79話 あなたは高貴になれますか?ーYESですわ!
「あらぁ~!魔女様は本当にどのドレスでもお似合いになられてしまうわ!」
「えぇ!これぞまさに神すらうらやむ美貌ねぇ!色だなんて次元も服装だなんて次元も超越していらっしゃるのね!」
「ダメだわ!既存のドレスじゃ魔女様の美しさを引き立てられない!この美しさの前にはすべての装飾が輝きを妨げる遮蔽物になってしまうわ!いっそ新しいお召し物を………………」
ここは聖竜城内に存在する更衣室。聖竜城に仕える侍女たちが管理する、ユリアやアリア、グレイの服に加え、来客用の服や贈り物に使われるような高級な服など、実にさまざまな種類の服がそろった、いわば服の天国である。見る者が見れば泣いて喜びそうな空間であるが、あいにく俺はおしゃれには無頓着な性質であるため特に感慨を抱くこともない。
今俺が抱く気持ちはただ一つ………………
「あははははっ!!!まるでおもちゃみたいじゃない!ヤッホー着せ替え人形ちゃーん!」
「そうはいっても、やはりリン君の外見は常軌を逸してますよねぇ……………なんというか、奇跡の産物って感じですよ。普段一緒にいるせいであまり感じませんでしたが」
「お兄様、お綺麗です!」
「はい!お師匠様、とってもかわいらしいですよ!!」
「主、次はこっちを着てみないか?先ほど下着のゾーンに紐のような服があったのだが………………」
どうしてこんな目に………………
◇
時は数日前、俺たちがドラゴニアにやってきて、アリアとともに出かけた時までさかのぼる。
「なるほどな。確かに主なら金髪で碧眼だし、身長もそれほど変わらないから代役にはうってつけだ。それはそうとして………………ぶふっ」
笑いをこらえるかのように肩を震わせるヨミ。くそ、人の気も知らないで………………
要するに、ユリアの代わりに世界会議に出席し、怪盗とやらをどうにかしてくれという旨の話らしい。それはまあいいが、問題が一つある。
俺が女装せねばならんことだ。先日ベルネチアへ行った際は、上裸だと流石に捕まるのでやむなく女性用水着を着用したが、今回は常識にも強制されない中で女装する羽目になるわけだ。最近こそ俺の名が知れ渡るにしたがって俺を男だと認識してくれる人がかなり増えた。しかし魔王復活のタイミングも重なり、今俺が女の子の体に入っているということを半分忘れかけていたが思い出してしまった。
「嫌だ嫌だ!服装にあまりこだわりはないが、ドレスだけは着ないぞ!これだけは譲らん!俺の男としての最後の尊厳なんだぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
いやいやと駄々をこねる俺。店内からは痛い視線と小声で俺をさげすむような内容が聞こえてきた。それでも嫌なんだよ!
「………………お兄様、私………………、かわいいお兄様が見てみたいです」
「分かった任せろお兄様がなんだってしてやるぞ!」
「「「………………………………」」」
こうして俺の男としての最後の尊厳は容易くへし折られた。
この後お城に戻るとようやく説教を終えたユリアがグレイに土下座をさせようとしていたので慌てて宥めたり、結局今回の依頼も受けることを報告したりといろいろあり、世界会議までの数日ドラゴニアに滞在することが決定した。
そして、特に何か用意してきたわけでもない俺たちのため服を貸してくれるというので、それを見に来たところでようやく冒頭へと戻る。
聖竜城に仕える侍女たちは、どうやら普段あまりこういった機会はないようで、まるでお人形遊びでもしているかのように楽しそうに服をとっかえひっかえしていた。既に世界会議は二日後に迫っているのに悠長なものだ。もちろん渦中の俺はというと何も楽しくないし、むしろ屈辱的な気分を味合わせ続けられている感覚だ。こちらを見ながらゲラゲラ笑うソルスのお小遣いは無しだな。
「私の代役ということですし、いつもの黒系統の服ではなく、白を基調としたものにしてみてはどうでしょう?形から入るのも大切だと思います」
ユリアのアドバイスに侍女たちが我に返り、ユリアがよく着ていたという白いドレスをいくつか持ってきた。この日に備えてサイズまで調整済みらしい。………………待て、いつ俺のスリーサイズなんか測ったんだ?
