77話 あなたは彼をどう思いますか?ー強いと思うわ!
「どうだ村長、何とかならないか?迷惑はかけさせないから!頼む!」
「私としては構いませんが…………問題はほかの村民の意見ですな。よっぽどいないとは思いますが、彼らを恨んでいる者がいる可能性は否めませんから」
「そこをなんとか………………ってあれ、いいの?というかお前は別に恨んでないの?」
「まあ別に、昔のことですし……………それに、私が生まれたときからああでしたから。恨もうにも恨めませんよ」
定期的にうちの仲間に引き抜かれる、なぜか気づいたときには元通りの不気味な顎髭をいじりながら笑う村長。
今俺が何をしているのかと言えば、初見さん以外は分かるだろうが先日アーチェ島で出会った太陽教徒、およびシロウの移住を掛け合いに来たところである。この村は太陽教徒が崇める、皆の駄女神ソルスさんによって千年もの間結界に閉じ込められ、外部との交流を一切取れぬままに隔離されてきた。それでもなんとか千年耐え忍び、俺によってようやく解放されたのだ。俺は既に張本人に言いたいことは言ったので満足だが、もし村民がどうしても神と信じてもらえないソルスではなく、明確に敵となりうる太陽教徒がヘイトを買うのではないか、と心配していたのだが………………
「それはまたあとで選挙でもすればいいでしょう。もう一つの問題は…………私たちの一存で如何にかできるものでもありませんし」
「もう一つの問題?」
「ええ、何を隠そうこの村、土地が足らんのです」
いつになく真剣な表情で俺を見つめる村長。
…………土地が足りない?
「いやいや、年末にライブしたとことか今がら空きじゃん。全然あるじゃん土地」
「いえいえ魔女様、あそこの土地はイベント用に遊ばせている土地なのです。もしあそこに家を建てようものなら、今後この村で大規模な祭りは行えんでしょうなあ……………せっかく祭り好きの魔女様のためにとっておいた土地だというのに、こうして見ず知らずの他人に渡すことになるとはなあ」
「分かった分かった!そこは使わなくていいから!」
こいつと話してるとツッコミやらされて疲れる。ほかの人相手でもこんなんなんじゃないだろうな。
「もちろん付き合いの長い魔女様以外に、身分の高い相手に対してこのような無礼な真似はしませんとも。むしろ積極的に相手の突っ込んでほしいところに突っ込んでいきますぞ!」
「それ俺相手にも発揮してくれよ」
普段ボケ倒している分ツッコミの大変さも理解していると思っていたが、とんだ勘違いだった。今度ユリアとヨミには何か買ってやるとしよう。
「まあそんなことは置いといて……………足りない土地の確保はどうなさるおつもりで?そういえば魔女様宅の周辺は広い草原ではありませんでしたかな?」
「あー、あそこはだめだ。こないだクソデカいミミズが出て一騒ぎあったからな。まだ安全も保障できねえし別のところで頼む」
「そうですか……………そうなるともう、森を切り開くくらいしかできませんが………………」
「まあ、無理だわな」
結界村周辺には、結界が張られていた時から名前の残る巨大な森がある。その名も人間ぶっ殺し森、ではなく惑わしの森というこの森は、すごく迷いやすい。この森にはほぼ同じ木が生えており、尋常じゃない速度で成長するため、どこへ行っても同じ景色なのだ。見た感じは普通の木と同じ種なので、昔から妖精の仕業として恐れられている。果物を実らせる木々は一部に固まっており、昔はスズメとともに良く採りに行ったものだ。こんな森なので建材を取るために何度も調査隊が派遣されたが、切っても切っても一瞬で元通りになるせいでどこからやってきたのかわからなくなり、狭い森でも遭難者が出るほどである。一番外側からなら安全に建材が取れるので、現在もこの村の重要な産業として経済を支えてくれている。
「こうなってくると、土地の確保はキツそうか……………こりゃ諦めるしかねえな」
「いえ、魔女様。まだ道は絶たれていませんぞ。このソン・チョウベエに妙案があります」
「………………聞こうじゃないか」
なんだか少し、嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「近くの自治体から土地をちょろっと拝借するのです。ここらは権利の放棄された土地も多いですから簡単に………………」
「そんなことだろうと思ったわ!土地の問題ってのはだいぶ面倒なんだよ!」
この国がもっと法整備の進んでない国なら行けただろうが、あの王子が敏腕すぎてそこらへんは完璧だ。犯罪率も世界で一番低い。あの王子だけはマジで敵に回したくないので、味方でよかったと心から思う。
どうやらボケだったようで突っ込まれてほくほくしている村長。特に意味はないが顎鬚を数本抜いた。
「そういえば、今度世界会議があるって知ってるか?」
「ええ、魔女様はもちろんマテリア陣営として参加されますよね?」
かなり手荒に抜いたのが効いたのか、顎をさすりながら大人しい返事が返ってくる。
「いや、実はドラゴニアから協力を頼まれてそっちに行くことになってるんだ。妹からの頼みだし断れな………………何その顔」
村長の顔は、酷く青ざめていた。どれくらいかというと、水族館の極彩色のウミウシか!というくらいに。
「……………魔女様、実は私、伝言を預かっておりまして」
村長が懐から取り出したのは、アリアからの手紙に負けず劣らず豪奢な装飾の施された封筒だった。
これって…………
「ええ、マテリア王からの勅令です。こんなもの、断った暁には………………」
もはや青を通り越して黒に向かいつつある村長の顔色すら気にならないくらいに俺は焦っていた。
あれ、これ、もしかしなくてもヤバい?
