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十六話 男には、知ってはならぬことがある


 在りし日の農業都市。

 その街を一目見たとき、裕一はふとそんな感想を抱いた。広く大きな田園は土が見えないほどの作物で覆われており、風が吹くたびにまるで海のように緑の波紋を波立たせる。小麦に良く似ているが、それがどういう目的で栽培されているのかはわからなかった。世界が違えば植物も違う。先入観で決め付けるのはよろしくない。

 ラヴォワの街は、そんなのどかな風景の中に溶け込む形で存在していた。石造りの建物はゼルドバール王都のような壮麗さはないものの、そこそこの大きさを持つものがいくつも寄り合い、家のそばには自分の背よりも高い枯れ草の山がいくつも盛られていた。

 昼に見ればさぞや牧歌的な日常が茶を美味しくしそうであるが、残念ながら今は月明かり以外の光源は少なく、窓から漏れる火の輝き以外は全くの暗闇である。風に乗って、パンと肉を焼くあたたかな香りが裕一の鼻腔をくすぐった。ぐう、と腹の虫が抗議活動を開始する。


「おなかがすきました」

「余とて減っておるわ」


 げんなりしたように姫皇が肩をすくめた。オルガは馬車馬の手綱を引いてあやしているが、その目は何時になく真剣である。きっと姫皇の腹の音を聞き漏らすまいと、全神経を耳に集中させているのだろう。まこと持って紳士的だった。

 あの襲撃をもってしても持ち場を動こうとしなかった馬車馬さんは、無邪気な瞳で幼女の守護神を射抜いていた。彼は「ご飯は? ご飯まだ?」ときらきらしい輝きを全身から放っている。てっきり逃亡する御者の足になっているかと思ったが、どうやら内通者は先の炎撃に腰を抜かして逃げ去ってしまったようだ。そういえばほうほうの体で手足をばたつかせている男がいたような気がしないでもないかもしれない。ぶっちゃけ、憶えていなかった。

 しかし、おかげで徒歩にならなかったのは幸いである。別に空の旅へとしゃれ込んでもよかったが、どうやらこの世界には飛行魔術などというトリッキーな魔術は存在しないらしく、姫皇は大層驚いていた。


「お主……ちと便利すぎではないか?」


 もっとも、あまり手の内をさらしたくないという彼女の意見によって、星空遊泳は却下された。いわく「情報は力じゃからの」だそうである。


「で、いつになったら案内が来るのかね」

「余に聞くでない。ふん、行宮長め。余が生き残るとは思っておらなんだようじゃの」


 つまらなそうに鼻を鳴らした。裕一は肩をすくめ、あまりにも牧歌風景から浮いてしまっている目前の建物に目をやった。

 豪邸であった。城というには小さいが、一般家屋というには大きすぎる。どこのセレブ様のお屋敷でございますか、と問いたくなるくらい立派な館が威張り散らして腰をすえていた。月明かりを反射して存在を際立たせている壁は真っ白で、さぞかし良い素材を使ったのだと見るものに思わせる。身長の二倍はある鉄門は壮麗で、その向こう側には色とりの草花が規則正しく植えられていた。

 仮宮。皇帝が行幸する祭に使用する宿泊施設だそうだが、よくもまあこんなどでかい物を作ったものである。我が神崎家がまるまる四つは入りそうな規模を見れば、きっと親父様は無言で肩を震わせることだろう。月給はプライドの同義語であった。


「今頃大騒ぎで歓迎の準備でもしておるのじゃろう。浅はかな奴め」


 先ほど姫皇の到着を番兵に告げると、四十は越えているだろう門番殿はこちらが気遣いたくなるほど真っ青な顔をして中へ飛び込んでいった。屋敷から離れているこの場所でさえ、中の喧騒は聞こえてくるほどである。


「ていうか、普通来ないとわかっていても準備するもんじゃないの? 世間体考えて」


 歓迎の準備をしていないということは、姫皇が来ないのを知っていたと自白しているようなものではないか。行宮長――帝国内の仮宮を管理する部門責任者だそうだ――というかお役人がそのようなへまを踏むような生き物とはどうしても思えなかった。

 もっともそれをいうなら、準備のために皇帝を外にほっぽり出しているということがすでに異常であろう。待たせるにしても部屋を用意するなり何らかのアクションがあってしかるべきだが、それすら思いつかないほど慌てているようだ。


