聞こえる音がいいのか聞こえない音がいいのか
こんにちわ!はがねのおんなエリプシです。きょうは正規ではなくて代役なんですね。
「(。・_・。;)<ぶーぶーぶー」
「彡/(゜)(゜)<ぶーぶーぶー」
「"(/’ω’)/"<にゃーん!にゃーん!にゃーん!」
でも、きょうは、やっぱり美学上の公正を期すために私の担当と致します。
なろうの読者でもまあ結構な数が知ってそうなフリードリヒ・チェルハ先生が亡くなられたという話です。
ちょっとまえに、この人のシュピーゲルは聞こえないよ、ちょっとオーケストレーションとしてどうなのかなーって話をしていたところだったんですよね。
「(。・_・。;)<ドイツ語圏ではシュピーゲルツィクルスを作った神とまで崇められているお方であるぞ」
ほう。
でも、その弦楽器全divisiなるアイデアは誰のものだったんですか。
「(。・_・。;)<う」
ほらね。
詳しく経緯を説明します。
クセナキスがメタスタシスで一人一段のオーケストラ曲を作りました。
そしたらね。
このチェルハという新米作曲家さんは、目の色を変えて「これからは新音楽の時代だ!」と飛び上がり、クセナキスからの理論の援用とは言え、巨大スコアによるオーケストラ曲を立て続けに連作。
そうすると、シュピーゲルIIの楽譜を手に取ったチェルハへ…
「(*^◯^*,)<これなあに?ぼくにもみーせて!」
と子供のように駄々をこねた作曲家、それがジェルジ・リゲティ(ハンガリー語読みではありません)だったのです。
リゲティは徹底的に研究したそうです。どうしたらこれを超えるオーケストラになるかものすごい努力を重ねた上、独自のドビュッシー的な光沢までトッピングして出来上がった作品、それが「アトモスフェール」だったのです。
もちろんリゲティせんせいさんは、チェルハに頭があがらなかったそうです。それはそうでしょう。チェルハがいなかったらリゲティのアトモスフェールは生まれておらず、リゲティだって国際作曲家になれたかどうかわかりません。
こうしてたったひとりのギリシャ人によるネタは全地球上を10年で飛び回り、日本やポーランドの音楽家に強烈な影響を与えました。チェルハも国際作曲家に。
なれるはずでした。
しかーし!
「(#´_J`)<現代音楽ってのも、なーんかよくわからんしー、メロディーとハーモニーがないとなにやっとるのかさっぱりわからんわー」
と、自ら現代音楽業界から撤退していきました。Sinfonie (1975) は転向後の作風です。
もちろん、転向後の作風がそれ以前の音色を超えることは全くありませんでしたので、チェルハの新作が日本で注目されることも全くありませんでした。こうして、チェルハはあっという間に現代音楽シーンから転げ落ちていきましたが、作曲は続けていたそうです。
これがチェルハの大体の人生です。アルバン・ベルクの「ルル」の第3幕補筆も「(。・_・。;)<ベルクがこんな芋臭い音を好むわけがないだろうが」とお客さんからもやじが飛んだそうです。
きょう取り上げてみたいのは、「BAAL」と呼ばれるオペラです。Youtubeに上がってるので聞いてみましょう。
「(゜~゜:)<わかりやすーい!」
「(§ゴ^。^ウ§)<わっかりやっすーい!」
「( ’▽’¡)<でもアタシにはちょっとオーバーな音色ですわ」
普通のオペラですよね。
「(。・_・。;)<ぶーぶーぶー」
「彡/(゜)(゜)<ぶーぶーぶー」
そんなに怒らなくても。
「(。・_・。;)<なんのためのシュピーゲルツィクルスなんだああああああっ!」
ところどころ、効果音としてdivisiの弦楽器でよく描写されててよろしいなあって感じがしますが。
「(。・_・。;)<オーストリアの保守性に引っかかった不幸な人だ」
これは今でも音楽学の現場では評価は割れています。本当に不本意な形で退行したのか、それとも自分が良いと思うハーモニーに回帰したのか。楽譜からではわからないんです。
「(゜~゜:)<んー、悪くはないんだけどなあ。なんというか、どうして」
アルバン・ベルクのコピーみたいなのが始まるかと思うと、ちゃかちゃんちゃかちゃんと妙に音の細かい描写が出てくる、ほうほう。
チェルハは、前衛の音だろうが保守の音だろうが、最初からどうでも良かったんじゃないでしょうか。
この「どうでも良いよね」って人はこの間亡くなられたi Sardaのように平気で転向します。それが当時の常識だったので、従ったまでだったのかもしれませんねえ。
どうしてもこのオーストリア人はギャグが通じないので、ユーモラスな雰囲気には乏しく、晩年の音楽は速度までゆっくりで、ただの金管のファンファーレになってしまいました。
おそらく、チェルハは今後もシュピーゲルツィクルスが再演される程度だと思われます。再演に値する作品で良かったじゃないですか。ご冥福をお祈りいたします。




