81話 あなたは私を止められますか?ーはい!
「皆様、ようこそいらっしゃいました」
「この度は私、イレーヌ・ペルンのショーへと足を運んでいただき、感謝申し上げます」
「ふむ?何かお気づきの点がございましたでしょうか?」
「なるほどなるほど…………分かりました。それでは少し、皆様方にお伝えせねばならないことがあるようですね」
「『純白の都市』、『世界会議』、そして『破創の魔女』…………今回のお話はそれ以上でもそれ以下でもありません。私にとっては、ですが」
「この場所に集まる全ての宝物にも人物にも絵画にも器にも武具にも、これっぽっちの興味もございません」
「私が求めるのは、『真の美しさ』のみ…………」
「さぁ、それでは私の方針もお伝えしたところで、本題に入りましょう」
「もうお分かりかもしれませんが…………」
「破創の魔女…………私は、あなたが欲しい」
◇
「り、リン…………この部屋、本当に使っていいのかしら」
「さぁ…………皆様のために割り当てられたお部屋なわけですし、存分に使ってよろしいのではないでしょうか?」
「そう言われても…………」
現在、俺たちはルーセリア聖王国が誇る超巨大建造物、聖ケトラコル城内部の一室にいる。この部屋は使用人としてやってきたソルスやユリア、メリルたちが使用することになるのだが…………
如何せん、デカすぎた。
キングサイズを何乗すればいいのか分からないほど巨大なクソデカベッド、壁に飾られた美しい湖畔の絵画、天井につるされる豪奢なシャンデリア、床はとんでもなく値が張ることで有名なメルトスノウラビットの毛皮を結い上げて作られたもふもふを超えたもふもふ、キングオブもふもふの絨毯が敷き詰められていた。この部屋だけでいったいおいくら万円(万リア?)が費やされているのか、庶民の俺には皆目見当もつかない。
「す、すごい…………こんな綺麗な部屋、聖竜城にもありませんよ!」
このえげつない部屋を前にして流石にユリアさんの不機嫌も治ったようだ。
「使用人レベルでこの部屋なら主たちの部屋はどうなっているんだ?これ以上金をかけているとなるともう私には想像がつかないぞ…………」
俺だってそうだ。今俺たちに割り当てられた部屋にはアリアとグレイが向かっている。一応こいつらの部屋がどこにあるか、いざという時のために把握しておこうと思ってついてきたのだが、今更あっちに行っておけばよかったと後悔する。ちなみにヨミは城内に刃物らしき飾りがないことをあらかた確認し終わったらしく、既に自分に割り当てられた部屋の鍵も持ってここにいる。この驚き様から見て、彼女の部屋はここまでえげつなくないのだろう。
ソルスとユリアがベッドの上で跳ねて遊んでいる。一瞬混ざりに行きたくなるが、今の俺はユリアだ。品行方正成績優秀、眉目秀麗才色兼備、完全完璧究極令嬢のユリアさんなのだ。決してそんなことをしている場面を見られるわけには…………と思ったが本人があれだけやっているのだから関係ない気がしてきた。俺も混ざろうかな。
「あっ!おに……お姉様!早くお部屋に来てください!なんかもう、すごくてすごいんですよ!!!」
いつの間にか無意識に前に出ていた俺の体をヨミが引き留めていると、アリアが走ってきた。全速力で走ってきたようで、綺麗にセットしていた髪は崩れ、ぼさぼさになってしまっている。
「アリア、少し落ち着いてください…………どうしたのですか?」
荒い息を吐くアリアの頭をなで、ぼさついた髪を幾分かマシになるよう整えてやる。少し時間が経ち、ちょうど髪も綺麗に納まってきたところで、アリアが再度口を開いた。
「聞いてくださいお姉様!実はお部屋がとんでもないのです!」
よほどの驚きだったのか、頬を朱に染めながら熱く語るアリア。一応目の前の部屋も十分とんでもないはずなのだが、そちらには目もくれない辺り、あちらの部屋には本当にとんでもないものがあったのだろう。うぅむ、気になる。
「分かりました…………それでは皆様!私はお部屋のほうへ参りますが、くれぐれも変なことはなさらないでくださいね!」
「「「はーい!」」」