「裕一様。役人とは、捕らぬ狸の皮算用を常時頭の中に仕込んでいる方々ですぞ」


 オルガが馬の首筋を撫でながら苦笑した。ちなみにぶるるんと鳴くお馬さんは空腹で「ご飯食べさせてくんないなら、ぼくもう動かない!」と固い決意を表明している。精神感応を利用した魔術でお馬さんを説得するべきか小首を傾げながら、裕一は続きを促した。


「つまりじゃ。余が行幸するということは、準備やら何やらで金がかかる。そして、費用は国庫から出されて、行宮長がその管理を任されておるのじゃ」

「あー、なるほど」


 横領。ポッケないない。お主も悪よのういえいえお代官様ほどでは、ということか。どこの世界も似たようなものだ、と裕一は肩をすくめた。


「ふん。阿呆につき合わされると、碌なことがないわ!」


 姫皇は顔をしかめて腕を組んだ。その背を見守りながら、つつつとオルガに横付け若干声音を落とす。


「なんかさっきから急に機嫌悪くなってない? 何かあったの?」

「ええ、あったといえばありましたな。先ほどの暗殺者めは、何やら特殊な素材を用いた衣服を纏っておりましたでしょう?」


 いきなり話が飛んだが、とりあえず頷いた。するとオルガは、とうとう座り込んでしまったお馬さんの手綱を離して手袋を外した。懐から真新しい白さが目立つそれを一対取り出して装着する。身だしなみは完璧だ。


「あれはどうやら素材自体が特殊というわけでなく、外部から魔力を共有する魔装具によって力を与えられたものだったようでして。つまるところただの布」

「それとこれと、どういう関係が?」

「姫様は、超がつくほどの魔装具マニアでいらっしゃいます」


 ああー。すとんと身体の中心に納得の玉がはまり込んだ。あの時、気絶した暗殺者を睨んでいたのは恨みからでなく、物欲からだったのか。きっと珍しい魔装具が手に入ると天にも昇る心地だったに違いない。ほしかったゲームが何の前触れもなく発売延期になるという、あの理不尽な感覚を思い出して、裕一は同情の念を視線に乗せた。

 ちなみに聞くところによると、魔装具とは神代の遺跡から完全な形で発掘された魔術を内包した道具のことを指し、あの高級宿で見た水差しのようなものを魔道具、欠損した魔装具の部品を現代の技術で繋ぎ合わせたり加工したりして作った劣化品と呼ぶそうだ。

 魔装具やその部品は現代技術では精製不可能――まあ、あの技術レベルからしたら無理もない――で、火をともす小さなランプ型魔道具でさえ、目玉が飛び出るほどの値段がつくという。


「中でも武具は調整が難しく、純粋な魔装具以外に存在しませんから。あのマニアな姫様が落ち込むのも無理なからぬことかと」

「ほー…」


 そういえば、殺す気あるなら聖剣持ってこんかい、と胸を張ってふんぞり返っていたような気がする。てっきり冗談の類かと思っていたが、今の話を聞くと案外本気だったのかもしれない。裕一だって、どうせ殺されるのなら下級魔術よりも戦略型大規模殲滅魔法で塵も残さず滅殺してほしいと考えるだろう。そう考えると、落ち込む彼女の気持ちも察することができた。


「嗚呼、落ち込んで涙目になりながら頬を膨らませる姫様! こんな姫様を見ると、ベッドに粗相なさって右往左往していた六つの頃を思い出してしまい、わたくし、わたくし!」

「同志オルガ殿、そこもっとくわしく」

「やかましいわ変態ども! というか爺、何故それを知っておるのじゃ!」


 同志の表層意識に上ってきた姫皇の幼き姿を、干渉系術式で正確に読み取った。すぐさま記憶野に格納し、じっくりたっぷり愛でる。半べそをかきながら世界地図を描いたキングベッドにへたり込む姿は、見るものに例えようもない背徳感を湧き上がらせた。これは後で念写してオルガに焼き回しして差し上げなくては。


『はい、削除と』

「奥さあああああああああああああああああああああああああん!」


 なんという裏切り! まるで親友ブルータスを前にしたカエサルさんが乗り移ったかのように、裕一は慟哭した。がくりと膝を折り、草で覆われた地面に何度も拳を叩きつける。姫皇やオルガが瞠目しているような気もするが、そんなことはもはや意識の埒外であった。


