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十八話 ぐだぐだな説明は疲れるだけ(魔王編)


「魔王と勇者について、じゃと?」

「そうそう。あ、一応いっておくけどそこらに伝わってる話じゃなくて、皇帝家の正確な伝承のほうだからね」


 頷くと、姫皇は不思議そうに小首をかしげた。表にこそ表していないが、オルガもその点は同じらしく、眼差しだけが裕一に疑問の声を呈している。一体どうしてそんなことに興味を持つのかと。必要なことだから、と苦笑すると二人は顔を見合わせた。


「まあ、お主が知りたいというのであれば話すのもやぶさかではないがな。後でちゃんと訳を話してくれるのじゃろうな?」

「勿論」


 うむ、と姫皇は一度頷いた。考えをまとめるように数秒瞑目し、その薄桃色の唇で言葉を紡ぎ始めた。


「とはいえ、あまり要領を得るものでもないぞ? 確かに市井に比べると皇帝家には豊富な伝承が残っておるが、それとて大分欠損したものじゃ。お主の望むものと違ったとしても、文句をいうでないぞ?」


 きらきらと今にも光を発さんばかりの視線を受けた姫皇が苦笑した。抑えきれない好奇心が全身からあふれ出すのを止められなかった。裕一はずずい、と身を乗り出す。さあ早く、という意思表示は、どうやらきちんと受け止められたようである。


「これは、神代と呼ばれていた頃の話じゃ」


 始まりは、千年前の出来事だった。

 かつてこの地で巻き起こった神々の戦争は、世界に大きな傷と疲弊をもたらした。その内容がどういうものだったのか、具体的にいかなる爪あとが残ったのか、今はもはや知る術は残されていない。伝承にいわく。「大いなる災厄来たれり」とのみ。人びとの追求はしかし冷たい時に阻まれて、真実の果実に未だ至ってはいなかった。

 けれど、たった一つだけ、現代に残る傷跡が存在した。それはある意味過去の事実を伝えるまたとない遺物であるが、同時に人間を脅かす忌まわしき負債でも会った。

 遺物の名は、魔獣という。

 神々のぶつかり合いによって歪められた理は、清浄な空気を汚染し、魔素を瘴気へと組み替えた。結果、生態系が大きく乱され、本来ありえざる進化を遂げた種族が生まれることとなったのである。魔獣は、人類の敵だった。食物連鎖のヒエラルキー上層に突如として出現したそれらは、瞬く間に人間を『生存競争』という名の戦争へと駆り立ててしまった。


「今でこそ、個体数の減少によって人間という種が淘汰される危険性はなくなったが、当時はそれこそ我らを圧倒する数が存在していたらしい」


 それでも、当初先人たちに絶滅への危機意識は砂粒ほどもなかった。神々が去ったとはいえ、彼らの残した強大な技術はその手の中に残っていたし、たかが大きくなった獣風情、という認識があったのも否めない。



 ――このままでは、人類という種そのものが滅ぼされてしまう。



 古代の人びとがそう悟ったときには、もはや手の打ちようもないところまで追い詰められていた。人口は激減し、すでに神代の半数をきっている。開戦初期から差があった物量はもはや逆転不可能なまで引き離され、急激な人口減少に伴い神々の技術は急速に失われていった。しかし、彼らにはどうしようもなかった。もとより生存競争に和平など存在せず、弱きはただ食われるだけの本能のみが蠢く戦争である。どうしようも、なかった。

 『彼』がこの世界に現れたのは、そんなときだった。


「彼が何者であったのか。その部分の碑文が経年劣化しているため、答えは歴史の彼方じゃ。その男はあるときふらりと現れ、『魔獣の脅威から身を守る方法がある』と声高に主張し始めた」


 藁にも縋る思い、だったのだろう。衰退した人類は、男の言を全面的に信頼し支援した。彼は神々を思い起こさせる技術を持って、一つの巨大な装置を作り上げた。すなわち莫大な魔力によって世界規模の結界を発生させ、魔獣の闘争本能を沈静化させるというあまりにも飛びぬけた思想でもって作られた結界発生器、『テレノーラ結界』。

 製作者である大賢者テルエステルの名を冠したそのシステムは、直ちにとある無人地で建造され可動のときを今か今かと待ち望んでいた。しかし、最終段階にいたってある重大な問題が発生したのである。


「結界を発生させる際に外部供給される魔力はあまりにも膨大。ほんの些細な事故ですら、街どころか大陸が消し飛ぶほどの規模になることが予想された。じゃが、当時の建造技術では発生器のほうはどうにかできても、その制御基盤を作成することができずにいた。

 自動でできぬなら、手動でやるしかあるまい。そう思い至ったテルエステルは、どこからか一人の女子を連れてきた。麗しきその娘は、類稀な魔力とそれへの耐性を持ち、決壊の制御するに十分の資質を備えて折ったそうじゃ」

「…それが、初代魔王?」

「うむ」


 初代魔王と呼ばれた娘の活躍により、人類は数十年の安息期を得ることができた。沈静化した魔獣の討伐により、個体数の天秤は逆転し、もう人という種の生存が脅かされることはないだろう。そう思われていた。

 けれど、それはやってきた。

 名は知らない。どこから現れたのかも、どういう理由があったのかも。今となってはわかることなど皆無に等しい。神が奢り高ぶった人間に鉄槌を下したのだというものもいれば、魔獣と同じく突然変異した存在であるというものもいた。

 いずれにせよ、たった一人の人間によって、何千何万という人間が虐殺され、結界を制御していた魔王が討ち取られたのは、紛れもない事実であった。


「かくて、制御者を失った結界はその力を失い、魔獣は再び人類に牙を剥いた。以後、初代の子孫であった二代魔王の登場まで、再び種の保存を駆けた戦いが始まったのじゃ」


 後は、ただひたすらその繰り返し。現れた二代魔王も、やはりどこからかやってきた人間によって殺された。ずっとずっと、十二代にわたってそのようなことが行われてきたのだ。

 姫皇は話し疲れたらしく、大きな伸びをして椅子にもたれた。オルガと裕一の視線が大平原を思わせる丘とすらいえない部分に引き寄せられたものの、その頭はがりがりと音が漏れそうなほど大回転でもって今の話を解析していた。

 災厄の勇者。虐殺者。話の中で彼女はいった。対話を試みてもその一切を考慮せず、獣のように血と肉を求めたと。随分とまあ、下の伝承とは異なっているではないか。どちらが正しい? 否、何が正しい?