「一応私が監視しておくが…………もし止められなかったとして、それは私のせいになるか?」
「あの方々に常識は期待してませんから…………もし本当に危ない時は、共鳴石で呼んでくださる?すぐ駆け付けますから」
「う、うむ。了解した。…………やはり慣れないな」
どうやらこのお嬢様言葉、家の仲間たちにはかなり不評らしい。俺としてはかなり楽しくなってきたのであと数日くらい余裕で続けられそうだ。
「おに……お姉様!行きましょう!!早く早く!!」
アリアが今までになく楽しそうに、そして嬉しそうに俺の手を引く様子をほほえましく眺めながら、俺は部屋へと向かった。
◇
凄かった。
いやもう、凄かったとしか表現のしようがない。
何が凄かったって、何もかもが凄かった。
「ま、魔女殿…………このようなことが、いくら魔法とはいえ可能なのか?」
あまりの凄さにグレイですら怯んでいる。彼は数度ここに来たことがあるような口ぶりだったが、この部屋は初めてのようだ。
「可能と言えば可能ですけれど…………正直言って、私ではこれは無理ですわね。とてつもない集中力と精密さが要求される、とんでもなく高度な魔法陣ですわ」
以上、鑑定スキルさんからのお知らせでした。今回はユリアに扮する必要があったのでスバルは『物置部屋』にしまってある。それゆえ絶対記憶も使えないのでもし今後俺の雑な性格が治ったとしてもこの部屋を再現することは不可能だろう。
………………………………もうそろそろ明かすべきか。
一言でいうならば、そう。
室内は水で満ちていた。
しかし、ただの水ではなく、皆さんお察しの通り大魔海の水だ。魔力伝導性に優れる、魔道具士にとって人生の相棒のようなこの水だが、その水がまるで水羊羹か、はたまたわらび餅のような固形で部屋の中に存在していた。もちろん扉を開いてもあふれ出してくることはなく、床から天井まで余すところなく固形の水で覆われ、その上水の中では色とりどりの魚たちが優雅に泳いでいた。先のソルスたちの部屋と比べてもなお余りあるほどの広さの部屋の中、窓(水圧で割れないのだろうか?あの窓も特殊な素材が使われているのかもしれない)から差し込む日光に照らされて赤青黄色と乱舞するその光景は、さしづめ水中の打ち上げ花火といったところだ。
「さらにすごいのがですね…………それっ!」
以前の弱弱しさはどこへやら、元気いっぱいの掛け声とともに水中へ飛び込み…………
「ちょっ、アリア!?」
俺の心配もつかの間、中に入っていったアリアは楽しそうに泳ぎながら普通に呼吸をしていた。
おいおいまじかよ…………まさかのL〇Lですか?
「アリア!一回出てきてください!」
俺の呼びかけに答え、アリアが外へと戻ってくる。その体は水に濡れることもなく、一切の湿り気なく目の前で楽しそうに笑っていた。
「ほ、本当に息ができますの?」
「ええ!ここにいるのとほとんど変わりませんよ!少し体が軽く感じますが、その他の影響は見られませんでした!」
「うぅむ、これはまたとんでもない部屋が割り当てられたものだが…………ここで寝られるのだろうか?」
グレイの言う通り、そこは結構問題である。流石に寝不足で頭が働かない状態で会議に出席してしまったら即座にやらかしてバレる自信があるからな。
「そこらへんは上手いこと調整されているみたいで、沈もうと思えば下に沈めますし、寝るのも簡単だと思います!」
なるほどなるほど、まだ原理についてはよく分からないが、なんとなく性質はつかめてきた。そんなことよりアリアがかわいい。またしてもこらえきれず、笑顔のアリアをなでてしまう。
まぁ、嬉しそうだしいいだろう。たまにはかわいいものを我慢せず撫でまわすのも大事だと親父も言ってたしな。
「よし、それでは私も…………」
「の前に…………魔女殿、先ほどここに案内してくれた彼がもうすぐ食事時だと言っていた。そろそろ時間だろうし向かうとしよう」
うっ、バッドタイミング………………
仕方ない、未知の体験は夜のお楽しみとしよう。