『ハ、まるで母親にエロ本を見つけられた餓鬼みたいね』

「嗚呼、そのまんますぎて反論もできない! だが、だがしかし! いかなエロ本を見つけられた中高生といえど、普通は机の上に綺麗にそろえられて放置なはず! いくらんでも、いくらなんでも問答無用で削除は酷すぎるのではありませんか!」

『千切り潰すわよ』

「すんませんでしたぁっ!」


 どこを、とは聞かなかった。世の中には知らないほうが幸せになれることがあるのである。裕一は目からにじみ出る汗をぬぐった。


「ゆ、裕一? その……大丈夫か?」


 想像を絶する悲劇を経た裕一に、姫皇が恐る恐るという体で話し掛けてきた。だが、若干腰が引けている気もする。

 そういえば、天使様との会話は念話術を知らないものには聞き取れないものだった。端から見ると、急に叫びだしたクレイジーボゥイでしかない。裕一は頭をかいて苦笑した。


「いや失礼。ちょっと心の中の妻と騒動がありまして」

「………………………………………………………………………………そうか」


 はて、正直にいったのに何故目をそらすのだろうか。裕一は小首を傾げた。オルガなどは全て承知の上といわんばかりに深く頷いているというのに。

 何だか姫皇の空気が微妙になってしまった。どこか遠方を見つめるかのような眼差しから、湖の底のような透き通った諦観が溢れている。彼女との距離がわずかばかり開いているのは気のせいなのだろうか。ふむ、と顎を撫でた。美少女との距離が開いてしまうのはよろしくない。VERYよろしくない。

 空気を読むことは、日本人のDNAに明記された基本律である。なので、裕一はこの雰囲気を改善すべく、先ほどオルガから得た情報を活用することにした。虚数空間から、ゼルドバールで拝借した魔力剣を一本取り出す。


「実はここにそれなりにお高い魔力剣があったり――」

「五秒やる。それを渡すかこの場で死ぬか、好きなほうを選ぶが良い」

「するんだけど何この殺気!」


 びょうびょうと吹き付ける殺意を纏った魔力に、裕一は頬を思い切り引きつらせた。瞬く間に空いていた空間は食いちぎられ、必殺の間合いに姫皇が侵入を果たす。凄まじい魔力もさることながら、欲望と殺意にぎらついた瞳に心が液体窒素に浸けられた。無理。これ無理。

 技量や地力、経験などの総合的力量ならば、自分の方が圧倒的に上なはずである。しかし裕一はこのとき、間違いなくこの美しい野獣に敗北を認めた。精神力というか、バランスというか、とにかく「こいつに逆らってはいけない」と思わせる人物であることを認識する。初めて天使様に見えたときと全く同じであった。嗚呼、お家に帰って丸くなりたい。


「必殺、投擲ボンバー!」


 なので、早々にこのプレッシャーからの逃亡を選択した。白い鞘に包まれた緻密な意匠が施された剣を夜空に向かって放り投げる。刹那、一切の迷いなく即座に銀色の影が舞った。くるくると回転していた剣を胸に抱え込み、土煙を伴って着地する。


「この、どたわけ! 貴重な魔装具に何ということをするのじゃ!」


 怒りの声をあげるも、姫皇の顔はこれ以上ないほど緩みきっていた。裕一への叱責もそこそこに、彼女はすぐさま鞘を半分だけ脱がし、月の光で煌いている剣の裸体へと顔を寄せる。


「…何という美しさじゃ。精霊石を極限まで磨ききった刃、細身であるのに決して折れぬという絶対なる強度、纏う濃厚なる魔力、柄に施された壮麗な細工、素晴らしい、素晴らしいではないか! あは、あはは、うわーははははははは!」


 剣に涎をたらしながら狂喜乱舞している美少女。随分とマニアックな光景であった。いや、これはこれでありか? 裕一はオルガに視線を向けた。

 彼はこの上ない上機嫌な笑みを浮かべていた。裕一は瞑目し、一度だけ深く頷いた。うむ、ありであろう。


「む…柄の紋章……………これは、まさか」


 喜びが過ぎ去って鑑賞モードに移行したのか、姫皇の眼差しは浮ついたものがそぎ落とされていった。マニアとは万国共通、人間好きなことにはにんじんをぶら下げた馬のごとく突き抜けるものである。魔術マニアと自他共に認める裕一は、邪魔をすることなく生暖かく見守ることにした、

 ふと、探査魔術が二十人ほどの接近を感知した。顔を向けると、侍従らしき男女に囲まれた、小太りの壮年男性が顔を青くして疾駆している光景が広がっていた。どうやら、ようやく準備が整ったようだ。

