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十四話 挨拶は教育の中でもいの一番だと思う

今回、「行間がちょっと読みにくいんでないかい?」というご指摘をいただきましたので、実験的な意味合いで会話部分を空けてみました。

読みやすくなってるかはめちゃ微妙です。

というわけで、「これでいいんじゃね?」「前の方が良かったぜよ」「てか換わらず読みにくいぜ!」などのご感想によって、今後の方針をば決めたいと思います。


 火球の弾道から射出地点を割り出した姫皇は、懐の護身刀を抜いて駆け出した。月明かりしかない闇夜であるが、木々の奥にわずかな揺れと気配を感じ取る。じっと目を凝らすと、オルガと死闘を繰り広げている四人を同じ衣装を纏った男が、短剣を抜きつつ後退し始める様子が見て取れた。

 逃がすわけにはいかない。決して見失わないよう細部の動きにいたるまで観察し、精神を集中する。


「風よ風よ風よ、我が息吹、我が声、我が意を持って疾くあらわれよ!」

 周囲の空気を手のひらに集め、錐状へと練り上げた。一般兵が持つ槍ほどの大きさにまで拡大し、目標に向かって投擲した。

「穿て!」


 魔術が得意、などと口が裂けてもいえない自分であるが、保有する魔力が大きいため何とか術の形をとってくれた。圧縮された空気の槍が、魔術師目掛けて飛翔する。詠唱から発動、これらの動作は姫皇の方が断然早かった。詠唱途中だったとしても、もはや間に合うまい。

 必死に避けようとしていた男の背に、槍が吸い込まれた。必殺の威力を持った風が男の身体を刺し貫き――

 何事もなかったかのように通り過ぎた。


「なっ………」


 あり得ない現象を目の当たりにした姫皇の脳が否定の叫び声を上げた。呆然とする理性を叱咤し、原因を確かめようとする。しかし、視覚を中心とした肉体との連絡に齟齬が生まれ、結果数秒間の空白が生まれた。

 ゆらり、と刺し貫かれたはずの魔術師が揺らめいた。バランスを崩したのではない。文字通り、身体の線がくにゃりと歪んだのである。刹那、彼女の乏しい魔術知識がこの不可思議に対する解等を提出した。


「おのれ、蜃気楼か!」


 火属性魔術の中で、熱によってまやかしを生み出す風変わりな術である。だが、もともと攻撃力を第一と考える火属性は、何の破壊効果も持たないこの術を単なる小手先の低級術と見なし、誰も使用しようとは考えなかったはずだ。

 かわせるはずがないと高をくくり、幻術の可能性を全く考えなかった自分を呪い殺したくなった。だがもはや後の祭り。硬直した四肢を動かし、木々の間に隠れようと足に力を込めた。硬直時間は約七秒。頭の片隅で誰かが呟いた、離脱は不可能だと。

 紅の輝きが夜の帳に一瞬の昼間を作り出した。睨むように光源を見やる。巨大な火球が、姫皇の身体を飲み込まんと渦を巻きながら身を躍らせていた。


「姫様!」


 オルガの悲痛な叫びが、どこか遠くのように聞こえる。ちらりと横目で見やると、こちらに駆け出そうとしていた彼に、四つの刃がまとわりついていた。しわの増えたオルガの顔に、紛れもない焦りと恐怖が浮かんでいる。

 姫皇は小さな苦笑で忠臣を見やった。まあ、これでもいいかと考え直したのだ。自分がここで死ねば、少なくとも彼は助かるはずである。オルガが本気で逃げようと思えば、彼の実力から考えて高確率で成功するだろう。父代わり、祖父代わりだったあの男が助かるのならば、命の一つや二つ。くれてやってもいい気分だった。

 唇の動きだけで、オルガに言葉を伝える。「あの子を頼む」と。姫様、悲鳴じみた絶叫が聞こえた。

 胸を張り、じっと火球を睨みつけた。炎が自分の身を焼き尽くすまで、決してそらさないという覚悟を添えて。

 だからこそ、その現象を目視することができた。

 火属性の高位魔術の横っ面を、巨大な水球がひっぱたいた決定的瞬間を。


「…何じゃと?」


 凄まじい水蒸気が場に蔓延した。重い、水独特の香りが鼻腔を刺激する。とっさに喉をかばうと、唖然とする頭を怒鳴りつけて水球が飛んできた方向を視界に納めた。

 暗い森を背に、一人の少年が立っていた。

 独特の印象を放つ衣服に、木の板としか思えない靴、自分より若干年上だろうか。ほどほどに整ってはいるが、何ら特筆すべき美点も欠点もない顔は平凡極まりなく、おそらくこんな状況でなかったらすれ違っても五秒で忘れ去ってしまうだろう。