◇
「えっと、どうでしょう?なんとかなりませんかね………………」
「いいよ」
「そこをなんとか………………ってあれ、いいんですか?」
なんだかつい先ほども同じような光景を見た気がする。これがデジャブというやつだろうか。
俺は今、先ほど渡されたマテリア王国からの手紙を読んで、何とかドラゴニアのほうに行く許可を得ようとテレポートで文字通り飛んできたところである。城門もかっ飛ばして直で王城内に飛んでしまいひと悶着あったが、こうして会話の場を設けてもらえた。
そして、つい先日まで魔王城で暮らしており、魔王復活時に攻め込まれてなんとか逃げ出してきたとは思えぬ軽さで俺と相対する男……………この国の真の長である彼は、マテリア王国国王のマテリア・ネスト・クロノその人である。王子ほどの特徴は見られない、至って普通の人間に見える。しかし、雰囲気というかなんというか、纏っているオーラが違う。これが王族オーラか………………と感服しそうになったが、よく見るとこれはただ覚悟が決まってるやつの眼をしているだけだと分かる。おぉ、決まってる。すんごい決まってる。王だから王冠でも載せているのかと思っていたが、そんなことはなく、普通に何も載せていなかった。豪華な服こそ着ているが、なんだか服に着られている感じだし、金の髪の王子とは違う茶色の髪は、整えられているがそれだけ、といった感じだ。総じて普通である。
「いつの間にか結界村の結界が割られてたって聞いた時はビックリしたけど、こんな優しそうな人がやっただなんて思いもしなかったよ。それにドラゴニアとも良好な関係を築いてるって聞いたし、なにより僕は君に会いたかっただけだからねー。気にせずドラゴニアの人たちと一緒に行っておいでよ」
………………ずっと軽いな。
ニコニコしながら許可をくれたクロノに対して若干の不安を抱いてしまうが、許可を割と楽に得られたのはうれしい誤算だった。年は確か四十後半くらいだったか、年相応におっちゃんしている。本当に親戚みたいなノリだ。
「あ、そうだ。一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「は、はい………………」
今度は気になる子でも聞かれるのかとげんなりしながら顔を上げた先には、一為政者であり、人の親であり、そして王である者としての使命を背負う男の顔があった。
「君から……………人類最強から見て、家の子はどうかな。よく、為政者としてやれていたかい?」
「ええ、もちろんですよ。王子の手腕には驚かされるばかりです」
俺の心からの感想を聞いて、クロノは嬉しそうに頷いた。
「そうかそうか。それは良かった。破創の魔女くん、これからも良好な関係を築いていけるよう尽力させてもらうよ。もちろん、パーバートにもよく言っておくから」
既に王子とは結構良好な関係を築けていると思っていたのだが、甘かったのだろうか。まあそういう意味ではなく、社交辞令的に述べただけだろう。
なるほど、あれが国王………………マテリア王国の頂点か。
「こりゃあと数百年は安泰だな」
◇
破創の魔女が去った後。
「オリアナ、どう思う?」
「少なくとも私程度が敵う相手じゃないわ。隠密も軽く見破られてたみたいだし。あれは本当に結界を割ってる可能性が高いわね………………みすみすドラゴニアに渡していいような力じゃないわよ?」
男の問いかけに対し、虚空から応える声が聞こえた。魔法を解除したのか、突如この場に現れたのは、御年三十八とは思えぬ美貌を持つ、深紅の髪に深紅の瞳の女性だった。身長は高めで百七十センチはくだらないだろう。こちらも総じて赤で統一された、装飾が少ないながらも美しいドレスを身にまとい、隣にいる男とはまさに正反対の存在感を放っていた。
「渡す渡さないって、物じゃないんだから……………それに僕らの愛しい息子が認めたじょ………………ああ、男性だったっけ?だし、その息子がドラゴニアは信用できると断言したんだ。大丈夫だよ」
「んー、ま、あんたがいいならいいわ。そういうのは全部任せるって決めたし」
投げやりにつぶやく女性。しかし、男は何も言わない。彼女がそういう女性だと知っているから。
「にしても半端ない魔力だったわね………………何分持つかしら」
「おや、久しぶりにうずいてるのかい?」
「ええ、ちょっとね。でも、流石に勝てそうにないわ。勝負は来世にお預けね」
「全く、君のそういうとこが好きだよ」
「何よ、私だってあんたのそういうとこ好きよ?」
………………どうやら、これ以上は無粋なようだ。
今日もこうして、世界会議にまた一日近づいたのだった。