 おなかがぐぅ、と悲鳴を上げた。嗚呼、おなかが減ったなぁ。




 ☆☆☆




 小太りの男、行宮長の弁明は大半が聞くに堪えないものだった。なので裕一はその内容を殆ど覚えていなかった。第一、話題の担い手は姫皇とオルガであり、自分はただの部外者である。長の矢面に立つ気はさらさらなかった。

 引きつった笑みの群れに歓待される姫皇は、穏やかな、しかしそれでいて妥協を許さぬ微笑を持って、それらの言葉に無言で耳を傾けている。はっきりいって、感情のままに当り散らすよりもはるかに圧力が渦巻いていた。証拠が見つからない限り彼女にはこの役人を処分する権勢がないため、その意趣返しがあるのだろうな、と裕一は勝手に当たりをつけた。気のせいか、行宮長の顔色が土気色に到達しようとしているように見える。

 姫皇は侍従に傅かれながら、屋敷へと案内された。オルガと裕一も、銀の少女から離れずそれに同行する。ふっと、頬に訝しげな視線がいくつも突き刺さった。ざっと確認すると、侍従たちが一斉に顔を背ける。そのしぐさには、「誰だよあれ」という台詞が空気を震わせることなく付随しているようだった。


「あの、陛下。そちらの少年はどなたでありましょう? 随員はショタロリア公のみと伺っておりましたが…」


 全員を代表してか、行宮長が汗まみれの顔を拭きながら姫皇に問うた。通り過ぎた男の眼差しには、明らかな困惑と警戒がない交ぜになっている。間違っても歓迎の色は存在しなかった。


「うむ、こやつは余の近衛魔術師じゃ」

「ま、ままま、魔術師!?」


 驚愕と畏怖が波紋となってその場に浸透した。怪訝は恐怖に変じ、無礼を働いた侍従たちはそろって肌を青色へと染めていく。

 近衛魔術師、それが姫皇の出した裕一の肩書きだった。国々で戦力の中心を占める魔術師は、実質はともかく名目上は帝国軍の傘下、つまり軍属という位置についている。帝国の魔術師である以上、従軍は義務であり、拒否は許されない。裕一が形の上だけとはいえ帝国の所属になるということは、必然的に軍役を負わされるということを意味していた。

 無論、そんなことをするつもりは裕一にも、姫皇にもなかった。そこで彼女は、皇族がその守護のために一人、魔術師をつけることができるという権利に着目した。これは過去、帝位継承争いの際に設けられた、自衛のための制度であり、その任命は皇族が全権を握る。そして任じられた魔術師は皇族にのみ忠誠を誓い、あらゆる指揮系統から独立を許されるのだ。これを利用しない手はなかった。


「正式な任命は帝都に戻ってからゆえ、まだ紋章は授けておらぬがの。帝国魔術師団長にも引けをとらぬ腕前じゃぞ? 何せ、余を襲った賊をたった一人で殲滅してしもうたのじゃからな」

「ぞ、賊をたった一人で!?」

「頼もしい限りであろう? あはははは!」


 ははははは、と上ずった笑いが姫皇に合いの手を入れた。どう考えても心から笑っていない。彼の裕一を見る目が、ドラゴンを前にしたそれに変化していることに気づくと、我知らず溜息が漏れた。こんなおっさんに嫌われようが恐がられようが、そんなことは心底どうでもいい。だが可愛らしいメイドさんたちが涙目で震えている光景はかなりきつかった。いやまあ、その小動物チックな姿もまたクルものがあるのだが。

 姫皇だけでなくこちらにまで飛んできたおべっかをどうにかいなし、裕一は姫皇たちとともに夕食の席に案内された。大きな長方形のテーブルには、真っ白なテーブルクロスがかぶせられ、その上をろうそくの火が赤々と紅の光を放っている。席は上座に豪勢なものが一つと、直ぐ右隣に一つ。メイドさんが慌てて持ってきた左隣のものの計三つだった。

 行宮長はこの場に皆を案内すると、所要があるといって逃げるように立ち去ってしまった。否、実際に逃げたのだろう。始終無言を貫いていたオルガの気迫は、無関係である自分の産毛も逆立たせるほどであった。

 三人が席に着くと、侍従たちが幾つかの皿を持って給仕を開始した。裕一の席を担当したのは赤毛の可愛い娘さんである。にへら、と笑いかけたら顔を真っ青にしていた。僕が一体何をした。

 湯気が立つ皿が置かれた。中身は薄い香りを放つスープである。挨拶もそこそこに、裕一はスプーンで一口分を唇に流し込んだ。思わず顔をしかめてしまう。

 ――味、薄っ!

