でたらめすぎる「ゲームの歴史」
はーいせみころーんさんですー。ホロコースト正史の次はゲーム正史ですか。とてとてとてとて。
「(゜~゜:)<今のユダヤ人は流石に『アウシュヴィッツで600万人が死んだぞー』ってのは誇張が多すぎでやめろだってさ」
人口密度を調べればそんなのはウソに決まっているでしょう。
「(゜~゜:)<事実は何人なの」
それは(ぴーーーー)人です。
「(゜~゜:)<うっわすっごくくわしいですね」
「(๑╹◡╹๑ …)<もう人数はバレてます」
「(∅)<いつ何人しんだかまで全部ドイツ人は帳簿に残してますよ」
「(#´_J`)<ドイツ人が几帳面で良かった」
ほんと几帳面で良かったですね。ちゃんとしっかりつけたんですよね。中国の文化大革命と違ってね。
「(#´_J`)<いまなー、中国の人口は結構粉飾しとるらしいんやがー、それはやっぱり文化大革命に」
(ぴーーー)でしょ。
「(#´_J`)<ご名答」
いきなり出生率が元通りだなんてそんな馬鹿なことありませんからね。カンボジアでももとに戻るまでに10年。それなら中国だってそうなるでしょうけど、公式統計では1年でもとに戻ってます。
これでは「正史」なんてのはなんの意味も持ちませんよね。
んでーんでー。
ゲームの歴史の正史なんてのを執筆しちゃったら、事実誤認が多すぎでやめろやめろーって。
ああいう本は200人で書いて教科書みたいにしないといけないんですよ。
「(๑╹◡╹๑ …)<せんせいさんはWBC2023の応援も非常に消極的だったへっぽこセリーでーす」
こういう人が現れるからです。
「(๑^◡^๑ …)<だってーじじつだもーん」
「(§ゴ^。^ウ§)<弾きにくいヴァイオリンパートがこれですわんってのも」
えっと、このような悪意に満ちた方々の証言によって正史は書き加えられていくのです。「事実なら何を言っても良いという人々」が出現するのです。
あの本は「ゲームの歴史」ではなく「異世界ゲームの歴史」にして、「これはフィクションです」ならうまく行ったのかもね。
「(๑╹◡╹๑ …)<まともに大学でゲーム史ってのを教える人も少ないでしょうからねえ。私もカラーテレビゲーム15の頃までは流石にわかりません」
「(゜~゜:)<8bitゲームのどこがいいのかよくわからない」
「(§ゴ^。^ウ§)<やはりプレステですわん」
このような意見を取りいれると絶対に揉めます。揉めないためにはすべてのゲーム機をプレイしなければなりませんが、そんな人はものすごく少ないでしょう。フランツ・リストのすべてのピアノ曲を弾けって言ってるようなものですよ。
「(๑╹◡╹๑ …)<エリプシ様は女子サッカー部で一世を風靡した音楽学者です」
…何かと間違っているようなきがするなあ。
「"(/’ω’)/"<にゃーん!」
正確な歴史は誰にもわからないにゃーん、一人ひとりの心の中にあるのですにゃー、ですか。
これが正当化されたのが儒教なんですね。




