なんでもアニメにするとアカデミックアニメが幅をきかして無法化してしまうんです←(゜~゜:)<ヲタアニメが幅をきかしたら大変だよ
ライザのアトリエからトットちゃんまでアニメ化かあ。どーもーーせみころーんさんですー。とてとて。
「(゜~゜:)<トットちゃんはアカデミックアニメで、ライザちゃんはノンアカデミックアニメだあ。正義は勝つんだあってことですか」
あのね。正義が勝つというのは余計です。
「(๑╹◡╹๑ …)<せんせいさん隠さなくてもいいですよ」
何をですか。
「(๑╹◡╹๑ …)<魔法のひらがな四文字」
私は体のパーツに執着する人ではありませんっ。
「(๑╹◡╹๑ …)<ほうほう」
「(§ゴ^。^ウ§)<えらいえらい」
「"(/’ω’)/"<にゃーにゃー」
世の中にはほんとうに体のパーツに執着する人がいるんだって。とてもこわいにゃあ、ですか。
それは日本の義務教育の教諭にはいます。いまでも。
「(๑╹◡╹๑ …)<ノンアカデミックアニメも、ずいぶんわかりやすく攻めてきましたねえ」
昔のほうがわかりやすかったですって。規制が少ないから。いまは、規制があるんです。いっぱい。
だからノンアカデミックアニメ、ケンゼンアニメ、ヲタアニメの三極に分かれ、ヲタアニメから腐アニメが分離独立しようとしているんです。
「(゜~゜:)<代数幾何解析組合せみたいだね」
そんなのはただの偶然ですが、見ている人に合わせなければいけないという考えがゆらぎつつあるんです。
音楽も一緒です。聴いている人に合わせなければいけないという考えはもう崩壊寸前じゃないですか。
「(゜~゜:)<んー、そこをつかれるとちょっと説明しにくいなあ」
「(๑╹◡╹๑ …)<誰もがミニマリズムなんて知らなかったのに、1980年代以降の商業コマーシャルなんてみーんなミニマルになっちゃったからねえ」
でしょ!人はいつか変わるんです。なのでアカデミックアニメを私はいいと思いません。
アカデミックアニメに昭和の読書感想文の気配を感じてしまうんです。
「(゜~゜:)<あーなるほどーなるほどー。アカデミックアニメイコール左翼ってことね。それならヲタアニメは右翼、ノンアカデミックアニメはなんちゃって右翼だから推奨できるんだ」
「(๑╹◡╹๑ …)<いいこというなあ」
「(#´_J`)<バラエティが深まって実写が後退したからこうなっとるんやろな」
私は中立です。音楽の世界でもセリーを使えば中立になれるんです。
「(๑^◡^๑ …)<ゑー」
「(^~^:)<ゑー」
「(§ゴ^。^ウ§)<あんなに弾きにくいヴァイオリンのパートを指さして中立って」
「(∅)<ここにヴァイオリン屋とヴァイオリン製造屋を急いで呼んでこよう。明日にでも早速来るよ」
「(' ・`ω・´')<そういえばここには弦楽器の方々が最初から居なかった。ひょっとして」
「(*^◯^*,)<せんせいさんもついに陥落だああ」
陥落ってことはない。
と、思います…




