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十五話 同志様が見てる

 開いた口がふさがらないとは、こういうことをいうのか。

 ほぼ同時に地に倒れ落ちた刺客四人の末路を見て、姫皇は唖然としながら死屍累々の中心で腕を組んでいる少年を見つめた。彼は「教育とは時に痛みを伴うものなのですよ」などと呟き、一人でうんうん頷いている。

 やはり、勘違いなどではなかった。鈍い痺れで回りの悪くなった思考が、やや霞がかかっている記憶を検証する。あの四人を打ち倒した術は、何の事前動作もなく唐突に現れた。輝くような、拳大の光球である。水球ではなく、光球。

 無詠唱による魔術の発動と、水と光、二属性の顕現。およそ現在まで面々と培われてきた魔術の常識に、真正面から喧嘩を売っているような事態であった。何を持って魔術師の属性が決定されるのかは、今もって解明されてはいない。しかし、神代から決して短くない歴史を紐解いてみても、異なる属性を身に宿した魔術師など一文字すら存在していないはずである。

 おまけに、あのオルガをして手だれと言わしめた敵を、冗談まじり――だと思う。よもや本気であんな理由でぶちのめしたわけではないはずだ――で手玉に取ったのだ。恐ろしいほどの技量、おそらくテレノーラや他国が知ったら、ありとあらゆる手段でこの少年を引き入れようとするはずだ。

 手に入れたい。姫皇は心の奥底から湧き上がってきた欲求を自覚した。これほどの魔術師、おそらく一生に一度お目にかかれるかどうかというほどの存在である。魔術師は国家防衛の根幹にして最強の戦略単位。強い魔術師を得た国が発言力を強くするこの世界において、彼の存在は文字通り国際的なパワーバランスを崩しかねないほどの力を持っているのだ。

 欲しい。彼が、欲しい。心臓が、持ち主を驚かせるほど跳ね上がった。血液が逆流し、顔が瞬く間に火照っていく。不幸中の幸い、どころではない。むしろ大量のお釣りが来る。姫皇は少年との出会いをくれた神様だか暗殺者だかに心から感謝した。喉を鳴らし、何やら虚空に向かってぶつぶつと呟いている魔術師に二、三歩ほど近付いた。

 ん? とばかりにこちらを向く少年に、姫皇は精一杯不適に見えるよう唇の端を吊り上げた。


「まずは礼を。ご助力、感謝する。魔術師殿」

「いえいえ、どういたしまして」


 やる気のなさそうな笑みで、少年は手をぱたぱた振った。まったく気負った様子もなく、まるで落し物を届けただけといわんばかりの態度である。


「わたくしからも、お礼申し上げます。魔術師殿。我が主を救っていただき、感謝の言葉もありません」


 何時の間に近付いたのか、気づけば隣に控えていたオルガが丁寧に腰を折った。相変わらずそういう足運びは得意のようである。


「なんのなんの、美少女を助けるのは全人類の義務です」

「…ほほう?」


 オルガの目がきらりと光った。肌がぴりぴりとしびれ始め、途端に重々しい雰囲気が周辺を囲う。オルガはかつて武道祭で名を轟かせた時代を思わせる闘志をみなぎらせた。礼を失さぬ程度に少年をじっと見つめ、彼は重々しく口を開いた。


「美少女を助けるのは人類に課せられた責務なるほどそれほどお若いというのにもう人間という種の持つ根源理由にお気づきになるとは思った通りかなりのお力を持った魔術師殿とお見受けしますわたくしの名はオルガ=ゼクス=ショタロリアと申しまして十五歳以下の美少年美少女の守護神を自らに任じているものでございましすやはりどんな存在も成熟にいたるまでの過程即ち蕾たちのあがく姿こそ至高全生命の最も輝く時期だと思う次第でございまして美少女美少年美幼女美幼年これ全て至玉の宝野原を駆け回る幼き少女花をつみおままごとにいそしむ幼児ほんのりと乳房が膨らみ始めた青々なる果実を護るためならわたくし全身全霊をもってこの使命にあたる所存でありますが此度わたくしはその任を果たすこと敵わず己の力不足をさらすこととなってしまいました嗚呼姫様のあまりに小さく青き果実が瑞々しき朝の訪れを伴う肌が熟しきれぬ果実のごとき甘き香りがこの世から失われるなど世界の損失わたくしの命一つでは到底まかないきれぬ罪にありますれば魔術師殿のご助力によって何とか事なきを得た次第重ね重ね御礼申し上げます」