 黒い髪に黒い瞳の、どこにでもいそうな少年であった。

 だが、それ故に彼の持つ日常の空気は、荒野で魚がダンスしているくらい場にそぐわなかった。あまりの違和感に、姫皇どころか暗殺者たちまで動きを止めている。

 少年――おそらく魔術師――は片手を挙げ、息を潜めて見守る姫皇たちに向かって唇を動かした。




「やほー」



 

 …空気が氷るとは、こういうことをいうのだろうか。普段、常に王たる態度を心がけていた姫皇が、あんぐりと大口を開けて瞠目した。はしたないという意識さえ浮かんでこない。空気を読むとか読まないとか、もはやそんなレベルを逸脱していた。

 姫皇の反応をどう受取ったのか、少年はしばし黙考するように指で顎を押さえ、もう一度片手を上げて微笑んだ。


「やほー」

 どうやら、こちらの無回答を聞こえていなかったからという風に解釈したらしい。

「あ……あほか」


 言葉が出ない。人間、あまりに呆れると身体が一切の反応を拒否するようになるらしかった。姫皇は

頬の筋肉が自発的に引きつるのを自覚した。


「こりゃ。人が挨拶をしているのに何の反応もしないってどゆことよ」


 すると気に障ったのか、少年がわずかに頬を膨らませた。何というか、凄まじく論点がずれているというか、根本的に何かが違う気がした。だが、それを表す言語機能が麻痺している。


「ほら三回目、やほー」

「や……やほー?」


 無意識に返答が口から漏れた。もはや脊髄反射の領域である。しかし少年はそれで満足したらしく、

にこりと顔を綻ばせて頷いた。


「そうそう、挨拶は大事。こんにちはとありがとうは全世界共通なのザマス」


 あれ、自分たちは一体何をしていたのだっけ。脳機能が重大な齟齬をきたしているのか、ついぞ数分前まで生きるか死ぬかの殺し合いをしていた空気が微塵も感じられなかった。というか、緊張感ぶち壊しである。

 ――生きるか死ぬかの、殺し合い?

 漠然とした思考が、急速に意志を収束させ、現状を再認識させた。弛緩どころか溶けかかっていた空気が一気に張り詰める。そうだ、こんなことをしている場合ではない。早く遮蔽物に身を隠さなければ。

 そう思った瞬間、あたりが昼間になった。

 もはやマンネリ化のきらいを見せ始めた火球が、俺を無視するなと叫びながら突進していた。何時の間に我を取り戻したのか、敵の魔術師が場所を移動して魔術を行使していた。

 姫皇は泣きたくなった。先ほどまでの威厳溢れる死は微塵もなく、せっかく垂れ下がってきた生存の機会をむざむざ取り逃すとは。いくらなんでも間抜けすぎる、大間抜けであった。

 半ば八つ当たりを含めて、姫皇は魔術師の少年を睨んだ。自分でもよくわからないが、何となく不条理な気がしたのである。本来なら巻き込んでしまったことを申し訳なく思うのだろうが、あの不思議空間に取り込まれたせいなのか、罪悪感など微塵も湧き上がってこなかった。

 見て、眉を顰めた。少年は迫り来る火球に怯えるそぶりも見せず、それどころかどこか不快気に顔をしかめている始末。そりゃ目前の死に対して不快感を覚えるのは分かる気もするが、それにしては、こう、どこか妙なのだ。そんな妙な少年が軽く指を火球に向けて、軽く振った。

 刹那、火球に水球が猛烈なアプローチを仕掛けた。


「………………………………………な、なんじゃと!」


 絶叫に近い悲鳴が漏れた。先ほどと寸分たがわぬ水蒸気が立ち込め、思わず喉が詰まる。今、この少年は呪文詠唱を行ったのか? 頭に上った血が一気に足元へと引き下がった。

 否、唇が動いた様子は見受けられなかった。では、どうして魔術が発動したのだ? 姫皇の意識が、幾つかの仮説と可能性を導き出す。

 しかし、それを形にする前に、少年が重々しく口を開いた。


「挨拶は社会の潤滑油。きちんとこなそう、ご近所付き合い」


 暗殺者の魔術師が目に見えて混乱したように首を振った。覆面から覗く瞳が見開かれている。彼もまた、今起きた現象に対して思考停止状態に陥っているようであった。


「昔の人はいいました。言っても聞かない子は」


 少年の足元に見たこともない光の紋様が浮かび上がる。同時に、彼の右手に投げナイフのごとき光の刃が現れた。


「叩いてでも教えなければならないと!」


 中指と人差し指の付け根に挟まれたそれを、少年は狩猟よろしく暗殺者に指し投げた。


「脱、ゆとり教育!」


 逃げようとした男を中心に、半径五十メートルの木々が根っこごと星空の海を舞った。




 ☆☆☆




 凄まじい轟音とともに、黒々とした土が一面を覆いつくした。男は吹き飛んだ『森』の間で錐揉みする、仲間の暗殺者の末路を目の当たりにして真っ青になった。うっと、くぐもったうめき声が隣の暗殺者から漏れ聞こえる。いや、ひょっとしたらその声は自分のものだったのかもしれない。

