葉ほど苦労はしていないが、それでも裕一は裕一なりに気を使った結果なのである。『征服』は平行世界の中でも技術が千年は進んでいるとされる技術集団だ。そのため情報漏洩には、普段のだらけきった空気を微塵も感じさせないほどに気を使っている。技術こそが自分たちを今の立場に押し上げているものであり、身を守るための絶対優位性であることを熟知しているからであった。だからこそ、裕一は迷っていた。この場で畏怖すら生ぬるいほどの圧倒的技術を見せ付けることは可能であった。彼らの水準で解析できるものとも思えない。だが壁に耳あり障子に目あり、一度でも人前にさらせば、どんなあほらしい偶然で漏洩するかわかったものでもなかった。故に、既に火縄銃じみた扱いである複合音声詠唱を用いたのだ。漏れても全く困らない、なおかつ詠唱に依存しきったこの世界の魔術にとって、ろくでもないカルチャーショックになることが予想できたから。

 現に魔術師団長は、急用ができたと言い残してすたこらさっさといずこかヘ消え去ってしまった。訓練していた魔術師たちも一人残らず彼に同行している。きっと裕一から得た情報を血眼で検証でもするのだろう。はてさて、できるのか。裕一はほくそえんだ。見たところ、複合音声詠唱ですらオーバーテクノロジーっぽい受取られ方をしていた。それに、原理がわかったところで実践には狭くて深い溝がある。ものにするのに何年かかるか、最後まで見物できるか自信がなかった。

 もはや化け物を見るかのような貴族たちの視線に、裕一は思い切り肩をすくめた。その態度にこめかみを引きつらせた男は、目が合った瞬間にものすごい勢いで首を明後日へ向ける。嫌われたものだ。喜びで小躍りしたくなった。


 これで宰相マンシュテンがひと時も絶えることなく笑んでいたことを忘れられれば、最高である。



ネタ元は蓮実重彦です。ゾケサかわいいよゾケサ。

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