70話 地動説
「ねぇママー、あの人美人さんだねぇ」
「しーっ、ダメよあの人に関わっちゃ!町中で話題になってるんだから!」
「なぁ、あれって………」
「あぁ、間違いねえぜ。特徴も完全に一致してるしな」
今日もベルネチアの街は喧騒に包まれ、活気がそこかしこに溢れている。子連れの買い物客、八百屋の店主、ガタイのいい冒険者然とした男性、けが人に治療を施す僧侶、明らかに怪しい挙動不審な男性………
その誰も彼もが。
「ねぇ、私なんでこんなに避けられてるのかしら」
まるで私だけ別世界にいるみたいに、私が歩く道筋から綺麗に人が外れている。例えるならば、ヤクザのお偉いさんの出所みたいな………
いや、この高貴にして麗しい太陽の女神を例えるのにヤクザの頭領はあまりにも不適切すぎる。上手く言い換えるなら、王の帰還時にレッドカーペットの横にずらーっと膝まづくあれだ。そう考えると不思議と疎外感が薄れ、逆に清々しさすら覚える。
「ひっ!?こっち見たぞ!」
「目線をずらせ!さもなきゃ死ぬぞ!」
人を………否、神をゴルゴンだかメデューサみたいに言わないで欲しいのだが。女神の一瞥だなんて、本来幾ら望もうと、それこそアイドルのコンサートみたいに団扇を振りまくれば貰えるようなものでは無いのだから。
………まぁいいわ。気にしても仕方ないし。
私はつれない人々達から視線を外し、数日ぶりの海に行くことを決めたのだった。
◇
数分ほど歩けば、ついこの間皆で遊んだビーチにたどり着いた。だが………
「………人っ子一人居ないわね」
どうやら見間違いでは済まないレベルで人がいないらしく、ビーチには波の音が虚しく響き渡っていた。
しかし、少し歩くと。
「おや、ソルスじゃないですか。こんな所までどうしたんですか?」
「あら、メリルちゃんじゃない。出かけたって聞いてたけどここにいたのね。私は暇つぶしに散歩でも……と思って出てきたんだけど、そういうメリルちゃんは?」
誰一人いない砂浜の上に座るメリルを見つけた。波打ち際に一人佇む美少女……私ほどでは無いけど、やっぱり様になるわね。特にこの幼さが残る感じが最高ね。
「なんだかものすごく不快な視線なのですが……まぁいいでしょう。私は暇つぶしがてら考え事をしながら歩いていたら、気づいた時にはここまで来ていまして。ここに座って考え事に耽っていたのですが………」
つっ、と海の彼方の方を指さすメリル。その先には、何やら盛大な水しぶきのようなものが見えた。
「先程からアレが視界に入って鬱陶しいのです。この距離から見てあの大きさだとかなりの大きさっぽいですが、一体何なんでしょう?」
普通に見ていたら何か飛沫が上がっているようにしか見えないので、目を凝らしてよーく見てみたところ、どうやら蛇みたいな形状の生き物が暴れているようだ。
「なんかうねうねしたのが泳いでるわ。リヴァイアサンかしら?」
「……リンくんのせいで普段あまり目立ちませんが、ソルスも大概ですよね。なんか人間離れしてるって言うかなんて言うか。まぁ私が言えたセリフじゃないですけどね」
「ふっふーん、あの放蕩バカなんかとは違って、私は本当に女神だもの!メリルちゃんも私を崇める太陽教に入信したっていいのよ?」
「や、遠慮しときます」
「なんでよー!?!?そこは入信する流れでしょ!?」
「入信する流れって何ですか……まぁそんなことは置いといて」
「そんなこととか言われたんですけど………」
「ん゛っん……ソルス、先程のアレの話ですが、どうやらリヴァイアサンでは無さそうなのです。こう見えて私もストレスが溜まっていたのでサンドバッグ代わりにアレに遠距離魔法を何発か飛ばしてみたのですが、どうも効果が無いようでして。神(笑)のソルスならあのうざったいのを何とかできませんか?」
「なんだかものすごく不快な感じがしたのだけれど………まぁいいわ、恋する乙女に考えものはつきものだものね。メリルちゃんの甘々お砂糖シーンを邪魔する奴は私が消し炭にしてあげるわ!」
「ちちちち違います!決してそんなんじゃないですから!わわわ私はべ別にににに………」
真っ赤になりながら弁明するメリル。なんだ、いつも大人びた感じで一歩引いたところにいるイメージだったけど、この子にも可愛いところがあるじゃない!