「いやいやご立派なお考え全く持って感動のきわみ僕は神崎裕一と申しまして貴殿ほど崇高なる職務についているわけではありませんがやはり美少女という類稀にして最も美しき宝石を護るはこれ当たり前のことエロスとは愛萌えとは勇気可愛いは正義美少女美幼女男の娘全て人類の宝これ失わせるわけにはまいりませんなるほどご自慢の姫君確かに大層お美しい意志の強そうな瞳若年寄的な口調と雅言葉たどたどしくも自らを余と称する気概というかぶっちゃけツンデレこのように自らの責務を考え必死に背伸びしてぷるぷる震えていそうな美少女を失わせるなど紳士にあるまじき行為おそらく僕でなくともきっとわが身を省みずに主殿をお救いするはずであったわけですからお礼は無用の産物美少女は手折ることなく愛でるのみ我ら紳士は可愛い女の子のためなら万難を配すこれ当たり前のことでありましょう」


 正直、最初の一節から内容を認識していなかった。右の耳から左の耳へ。引き締められた口は主を裏切り、再びその扉を外界へと開く。姫皇が唖然としていると、オルガは一転して晴れ晴れとした笑みを発露させ、少年と硬い抱擁を交し合った。


「神崎様。大変恐縮ではございますが、貴方様を同志、とお呼びしてもよろしゅうございますか?」

「かまいませんとも、同志オルガ殿。紳士は求道者であって、孤独の名ではないのです。我らの全ては美少女のために」

「嗚呼、この年になってようやく全てを任せられるお方に出会えるとは、同志神崎裕一様」


 ――しまったこいつも変態か。

 例えようもない戦慄と共に、姫皇は愕然と瞠目した。というかこの少年の名は裕一というのか。先ほどの意味不明な言語に自己紹介が含まれていたとは、これなら無理にでも頭に入れておくべきだった。わずかに歯噛みする。

 だが、オルガ並みのド変態であると認識しても、姫皇の意志は変わらなかった。むしろ、オルガと意気投合したことにより、こちら側へ引き込みやすくなったと考えたほうがいい。主に精神衛生的に。そう思うと、忠臣の変態幼児趣味に感謝の念すら沸き起こりそうな気さえするから、人間とは不思議である。


「爺、そろそろ良いか?」

「は」


 オルガと裕一は抱擁をとき、改めて姫皇と向き合った。どちらの表情にも楽しげな笑みが張り付いているのが印象的である。


「無用かとも思うが、礼儀の上で自己紹介をさせてもらおう。余はヴェイルヘルム帝国皇帝にして魔王を務めるもの。本来ならきちんと名乗りたいのじゃが、皇帝は親族以外に名を告げることを禁じられておるゆえ、ご容赦願いたい」

「これはご丁寧に。さっきもいったけど、僕は神崎裕一。ちなみに故郷では姓を前に持ってくるのが伝統だから、神崎が姓で裕一が名だね」


 ほう、と彼女は小さく感嘆の息を吐いた。姓が前で名が後。それに彼の名の響きは、姫皇にとってごく身近な存在だったからである。


「ふむ、我が皇帝家以外にそのような伝統を持つ者たちがいたとはな。これは初耳じゃ」

「おや、そうなの?」

 まあ、名乗れんがの。姫皇は苦笑した。

「余のことは姫皇とでも呼ぶが良い。別にどんな呼ばれ方でも気にせんが、どうせなら慣れているものの方が良いからのう」

「なら、そうさせてもらおうかな、姫皇様。ああ、僕のことは裕一で結構」


 一応様付けされているが、その言葉には敬意の一欠けらもなかった。姫皇はそれを当然のことと受取る。通常なら不敬罪に当たるのだろうが、彼は自分の臣下ではないのだから、礼節以上の物を求めることはできないし、求めるつもりもなかった。


「では裕一。先ほどの戦いは真に見事じゃった。その若さであれほどの技量、相当に優れた魔術師だと見受けるが、いずこかへ仕官しておるのか?」

「仕官? 一応所属する組織はあるけど。……何、ひょっとして僕を雇いたいとかそんなお話?」

「話が早い人間は好きじゃぞ。見たところ、お主はテレノーラの魔術師ではなさそうじゃしの、できれば我がものとしたいのじゃ」


 魔導都市テレノーラ。その名が示すとおり、支配者階級全てが魔術師で占められているという世界最大の魔術師保有国家である。魔術師が絶対的な力を持つ戦略単位であるこの世界において、テレノーラは国際的に最も力の有る勢力として見なされ、各国を束ねる盟主的な存在として君臨していた。また、両浮遊大陸を繋ぐ唯一の回廊として、交通の要衝としても栄えている。

 全ての魔術師が集う国へ。そのスローガンの下、かの国は積極的に魔術師を登用し、その育成にも莫大な力を注いできた。今では各国の仕官魔術師以外の者は、全てテレノーラ所属の術者であるといっても過言ではない。

 彼らはその誇りを持って、胸元をテレノーラの紋章である交差した杖を描いたブローチで飾っている。所属を表す紋をつけることは、自らの身分を明らかにする所作であった。これを真似て、各国でも自国所属の魔術師には胸元に紋様をあしらったブローチをつけさせている。