 裕一はこの二つの昔話に対し、明確な答えを求めなかった。まだだ。まだ推量が足りない。データを集め、統計を取って。それからでも、遅くはない。

 大きな溜息をついて、数瞬瞑目した。カップを傾け、舌に神経を集中させる。


「さて、これが余の知る限りの魔王伝説じゃ。参考になったか?」

「うん、とてもね。それじゃあ、次は僕の番。何故僕がこの世界にきたのか、理由を話す」


 危険ではないか、という思考も片隅にはあった。しかし裕一はそれを振り払い、回答を待つ両者に視線を送る。話したからといって、すぐさま彼らが敵対的な行動にでるとは思えなかった。むしろ自分という情報源を最大限に活用し、事態の解決を図ろうとするはずである。短い付き合いだが、その程度には人を見る目があるつもりだった。

 だから、いった。


「弟がね、勇者としてこの世界に召喚されたっぽいから、迎えに来た」


 瞬く間に姫皇とオルガの表情が強張った。腰を浮かそうとしたのか、少女の椅子ががたりと悲鳴を上げる。だが、乗り出そうとする身体を必死に押さえつけたのか、姫皇と椅子の蜜月は終わることがなかった。


「…冗談、ではなさそうじゃの」

「姫様、裕一様は冗談の質をお選びになる方ですぞ」


 詳しくお聞かせいただけますか、とオルガが促すように見つめてきた。別に隠すほどのことでもないし、裕一は今までの経緯をざっと説明する。魔力剣や金貨の類をごっそり頂いた部分で姫皇の頬が笑いで引きつった気もしたが、何をいわれるでもなかったので適当に流しておいた。ジャパニーズ、空気読む。


「下の大陸、異世界の勇者、弟と幼馴染か……。では、お主の弟とやらは、余を殺すことを目的としておるわけじゃな?」

「多分。けど、あの阿呆は無駄に熱血だから、人殺しなんてできないと思うよ」


 あの愚弟にそんな非情な真似ができるとは全く思えなかった。汚れとか必要悪とか、そういうのとは無縁な王道主人公を驀進しているような奴である。魔王が何の罪もないと知れば、間違ってもそれを害そうなどとは考えないはずだった。


「まあ、それをいうなら歴代の勇者全てがそうなんだよね。ここに来るまで色々調べてみたけど、どの勇者も人格者で良君だったという記録しかないし」

「ですが、その勇者がこの地で行った蛮行も、記録に残されていることです」


 そうなのである。それが故に裕一は判断ができかねていた。こちらの困惑が透けて見えたのか、姫皇は苦笑を浮かべた。


「何にせよ、これまで謎であった勇者の出現地がわかったのじゃ。今はそれでよしとしておこうではないか。どうせ、お主が調べてくれるのじゃろう?」

「まあね。面白そうだし」


 弟の捜索も並行するため、どれほど時間が割けるのかは分からないと付け加えておく。忘れがちであるが、一応裕一はあの二人を連れ戻しに来たのである。目的と手段がごっちゃになるのはあまりよろしくなかった。


「余への協力も、忘れるでないぞ」

「わかってるわかってる。といっても、具体的に何すればいいの?」

「ふむ。何もせんでよいな」


 おい、と突っ込みが漏れた。協力しろといっておいてそれはないだろう。しれっとした美しい顔を見て、裕一は苦笑した。


「おそらく、お主の存在は各方面からマンシュテンに伝わっておろう。魔術師は、その存在自体が力となる。つまり、お主が傍にいてくれることが余の優位へと繋がるのじゃ」


 そのマンシュテンなる宰相が邪魔ならば、さっくりと始末したほうがいいんじゃないか? と裕一は考えたが、それはオルガによって却下されてしまった。いわく、「裕一様のお力なら容易いでしょうが、今宰相に不審死を遂げられても困るのです」だそうである。何でも、マンシュテンは野心家であるが有能で、現在の政治は彼を中心にして行われている。良くも悪くも帝国は彼によって支えられているも同義なのだとか。正式な法によって処罰するならともかく、暗殺という非合法手段に訴えた場合、宰相の死後その座を洗って血で血を洗う政権争いが勃発するであろう。そうなれば、この帝国は割れる。


「特に隣のオスリア大陸が不穏な今、隙を見せればあっという間に侵略されてしまうじゃろう。故に、お主は我が傍らにいてくれるだけでよい」

「なるほど、つまり僕は抑止力というわけか」

「そうなるの。無論、積極的に何かをしてくれるというなら、諸手を上げて歓迎するぞ。お主の知識は分野を問わず、貴重じゃからな」

「気が向いたらね」


 姫皇はただ黙って頷いた。オルガも楽しげににこにこ笑っている。難しい話はこれでお仕舞い、という合図なのだろう。姫王が何かを払うように腕を振るのを見て、裕一は遮音結界を解除した。喋りすぎて小腹が減った。裕一は侍従を呼び、何か食べるものを持ってきてもらうよう頼むことにした。



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