「それでは皆様も連れて食事会場に参りましょうか!明日からは会議が始まりますし、たくさん食べて備えましょうね、お姉様!お父様!」
「ええ」と俺、「ああ」とグレイ。
はしゃぐアリアと、俺たちの部屋について聞いたソルスたちが案の定興奮しだした位の騒ぎこそあれど、特に何かあるわけでもなく、俺たちは食事会場へと歩を進めた。
◇
「あらおいしいわねこれ。メリルちゃんも食べる?」
「いえ、私はもう既に今日のフルコースは決定済みなので。ユリ……エルにでも聞いてみればどうですか?」
「それ何ですか?なんかうねうねしてますが」
「子クラーケンの姿焼きらしいぞ。私は遠慮しておこう」
家の仲間たちがいつもの如くマイペースに飯を喰らっている。いつもならそれでいいのだが、ここは各国の長達が集う、いわばマナーの殿堂だ。あいつらを止めるべきか否か、判断に迷っていると。
「ま…………ユリア、あの者たちはどうすればよいのだ………………」
先ほどからあいつらの一挙手一投足に対してオーバーリアクションを連発していたグレイが疲れ切った声で問いかけてきた。
「どうするも何も…………あの人たちはいつもああですし、私が制止に入ったところであまり効果はないと思いますが………………」
そもそも普段は俺もあっち側なのだ、今更俺が注意したところであいつらが素直に聞くとも思えない。世界中の偉い人とは言え、ちょっと飯時に騒いだだけでキレだすような輩はいないだろう。
「おい貴様ら!先ほどからぎゃあぎゃあ騒がしいぞ!それにいくら何でも食べすぎだ!この無礼者共はどこの国の…………」
俺が心の中でフラグを立てたのが災いしたのか、ついにキレだす人が現れた。中肉中背、あまり好感は持てなさそうな鋭い眼光を湛え、先ほどのソルスやユリアたちよりも明らかにうるさい声で騒ぎ立てるおじさん。まあ確かに食べすぎだ(特にヨミ)しそこに関してはあのおじさんのほうが正しい。やはり早めに止めに入るべきだったか…………
「申し訳ありません!私共の使用人が不快な思いをさせてしまったようで…………」
だなんて俺が後悔とかいう何の役にも立たない生産性のない行為に浸っている間に、我らがドラゴニアの良い子代表アリアさんが謝罪に入った。アリア…………なんて素晴らしい子なの!?
しかし、このままでは俺たち(俺、グレイ、メイド長)のメンツが立たないので、流石に現場へと駆け付ける。
「ふん、お前らがあのマナーもわきまえぬ下賤な者どもの飼い主か…………筋肉バカに古臭いメイドに…………この女たちは姉妹か?」
「そうですが…………何か?」
初対面にしてかなり的確な悪口を投げかけてきたおじさんに対して、青筋を浮かべながらピクピクしている筋肉バカと古臭メイド長は役に立たないので俺が返事を返す。
「ほおぅ………………ふむ………………」
急に怒鳴られビクビクしているソルスとキレそうなユリア、やってしまったとため息を吐くヨミをかばう位置(我関せずとフルコース完成を目指して会場をせかせか歩き回るメリルは除外)に立つ俺とアリアを気持ち悪い視線でジロジロと舐めるように見つめ、ため息をついてから。
「姉のほうは良いが、妹のほうはまるでダメだな。顔も体も全てが姉に劣っておるわ。おい姉のほう、貴様、ワシについてこい。どこの下級貴族か知らんが、ワシが存分にかわいがってやろう…………!」
………………………………………………かっちーん
この感じ、久しく感じなかったこの気持ち、この昂ぶり………………
今俺は、今までになくキレていた。俺を女扱いするところはまだいい。今俺はユリアに変装しているのだしむしろそっちのほうがいい。しかし、だがしかし。
「今、なんつった?」
「は?」
俺の素の口調が出てしまっているが、そんなことはどうでもいい。それに付随して困惑しているおじさんも描写するに値しない。今俺を支配するこの怒りは、俺の大切なものを侮辱したことへの怒りだ。俺の大切なものを傷つけたことに対する怒りだ。なんなんだこの爺は?何様のつもりなのだろうか?俺の、俺の妹を侮辱した罪は重い。たとえこの野郎が神であったとしても俺が裁きを下す。殺す。ただひたすらに殺してやる!