………………、気にしたら負けな気がするので今回は水に流そう。
既にお気に入りの服装を見つけた仲間たちは俺がどうなるのかに興味津々な様子だ。ヨミに至っては見つけた変な服をいくつも着せようとしてくる。ヨミの性格的に分かってやってるのかどうかが微妙に分からないところが腹立たしい。せめて悪意百パーセントなら怒れるのだが。
「魔女様、いかがでしょう?」
支えをつければいいのになぜか持ち上げないと使えないタイプの鏡を侍女たちが持ち上げる。その中には、純白のドレスを纏い、金糸のような黄金の頭髪を舞わせながら、双眸に埋め込まれた蒼いサファイアをきらめかせる、至高の芸術作品がこちらを覗き込んでいた。
わぁお………………
「少し着飾っただけでこの美しさ………………流石は私の被造物ね、まぁ私には及ばないけど!」
さっき侍女に神を超える美貌だと言われていたのはどうやらあいつの耳には届かなかったらしい。
「うむ、流石は我が主といったところか。せっかくの機会だしあの紐も着てほしかったのだがな………………」
やはり分かってやっていたようだ。ヨミも小遣いは無しだな。
「はぇー、これまたすごいものが見れましたね。眼福眼福………………」
メリルさんは御年十六のはずだが、すごいおっさん臭いセリフを吐いてらっしゃるな。
「「すごくきれいです!!!」」
ユリアとメリルはぴったり息をそろえて称賛してくれた。愛してる。
まぁこんな反応になるのも無理はない。実を言えば俺も一瞬、自分の体であることも忘れて見惚れかけてしまった。それほど常軌を逸した美がそこには存在していた。……………しかし、既視感のようなものを感じるは気のせいだろうか?
だなんて考えていると、見惚れていた侍女長が我を取り戻し、怖い笑顔(当社比)を浮かべながらにじり寄ってきた。
「よし、それじゃあ当日の服装はこれで決まりね。それでは魔女様、明日からはお勉強にダンスやマナーのレッスン、あと言葉遣いも治しませんと!一日中みっちり指導させていただきますので、覚悟しておいてくださいね!」
………………この人、まさか明日一日のレッスンだけで何とかなるとでも思っているのだろうか。正直言ってマナーや言葉遣いには全く自信がない。何分普段から粗野な言葉と卑俗な礼儀とともに生きてきた身だ、上流階級の人間の常識など知る由もない。それを?一日で?
こんなことは俺でなくとも、何ならソルスでも分かるようなことだ。そんなことに侍女長が気づけないはずもないが、しかし、彼女の笑みには自信があふれていた。
『何が何でも矯正して見せる!』
と言わんばかりの笑顔で俺の肩に手を置き、
「それでは魔女様、長い間服を選んでいましたしお疲れでしょう。さぁ、夕食にしましょうか!もちろん、いつものように食べられるとは思わないでくださいね?」
………………俺はもう、ただひたすらに帰りたかった。
◇
「お、お師匠様?大丈夫ですか……………?」
「だ、大丈夫…………ですわ。お気遣いいただき、ありがとう………………ございます………………」
「これは矯正に成功したと言えるのでしょうか………………ただお兄様が壊れただけにしか見えないのですが………………」
翌日、俺は侍女長の言葉通り一日中いろいろな修行…………もといレッスンを受けさせられ、そのこと如くを何とか会得した。既に日も沈みだす夕刻、会議に着ていくドレスとはまた違ったドレスを着せられ、息も絶え絶えの状態になりながら地面に倒れ伏す俺を見て、ユリアとアリアが介抱しに来てくれる。
「もちろん成功ですとも!これで魔女様も一端のレディ、どんな舞踏会に出しても恥じない仕上がりですよ!」
侍女長が自慢げに胸を張る。彼女の言葉に嘘はない。今の俺はどこに出しても恥ずかしくない、完璧なお嬢様だ。言葉遣いもマナーも徹底的に叩き込まれ、むしろ普通の生活に戻すのに苦労しそうなほどだ。なんせ箸より重いものは持てなくなってしまったのだから。
「お、お二方、あまりご心配になられなくても………………私は、大丈夫です………………わ」
「やっぱり壊れてますよね!?もう素でお嬢様みたいになってますよ!?」
「お兄様………………」
安心させようとしたのだが、どうやら逆効果だったようだ。それにしてもこのお嬢様言葉、使ってみると案外楽しいもんだ。まぁ俺の頭がおかしくなっている可能性も否めないわけだが。
そんなことはどうでもよくて、重要なのは明日から世界会議で、一日中気を抜かずに、お嬢様状態をデフォルトにしていかなければならないということだ。言葉だけならまだしも、仕草も細かく指導され、矯正されてしまったのがかなり堪えるようで、早くも変な声が出そうなくらいには精神的に参っている。
「で、できるだけ早く終わらせませんと………………私の身が持ちませんわ………………」
ついに明日に迫る世界会議。魔王について、怪盗について、どんな議論が繰り広げられるのか。そして、世界のトップを張る面々がどんな人間たちなのか。謎も多いがその分得る物も多いはずだ。
「さぁ、皆さま、お待ちになっていらっしゃって。すべて私が粉砕して差し上げますから!」
「私、こんなキャラじゃないんですけど。ホントに変わりが務まるんでしょうか………………」
世界会議まで、あと一日。
どうも、忘れたころにやってくる、唸れ!爆殺号!です。
次話からやっと世界会議が始まります。魔王復活の件、新たに浮上した怪盗に関する問題、そしてリンがユリアの代役を務めることになったのがどう物語に作用してくるのか。ぜひぜひ次話以降をお楽しみに。
それでは、また次回の更新でお会いしましょう………………