 しかし、この少年にはそれがない。紋章を付け忘れるなど、魔術師には決してあり得ない。それは彼らの存在そのものを否定することと同義であるからだ。ならば、最初から存在しないと考えた方が普通であるし、そういったものらがいることも知識としては知っていた。

 無役の魔術師。何らかの理由でテレノーラもしくは国を追われたか、そもそも気質として宮仕えを選ばなかったものたちである。目の前の彼も、そういう存在だと姫皇は考えていたのだ。

 彼を我が物にしたい。テレノーラや各国に知られる前に、何としても。何故なら彼は消えかけていた希望の灯火になるかも知れないから。そのためなら何を差し出そうが惜しくはなかった。姫皇は一歩踏み出し、ぐっと頭を下げる。


「所属する組織があるというのなら帝国に、否、余に忠誠を誓わずとも良い。跪けというならば跪こう。頼む、余の味方になってくれ。余は――お主が欲しい」




 ☆☆☆




 正直な話、裕一は困惑していた。姫皇と呼ばれる少女の、あまりにも強い視線が彼の返答を躊躇させているのである。

 裕一は『魔法使いによる世界征服組織』に属する魔法使いだ。当然、自分の力を捧げる場所はそこ以外になく、心からの忠誠を誓える人物は小さな首領様以外に存在しない。故に、裕一がこの年下の少女に誠心誠意仕えるということはまずもってありえなかった。

 普通なら断るか、もしくは彼女の立場を利用するために偽りの忠義を交わせばよい話である。当初の予定では魔王を利用するつもりだったのだから、この場で軽く頷いてもさほど問題はなかった。

 だが、頷くことができなかった。気おされているわけではない。人としての正道に目覚めたわけでも断じてない。しかし、目をそらせなかった。

 似ているのだ。この瞳が、意志の輝きが。どこか彼女に、今自分とともに魔王と呼ばれる少女を見つめている、我が内にある翼持つ娘に。十年前に出会い、常に共に過ごした最愛の女性に。

 だから、裕一は言葉を発せない。ここで偽りを口にしたら、彼女をも汚してしまうような気がしたから。


「頼む、余の味方になってくれ。余は――お主が欲しい」


 全身の肌が粟立った。ぞくりと大きく身を振るわせ、無意識のうちに二、三歩ほど後ずさる。抑えようもない衝動が裕一の意識を襲い、体の主導権を奪取せんと大攻勢を仕掛けてきた。

 歓喜。そう呼ぶには些か強すぎる感情が、雪崩を打って飛び掛る。昔、誰からも必要とされなかった少年の心が、大きく躍動して熱を発した。

 あまりにも優秀であった弟と、あまりにも何もできない兄。とうに割り切ったつもりでいたが、それでも奥底に存在する劣等感は、消しきれていなかったらしい。

 自分が、必要とされている。たったそれだけのことが、涙を流すほど嬉しかったのは、今でも忘れられない。かつて『魔法使いによる世界征服組織』という家族を与えてくれた、背の低い首領の顔が思い起こされた。にこにこと無邪気に差し出された、小さな小さな手のひらが脳裏に蘇った。


『裕一さんたちがいてくれると、嬉しいな』


 まだ幼かった自分に、さらに幼かった少年がいってくれた言葉が耳にこだました。あの時と、同じだ。

 ほんの一瞬だけ瞑目する。同時に、心の中で首領様へ謝罪の言葉を口にした。そんなことをせずとも、あの優しい少年はにこにこ笑いながら自分の意志を尊重してくれるだろう。それが分かっていて直、裕一は首領様に頭を下げたのである。

 何に対して謝罪したのか。それは裕一にも分からなかった。漠然としたもやもやが、理解を超えた衝動が、そうしなければならないと訴えたのだ。

 主と仰ぐつもりはない。忠誠を誓うつもりもない。けれど。


「…同盟者としてなら」

「…何?」


 姫皇が頭を上げた。その顔には隠しようもない期待と喜びに満ちていた。じっと見つめる幼い視線を頬に感じ、裕一はたまらず苦笑を漏らした。


「対等の友人として、同盟者としてなら。僕は君に力を貸そうと思う。それでもいい?」

「ほ、本当か!」


 歓喜が爆発した。姫皇の柔らかそうな頬っぺたには大輪の薔薇が咲き、オルガを巻き込んだ狂騒を演じつつあった。


「いいよね、奥さん」

『決めたのは貴方でしょ。好きになさい』


 相変わらずクールだったが、声音がどこか嬉しげだったのは自分の気のせいだろうか。面と向かって聞くのも恐かったので、それ以上の追求は避けた。

 まあ、いいや。裕一はやりたいことをやるために魔法使いになったのである。ならば、この少女を手助けすることもまた一興。色濃い苦笑を湛えて、緑に包まれた土を踏みしめた。

 とりあえず、おなかがすきました。



難産です。めちゃ自信ないです。

あまりの語彙の少なさに涙目……orz

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