 食材の味を最大限に引き出す、といえば聞こえはいいが、ほんのりと塩味がするだけのただのお湯である。一応野菜らしき具は浮いているが、味の大勢に影響を与えてはいなかった。

 いくらなんでも、これはないのではないか。ちらりと姫皇とオルガを覗き見ると、彼女らは特に気にした様子もなく食事に専念している。ひょっとして、この国は全体的に薄味の文化なのだろうか。

 ならばあまり文句もいえない。それに空腹という最大のスパイスが効いていたため、思いのほか簡単に平らげることができた。皿が下げられ、代わりの料理が次々と運び込まれる。やはり農村なだけあって、野菜が中心となった料理が多かった。薄味だけど。肉など、軽く塩を振っただけのワイルド極まりないものである。薄味だけど。故郷日本の京懐石を食べている気分だった。

 食後のお茶が全員に行き渡ると、姫皇が軽く手を振った。侍従たちが無言で一礼し、部屋を退出する。ぱたんと扉が完全に締め切り、あたりから気配が消失すると、姫皇は疲れたように吐息した。


「まったく、面倒じゃのう」

「いたし方ありますまい。かの行宮長は宰相の派閥、うかつに手は出せません」

「わかっておる。わかっておるが、実際奴の戯言を聞かねばならんのは余じゃぞ? 愚痴の一つでもいわんとやってられんわ」


 裕一は会話に加わることなく茶をすすった。苦い。砂糖の一つでも入れて欲しいものである。


「さて、それはともかくじゃ。ようやく、腰を落ち着けて話ができるの」

「姫様、盗聴の危険はありませんか?」

「ああ、それ大丈夫。遮音結界張ってあるから」


 姫皇の代わりに裕一が応えた。小さな遮音結界を下ろしたティーカップに展開し、それを銀のスプーンで思い切り叩いた。本来なら甲高い声をあげるはずのカップは、しかし無言の姿勢を貫いている。


「なるほど、では安心ですな」

「もうその程度では驚かんわ」


 苦笑を浮かべる二人はそれぞれカップを置き、表情を真剣なものへと改める。


「さて、色々と話したい事があるのじゃが、まず、最初の疑問を解決せねばなるまい。回りくどくしても無意味じゃしの、単刀直入に聞く。裕一。お主、どこから来た・・・・・・?」


 その質問内容は想定していたものとわずかな相違が存在した。裕一は明確にそれを感じ取り、小首をかしげながら口を開く。


「何者、ではなくどこから、ときたか。その心を聞いてもいい?」

「お主から貰った魔力剣、あれに刻まれた紋章には見覚えがある」


 姫皇は腰にさした剣を机にそっと置き、柄の先端に掘られた紋章を指差した。二頭の竜が交錯する様を描いたそれは、魔装具本来のものというより、後から何者かが加えたという印象を受ける。


「これは歴代の魔王を討ったもの。かつて地を焼き、民を殺し、その手を血に染めた狂気。忌まわしき、災厄の勇者を表す紋様じゃ」


 オルガがわずかに瞠目した。裕一もへえ、と口の中だけで言葉を紡ぐ。

 災厄の勇者。忌まわしき狂気。重要な語句を心に刻み、あらためて剣の柄を見つめる。記憶野に格納したこの世界――というより下の大陸の知識を呼び出し、紋章の検索を開始した。ヒット、意味を取り出すと、納得の苦笑が漏れた。

 二頭の竜をかたどった紋、これは、神聖ゼルドバール王国の国章だった。


「なるほど、道理だね。じゃ、質問に答えよっか」


 肩をすくめ、笑う。予想以上の見識と洞察力に、裕一は感嘆と敬意の念を抱いていた。つめの垢をうちの単純熱血弟に飲ませたい気分である。だから、嘘偽りなく答える。別にごまかす気もなかったし、遅かれ早かれ伝えるつもりではいたのだ。丁度良いころあいだと、小さな笑みが表に溢れた。


「僕は、こことは別の次元。異世界からやって来た魔法使いだよ」


 そういえば、お馬さんはご飯をちゃんともらえたのだろうか。



新年、あけましておめでとうございます。今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

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