 もともと、楽な仕事でないと覚悟はしていた。護衛の兵士は依頼人の力で無力化が可能とはいえ、あの武王ショタロリアを排除せねばならないという条件を聞いたときから、こちらも全力で行かねばならないと準備をしてきたつもりだ。そのために、依頼人に無理をいって高位魔術師を用立ててもらったのである。

 戦場において、魔術師は絶対的な力を持つ究極の兵器であった。過去に起こったいずれの戦争も、調停者気取りの魔導都市テレノーラが介入するだけで両軍が恐慌をきたして瓦解するという結果に終わっている。魔術師がいる、それだけで冒険者パーティの信用度が二段階は上がるはずだ。

 故に、いかな武王といえども、魔術師には抗じきることはできないはずであった。唯一の不安定要素は皇帝だが、彼女は生来持つ魔力が強大すぎて制御しきれないため、魔術師としては三流であると聞き及んでいる。注意してかかれば、どうとでもできる相手といえた。

 さらに自分を含めた組織内でもトップレベルの使い手たち、幹部連が太鼓判を押すほどの、まさに鉄壁の布陣だったのである。

 それが、たった一人の魔術師によって、砂の城へと成り果てていた。

 詠唱は間違いなく、こちらの魔術師の方が早かったはずだ。発生した火球が虚空を疾駆していたときでさえ、あの少年は詠唱するそぶりも見せなかった。

 なのに、乾坤一擲の攻撃はあっさりと防がれた。それどころか、高位魔術も形無しの一撃でもって森一面を吹きとばしてしまったのである。背筋を冷たいものが駆け巡った。

 不味い、本能が全力で警鐘を鳴らす。理性の静止を押し切り、今すぐにでも全力を持って逃げ出すべきであると。ぱっと見、武術の心得は全くなさそうだった。重心はブレまくっているし、四肢の動きもそこいらの一般人と全く変わらない。いや、下手をすればチンピラどころか子供にすら負けそうなほど、身体から力というものが感じられなかった。

 だが、この場を支配しているのは間違いなくあの少年である。

 全身が小刻みに震える。そのことに男は天地がひっくり返るほど驚いた。暗殺者として地獄のような訓練と、凍えるような実践を経て恐怖心などというものはとっくの昔に克服したと思っていたのだ。だが、実際には押さえきれぬほどの怯えが体中を駆け巡っている。

 人としての根幹が、あの少年に逆らうなと告げている。生命の始まりが、あの少年と戦うなと叫んでいる。一体これは、どういうことなのか。


「それでは皆さんご一緒に? こんにちはー!」


 男を含め、その場の全員が――武王ショタロリアさえ――びくりと肩を振るわせた。口が驚くほど渇き、言葉が発せられない。


「こんにちは、でございます」


 その中でただ一人、ショタロリアが反応を見せた。彼は背を深々と折り曲げ、完璧な一礼をやってのけた。思えばあまりにも隙だらけなのだが、この場の誰も、それを狙おうとはしない。できない。


「ご丁寧な挨拶をどうも。…で? そちらさんは?」


 ちろりと、四人全員に視線が投げかけられた。まるで自然な返答を求めているかのように、あまりにも日常的なしぐさを持って。

 その瞬間、男はありとあらゆる根源本能を切り捨てた。意思と気合で全てをねじ伏せ、短剣の重みを頼りに大地を疾駆する。足音は四つ、ほんの少しだけ周りを見る贅沢を自分に許すと、仲間の全員が男と同じ行動に出ていた。皆、理解しているのだ。

 この少年を倒さぬ限り、任務達成はありえないと。そして、無事に組織に戻れることがないということも。

 少年が目を見張った。ぽかんとした様子は、これから行われる血まみれの殺し合いに不似合いすぎる。瞬く間に距離を詰めると、その奇妙な衣服に包まれた右胸に短剣を突き刺すべく手を振りかざした。

 溜息が、聞こえた。


「――教育的愛の鞭!」


 鼻先に手のひらサイズの光球が表れる。藍色に輝くそれは、男の優れた知覚能力をあざ笑いながら線を引き、一気に視界から消滅してしまう。

 どごん、と。

 下腹部に重い感触を覚えた瞬間、男の意識は混沌の坩堝へと投げ出された。


あれ? この話で兄の立ち位置を明確にするつもりだったのに。あれ?

ドコで間違えたんだろう。

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