〇〇見てるやつはバカ!←(๑╹◡╹๑ …)<あなたの小学生時代は「漫画読むやつはバカ」だったんでしょ。
えーっと、ベーグル、チーズクリーム、ドーナツ、ミネラルウォーターっと(ごそごそごそ)。
はーい!子供の頃にあたまのよわいこ判定されちゃったけど、人生なんともなかったゴウモエラーでえす。受験生の皆さんはお疲れ様でした。
今年の問題は去年より親切だったと思いますう。去年の数学の作問者が怒られちゃったのは、どうやらほんとうだったようですね。ほほほ。
「(。・_・。;)<なんのための制度改革なのでしょうか」
「(゜~゜:)<なんのための制度改革なのでしょうか」
お二方声を揃えましても、日本の官僚には独特の大人の事情というものがあるのですう。平均がセンター試験と変わらないではないか、なんのための名称変更なのかと。お怒りの声はわかります。
「彡/(゜)(゜)<これ2025年になんか変わるんか?」
情報Iが入るほかは何も変わらないかと。
「彡/(゜)(゜)<英語はもっと超長文とか読ましたほうがええんと違うか」
日本の高校生ではだめなんです。超長文は大学の2年でやるんですよ。
「彡/(゜)(゜)<バスケは算数じゃねえとか、そんなもんを作問者は反映さすなよ!こんなん20年後に倫理でぼ喜多が出てきたとかになるんやろ。そこまで展開読めるわ」
作問者ってね、サブカルだーいすき人間なんです。それもそのはず。メインカルチャーを咀嚼せよとか、ブーレーズやノーノ聴いてこいとか、メイプルソープやロスコ見てこいとか、もうそういうの東京に一切ないんですの。
なので、これからの受験生は親のサブカルを調べると得点が上がるかもしれませんわん。
今日の話題は。
「堀江貴文さん、Youtube見てるやつはバカと公言」
「(。・_・。;)<」
「(゜~゜:)<」
「(*^◯^*,)<ぼくいっぱーいYoutube見てるんだー」
せみころーんさんは冷静ですね。
「(。・_・。;)<もうショパンコンクールはおろか、リナサラガロやポッツォーリが無制限ストリーミングされる世の中で」
堀江氏は単に口を滑らせただけで、実は「Vtuber見てるやつはバカ」と言いたかったのではないでしょうか。
「(゜~゜:)<おじさんおばさんになると人をどんどんとバカにしていく」
これなんですねえ。わたくしがおばさんになったらこうなっちゃうんでしょうか。こうはなりたくないものですう。
こういうの、もとに戻せませんか。
「(゜~゜:)<戻せません」
「(゜~゜:)<どうしても、人間は中学受験を控えたお子さんを2人備えますと、どうしてもキレるんです」
堀江氏はそうでもないような。
「(゜~゜:)<堀江氏が道を誤らなければ、中学受験を控えたお子さんを2人育てている計算になります」
「(゜~゜:)<自分の子供には、どうしても偏差値67.5以上をキープしてほしいんですよね。そんなの無理に決まってるじゃないですか。なんで自分の子供は賢くならないんだああって怨嗟を首都圏の親は毎日のように開陳しているんですよ」
「(゜~゜:)<どこかの後進国みたいに競争が一切発生しないのならいざしらず、日本は競争国家です。田舎や地方だってみんな国公立を受けるんですよ。もちろんそういう方々は軽く首都圏のぼんくらを逆転していくんです」
「(゜~゜:)<どうして首都圏のぼんくらはいなくならないんだああ、ってのが口から出てきたらおっさんおばさんですよ」
あー、なんとなーくわかりまーす。
いま首都圏の文化資本はすり減る一方ですのん。でもまだまだミニシアターはちょっと残ってるかなーってところです。そのミニシアターの観客も高齢化してます。
子供は必死にスマホゲームしておりますのん。日本全国のどこでも変わりません。となりますと、首都圏に住まう子供だってぼんくらになる確率は決して下がりません。
ぼんくらを見て、腹が立ったらおじさんなんです。
「彡/(゜)(゜)<ええこというなあ」
「"(/’ω’)/"<にゃーにゃーにゃー」
説教をするともうおにいさん指揮者からおじさん指揮者へクラスチェンジーですか。
わたくしは、独自の定義をいたしたいと思いますう。
「(§ゴ^。^ウ§)<馬鹿になったのではなくぅ、みんながエリートを忌避しだしたというのが正解なんですう!エリートでも底辺でもないふつうが一番なんですう!」
「(๑╹◡╹๑ …)<反知性主義だ」
「(∅)<反知性主義、ではなく、反教養主義だ」
どちらの言い分も多少はあってますわん。
かつて武満徹という大作曲家が映画音楽を盛んに書きまくっていた頃、日本人にとって勉強はする必要のないものでした。
「(*^◯^*,)<うわーい!ぼくでもらくらく生きていけそうなんだ」
でもね。必要がないので一生底辺労働ですのん。一切のキャリア上昇パスはありません。
それが昭和というものでした。昭和はそこで終わってしまっていたのです。
令和になると、東大を落ちて早稲田に出荷された首相の支持率がガタ落ちするようになりました。そうなりますと「あんなのでも早稲田に入れるのはおかしい」と民間の一般人が蜂起するようになります。
そこで、ブラジルやアルゼンチンだと一斉に反知性主義で学校に行くのを辞めるんですが、日本は違います。エリートの株を奪おうとするのです。この「エリートの株を奪え」という感覚は中国が作ったのだそうです。
「(。・_・。;)<あんなやつのやってることくらい私でもできる」
このですね、「あんなやつのやってることなんか私でもできる主義」というものがですね、昭和の時代は殆ど目立たなかったんですのん。
ところが小学校の女子が男子と別々の授業を受けることもなくなっていきますと、女子は男子に向かって「あんなやつのやってることなんか私でもできる」と口にだすんです。これがエリート忌避の発端なんですのん。