怒りに身を任せ、美しい白いドレスからしなやかな腕を伸ばして、憎い目の前の存在をめちゃくちゃに………………
「お姉様!」
アリアの叫びに、ふと我に返る。既に男の目前まで伸びた手は男に届くことはなかったが、怒りに身を任せたせいで魔力でも漏れ出たのか、男はガタガタと震えながら慌てて逃げだしていった。
そして、当のアリアはと言えば………………
「お姉様、いけません。ここで因縁を作ることは、今後何らかの障害を生むでしょう。それに、私は、大丈夫、ですから…………ね?」
伸びていた俺の腕を掴み、酷く優しく俺の腕をなでながら。
今にもこぼれそうな涙を何とか眦にとどめて、決して流すまいと笑顔を向けていた。
明らかに無理をしている。我慢しているのだ。あの男の罵倒などに屈しては今後ドラゴニアに不利益があるかもしれないから、この場で自分のせいで俺たちに迷惑を掛けたくないから。
そして何より、『強くなったと、一人で大丈夫だと』俺たちに、ユリアに、伝えたいから。
その当のユリアがキレた俺にビビってヨミの後ろに隠れていなければもっとよかったのだが。
「アリア………………ごめんなさい、少し昂ってしまって」
「いえ、あ、謝らないでください!お姉様が悪いわけではないのですから!」
あたふたしながら涙を拭い、笑いかけてくれるアリアを見て、俺はまた強く彼女の成長を実感した。体も心も、彼女は飛躍的に成長している。それはもう、将来ドラゴニアを背負って立つと言っても過言ではない器へと育っていた。
「ど、どうされましたか!?一体何が…………」
誰かが知らせてくれたのか、騒動から少し遅れて使用人の人達が大慌てでやってきたが、特にしてもらうことも無いので既に片付いたことを知らせて戻ってもらった。今ここには世界のトップが集まっているのだ、彼らも何とか平和に会議をつつがなく終わらせようと必死なのだろう、ほっとため息を吐く彼らを見て軽く同情する。
「あの…………あなたは確か、ドラゴニアの…………」
「あ、えっと……はい!アリアと申します!」
「先程は変な輩に絡まれて大変でしたでしょう?あの方は私の国のお隣で悪徳貴族として有名な方なのよ。だからあの人の言うことなんて気にしちゃダメよ?」
「は……はい…………!」
先程の騒動を見ていたのだろう、どこかの国の貴婦人がアリアに話しかけ、慰めてくれていた。そんな彼女につられて色々な国の色々な人々がアリアに話しかけに来ては優しい言葉をかけてくれる。
「あ、あぅ…………お、お姉様ぁ!」
急にたくさんの人々に囲まれてついに限界に達したアリアが俺を呼ぶ。仕方ない、迎えに行ってやるとするか。
「はいはい皆さま、家のかわいい妹をあまり困らせないでくださいまし」
俺の言葉で慰めが途中からあまり効果をなしていないことに気づいた人々がすぐに道を開けてくれる。そして真ん中で震える足で立っているアリアの下へと歩み寄り、その手をとった。
「さあアリア、行きましょうか。おいしいご飯をたくさん頂きましょうね!」
できる限り優しい笑顔で、できる限りフランクに、強く、逞しく成長したかわいい妹が、俺にだけは気を使わなくて済むように。
「…………!はい!」
今回もまた、アリアの笑顔が俺の選択が間違っていないことを教えてくれるのだった。
お久しぶりです。唸れ!爆殺号!と申す者です。特に書くことはないですが、最近後書き欄に恒例の挨拶をしないと更新した実感がわかないんですよね。というわけで特に内容のない無駄後書きが今後ほぼ毎回引っ付いてくると思いますがお気になさらず。ただ、偶に大事なことをお伝えする場合があるのでやっぱりちゃんと見てください(?)それではまた、次回の更新でお会いしましょう…………