「先に言っとくと今のはカマかけただけよ。さぁ、そこのうねうね、覚悟しなさい!」
「ぬあっ!?はめたんですか!?私をはめたんですね!?!?」
何やらうるさいメリルを放置し、魔力の流れに集中する。この真夏の炎天下の中、私に勝てる者はいない。ギラギラと照りつけるあの太陽のエネルギー全て、そして私を信じ、崇める皆の想いが私の力なのだから。
体の中で高じた魔力を手のひらに集め、陽の光から一組の弓矢を形成する。私の一部であるに相応しい輝きと、熱量が、これまた私の凄さを物語る。
「あはははっ!夏に刺激されてマーメイドにでもなっちゃいなさい!『極光・南陽の一矢』!!」
弓につがわれた極光の矢が、私の手を離れ、海上をひた走る。やがて、光すら見逃す一瞬の間を置いて、遠いうねうねの辺りは爆炎に包まれた。
「ふふん、メリルちゃん、見てた?私の凄いところ!これを見て反省したなら、今後は私の事は高貴なる主神ソルス様って呼んでもいいのよ?」
そんな私の言葉に対し、いつの間に離れたのか、遠い岩場の影からメリルが顔を出す。
「ほんと、大概ですよね………いや、でもまだ飛沫が上がってますね。近づいてきていた先程とは違ってどんどん遠ざかってますが……」
「あちゃー、どうやら効いてないみたいね………でも、追っ払えたし良いわよね?」
ちょびっとだけやらかしちゃった感じがしなくも無いので一応メリルに確認を取ろうと顔を見やると、何か深く考え込んでいるようで………
「………あんな魔法すら効かない敵を追っ払ったって、結構やばい事案な気がするのですが。何ならアイツの移動経路がバレたらマテリア王国の侵略行為と取られてもおかしくないんじゃ……ってああっ!逃げないでください、私に全部押し付ける気ですか!?」
私は全てを捨てんとする勢いで駆けた。
私、何にもしてないわ!そこのあなた、何も見てないわよね!?
◇
所変わってアーチェ島………
シロウの過去を聞き、来る決戦の日に共に戦う約束をしてから三日が経った。その間特に何かある訳でも無く、釣りをしに行ったり野菜を採ったりとのほほんと暮らしていた。
「スズキくん、今日はこれくらいで十分だよ。そろそろ帰ろうか」
実は結構初期から取っていた釣りスキルを駆使し、満杯になったバケツを抱えてシロウ宅まで歩くこと数分。
バケツを下ろし、俺とシロウは今日のメニューについて話し合っていた。
「さーて、今日はどんな料理にします?こないだは煮物でしたし……塩焼きにでもしますか?うぅ、米が無いのが本当に残念だな……」
実は、この世界に来てから米に出会ったことは無い。結界村には小麦しか無かったし、外に出てからも芋や小麦が主食の生活を続けてきた。やはり日本人たるもの、白くてツヤツヤのお米をお釜で炊き上げて頬張りたいものだが、そうそう上手くは行かないようだ。
「米か……あれは手に入れようにも中々難しい代物だからねぇ。私も一度くらいは食べてみたいものだよ」
「ええ、ええ、ほんとに………ってアレ、米あるんですか!?」
ここに来てまさかの情報が飛び出した。え、米あんの?マジ?
「おや、君は知らなかったのか。米って言うのはとある山脈の一部地域にしか住んでいない、とても希少なモンスターから取れるんだ。流通する量も少ないから、かなりの値段まで上がるらしいよ」
むぅ、やはり希少食材は金がかかるか………
ん、ちょっと待て。
こんな所で自給自足の生活をしているせいで忘れがちだが、そういえば俺、今金持ちじゃん!ベルネチアで稼いだ三十億リアがあれば、米だって沢山………
「シロウさん、突然ですが宛が出来ました。今度、戦いが終わったら、一緒に米を食いましょう!」
突然の変わり身に不意をつかれたのか、一瞬固まるシロウ。だが、すぐに微笑みをたたえながら。
「ああ、きっと」
と、頷いてみせるのだった。
こんな平和な時間が、何時までも続くと思っていた。星獣なんかチャチャッと倒して、全部解決したら、また………だなんて、本気で思っていたのだ。
破創の魔女 スズキリンは、まだ星獣の何たるかを知らずにいる。そして、この先の戦いの後に何が待ち受けているのかも。
皆様、お久しぶりです。とうとう本作品も70話を迎え、第6章も佳境へと突入しつつあります。現実は無情にも凍える季節へと突入し、我らがソルス様の誕生日もすぐそこですね………リン達は未だ夏に取り残されたままですが()
最近更新頻度がだいぶ落ちているにも関わらず、たくさんの方が毎日本作品を読んでくださっているようでとても嬉しいです。今後とも、どうぞよろしくお願い致します。それでは、また次回の更新でお会いしましょう………